contents memorandum はてな

目次とメモを置いとく場

『消費増税は本当に必要なのか?――借金と歳出のムダから考える日本財政』(上村敏之 光文社新書 2013)

著者:上村 敏之[うえむら・としゆき](1972-) 財政学。
メモ:オーソドックスな財政学の入門書


消費増税は本当に必要なのか? 上村敏之 | 光文社新書 | 光文社


【目次】
はしがき(2013年10 月 関西学院大学西宮上ヶ原キャンパスの研究室にて 上村敏之) [003-012]
  消費増税大義名分はあるか?
  石油ショックから公債は毎年発行
  赤字公債の多発で借金だけが残る
  全体を俯瞰することが重要
目次 [013-016]


第1章 なぜ消費税が選ばれたのか 017
そもそも税金にはどんなものがある?
税金の存在理由①公共サービス
税金の存在理由②暴動の抑止
消費増税は利益説? 能力説?
租税には守られるべき原則がある
経済行動を大きく変えない租税が良い
消費税は中立なのか?
何をもって公平なのかが大事
同じ所得の人々は同じ税負担であるべき
所得によって異なる税負担であるべき
消費税は公平なのか
中立と公平は両立が難しい
複数税率の是非
複数税率は中立か公平か
線引きが難しい軽減税率
税制は簡素でなければならない
消費税はどのように課税されているか
中立で簡素な日本の消費税
他の租税ではダメなのか
所得税ではダメなのか
法人税ではダメなのか ①軽減が世界の潮流
法人税ではダメなのか ②帰着が不透明
第1章まとめ


第2章 日本の財政は破綻するのか 061
公債はどんな特徴をもつのか
公債と租税はここが違う
建設公債が認められるわけ
例外であるはずの特例公債
公債は市場での売却が原則
懸念される金利上昇
日本の総債務残高対GDP比は最悪レベル
純債務残高対GDP比も最悪レベル
債務残高対GDP比の上昇で財政破綻へ向かう 
基礎年金の国庫負担は綱渡り
財政再建の手段は3つある
プライマリー・バランスの改善が重要
プライマリー・バランスの目標達成は困難
名目経済成長か実質経済成長か
借換債と資産切り崩しは財政再建に寄与するか
公債は将来世代の負担なのか
公債はそもそも負担ではない?
公債発行は民主主義の限界
財政が破綻するとどうなるか
第2章まとめ


第3章 政府の歳出にムダはないのか 105
政府の予算は家計簿ではない
国民は予算で財政を統制する
民主主義が歳出のムダをもたらす?
官僚と政治家が生む歳出のムダ
予算は形式が大切
予算編成にもルールあり
予算原則から歳出のムダを考える
社会保障特別会計の構想
例外扱いの特別会計
総計と純計の区別が大切
特別会計へのチェックは甘くなりがち
予算過程の進め方
歳出のムダを検査する会計検査院
行政事業レビューによる歳出のチェック
歳出のムダ削減に重要なPDCAサイクル
誰でも参加できる外部評価
歳出の規模を把握することが大事
日本は「小さな政府」
消費税5%引き上げでも財源不足に
社会保障の制度改革が不可欠
第3章まとめ


第4章 なぜ財政が必要なのか 151
財政とは公的資金調達
家計や企業の資金調達との違い
共同体の誕生に財政の起源
農業の発展と共同体の合併
強制力が国家の起源
前近代国家から近代国家へ
コミュニティにもある財政の仕組み
社会契約説による国家の誕生
近代国家から現代国家、そして福祉国家
福祉国家が支持される理由
迷走する福祉国家


おわりに [173-174]





【メモランダム】
 4章だけが異質で、人類史(『銃・病原菌・鉄』等にある農耕を転換点とみなすストーリー)と国家論(ホッブスの社会契約説)をもって、財政が重要だと説明している。

 農耕開始から近代国家までの記述(pp.158-164)を駆け抜けた直後、次のような記述がある

 人類の歴史をたどりながら、社会にとって財政が必要になった背景を眺めてきました。


 ここでかなり個人的な感想(私の言語感覚に由来する、特殊わたし的な感想かもしれない)。
 4章前半の人類史の記述(pp.158-164)に書かれているのは、あくまで「今回の人類の歴史で集団に財政や予算という制度(または人工物・考え方・虚構)が発生したという事実の確認」であって、「財政の必要性、必然性(または、その背景)」については触れられていないように思える。
 つまり、形式的に、○○が無い国家は成り立たないということを反語的に示す記述が抜けているのではないかと思う。

 ただし、「国家の行う金銭面のやりくり」自体は私もほぼ当然視している。
 なので、例えば「国家の行うさまざまな活動のうち、とくに金銭面の出入り管理だけを切り分けて、『財政』として捉えている」という種の記述に対しては、(私は)違和感がない。
 ついでに言うと、4章冒頭の 「本来、私たちは財政を持つべきだったのでしょうか、持たざるを得なかったのでしょうか」(p.152)という表現も(和書としては)少し気になっている。