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『[証言]将棋昭和史』(田辺忠幸[著] 加藤治郎, 原田泰夫[述] 毎日コミュニケーションズ 1999)

著者:田辺 忠幸(1931-2008) 将棋記者(共同通信社)。
述:加藤 治郎(1910-1996)
述:原田 泰夫(1923-2004)
年表作成:加藤 久弥(?-?) 詳細不明。 「『将棋家元』大橋家断絶す」(『将棋世界』1983年9月号)など。
年表作成:越智 信義[おち・のぶよし](1920-2014) 将棋史研究者。
件名:将棋--歴史
NDC:796 芸術 >> 諸芸.娯楽 >> 将棋
NDLC:KD953
備考:初出は「検証・将棋昭和史」(『週刊将棋』平成八年一月から平成九年二月にかけて二十三回連載された)と「続検証・将棋昭和史」(同紙、平成九年四月から十一年四月にかけて四十三回連載された)。
備考:加藤治郎, 原田泰夫が口述し、田辺忠幸がまとめる形式。件名に「オーラルヒストリー」があってもいいはず。
備考:年表は明治1年9月から昭和64年1月まで。
メモ:写真、局面図あり。ノンブルは天辺中央。


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証言将棋昭和史

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【目次】
まえがき(平成十一年秋 原田泰夫 七十六歳) [003]
目次 [004-005]


第1章 加藤治郎名誉九段の証言 007
師山本樟郎と出会う
初の学士プロ棋士に
七ヶ月待った初対局
後世にのこる新手を編み出す
実力名人制ついに発足
小菅八段の調停で統一成る
昇降段戦の仕組みを確立
新聞の切り抜きで勉強
画期的な総平手戦
無敵横綱木村から一勝
大きかった東西格差
ラジオ対局を初解説
戦地でスランプ脱出
新聞から将棋欄が消えた
疎開先で八段に昇段
段位撤廃、順位戦スタート
「将棋世界」を復刊
巨星消え、新時代へ
三十八歳で引退を決断
名人戦値上げ交渉で奔走
名人が指し込まれる
引退後も観戦記で超多忙
将棋会館建設の苦労


第2章 原田泰夫九段の証言
見よう見まねで覚える
関根十三世名人の姿に感動
上京し、晴れて内弟子に
阪田先生のお辞儀にびっくり
伝説の木村―神田戦を記録
大名人に飛車落ちで勝つ
四段に昇段するも一兵卒に
仲間に助けれられた猛訓練
「芸は身を助く」船中秘話
まっ先に師匠に帰国報告
復員し第1期順位戦に参加
後楽園球場に本部を構えるm
復位した木村名人と対局
後進の育成に尽力する
復興将棋会館は元相撲道場
「原田謙信流」と呼ばれる
大先輩に推されて会長に
全棋士を前にして大演説
六期六年で会長職を勇退
春の園遊会に招かれる
赤坂御苑に「原田節」響く
「女性教室」を立ち上げる
羽織、袴で都心を奔走
騒動の末、副会長を引き受ける
将棋会館建て替えに協力
原田節の三本柱“界道盟”
発想の転換で振り飛車党に
棋風大転換でA級に復帰
最後の“最強者”になる
ほろ酔いで将棋の手直し
阿佐ヶ谷文士の会と交流
腕っぷしの強かった金高八段
元祖入玉流? 間宮久夢斎
連盟を守るためつらい決断
関西の大先輩たち
巨人大山まさかの二歩
少年谷川の礼儀に感服
十九億五千万の電算機と勝負
「将棋を義務教育に」が悲願
隆盛の礎を築いた明治生まれ
棋戦作ったマスコミの大物
戦争が棋界地図も変えた
二十一世紀はより明るい棋界に


第3章 将棋昭和史年表[加藤久弥・越智信義] 207
  ◆昭和への序曲
  ◆木村黄金時代
  ◆戦時下の棋界
  ◆戦後棋界の復興
  ◆激動の時代
  ◆兄弟弟子の死闘
  ◆大山独走時代
  ◆棋界に昇る太陽
  ◆戦国時代へ
  加藤治郎年譜 293
  原田泰夫年譜 293


あとがき(平成十一年九月 田辺忠幸) [294-295]