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『日本経営哲学史――特殊性と普遍性の統合』(林廣茂 ちくま新書 2019)

著者:林 廣茂

日本経営哲学史 (ちくま新書)

日本経営哲学史 (ちくま新書)

【目次】
目次 [003-006]

序章 経営哲学とは何か 007
  経営哲学の定義
  本書の構成
  グローバリゼーション・イノベーションダイバーシティ


第1章 経営哲学前史――日本人の思想の系譜をたどる 021
1 日本人の思想の基層に神・仏・儒の三教がある 021
  日本人「らしい・ならでは」の思想
  天皇尊崇の精神
2 日本人の宗教心も神・仏・儒のメタ統合思想である 026
  神道と仏教の神仏習合が始まった
  怨念の祟りは恐ろしい
  穢れとその忌避が日本人の善悪関連の基本である
  穢れ忌避観念と浄土信仰の習合
3 中世宗教改革の影響 032
  浄土宗・浄土真宗
  禅宗――「戒律をもって先となす」
4 儒教から生まれた倫理道徳思想と統治思想 036
  四徳・四端・五輪
  儒教は序列と秩序の思想である
  儒教は変革と競争の思想である
  朱子学陽明学の違い
  神道儒教が一致した日本の儒学
5 経営哲学の形成と武士道・商人道 046
  武士道と商人道
  経営哲学の形式知


第2章 封建日本期の文明システムと経営哲学――江戸時代 051
1 中世の商業活動と商人倫理を振り返る 051
  中世の政治・経済システム
  武家領の拡大と金属貨幣の流通
  鎌倉仏教と商人
  商人の倫理道徳観
2 文明システムとその変化 059
  政治の仕組みと社会の変化
  経済の発展・消費の拡大
  財政破綻と商人の危機
  商人への儒学の深い浸透
  商業資本主義経済の発展――江戸・大阪・京の三大消費市場の発達
  農業が育んだ勤勉で創意工夫する国民性
  世界有数の経済強国へ
3 経営哲学の形成と深化 075
  角倉素庵〔すみのくら そあん〕の「船中規約」に込められた国際ビジネスの倫理
  『長者教』が説く成功者・金持ちへの道
  鈴木正三〔すずき しょうさん〕「いかなる職業にも仏性あり」
  井原西鶴『日本永代蔵』が描く三井高利
  三井高房『町人考見録』にみる商人没落の原因
  西川如見〔にしかわ じょけん〕の経済思想、競争と社会進化
  石田梅岩石門心学
  近江商人の商人道は神・仏・儒のあらわれ
4 封建日本期の経営哲学の普遍性 089
  プロテスタンティズムなき「神・仏・儒」の倫理
  儒教による変革と競争
  

第3章 帝国日本期の文明システムと経営哲学――明治・大正・昭和戦前・戦中期 093
1 文明システムとその変化 093
  天皇主権の近代国家を建設する
  日本の国柄を定めた国家神道
  帝国憲法教育勅語ナショナリズムの思想的背景
  産業革命と殖産興業
  明治期日本の経済力
2 帝国日本の戦争の反実仮想を考える 104
  日清・日露戦争の反実仮想
  アジア太平洋戦争の反実仮想
3 封建期日本との経路依存性・連続性 112
4 士魂商才の経営哲学――福澤諭吉渋澤栄一 114
  福沢諭吉渋澤栄一の説く「士魂商才」
  新渡戸稲造内村鑑三の思想――武士道精神の普遍性
  士魂商才の人材育成
  時代が求めた経営能力
  「忠君愛国」「産業報国」を実現する「士魂商才」
5 時代の鑑としての経営哲学の実践 125
  「儒教倫理を基本とする経営理念」を持った起業家
  「キリスト教倫理を基本とする経営理念」を持った起業家


第4章 民主日本期の文明システムと経営哲学―― 1945〜1990 131
1 文明システムとその変化 131
  民主主義日本
  日本と日本人の作りかえ
  民主主義教育が求めた日本人像
2 世界2位の経済大国化、その後四半世紀に及ぶ経済低迷 137
  日本企業の進化とイノベーション・プロセス
  「竹の子」生活から「昭和元禄の消費」生活へ
  石油危機が日本企業のイノベーションを起爆した
  バブル経済の崩壊
3 和魂商才の経営哲学 145
  戦前・戦中世代の士魂商才
  戦後教育を受けた人たちが経済大国を引き継いだが……
  グローバル日本期(1990〜現在)へ、和魂商才は継承されなかった
4 日本の、日本人の五つの課題 154


第5章 経済大国化を担った企業家の経営哲学 159
1 松下幸之助は、家電王国を創りあげた 160
  天然自然の理に従う
  不易流行の経営哲学の系譜
  起業家にして思想家
2 土光敏夫は、企業・財界・日本の改革者である 168
  生涯を改革者として
  生い立ちと思想形成
  経営思想の3つの本質
  「土光敏夫とメザシ」の精神運動
3 本田宗一郎は、日本発小型車を世界標準にした 174
  無類の創造人間
  世界のホンダへの飛躍
  二人で一つの経営哲学
  知識の創造
  本田宗一郎語録
  本田と藤沢がいなくなったホンダ
4 井深大〔いぶか まさる〕は、日本初・世界初の独創を貫いた 185
  SONY を日本発で最大のグローバル・ブランドにした
  思想形成をたどる
  ソニーは井深の思想を実践する「場」だった
  井深から学ぶ知識創造の哲学
  井深と盛田がいなくなったソニー
5 丸田芳郎〔まるた よしお〕は、日本人に「清潔・美しさ・健康」価値を届けた 195
  花王中興の祖
  思想形成のホップ・ステップ・ジャンプ
  経営理念の明示とその後の快進撃
6 中内功は、流通革命「良いものを安く大量に」の先導者である 206
  生い立ちと戦争体験――生死の際で蘇った「家族ですき焼き」の記憶
  流通革命家のスタートは「主婦の店ダイエー 一号店」
  日本一の小売商が、内部から崩壊した
  誰もダイエーを継承しなかった
  思想家・中内功


第6章 戦後日本人の思想変遷 221
1 日本人の意識(思想)の変遷―― 1953〜2013 222
  4度にわたる意識の大きな変化
  世代交代による変化
2 宗教観――「信仰」はないが「宗教心」を持つ日本人 226
  宗教を信じる・信仰している日本人は少数
  宗教に関する日本人の考え方の特徴
  「あの世」、「神や仏」を信じているかどうか
  「信仰の有無・宗教的な心」と生活・社会意識の関連
  寺院・地蔵・神社の社会・経済的帰結
3 基本的な価値観の推移 236
  自分個人の価値観・道徳観
  家族、仕事や職場、生活、社会への態度
  勤務先への意識・態度
  組織(企業)へのエンゲージメント
  自然と人間の関係
4 人間関係・生活の価値観 248
  隣近所・職場・親戚との人間関係の持ち方
  能率・情緒
  生活目標の価値観
5 政治意識・国と個人の関係・ナショナリズム 253
  総選挙の投票
  国と個人の関係・国の評価
  日本に対する愛着と自信
6 外国人への意識 262
  日本人は西洋人に比べて優れているか
  定住外国人への態度
  国際比較――定住外国人への態度
7 日本人の思想(意識)の変遷 266
  倫理観・道徳観の変化―― NHK世論調査から
  宗教観、価値観、道徳観・倫理観の変――本章の論点整理
  思想の劣化と経済の低迷


第7章 グローバル日本期の長期低迷と競争力の後れ―― 1991〜現在 275
1 日本経済は、1990年代初頭から四半世紀、足踏みを続けている 277
  GDPは2014年まで踊り場に留まっていた
  企業の売上高は、長期低迷している
2 日本経済のグローバル影響力は半減した 284
  名目GDPの規模は世界3位だが……
  購買力平価GDP比較
  一人当たりのGDPは世界25位に後退した
3 日本企業の海外展開は、低収益で低成長である 290
  低収益・低成長の原因
  高まる企業の海外市場依存度
4 経済・技術革新・人材、日本のグローバル競争力は低下している 296
  IMD世界競争力ランキングで25位に下降した
  世界イノベーション・ランキングで8位に後退した
5 日本企業の研究開発投資の効率と効果は欧米より低い 303
  企業の研究開発の投資収益率が低いのが難点だ
  日本には起業家の数が少ない
  技術革新の熱源がアメリカや中国より弱い
6 ダイバーシティでは世界最下位に近い 308
  日本は外国人が働きにくい国だ
  移民受け入れへの高く厚い心の壁がある
  男女の平等、経済と政治の分野で世界最下位と評価された
  DI企業の世界トップ100社の内日本企業は5社だけ
7 世界は日本に好意を持っている 314
  世界最高の国家ランキングで日本は5位
  世界にプラスの影響を与える国ランキングで日本は3位
  日本はASEAN諸国から最も強く信頼されている
8 企業の盛衰とその理由を考える 319
  利益創造の価値連鎖(VC)と供給網(SC)を考える
  変わる企業
  変わらない企業
  失敗の歴史を繰り返さないために
  ICTとコトの価値創造で成功した企業
9 経済と企業の課題 333


終章 「新和魂グローバル最適経営」の提案 337
1 現状認識 337
  問題を正しく同定する
  日本の現状が「長者三代の鑑」に重なる
2 「和魂商才」の継承を――トップ経営者のメッセージ 341
3 新和魂グローバル最適経営」の経営哲学 344
  日本人の霊性
  自己変革への「意欲」を駆動する経営哲学
  「和魂」を再定義した「新和魂」
4 新和魂グローバル最適経営」の経営哲学が必要である 351
  普遍の優劣競争と特殊の影響力競争が同時に進行している
  今日、アメリカ発の普遍が揺らいでいる
  日本文明の立ち位置
  グローバル人間は、文明競争と文化競争に同時に取り組む人である
  グローバル最適経営を実践する


補章 武士道と商人道は二項対立で捉えるべきか 363
1 「武士道と商人道は社会関係の二大原理」とする捉え方 364
  アプローチ①――武士道「身内集団原理」 vs. 商人道「開放個人主義原理」
  本当は相互補完関係にあった武士道と商人道
2 帝国日本期を「大義名分―逸脱手段」と捉えるアプローチ 370
  アプローチ②――武士道=大義名分 vs. 商人道=逸脱手段
  帝国日本は「大義名分と逸脱手段」の構図では捉えられない
3 現代は「開放個人主義原理(商人道)」の時代なのか 376
  アプローチ③――戦後社会の対立も武士道 vs. 商人道
  「身内集団原理」の良さを復活させるには


あとがき(平成31年4月1日 京都・山科上花山にて 林廣茂) [383-387]
初出一覧 [388]
参考文献 [389-398]



【抜き書き】
[pp. 7-9]

  ◆経営哲学の定義

 最初に、本書における経営哲学の定義をしておきたい。
 経営哲学は「企業経営の原理・根幹」である。経営哲学には、その時代の経営者の思想(宗教観、倫理道徳観、世界観、歴史観、文明観など)と価値観(信念・個性・伝統など)が強く反映される。長寿企業では、創業者とか創業家の経営哲学が遺訓や家訓として継承されていることが多い。経営哲学は、企業理念(企業の存在理由)や企業文化(企業の個性)などとして形式知化され、経営者と従業員に共有・共感されて企業が果たすべきCSR(社会に善と正義をなす企業の社会的責任)への態度と行動の規範となる。そして経営哲学は、暗黙知としても共有・共感される。

 今日の経営哲学は、企業の「持続可能な成長」を実現するために不可欠な、人的資本(有能な経営者や従業員)(×) 経済的資本(資金や設備)(×) 社会関係資本(哲学や価値観の共有・共感)の三大資本の内の、社会関係資本を構成する要因・社会情緒的資産(Socio-Emotional wealth)として捉えられている。
 経営哲学とほぼ同義である用語として、経営思想、経営理念、経営倫理などが用いられる。厳密にはそれぞれ意味が異なるようだが、本書で使う経営哲学の意味は、「人の思想・理念・倫理と価値観を含み、合理性と非合理性、知性と感性・情性の中間にあって、人間が働く意味と意欲を駆動させる人間哲学」であると考えておきたい。
 人は、自分個人の哲学(思想や価値観)と企業の経営哲学(理念や文化)が同期・共鳴したときに、最も強く企業の目標や目的に向かって自律的に努力する意欲をたぎらせると言われる。
 経営哲学は、時代の文明システム(政治・経済・社会文化・技術の仕組み)を構成する社会文化のサブシステムである思想の申し子である。文明システムは過去から現在へ、経路依存(現在に過去が反映)し、不易流行(変わるものと変わらないもの・伝統は革新の連続)し、時代の特徴を反映して変化する。思想とその申し子である経営哲学も、企業経営の歴史を通して、文明システムの進化と共に進化し、拡張する。そして時として、文明システムの退化と共に退化することもある。
 企業は時代を越え洋の東西を問わず、文明システムの変化を迅速に内部化する能力(アジリティ Agility)を持ち、変化に沿った競争戦略を立てる能力(ダイナミック・ケイパビリティ Dynamic Capabilities)を持たなければ持続的成長を実現できないとされる。それには経営哲学(企業理念や企業文化)という経営の原理・根幹にまで踏み込んで、絶えず企業そのものを包括的に自己変革する能力(トランスフォーメーション Transformation)を持たねばならない。
 経営哲学は、歴史を通して形成された日本人「らしい・ならでは」の「特殊」な思想から生まれてきた。と同時に、それが目指している「顧客、社会、国家、世界」の人々の心身の健康と豊かさ(ウェルネス Wellness)への貢献に向けて、「普遍」を志向している。文明システムがグローバル化した今日、経営哲学もまた、国内志向だけに留まることなく、日本をグローブ(地球)の一部と捉えて、「国内から国外へ」と「国外から国内へ」の双方向で、アップ・スパイラルに循環し、拡張・進化されなければならない。
 本書では、経営哲学が形式知として文章化され始めた江戸時代から現在まで400年の時間軸で、文明システムの変遷と経営哲学の進化・拡大・退化を検証する。そして最後に、現在から将来に向けて変化している21世紀の文明システムに適応した、新しい経営哲学のコンセプトを提案する。

『警察の社会史』(大日方純夫 岩波新書 1993)

著者:大日方純夫[おおびなた・すみお] 日本近代史


警察の社会史 (岩波新書)

警察の社会史 (岩波新書)

※私がつけたルビは全括弧[ ]で括った。また、旧字体はそのまま残した。


【目次】
目次 [i-iii]


序章 警察廃止をめぐる二つの事件 001
一 首都の警察署が壊滅――日比谷焼討事件 002
  空前の大暴動
  「警察こそが加害者」
  警察忌避の民心
  警視庁を廃止せよ
  市会・府会が廃止意見を可決
  警視庁廃止の論理
  廃止論の敗北
二 「警察復活に身命を賭すべし」――長野県「警廃」事件 015
  暴動化した県民大会
  警察署統廃合の波紋
  警察署が復活する
  地方警察の制度と機能
  事件の背景にあるもの

I 行政警察の論理と領域 029
一 民衆生活の管理――東京府下の場合 030
 (1) 売娼の取り締りと娯楽空間の規制 032
  公娼制度と貸座敷
  「醜業婦の巣窟」とされた浅草
  制限された劇場数
  寄席演芸流派の数々
  きびしい見世物興行規制
  遊技場・待合茶屋・芸妓[げいぎ]
 (2) 免許営業をめぐって 043
  古物商と質屋
  宿屋取り締りがなぜ重要だったか
  口入[くちいれ]業・代書業・案内業
 (3) 路上の風俗規制と安全対策 048
  「醜態」を取り締る
  人力車・馬車・自転車

二 あたらしい社会問題への対応――熊谷警察署の場合 053
 (1) 工場設備と労資関係の監視 055
  工場事故報告
  工場の安全管理
  認可申請の具体例
  職工酷使・虐待を監視する
  雇傭口入業者の取り締り
  処罰された口入業者
 (2) 海外渡航者の素行調査 068
  渡航・移民業務を担当
  渡航申請にどう対応するか
  素行調査の実例
  「転航」防止の注意

三 衛生行政の実態 077
  尾崎三良[さぶろう]と中浜東一郎の日記から
  伝染病予防の法規
  清潔法を制定する
  食品衛生行政への関与
  衛生組合の誕生
  衛生組合長の「始末書」
  衛生組合と聯合組合

 

II 変動する警察 093
一 原敬の警視庁大改革 094
  人事に大なたをふるう
  首相の直接指揮権の停止
  高等課の新設
  「民衆あっての警察」
  「警察思想」の普及をめざす
  典型的警察官=松井茂

二 「細民」対策――貧民警察の登場 104
  急増する犯罪件数
  本所太平署の実験
  警視庁指導下の「細民救護」機関

三 民衆騒擾にどう対応するか――米騒動前後 109
  「社会的犯罪」対策
  「正兵・奇兵」という戦術
  「米騒動」おこる
  「自衛団」の活動
  「国民警察」の提唱

四 巡査の待遇改善と精神的統制 118
  生活難に追いつめられる巡査
  「階下の警察官」精神

 

III 「警察の民衆化」と「民衆の警察化」 121
一 欧米に学ぶ 122
  内務官僚、ヨーロッパへ
  堀田貢のみやげ話
  警察関係の新聞・雑誌

二 宣伝する警察 127
  交通安全キャンペーンの開始
  道路取締令を契機とした活動
  安全週間の実施
  各地の動向
  小学生の警察署参観
  愛知県の警察展覧会
  和歌山県の「社会奉仕日」
  埼玉県の場合
  千葉県の場合
  全国的な展開
  ある教員の感想

三 人事相談所の開設 152
  狙いは何か
  愛宕署がまず開設
  相談内容は何であったか
  「帰るときはぐんにゃりさせる」

四 「自警」の組織化 162
  「自衛自警」の構想
  民間の治安維持組織とは
  警察への共鳴盤づくり

 

IV 「国民警察」のゆくえ 169
一 「帝都の暗黒時代」――関東大震災 170
  戒厳令がしかれる
  流言現象の実態
  「民衆警察=自警団」が行ったこと
  自警団をどう統制したか
  自警団員の裁判

二 自警団とは何であったか 186
  自警団設立は自然発生か
  神奈川県の場合
  埼玉県の場合
  警察関係者の自警団評価

三 「国民皆警察」の構想 194
  松井茂の「国民皆警察」論
  「力」の立場の浮上
  「皇室中心主義」が強調される
  世論はどうであったか
  「力士会」事件にみる世論
  欺瞞と化す便宜的「自治
  日本全国の「警察化」
  「国民警察」構想の到達点

 

終章 戦後警察への軌跡 211
一 近代警察の歩み 212
  警察機構の成立過程
  予防こそが使命
  社会変動のなかの再編成

二 戦後警察の成立と問題点 218
  解体された警察
  ふたたび集権と膨張の道へ
  『警察白書』を読む
  問いつめられるべき「現在」

 

あとがき [227-230]

 

 

【抜き書き】
※本書のルビは全括弧[ ]で、二重引用部は二重山括弧《 》で括った。
※著者による省略は (中略)、私による省略は 〔……〕で示した。


□181-185頁  やや長め。まず自警団員の裁判(が杜撰という点)について個人が振り返った記録。そして著者が、警察と自警団との関係がその一因と指摘する部分。


 警備部は〔……〕司法上、「変災」に際して行われた「傷害事件」を放任することはできない、とようやく決定した。しかし、〔……〕取り締まりはするものの、その範囲を最低限にとどめようとしたのである。
 以上のような方針がかたまったことによって、横浜・東京・群馬・埼玉などで、「事件」にくわわった自警団員の検挙がはじまった。

   自警団員の裁判
 検挙者数は、吉河光貞検事の『関東大震災の治安回顧』(一九四三年に調査・研究したもの)によれば、検挙一三九件(検挙者七四五人)、ただし、東京市発行の『東京震災録』では、東京市だけで検挙一三〇〇件となっていて、大きなずれがあり、いずれが正確かはっきりしない。
 検挙者は殺人罪・騒擾罪などで起訴されたものの、裁判には裁判官と被告とのなれあいという色彩が濃かった。当時、埼玉県本庄警察署に勤務していた新井賢次郎巡査はつぎのように証言している。

裁判もいいかげんだった。殺人罪ではなくて騒擾罪ということだった。刑を受けたのは何人もいたが、ほとんど執行猶予で、つとめたのは三、四人だったと思う。私も証人として呼ばれたが、検事は虐殺の様子などつとめてさけていたようで、最初から最後まで事件に立合っていた私に何も聞かなかった。そして、安藤刑事課長など、私に本当のことを言うなと差しとめ、実際は鮮人半分、内地人半分だったと証言しろ、それ以上の本当のことは絶対に言うな、と私に強要した。私も言われた通り証言した。
関東大震災五十周年朝鮮人犠牲者調査・追悼事業実行委員会編『かくされていた歴史――関東大震災と埼玉の朝鮮人虐殺事件』)

 このような構えで行なわれた裁判では、いったい、どのような審理となったのか。たとえば一〇月二二日、浦和地方裁判所における熊谷の虐殺事件についての公判はつぎのようであったという(同前)。

裁判長は被告の一人に元に余る日本刀を示して、「夜警の為にはチト大業[おおわざ]ではないか」と笑いかける。被告も笑いながら、「外にいいのがありませんでしたから。(中略)熊谷寺にゆくと誰ともなく「やっちまえ」というから、たおれていた鮮人を刺しました」と述べる。これは予審での申し立てとちがったので、裁判長が「お前は首を落とす積[つ]もりで再びやったというじゃないか」と叱ると、被告は「そうです。そうですが、首は落ちませんでした」という。そして、石を打ちつけたことについて、「黒い石はこの位でした」と大きな輪をつくる。法廷全体にクスクスと笑いがおこる、云々。

 これが虐殺事件の裁判であった。『東京日日新聞』(一〇月二二日付夕刊)がいうように、それはまったくのところ、「事件をさばく廷とは思われぬ光景」だったのである。
 裁判はいずれも、「自警団の傷害罪は悉[ことごと]く之を免ずること」、「過失により犯した自警団の殺人罪は悉く異例の恩典に浴せしめること」という自警団側の要求をいれて、ほとんどが無罪、または執行猶予付となった(姜徳相関東大震災』)。しかも、翌年一月の摂政(昭和天皇)の結婚にともなう減刑と、それを口実とした裁量によってほとんどが実刑をうけなかった(関東大震災五十周年朝鮮人犠牲者追悼行事実行委員会編『歴史の真実――関東大震災朝鮮人虐殺』)。
 こうして、自警団の「犯罪」は免除された。それは、この「犯罪」行為そのものが警察側のあり方と密接にかかわっていたからであった。一〇月二二日の『東京日日新聞』で、東京の三田四国町自警団の一員はいう。

私は三田警察署長に質問する。九月二日の夜、××来襲の警報を、貴下の部下から受けた私どもが、御注意によって自警団を組織した時、「× ×と見たらば本署へつれてこい、抵抗したらば○しても差し支えない」と、親しく貴下からうけたまわった。あの一言は寝言であったのか、それとも、証拠のないのをよいことに、覚えがないと否定さるるか、如何。
(「○○」「× ×」は原文のまま)

 また、巣鴨の住人もいう。

われ/\が竹槍やピストルを持って辻を堅めていると、巡回の警官は禁じもせず、かえって「御苦労様」とあいさつしてあるいた。
 今さら責任を自警団にのみ負わせるとは何事だ。

 このような発言、およびすでにあきらかにした一連の経過からみて、自警団の責任を徹底的に追及すれば、それは当然のことながら警察官憲の責任に及ばざるをえなかった。したがって、「事件」を自警団員の個別的な責任として処理するため、ほどほどのところでお茶をにごしたのである。しかも、自警団と警察のあいだには、つぎにみるように、さらに深い関係があった。



□205頁。第IV章・第3節、松井茂の〈国民皆警察〉論を詳しくた見たのち、著者がこの構想の(理想とした)手本と、(実際の)中央集権と自治の食い違いについて論じた部分。


  欺瞞と化す便宜的「自治
 ところで、「警察の民衆化と民衆の警察化」が提唱される際、つねにひきあいにだされたのはイギリスやアメリカであり、両国における警察と民衆の関係が羨望をこめてしきりに紹介されていた。しかし、日本警察の中央集権性を変えようという主張はあらわれなかった。この点ではイギリス、アメリカにならおうとはしない。フランスやドイツにならってつくり上げた大陸型警察の基本構造をそのままにして、イギリスやアメリカの自治的警察のもとでの警察と国民の関係をまねようというのである。中央集権性を誇り、自治的な警察のあり方を否定しつつ、「自治」が要求される。とすれば、それはもっぱら中央集権的警察の下支えとしての官治的「自治」、警察にとって役だっかぎりでの便宜的「自治」でしかない。したがって、それは一種の欺瞞に化するのである。
 一九二二年三月、自由主義的な言論人石橋湛山は、『東洋経済新報』誌上で、労働運動・政治運動に対する警察の干渉を批判しつつ、これを正すためには警察制度を根本的に改造して、政府の手から警察を奪い、地方自治体の管轄に移す以外にないと主張していた。同様な意味で、警察を民衆が支持し、後援するためには、本来、その根本的改造がなければならなかったはずである。民衆が自らの警察を回復するためには、国家の警察から自治体の警察へと転換させることが前提でなければならなかった。しかし、それは警察当局者によってはまったくかえりみられることがなかったのである。


『キレイならいいのか――ビューティ・バイアス』(Deborah L. Rhode[著] 栗原泉[訳] 亜紀書房 2012//2010)

原題:The Beauty Bias: The Injustice of Appearance in Life and Law 著者:Deborah L. Rhode(1952-)  法曹倫理。訳者:栗原 泉  翻訳家。

 

【版元】〈http://www.akishobo.com/book/detail.html?id=501

キレイならいいのか――ビューティ・バイアス (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

キレイならいいのか――ビューティ・バイアス (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

 

【目次】

凡例 [002]

はじめに フェミニストで、知を求める学者……のはずが…… [003-016]

目次 [017-024]

第一章 些末なことが大事なこと――女たちが支払っている代償 025
個人的なことは政治的なこと――靴の問題 029
容姿――代償とその結果 034
根幹をさぐる 037
フェミニストたちの挑戦と反応 041
容姿差別――社会の不正と法的権利 044
「くだらない訴訟」で裁判所が一杯に? 048
大事なのはルックではなくクック 051
容姿差別を禁じる州と都市 054
多額の費用に立証の難しさ 056
改革への行程表 060

第二章 容姿の重要性と、ひとをマネる代償 065
「魅力的」の定義とさまざまな差別 067
対人関係と経済的機会 071
容姿と生活の質の関連 075
ジェンダーによる違い 077
現状維持の代償――時間と金 080
考えられる健康リスク 085
化粧と整形手術の害 088
摂食障害と無食欲症 092
バイアスがかかる 095

第三章 美の追求は割に合う? 101
社会生物学的な基礎 103
三つの圧力 106
市場の力 108
幼児への接近 112
テクノロジーの力 116
メディアの力 118
各種美人コンテスト 120
テレビの影響――フィジーでも「この体形になりたい」 124
やり玉に挙げられる有名人の容姿 128
女子スポーツ選手の場合―― 一度も優勝なしで最も収入の多い女子テニスプロ 134
広告が作り出した数十億ドルの産業 136
満足度とは遠い美を求める努力 141

第四章 際限のない批判合戦 143
一九世紀~二〇世紀初頭の評論家たち 148
現代の女性運動 151
批判、そして批判 154
フェミニストたちの反応 158
個人的なことと政治的なことの間 162
二重の敗北感 168
袋小路を抜けて 173
新たなスタートライン 176

第五章 外見で人を判断するな――不当な差別 181
ステレオタイプで差別 185
二重の差別への異議申し立て 188
思わぬダブルスタンダードの弊害――同性愛者の直面する問題 190
自己表現の権利を守る――個人の自由と文化的アイデンティティ 193
コントロールできるものは自己責任? 197
太り過ぎインストラクターの出世 202
セクシーな子を雇って何が悪い? 203
雇用者の論理と懸念 206
実利的な面からの反論 208
法律の効果 213
性的嫌がらせとの類似 216
法律の貢献 218

第六章 新しく作るか、あるものを使うか――法の枠組み 221
現行の法的枠組みの限界 225
容姿差別の禁止 250
取り組み方の比較――ヨーロッパの対応 255
容姿差別の法的禁止――その力と限界
259
消費者保護――詐欺まがいの販売行為の禁止 262
改革への方向づけ 265

第七章 改革に向けての戦略 267
目標設定 270
個人ができること 275
業界・メディアの役割 277
法律と政策 282
ジャンクフード漬けの子ども対策 284
栄養素表示の効果 288
問題を矮小化する法案 290
パーティのあとの救急センター 293



【抜き書き】
・ルビは全括弧[ ]に示した。

・引用者による中略は〔……〕。

・以下の抜き書きは、冒頭のやや長い「はじめに」から数か所。あとの方には本書中盤から一か所。

 

  はじめに  フェミニストで、知を求める学者……のはずが……

 容姿のことで私はこれまでずっと問題を抱えてきた。だが、そんなことを広く訴えたいとか、ましてや本に書きたいなどと思ったことはない。我々の文化のなかでは、そんな話をすることに多少なりとも不安を覚えずにはいられないのだ。
 フェミニズム創始者の一人、スーザン・ブラウンミラーは次のような言葉でこの問題の一端を明らかにしている。「『服装とは一つの意見表明だ』なんて言ったのはだれ? そんな生易しいもんじゃないわ。服というものは一時[いっとき]も黙っちゃいない。際限もなくがなり立ててるのよ。着ている本人が意識しようとしまいと、いろんな主張をね」
 体重やヘアスタイル、化粧などについても同じことがいえる。そこで、主張のまったくない私のような人間は困ってしまう。私はただ周囲に溶け込みたいだけだ。きれいかどうかよりも、ただ目立たないでいたい。人によっては、たまたまだれかが自分と同じ服を着ていると困惑したり不機嫌になったりするが、私はいつもほっとする。野暮ったい服かもしれないが、着ているのは私一人じゃないんだと。
 他人のまねをしていればいちばん安全だと私は信じていたのだが、一九七九年にスタンフォード大学で働き始めるとそうはいかなくなった。法学部の教員三六人のうち、女性は先輩一人と私だけ。その先輩のファッションが、到底まねできないものだったのだ。派手なプリント柄や大胆な色合いの彼女の服は、頭のてっぺんからつま先まで主張だらけだった。
 一方、私の服はといえばセーターとコール天パンツばかり。私は職場の進歩主義的な男性同僚たちと同じような格好をしていたのだ。それでまったく問題はないと思っていた。なんといっても私はフェミニストで、知を求める学者なのだ。時間と金をファッションなんかに浪費したくない。
 私は、とっかえひつかえ三通りのカラーコーディネートで通していた。〔……〕
 私がスタンフォード大学「女性とジェンダー研究所」の所長に就任するや、服装の問題は一層深刻になった。仕事柄、大学のお偉方や財団理事や裕福な寄付者たちと定期的に接触しなければならなくなったのだ。〔……〕
 職場の人たちは、まるでキリスト教の伝道師さながら、熱意を込めて私の改造計画に乗り出した。私は当面、彼女たちの監督のもとにクレジットカードを使い、彼女たちのお許しの出た店で服を買うことになった。私の洋服ダンスのなかでもとくに見栄えのしない服が何点か持ち出し禁止処分になった。

 

□体験談その2。

 ほっとしたのも束の間だった。数年後、私はアメリカ法曹協会(ABA)女性法律家委員会の委員長に就任し、研究者と著名職業人とでは服装の基準がまるで違うと思い知ったのだった。これに気づいたのは、この委員会が有名な女性弁護士たちを迎えて昼食会を開く数週間前のことだ。年に一度のこの例会には全国メディアはいわずもがな、数多くの法律家たちの注目が集まるのだという。私はほんの端役にすぎなかったが、それでも昼食会の様子が大型スクリーンに映し出されれば、服装のあらゆる問題点がいやというほど明らかになるだろう。
 開催日を目前に、私はABAの広報担当者の親切な申し出を受けた。いわく、大スクリーンに映し出される私の「見栄え」が「問題になって」おり、協会は「メイクとヘアの専門家の助言と買い物代行サービスを利用する費用を負担したい」のだそうだ。それまでの経験からいえば、こうした建設的な申し出は前向きに受け入れるべきだった。だが私は、費用はあくまで自分で払うと言い張った。私がこの歳になってまだマスカラをうまく塗れないとすれば、それは自分が悪いのであって、ABAの責任ではなかった。とはいえ、そんな私でも、まあまあちゃんとした服を一着くらいは持っているはずだ。
 こうしてABAの広報担当スタッフとの一連の交渉が始まった。スタッフは私の洋服ダンスの中身をすべて調べ上げた。どの服が着用可能かは、私の「パーソナルカラー」を踏まえて考えなければならない。もちろん、私のパーソナルカラーはすでに専門家による分析を受けているはずだ。私の色は「春色」だろうか、それとも「秋色」か。「ふさわしいアクセサリー」はそろっているか。こうしたことがすべて、職業上の男女平等を推進する委員会の仕事として進められたとは、なんとも皮肉である。ABAに数多[あまた]いる男性の会長や委員長のなかで、パーソナルカラーは「春色」か「秋色」か、あるいは「ちゃんとした」ネクタイはそろっているかなどと訊かれた人がいるだろうか。


□学者の服装、次に一般論。ここも「はじめに」から。

 ここで私がこのばかげた体験を語るのは、その重要性をことさら強調したいからではない。私は幸せな結婚生活を送る一研究者で、ありがたいことにこれまで自分の容姿について深刻に悩むことなく暮らしてきた。私の見かけがどうであれ、それで世の中が変わるわけはない。だが、この事例からくっきりと浮かび上がるのは、容姿に関して男性と女性は別々の基準が適用される、つまりダブルスタンダードがあるということだ。
 また、文化的に当然だとみなされていることが、たとえ一見瑣末[さまつ]なことであっても、女性の人生においていかに障害となっているかも、ここからは見えてくる。男性は買い物代行サービスや美容のプロの世話にもならず、そのための費用を払わずともちゃんとした身なりを整えることができる。それなのになぜ、女性はできないのか。
 この問いかけをテーマにした地道な論評もいくつか書かれていることがわかった。女性の容姿が男性の容姿に比べて不釣り合いなほど注目されるのはなぜか。いろいろな見方はあるが、その原因として生物学や女性蔑視、あるいはメディアや化粧品産業が挙げられている。
 自分の研究テーマとしてこの問題を調べ始めると、学者の身なりをめぐる学術文献さえあることがわかった。大学の教員は、他の専門職に比べて着こなしがかなり下手だといわれている。ただし、これが困った事態かどうか、あるいは検討に値する問題かどうかは見解の分かれるところだ。
 今日、学者たちの服装規定はより幅が広く、地域や研究分野によってもさまざまだ。いかにも芸術家っぽいと、芸術学部ではほめられる服も、法学部に着て行けば眉をひそめる人が出てくるだろう。〔……〕しかし、どんな地域のどんな専門分野においても、見かけがよくないということは重大な問題だし、地域のファッション基準から逸脱すれば代償を払わなければならない。学生たちは魅力的な教師を高めに評価するものだという学術研究もある。教師がいささかなりともおかしな身なりをすれば、それは広く学生たちの気づくところとなることは、経験からも明らかだ。RateMyProfessors.com というウェブサイトでは、教師の教え方だけでなく、魅力的かどうかも学生たちに採点させている。
 学生たちの採点に痛手を負わない教師はほとんどいないが、いったいどんな手を打てばいいのかは別問題だ。容姿の問題は、考えれば考えるほど複雑なものだとわかる。きれいになることは、ある人びとにとっては基本的には喜びであり、自己表現であり、逃避となろう。しかし、一部の人たち、とくに一定の年齢を越えた女性にとってはただわずらわしいだけのことだろう。年月を経るごとに、私はますます後者の仲間入りをし、男女に異なる基準を課すダブルスタンダードに腹立たしい思いをつのらせてきた。
 男性は容姿による偏見を受けないなどというつもりは決してない(*身長が一七五センチに満たない男性に訊いてみればわかることだ)。だが、女性は男性の何倍も努力しなければならない。最低限の身なりを整えるだけでも、女性は男性よりもはるかに手数をかけなければならない。〔……〕
 さらに昔からの年齢差別の問題がある。これは男性よりも女性にとってはるかに大きな問題だ。〔……〕髪が白く額にしわのある年輩の男性は、「立派に」見える。女性は年配になってもそうは見えない。「魅力がない女」として無視されるか、あるいは年に似合わず若づくりだとばかにされるかである。こんなダブルスタンダードがあるから、女性は絶えず容姿を気にすることになる。おまけに、気にすること自体を気にするのだ。〔……〕
 ノーラ・エフロンアメリカの脚本家・映画監督)は『気になるのはネックライン』(I Feel Bad about My Neck)と題する最新のベストセラーで、自分や友達がどれほどの時間と費用をかけて「現状維持」に努めているかを打ち明けている。「現状維持」とは遠回しの言い方だ。まったく役に立たないアンチエイジング商品に「天文学的な代金」を払うこともあり、これなどは「(*私たちが)いかにだまされやすいかという証拠だ」
 私はこの本を読んで、興味を掻き立てられた。ノーラ・エフロンのような有能な女性が、なぜネックラインなどで大騒ぎするのだろう。サラ・ペイリンアメリカの政治家。二〇〇八年大統領選挙に共和党副大統領候補として出馬)の選挙陣営が、外交政策顧問よりもメイクのプロに高給を支払ったのはなぜか。アメリカ随一の女性起業家であるオプラ・ウィンフリー(俳優、テレビ番組司会者兼プロデューサー)がしょっちゅう体重を気にしているのはなぜか。国民の五分の一以上が基本的な医療サービスを受けられないでいる国で、最も目ざましい成長を遂げている医療分野は美容処置だというが、これはなぜか。この分野の患者の九〇パーセントを女性が占めるのはなぜか現代の女性運動がさまざまな面で男女平等を勝ち取ってきたのに、容姿をめぐるひどいダブルスタンダードについては成果がはかばかしくないのはなぜか。
 本書は、こうした問いかけに一応の答えと前向きな解決策を見出そうとする私の試みである。

 

 

□116-117頁。

  テクノロジーの力
 テクノロジーの進歩によって人は容姿を改善することができるようになり、それでますます容姿 気にかけるようになった。著名な文化人類学者マーガレット・ミードは指摘している。「欠陥は修正できるという可能性がひとたび生まれると、私たちの考え方が変わる。なにか手を下さなければならない、と思うのだ。なんでも悪い点はなおすべきだと」
 その最もわかりやすい例は美容整形手術であろう。再建術の歴史は古く、紀元前六〇〇年のインドにまでさかのぼる。ヨーロッパでは一五世紀以降、病気やけがや出生異常などによって外見を損なわれた人のために、散発的に行われていた。だが、一九世紀になるまで麻酔は使われず、ショックと失血を伴うこうした手術は危険で、患者にとって苦痛であった。クリミア戦争や二度の世界大戦が続く間に、負傷兵の治療に役立つ技術が開発され、やがて美容手術にも転用できることが証明された。
 こうした技術のおかげで、すでに二〇世紀の初めには、実入りのいい一つの専門分野が発展の兆しを見せ始めていた。さらに、写真術をはじめクローズアップ撮影技術の進歩は、もっと魅力的な容貌になりたいという欲求を掻き立ててきた。写真加工術が進歩し、最近の消費者は手術によってどのような顔になれるかを簡単に想像できる。また、肌や爪や髪の毛の手入れのためのより優れた商品も、さまざまな分野の研究から生まれている。
 しかし、こうした研究が商品に関する似非科学的な主張の基礎を築き販売担当者がそれらを巧みに利用してきたことを無視するわけにはいかない。一九五○年代、ヘアダイをする女性は全体の七パーセントにすぎなかった。安価で手軽で効果的なヘアダイ商品の登場により、いまでは女性の六割が髪を染めている。
 インターネットによって、美しさやボディイメージの重要性を強調するさまざまなサイトをだれでも閲覧できるようになった。「最もダサいネットワーク」の一つに選ばれた「ビューティフル・ピープル」は、会員一二万人を誇るネットコミュニティーだ。入会の諾否はもっぱら外見にもとづいて会員たちによって決められる。「シングル向けホットなイベント」などを企画するこのサイトは「外見が重要だといってしまえば、道徳的には正しくないかもしれない。だが、それは真実だ」との前提で動いている。
 また、「痩せる努力を鼓舞する」サイトもたくさんあり、自分たちは一つの生活様式を選んでいるのであって、摂食障害ではないと信じ込んでいる拒食症や過食症の患者を支えている。こうしたウェブサイトには痩せ細った有名人の写真や減量のヒントが掲載され、サイトを通してチャットもできる。幼い少女たちは「ミス・ビンボー(bimboは魅力的だが頭の悪い女の意味)」のサイトを訪れてバーチャルな人形をつくり、その人形にダイエットピルを飲ませて「がりがりに痩せさせ」、そのうえ豊胸手術を受けさせ、顔のしわ取りをして遊ぶのだ。
 いまやインターネットを開けば、美容関連の広告や有名人の姿が目に飛び込んでくる。結果として外見の重要性はさらに強調される。テレビ会議フェイスブックなどを通して、視覚映像を簡単に入手することができるし、写真修正技術を使えば映像に簡単に手を加えることもできる。こうして実現不可能な理想的容姿がますます独り歩きする。このエレクトロニクス時代、美しさはただちに、しかも際限もなく手に入れることができるものになった。しかし、それは自然が与えてくれた肉体からかけ離れたものになっていく。

 

『中動態の世界――意志と責任の考古学』(國分功一郎 医学書院 2017)

著者:國分 功一郎(こくぶん こういちろう)

装丁:松田行正 + 杉本聖士 

シリーズ:ケアをひらく

 【目次】

プロローグ――ある対話 [002-006]
目次 [007-012]

 

第1章 能動と受動をめぐる諸問題  013
1 「私が何ごとかをなす」とはどういうことか 015
  体に指示を出しているわけではない
  歩き方を選んだわけでもない
  そもそも意志が最初にあったのか?
  どうなれば謝ったことになるか

2 「私が歩く」と「私のもとで歩行が実現されている」は何が違うのか 020
  能動態だが能動ではない行為
  だが受動でもない
  意志という謎の登場
  接続されつつ切断されたもの?
  しかし「意志は幻想」では終わらない

3 意志と責任は突然現れる 024
  叱られるか、褒められるか
  意志は後からやってくる
  アルコール依存なら? 薬物依存なら?
  では殺人や性犯罪ならどうか

4 太陽がどうしても近くにあるように感じられる――スピノザ 030
  行為は意志を原因としない
  効果としての意志は残る

5 文法の世界へ 032
  能動/受動の外部
  能動態と受動態の対立は普遍的ではない
  もともと能動態は中動態と対立していた!
  「私が自分の手をあげる」から「私の手があがる」を引くと?
  nothing をなぜ思い描くのか


第2章 中動態という古名 039
1 「中動」という名称の問題 041
  中動態が先にあった
  ではなぜこの名が?

2 アリストテレス『カテゴリー論』における中動態 043
  古代ギリシアの文法研
  アリストテレス、一〇のカテゴリーの謎
  バンヴェニストの推測
  透けて見える中動態と受動態の位置づけ

3 ストア派文法理論における中動態 047
  三つの類型がすでに提示されていた
  「どちらでもないもの」としての中動態

4 文法の起源としてのトラクス『文法の技法』 049
  今日まで影響を与え続ける最古の文法書
  「動詞は…能動と受動を表す」
  「能動と受動の対立」に従属するものとしての中動

5 エネルゲイアとパトスをめぐる翻訳の問題 053
  エネルゲイアは「遂行すること」、パトスは「経験すること」
  メソテースは「例外的なもの」

6 パトスは「私は打たれる」だけではない 056
  「テュプトー」と「テュプトマイ」
  「打たれる」から「悼む」まで
  パトスはむしろ中動態を示す

7 メソテースをめぐる翻訳の問題――四つの例 060
  「私はそこに留まっている」
  「私は正気を失っている」
  “完了”がもつ特別の地位とは?
  「私は自分のために作った」
  「私は自分のために文書を書いた」
  メソテースは単に例外を名指している
  メソテースがなぜ「中動態」とされてきたのか?

8 奇妙な起源 068
  これは単なる誤読ではない
  あるパースペクティヴがそれ自身によって強化されるプロセス


第3章 中動態の意味論 071
1 中動態に注目する諸研究――第三項という神秘化 074
  自殺? 他殺? それとも……
  神秘化するほど「能動/受動」図式は強化される
  デリダラカンもまた

2 中動態の一般的定義――なぜ奇妙な説明になるのか? 078
  「利害関心」とはこれいかに
  失われたパースペクティヴを求めて

3 中動態を定義するために超越論的であること 080
  主語の被作用性――アランの着眼点
  中動態は能動態との対比によって定義されなければならない

4 バンヴェニストによる中動態の定義 084
  バンヴェニストはなぜ発見できたのか
  「能動/受動」図式の悲鳴――形式所相動詞
  中動態のみの動詞と能動態のみの動詞を比べてみる
  「するかされるか」ではなく「内か外か」
  能動態の例を検討する
  中動態の例を検討する
  「在る」「生きる」はなぜ能動態か

5 中動態の一般的な定義との関係 091
  対立だけで説明できるのか?

6 受動態、能動態との関係 093
  中動態から受動態が発生したメカニズム
  四つのメソテースの例文再読

7 「中動態」という古名を使い続けること 096
  「内態/外態」というクリアーな説明で何が失われるか
  意志、ふたたび……


第4章 言語と思考 099
1 ギリシア世界に意志の概念はなかった 101
  「奇妙な欠落」とは
  能動態が中動態に対立している世界に「意志」はない

2 ある論争から 103
  バンヴェニストデリダ
  デリダの三つの批判

3 『カテゴリー論』読解への貢献――デリダの批判(a)に対して 105
  重要な先行論文を参照していないという批判
  中動態研究にとって重要な指摘

4 思考の可能性の条件としての言語――デリダの批判(b)に対して 108
  分けられないものを分けているという批判
  思考を言語に還元しているという批判
  思考の「可能性」を規定するとはどういうことか
  デリダはなぜ誤認したのか

5 哲学と言語――デリダの批判(c)に対して 114
  ギリシア語の特殊性が哲学を可能にした――バンヴェニストの主張
  ハイデッガー存在論、ヨーロッパ ――デリダの印象操作
  見当違いの言いがかり
  成果はどちらに?
  哲学は中動態の抑圧の上に成立した


第5章 意志と選択 121
1 アレントの意志論 123
  きっかけはアイヒマン
  参照先はアリストテレス

2 アリストテレスの「プロアイレシス」 125
  理性と欲望だけでは説明できない
  「選択」という契機を挟み込んだアリストテレス

3 プロアイレシスは意志ではない 127
  意志と選択は違う
  「意志」の場所=未来はあるか
  「選択」は過去からの帰結に過ぎない

4 意志と選択の違いとは何か? 130
  過去の要因の総合としての「選択」
  過去を断ち切るものとしての「意志」
  選択が意志にすり替えられてしまう
  では意識の役割は?

5 意志をめぐるアレントの不可解な選択 135
  意志を擁護する方向に進むアレント
  意志が存在しえないことをアレント自身が証明してしまう
  なぜそこまでカントを批判するか
  「意志を否定する哲学を否定する」ことの効果は?

6 カツアゲの問題 140
  自発か非自発か
  脅されて金を渡すのも自発的行為?

7 「する」と「させる」の境界 144
  フーコーの権力論
  暴力は抑え込み、権力は行為させる
  権力を行使される側に残される「能動態」
  相手の自由を完全に奪っては便所掃除をさせられない

8 権力関係における「能動性」 149
  「する」と「される」では説明できないこと
  能動態と中動態の関係でこそ、権力は説明できる

9 アレントと一致の問題 152
  アレントもまた暴力と権力を区別しているが……
  権力と暴力は同居できるか
  アレントは自発的でない同意は認めない

10 非自発的同意の概念 156
  「仕方なくソバにする」をどう説明するか
  自発性と同意は分けて考える

11 アレントにおける政治、意志、自発性 158
  「仕方なく」を排除した先
  「非自発的一致」の可能性へ


第6章 言語の歴史 161
1 動詞は遅れて生じた 164
  先に名詞的構文があった
  共通基語を足がかりに
  名詞的構文の化石を探す
  スピーヌムという化石も

2 動詞の起源としての非人称構文 169
  it rains は「例外」ではなく「起源」である
  動詞はもともと行為者を指示していなかった
  「私に悔いが生じる」から「私が悔いる」へ

3 中動態の抵抗と新表現の開発 172
  形式所相動詞
  再帰的表現

4 出来事の描写から行為の帰属ヘ 175
  出来事が主、行為者が従だった時代
  出来事を私有化する言語へ

5 日本語と中動態 177
  驚くべき論文
  自動詞と受動態は、中動態を親にもつ兄弟である
  バンヴェニストの三〇年以上前に……

6 自動詞と受動態 181
  自動詞と受動態の兄弟関係が切り裂かれる
  by での置き換えに「心を奪われてはならない」
  中動態を担う「ゆ」
  「自然の勢い」=自発の位置

7 「自然の勢い」としての中動態 185
  煮え切らない細江の説明
  「自発の勢い」が中動態の根底にある
  力の度合いによって中動態は区分される

8 中動態をめぐる憶測 188
  中動態は自動詞・他動詞・使役表現の培地
  細江の言語史観は「能動態から中動態へ」
  中動態が先にあった!? ――憶測的起源として

9 抑圧されたものの回帰 191
  中動態が担っていた意味はどこへ?
  中動態が顔をのぞかせるとき
  行為の帰属を尋問する力とそこから逃れる力
  言語――抑圧と矛盾のなかで蠢くもの


第7章 中動態、放下、出来事――ハイデッガードゥルーズ 197
1 ハイデッガーと意志 200
  転換点としてのニーチェ
  「用具性」にひそむ意志
  「覚悟性」「決断」と意志のねじれた関係
  彼はなぜ意志を強く否定したいのか

2 ハイデッガーの意志批判 204
  意志することは忘れること
  意志することは考えないこと
  意志することは憎むこと 

3 「放下 Gelassenheit」 207
  後期ハイデッガーのキーワード
  意志と無思慮――ある対話から
  意志からの脱却は可能か
  「能動/受動」の外部に横たわるもの
  謎めいた言い回しを中動態から解釈すること
  失われた“態”を求めて

4 ドゥルーズ『意味の論理学』――その古典的問題設定 216
  「雨が降る」をどう言うか
  出来事の水準へ
  存在はどのように言われうるか?

5 出来事の言語、動詞的哲学 219
  出来事は能動的でも受動的でもない
  出来事に先立って主語はない――可能世界論
  動的発生の理論へ

6 動詞は名詞に先行するか? 223
  ドゥルーズ、徹底した動詞優位論者
  出来事が動詞を可能にする
  「不定法礼賛」であることの意味
  出来事を名指す動詞的なもの――動詞のイデア


第8章 中動態と自由の哲学――スピノザ 229
1 スピノザの書いた文法書『ヘブライ語文法綱要』 231
  なぜそこまで文法に関心を示すのか
  快活で喜びに満ちたスピノザ

2 動詞の七つめの形態――文法論 233
  演奏そのものを書き起こす楽譜のように
  自分自身で自分のところを訪れる
  能動/受動の外側にあるもの

3 内在原因、表現、中動態――存在論(1) 236
  神に他動詞はない
  「表現」という概念を導入する
  唯一の実体と、その変状としての「様態」
  様態的存在論――アガンベン
  神に受動はありえない――「される」ではなく「なる」
  中動態だけが説明できる世界

4 変状の二つの地位――存在論(2) 243
  スピノザの言う「能動」「受動」とは
  変状――その二つの意味
  能動と受動を単なる視点の問題に還元しない道はあるか?

5 変状の中動態的プロセス――倫理学(1) 248
  人間はすべて受動ではないか?
  外部刺激によって内部の変状が開始するプロセス
  能動態➡中動態という二つの段階を経る

6 スピノザにおける能動と受動――倫理学(2) 252
  「変状する能力」が本質である
  中動態としての「コナトゥス」
  刺激を受け、変状し、自らに影響する
  行為の「方向」の違いではなく「質」の差
  これでカツアゲが説明できる!

7 能動と受動の度合い――倫理学(3) 258
  純粋な能動にはなりえない
  殴打はいつ受動になるか
  どうすれば受動から脱することができるか

8 自由について 261
  「能動と受動」から「自由と強制」へ
  必然性に基づいた行動が自由である
  自由は認識によってもたらされる


第9章 ビリーたちの物語 
1 メルヴィルの遺作 266

2 キリスト、アダム 269
  歴史を背負ったアダム
  ビリーは思うように行為できない

3 ねたみの謎 271
  クラッガートの側から読んでみる
  引きつけられるがゆえのねたみ
  相手に自分を見るとき、人はねたむ
  クラッガートも思うように行為できない

4 歴史 277
  ビリーという読者、クラッガートという読者
  歴史的コンテクストによって読解は決まる
  ヴィアの「錯乱」
  ヴィアもまた思うように判断を下せない  
  人は自分で選んだことなどない
  歴史の強制力――マルクスの言葉

5 彼らはいったい誰なのか? 286
  アレントの読解
  暴力的な善
  人をつらい思いにさせる真理
  自由ではいられないわれわれ

6 中動態の世界に生きる 292
  自由へ近づくために 


註 [296-325]
あとがき(二〇一七年二月 國分功一郎) [327-335]

 


 

【抜き書き】
□76頁

  神秘化するほど「能動/受動」図式は強化される
 能動態と受動態の対立を大前提としたうえで、それに収まらない第三項として中動態を取り上げるやり方が問題なのは、それがこの態を、不必要に特別扱いすることにつながるからである。それはしばしば神秘化の様相を呈する。特に哲学においてこの傾向は著しい。【04】
 哲学ではこの100年ほど、西洋近代哲学に固有の〈主体/客体〉構造が凝問視されてきたという経緯があるため、この構造を能動/受動の文法構造に重ねつつ中動態を称揚するという事例が散見される。
 たとえば、近代的な〈主体/客体〉構造を乗り越えようとした代表的な哲学者はマルティン・ハイデッガーだが、その哲学を中動態の観点から論じたチャールズ・スコットやデイヴィッド・レヴィンらの論文はたいへん残念なことにあまり学ぶべきことのないものになってしまっている。【05】
 彼らが言っているのは――そして、彼らが知っているのは――能動態にも受動態にも属さない中動態があったということであり、そしてそれだけである。こうして中動態を神秘化すればするほど、能動態と受動態の対立は、日常感覚に根ざした普遍的な対立として強固になっていく。

  註

【04】 ロラン・バルトバンヴェニストのすぐれた理解者であり、彼の中動態論を正確に把握しながら「書くは自動詞か?」(1966年)という一種の中動態論を展開している(Roland Barthes, Le Bruissement de la langue, Seuil, 1984ロラン・バルト『言語のざわめき〈新装版〉』花輪光訳、みすず書房、2000年)。ただ、バルトの記述が中動態の比喩的な理解、「能動でも受動でもない中動」という理解への道を開く可能性をもっていたことも確かで、たとえばヘイドン・ホワイトはそのホロコースト論のなかで、ロラン・バルトのこの講演原稿だけを読んで中動態を論じ、「旧来の表象様式では適切に表象することができない」ホロコーストを表象する鍵をそこに見出しているが、これは単にホワイトが、バンヴェニスト等々の言語学者達の論文を読むのを面倒がって省いたがために得られた結論に過ぎない(ソール・フリードランダー編『アウシュビッツと表象の限界」上村忠男他訳、未來社、1994年、57-89頁)。

【05】Carles E. Scott "The Middle Voice in 『Being and Time』", John C. Sallis, Giuseppina Moneta & Jacques Taminaux (eds.), 『The Collegium Phaenomenologicum: The First Ten Years』, Kluwer Academic Publishers, 1988, p.159-173.
David Lewin, "The Middle Voice in Eckhart and Modern Continental Philosophy", Medie val Mystical Theology, The Eckhart Society, Vol. 20 (1), 1992, p.12-26.
 後者はタイトルにエックハルトの名前があがっているが、ハイデッガーが論じたGelassenheit (放下)の起源としてエックハルトに言及しているのであって、実際にはハイデッガー論である。どちらも重要な問題提起をしていると思われる。だが、中動態をめぐる言語の歴史が考察されていないため、中動態を第三の態としてしか扱えていない点が非常に残念である。
 ハイデッガーと中動態の関係をめぐって注目すべき論点を提出しているのは、ブレット・W・デイヴィスの『ハイデッガーと意志』(Bret W. Davis, Heidegger and the Will: On the Way to Gelassenheit, Northwestern UP 2007)で、これはハイデッガーにおける「精神」の語の用法を詳細に検討したデリダの『ハイデッガーと問い』に匹敵する仕事になっている。

 

『言語起源論の系譜』(互盛央 講談社 2014)

著者:互 盛央(たがい もりお)
装丁:内山 尚孝(next door design)

言語起源論の系譜

言語起源論の系譜

【目次】
はじめに [001-004]
もくじ [005-007]
凡例 [008]

序章 人類最初の言語を聞く 009
「野生児」の言語/「自然」と「人為」、そして起源な問いへ

第I章 「神」が言語を与える――聖書の時代:中世から十五世紀まで 021
「生まれ出ざる者」/歴史の中のカスパーたち/「起源の言語」を求める意味/ヘブライ語起源説/言語と政治/ダンテと「起源の言語」/「バベルの塔」はなぜ否定されたのか/詩人が見出した言語/バベル的状況の出現/カバラの伝統/言語の二種/クラテュロスの真意/すり替えられる「起源の言語」

第II章 複数のアダムたち――国民言語勃興の時代:十六世紀から十七世紀へ 063
変質するカバラ/変質するヘブライ語宗教改革と諸言語/俗語賞揚とその根拠/ギョーム・ポステルとフランソワ一世/国民言語と国家統合/乱立するバベル/失われた「起源」、隠された「起源」/パラケルススからヤーコプ・ベーメへ/普遍言語の企て/ヘブライ語からの離脱/普遍言語と「地上の楽園」/普遍的調和と「自然」

第III章 人間が言語を作る――「自然創出」の時代:十七世紀 109
「自然」の創出/「歴史」の創出/人類は二度、創造されたのか/言語の「歴史」と複数の言語/地球の外にある「自然」の言語/「人為」と「自然」の一致/「自然法」思想とのつながり/主意主義と「起源の言語」/近代の「自然法」思想/「始まり」の暴力

第IV章 起源を証明する――「社会契約」の時代:十七世紀から十八世紀へ 147
理性的な言語/「自然」に優越する「人為」/ホッブズの「自然」/「ホッブズ問題」と「言語の起源」/言語を作るには言語が必要である/なされたことのない契約/残存する「自然言語」I /残存する「自然言語」II /バークリーの観念論/ラ・メトリの人間機械論/ディドロ唯物論コンディヤックの解決I /コンディヤックの解決II /「狼男」たち

第V章 起源をめぐる闘争――乱立する言語起源論の時代:十八世紀 201
言語の発展段階/言語神授説/人間は生まれつき「交流」するのか/アダム・スミスの言語起源論/「共感」とは何か/ルソーの敗北、そして飛躍へ/「一般意志」による解決/「一般意志」と非人称性/ロマン主義への道/「言語の歴史」から「言語という歴史」ヘ/「普遍史」から「世界史」へ/「普遍」の変貌/起源からの「堕落」/「野生の少女」の教え/「削られた板」

第VI章 起源を復元する――言語学の時代:十八世紀から十九世紀へ 267
「野生人」の国、アメリカ/虚の起源に向かって/ベルリンの言語起源論/「民族」の理性/カントのすり替え/フィヒテの解決/ロマン主義実証主義の共犯/言語学の誕生/「バベルの塔」を建設する「民族精神」/抵抗するアンシャン・レジーム/「反動」の言語起源論/抹消される「野生人」の言語/神秘主義の「反動」/「意志」には何ができるか/メーヌ・ド・ビランの言語起源論/因果性批判の射程

終章 「起源の言語」を語る天使たち 343
ヘルダーの言語起源論は無効か/グリムの反撃/ルナンの言語起源論/進化論と結合する言語学/大脳局在説の登場/消え去らない逆説/風はアメリカから/「言語の起源」は存在しない/構造主義と起源/生得的なもののゆくえ/「神」の言語から人間の言語へ/「純粋言語」のほうへ/へりくだる「神」/「起源の言語」を語る天使たち

あとがき(二〇一四年二月 互 盛央) [403-405]
書誌 [406-430]



【抜き書き】

□p. 403

    あとがき

 ここまで歩みをともにしてくださったかたには明らかなように、本書の試みはプラトンからチョムスキーに至る二千三百年間、プサンメティコス王まで遡るなら実に二千五百年間を対象にしている。そこには夥しい数の言語起源論が登場し、さらに本書で取り上げられなかったものまで含めれば、星の数ほどとも思える言語起源論が生み出され続けてきたことが分かる。改めて考えてみると、これは異様なことだ。
 言語起源論は、そのほとんどがヨーロッパと呼ばれる場所に現れた。いくら探しても、ヨーロッパ以外にそんな場所はこの地球上に存在しない。その事実が示しているように、言語起源論とはそもそもヨーロッパ的な問いだった。いつしかそれは「近代」の問いに変貌したが、その問いはいまだ答えられていないし、たぶん答えられることはありえない――そのことに気づいたとき、「言語起源論の系譜」はすでに始まっている。

□p. 405

 本書を書き進めながら、この企てがさまざまな意味で自分の力量を超えているものであることを痛感せざるをえなかった。それでもなお、ここまでたどりつくことができたのは、ウンベルト・エーコ、ジエラール・ジュネット、アルノ・ボルストをはじめとする偉大な先達の仕事を導きの糸にできたからにほかならない。ここに敬意と感謝の念を刻みたい。その糸をたどりながら進むほど、言語起源論の渦は巨大化していった。何度も途方に暮れた。歩み始めてしまったことを後悔もした。だが、私には、その渦から戻ってくる力を与えてくれる人たちがいた。その一人一人にただただ感謝している。合わせて、宮谷尚実さんからは貴重な文献をご提供いただいたことを謝意とともに記しておきたい。
 前著に続き、本書もまた講談社の林辺光慶さんのもとで生まれた。林辺さんにはどれだけ感謝の言葉を費やしても足りないだろう。敬愛する編集者に出会えた著者は幸せだ。私は本当に恵まれている。だから、私はこれから先の仕事で恩返しをしていきたいと思う。