原題:THE TRIUMPH OF SOCIOBIOLOGY
著者:John Alcock (1942-)
訳者:長谷川 真理子 (1952-)
NDC:481.71 動物社会:群落,共同体,共生,寄生
http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0882-6.htm
◆本文より
適応論的アプローチがどれほど多くの成果を生み出してきたかは、それを人間に適用する段になると批判する多くの人々によって、意図的にかそうでなくか、無視されてきた。しかし、人間の行動その他の性質が、進化的視点で分析することはできないというには、実に奇妙な立場を受け入れなければならない。すなわち、動物界では、なぜか私たち人間だけが、進化の歴史からの独立を勝ち取り、私たちの遺伝子は、何か不確定の理由によって、人間の心理の発達に影響を及ぼさなくなり、人間の脳が学習で獲得した情報を取り入れる能力は、過去の進化とは関係がなく、過去における脳の機能の変異は、人々の遺伝的成功に何の影響も及ぼさなかった、などなど、セーシェルヨシキリやシロビタイハチクイにあてはめたらとうてい認められないような、数々のお題目を信じなくてはいけない。私たち自身についてのこんな仮定をついにすべて捨て去る日がきたら、そのときこそが真に、社会生物学と人間に関するその他の研究分野にとって、勝利の日であろう。そのときには、すべての研究者たちが、すべての動物の社会行動の研究に、進化理論を強力な指針として使うことができるだろう。私たち自身について、本当に理解したいと望んでいる人々にとっては、その日が一刻も早くきてほしいものである。
(「10章 社会生物学の勝利」より)
【目次】
謝辞 [i-iii]
序 [v-x]
目次 [xi-xv]
第1章 社会生物学とは何だ? 001
社会生物学を定義する 001
より精密な定義づけを 005
ウィルソン以前の社会生物学 014
それでは、この騒ぎはなんなのだ? 020
第2章 社会生物学者が研究すること 025
行動の目的は何だろう 025
擬人主義について 028
進化生物学者はみな同じではない 033
進化で生じた形質は、種の保存に役に立つはと限らない 034
解くに価する適応問題をどうやって見つけるか 041
第3章 社会生物学と遺伝子 053
遺伝決定論の神話 053
遺伝子との行動のつながり 062
「社会行動を決める遺伝子なんて発見されていない」 072
第4章 社会生物学と科学 079
科学者がしていること 079
適応論的アプローチに対する反論 84
誹謗中傷の技術 091
社会生物学の仮説を検証する方法 098
批判者のコーナー ――「誤った比較」という議論 108
第5章 科学と現実 121
文化相対主義と飛行機 121
科学と政治 128
第6章 社会生物学者は何を発見したか 141
遺伝子を数える意義 141
遺伝子を数えることと偏った利他行動 152
遺伝子を数えることと性行動 158
雄と雌の間の遺伝的葛藤 165
親と子 179
セーシェルヨシキリの社会生物学 185
第7章 文化決定論の困ったところ 195
生物学嫌い 195
何も書かれていない石版という理論の弱点 205
何も書かれていない石版と美人 209
何も書かれていない石版と大量殺戮 218
第8章 社会生物学と人間の文化 227
自然淘汰と行動の可塑性の進化 227
昆虫が示す、特定の行動における可塑性 235
学習の進化 246
鳴禽類のさえずり学習における適応的デザイン 250
人間の学習機構の適応的デザイン 255
淘汰と顔の記憶 263
学習、文化変化、そして遺伝的成功 268
社会生物学と一見して非適応的な行動 277
人口転換 281
第9章 社会生物学の実際的応用 289
社会にとって危険か? 289
「自然」なことは「道徳的」なことではない 296
汝自身を知れ? 300
人間の家族と義理家族における、協力と葛藤 307
社会生物学の実践 313
男性と女性 315
第10章 社会生物学の勝利 335
批判者たちよりも生き延びる 335
依然として続く論争のコスト 340
補遺 [347-355]
訳者あとがき(長谷川真理子) [357-359]
出典 [37-39]
推奨文献 [36]
参考文献 [13-35]
事項索引 [4-11]
人名索引 [1-3]
【関連記事】
『社会生物学論争史――誰もが真理を擁護していた〈1・2〉』(ウリカ・セーゲルストローレ[著] 垂水雄二[訳] みすず書房 2005//2000)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20161017/1475832060
【抜き書き】
・(本文通り)注は参考文献番号で、括弧[ ]に示してある。
□20~23頁
もしも、社会行動を研究するためにウィルソンが自然淘汰の理論を適用したことが、とてもユニークとは言えないのだとしたら、なぜ、アレグザンダー、ハミルトン、トリヴァース、そしてウィリアムズらは、ウィルソンがこうむったような言語的および肉体的な攻撃をまぬかれたのだろうか? もう一度繰り返して言うが、淘汰の理論は社会行動の究極要因を分析する道具として、すでに何年も使われていたのであり、それが大きな論争を巻き起こすことなどなかったのだ。それなのに、『社会生物学』の刊行とともに、批判が巻き起こったのである。
ウィルソンによる、ことの次第の分析は単純明快で納得のいくものだ[注 345]。それをここでまとめてみよう。1970年代半ば、大学には政治的な活動が吹き荒れていたが、その多くは、ベトナム戦争に反対する左派の教授とその学生によって始められたものだった。ハーヴァード大学では、マルクス主義およびマルクス主義志向の多くの学者たちが、戦争とその他の社会悪に攻撃を加えていたが、ウィルソンの同僚であるレウォンティンとグールドもその仲間であった。ルウォンティンたちは、この時期について、「進化遺伝学と生態学の専門的な科学者として、私たちは、自分の研究に意識的にマルクス主義哲学をあてはめようと努力してきたが、それはある程度成功をおさめた マルクスやレーニンや毛沢東が述べたことの中に、この客観的な世界で起こっている特定の現象の集合にかかわる物理的事実や過程に反するものは何もない」[注203 pp. 34, 59.]と述べている。
マルクス主義哲学は、思想的な処方箋によって人間の制度を完璧にすることができるという前提の上に成り立っている。それゆえ、マルクス主義を信奉する人々は、進化によって形成された「人間の本性」があると指摘されると、それは、人間の行動は変えられないという意味に解釈されるのではないかと恐れるので、ことさら頑強にそれに抵抗する。もしも、私たちの行動が本当に何をしても変えられないのであれば、現代社会のさまざまな悪弊を正すことはできないということになるだろう。このような結論が、マルクス主義者ばかりでなく、誰にとってもゆゆしいものであることは言うまでもない。
これから私は、社会生物学は、人種差別、性差別、大量殺戮、強姦、金持ちが貧乏人よりも社会的に優位に立つこと、その他もろもろの現代社会の不愉快な在り様のどれ一つとして、それを許容するような思想的基盤を提供するものではないことを述べていくつもりだ。ウィルソンは『社会生物学』のどこにも、これらの人間社会の性質が望ましいものであるとも、変えられないものであるとも述べていない。しかし、この本の最後の章は、確かに進化的視点から人間の行動について議論しており、私たちの行動の一部について、究極要因による仮説を提供している。この章の大部分は、ある程度の推論の域を出ていないが、ルウォンティンとその仲間たちが噛み付いたのは、この章であった。もしもウィルソンが最後の章を省略していたならば、水をかけられたり悪口を言われたりすることは決してなかっただろう。実際には、ルウォンティンと彼の「社会生物学研究グループ」のメンバーたちは、自分自身と彼らの活動家学生の何人かに、社会生物学的なアプローチは、敵に思想的な支持を与えるものだと思い込ませるのに成功した。敵とは、貧しい人々、不利な立場にある人々、女性などの社会的地位を向上させるような変化を拒む、富豪や権力者たちである。同僚の生物学者であるウィルソンを見せしめにすることによって、彼らは、自分たちの政治的立場を明確にする劇的な宣言をし、自分たちの目的を達成させようと望んだのだろう。
その戦略は、ある程度は成功した。しかし、もちろんそれは、ルウォンティンやグールドがより快適な政策を持つより快適な政府であると信じる左側にアメリカ政府が傾いたという意味ではない。しかし、社会生物学研究グループと、それと連帯している、「人民のための科学」と呼ばれるもう1つの組織は、公にウィルソンをナチスや優生主義と結びつけて非難することで、たくさんのマスコミの注目を浴びた。その結果、彼らは実に多くの聴衆に自分たちの意見を届かせることができた。それは、同僚の生物学者を「いけにえ」にすることによって成し遂げられたのだが、ルウォンティンらはそのことをなんとも思っていないらしい。[345] Wilson, E.O. 1994. Naturalist Washington D.C. : Island Press.(荒木正純訳1996『ナチュラリスト』法政大学出版局.)
[203] Lewontin, R. C., and R. Levins. 1976. The problem of Lysenkoism. In The Radicalisation of Science. Edited by H. Rose and S. Rose. London: Macmillan Press.