著者:大沼 あゆみ[おおぬま・あゆみ] (1960-) 環境経済学。生物多様性保全と持続可能な発展についての理論・実証分析。
カバーデザイン:堀 由佳里[ほり・ゆかり]
カバーイラスト:Helena Labandeira-Campos
NDC:519.5 土壌汚染
NDC:519.8 環境保全.自然保護
※略語の直後にあるスミ付き括弧【 】内の文言は、私の付加したメモ。
【目次】
はじめに(2014年 秋澄む日に 大沼あゆみ) [i-v]
目次 [vi-xii]
第1章 生物多様性とは何か?
1.1 生物多様性とは何を表しているのか? 001
生物多様性の意味
種・個体群と生態系
生物多様性と相互作用
生物多様性の定義
1.2 生物多様性の豊かさは計ることができるのか? 005
種はどれだけ存在しているのだろうか?
環境政策における指標の必要性
生物多様性を種数で表すことの問題点
種のバランス
種間の差異
重要な種
統合的な評価の難しさ
1.3 種の絶滅 011
種の絶滅の要因
生息地の減少
汚染
乱獲
外来種
地球温暖化
絶滅のおそれのある種の現状
参考文献 022
第2章 生物多様性保全はなぜ必要か?
2.1 スネール・ダーター事件 023
2.2 生物多様性を保全する根拠とは? 025
生態中心主義
人間中心主義
2.3 生物多様性を保全することの便益とは? 029
生物多様性からのモノの供給
生物多様性からのサービスの供給
アメニティと文化面での役割
将来における利用可能性
生態系サービスの定義
2.4 便益をお金で表すこと 037
生態系サービスの便益評価
経済的評価の意義と限界
2.5 便益があるにもかかわらず,開発が進むのはなぜ? 043
生物多様性保全と経済的便益
生態系サービスの付加価値化
2.6 ふたたびスネール・ダーターを考える 048
ダム建設の費用と便益
開発と保全を両立させる工夫
付録2-1 開発推進の根拠としての投入済みの費用 051
参考文献 052
第3章 生物多様性を守る:生物多様性利用の制限とその理念
3.1 生物多様性はどのように利用されているのか? 055
環境保全政策の2つのタイプ
生物的利用形態
経済的利用形態
再生可能な利用
3.2 生物多様性を利用制限する基準とは? 059
予防原則と安全最小基準
予防原則の特徴
安全最小基準と米国の絶滅危惧種法
3.3 生物多様性保全の国際的枠組みと利用 067
ワイズユース
順応的管理
利用制御の方法
付録3-1 生物多様性の持続可能な利用 071
付録3-2 外来種の駆除と根絶 074
参考文献 075
第4章 生物多様性の利用を規制する:取引禁止と違法取引
4.1 ワシントン条約 077
燃やされた象牙
ワシントン条約の概要
4.2 取引規制は有効か? 080
合法取引と非合法取引
取引禁止の効果
クロサイの経験
アフリカゾウに対する効果
需要サイドに与える影響
(1) 教育的キャンペーンと罰則の影響
(2) 生物利用上の特性
供給サイドに与える影響
原産国での取り締まりの強化
4.3 合法的供給戦略 092
象牙の一時的輸出解禁
合法的供給戦略の有効性と問題点
チョウザメの絶滅危機
4.4 政策を考えるうえで重要な側面 099
財としての特性
需要構造
生物多様性保全フレームワークの中でのワシントン条約
付録4-1 ブラック・マーケットの市場均衡 106
付録4-2 附属書II種の取引への課税の効果 109
参考文献 110
第5章 生物多様性を保護区で守る
5.1 どのような保護区があるのか 113
イエローストーン国立公園
保護区の現状
保護区の分類
保護区型保全
5.2 保護区型保全は有効なのか 122
保護区型保全による便益
熱帯雨林における保護区型保全の有効性
5.3 保護区をいかにして管理するのか 126
保護区型保全の管理費用と収入
保護区の収入
保護区の機会費用
単一だが大規模な保護区か,小規模だが複数の保護区か?
5.4 地域住民と野生生物とのコンフリクト 138
5.5 保護区の広がりの可能性 139
付録5-1 価格差別と収入 140
付録5-2 機会費用と土地価格 142
参考文献 143
第6章 地域社会とともに保全する:今日型の共生を実現する新しいコモンズ
6.1 コモンズで資源管理はうまくいくか? 145
人と自然との共生を実現するコモンズ
コモンズの管理はなぜ難しいのか?
地域社会におけるコモンズの管理
6.2 コミュニティ・ベースト・マネジメント 151
野生動物の商業的利用
保全のインセンティブ
タイのサイチョウ里親制度と日本の里山
6.3 自然資源の所有権とCBMのガバナンス 163
自然資源を利用することの権利
法的な権利保証か,事実上の権利保証か?
CBM【community-based management】のガバナンス
6.4 CBMの失敗要因は何か? 168
保全インセンティブの低下
(1) ベネフィットの水準
(2) 機会費用の大きさ
(3) 需要の変動
継続的なファイン・チューニングの必要性
ガバナンスのあり方
6.5 CBMと保護区型保全のメリットとデメリット 174
地域住民の権利
保全の確実性と費用効果性
付録6-1 共同体の資源管理ルールにコミットするとは? 176
参考文献 177
第7章 生物多様性条約:遺伝資源の利用と利益配分
7.1 遺伝資源を利用する 179
ニチニチソウ
遺伝資源利用による利益
バイオプロスペクティング
バイオプロスペクティ
ングによる途上国の利益
遺伝資源の経済的特徴
7.2 遺伝資源の利益をどのように配分するか? 190
アクセスと利益配分
バイオプロスペクティングの成立条件
利益配分についての問題
生産における貢献と分配の衡平性
倫理的な配分基準の必要性
金銭的利益配分と非金銭的利益配分による衡平性と公正性
7.3 円滑な遺伝資源利用のために 203
バイオプロスペクティング縮小の可能性
円滑な遺伝資源利用を実現するために必要なこと
利益配分と遺伝資源利用への名古屋議定書の影響
遺伝資源市場での資源国の行動による効果
派生物を利益配分に含めることの効果
付録7-1 遺伝資源市場と伝統的知識の効果 213
付録7-2 遺伝資源の持つ経済的特徴と特許の必要性 215
付録7-3 遺伝資源へのアクセスに対する制限の効果 216
参考文献 217
第8章 グリーン財生産を増加させる
8.1 グリーン財とは? 219
持続不可能な経済活動
持続可能な財
価格プレミアムと認証
8.2 グリーン財の魅力はどれほど大きいのか? 223
グリーン財の魅力の経済的評価
認証の必要性
8.3 認証されるとグリーン財需要は大きくなるのか? 231
認証木材と価格プレミアム
パーム油の認証
生物多様性保全と貿易
8.4 コウノトリの野生復帰を実現させた「コウノトリ育む農法」の拡大 243
コウノトリの減少の要因
コウノトリ育む農法
コウノトリ米の価格プレミアムの背景
コウノトリ育む農法と慣行農法の経済的比較
経済的合理性以外の要因
8.5 流通経路と上流生産物の需要 253
付録8-1 認証財と非認証財の市場 254
付録8-2 流通経路での買い手独占 257
参考文献 258
第9章 生態系サービスへの支払を実現する
9.1 保全のハンディキャップ 261
9.2 生態系サービスへの支払 262
生態系サービスの内部化
市場取引に向かない生態系サービス
生態系レベルでのサービス
9.3 生態系サービスの内部化を実現するために(1) ――コース型とリンダール型 266
コース型PES【payment for ecosystem services】
リンダール型PES
9.4 生態系サービスの内部化を実現するために(2) ――市場利用型のPES 272
REDD【Reducing Emissions from Deforestation and forest Degradatlon】
REDD+の問題点
(1) ベースラインの算定
(2) 測定の不確実性
(3) 技術革新に与える影響
(4) 農産物価格に与える影響
生物多様性オフセット
自発的な生物多様性オフセット
逆オークション
集積のボーナスのある保全契約
9.5 PES実施上の問題点――スケール・ミスマッチ 295
付録9-1 生態系保全水準の決定 297
参考文献 299
第10章 貧困と生物多様性
10.1 貧困をどのように測るか? 301
生物多様性の減少に脆弱な人々
貧困率
ジニ係数
10.2 貧困と生物多様性の関係とは? 303
自然資源の利用可能性
劣等財としての生物多様性
セーフティネットとしての生物多様性
10.3 生物多様性は所得分配にどのような影響を与えるのか? 309
所得分配の不平等と生物多様性
自然資源減少と所得悪化の悪循環
生物多様性保全の正当性
付録10-1 生物多様性がリスクを軽減する役割の評価 316
付録10-2 人口増大・貧困の深刻化・生物多様性悪化の悪循環 318
参考文献 320
第11章 生物多様性保全のために資金を調達する
11.1 生物多様性保全にはいくら必要なのか? 323
カメルーン政府の「脅し」
保全の費用
11.2 寄付に基づく保全(1) ――保全権購入 325
エクアドル・ヤスニ国立公園
南ガイアナ
ペルー
11.3 寄付に基づく保全(2) ――自然保護・債務スワップ(DFNS)による保全 330
DFNS の仕組み
私的DFNS
公的DFNS
DFNSの決定要因
DENSによる熱帯雨林の保護価格
DFNS の減少
11.4 保全権購入とDFNSの違いとは? 339
保全権購入とDFNSの経済学的特徴
保護手段としての利用可能性
保全権購入の経済学的意味
11.5 宝くじで自然保護? 343
宝くじの収益
宝くじの逆進性
11.6 グローバル・タックスとしての金融取引税(FTT) 347
トービン税
EU金融取引税
航空券連帯税
金融取引税のメリット・デメリット
他の課税対象
グローバル・タックスによる資金調達の持続可能性
参考文献 360
おわりに――穏やかな経済に向けて 363
略語表 [367-369]
索引 [370-378]
【column一覧】
Column 1-1 シンガポールの森林消失と種の絶滅 015
Column 1-2 イエローストーン国立公園でのオオカミ導入とその影響 018
Column 4-1 世界税関機構による密輸の一斉取り締まり 081
Column 4-2 ツノを切り落としたサイまで殺そうとする密猟者の合理的期待 084
Column 4-3 違法取引・密猟の最新の抑制策 102
Column 4-4 密猟者の実態 104
Column 5-1 日本の国立・国定公園(自然公園) 117
Column 6-1 「害獣」としてのアフリカゾウ 153
Column 6-2 スポーツ・ハンティングでどれだけの動物が殺されているのか? 159
Column 7-1 伝統的知識の伝承 183
Column 8-1 シェードグロウン・コーヒーの生産量と生物多様性 226
Column 8-2 RSPO認証の費用と便益 240
Column 8-3 生物多様性と環境認証 241
Column 9-1 サンゴ移植ツアー 289
Column 10-1 ジニ係数 304
【図表一覧】
図1-1 種数と生息地面積 013
表1-1 絶滅のおそれのある種の状況 021
表1-2 絶滅危惧種の評価基準 021
表2-1 生態系サービス 037
表2-2 生物多様性による利益 043
表2A-1 テリコ・ダム建設をめぐる費用・便益 051
表3-1 種と生態系の利用形態 058
表3-2 保護と利用による便益と損失による利得 063
図3A-1 自然数と自然増加数との関係(ロジスティクス曲線) 072
図3A-2 採取費用,収入 073
図3A-3 自然数と自然増加数との関係(ロジスティクス曲線) 074
図3A-4 奄美大島におけるマングース捕獲頭数およぴ捕獲努力の推移 075
図4-1 クロサイの個体数と犀角価格 085
図4-2 象牙価格(1979〜1988年) 087
図4-3 LIRDPにおけるパトロール日数と殺されたゾウの頭数 091
表4-1 LIRDPにおける支出とスカウト数 091
図4-4 カスピ海のチョウザメの捕獲量 095
図4-5 日本,EU,米国におけるキャビアの合法的輸入量 096
表4-2 象牙・犀角・キャビア・淡水ガメ・リクガメの財としての特性 100-101
図4A-1 取引禁止前 107
図4A-2 取引禁止後 107
図4A-3 需要の価格弾力性の違い 108
図4A-4 違法採取のパトロール 108
図4A-5 取引への課税の効果(1):右上がりの供給曲線 109
図4A-6 取引への課税の効果(2):垂直な供給曲線 110
図5-1 (a) 世界で指定された保護区面積の推移 116
図5-1 (b) 国内および国際的に指定された保護区面積の推移 116
表5-1 保護区のカテゴリーと管理目的 120-121
表5-2 保護区対象と総便益 123
表5-3 5つの人為的脅威の防御に対する国立公園の有効性 125
表5-4 保護区に対する支出額と必要額(1996年) 127
図5-2 保護区の面積と単位面積当たりの費用 129
表5-5 中・途上国における保護区の機会費用(1996年) 134
図5A-1 需要の価格弾力性と入場料収入 141
図5A-2 入場料を制限する場合と入場料を固定する場合の需要増加の効果 142
表6-1 CBMの形態による保全インセンティブの大きさと持続可能性の比較 152
図6-1 キャンプファイアにおけるハンティング収入と観光収入 156
図6-2 キャンプファイアにおける地域への配分比率 157
図6-3 所有権の強度 165
図7-1 バイオプロスペクティングのイメージ 185
図7A-1 伝統的知識の効果 214
図7A-2 医薬品の平均費用 215
図7A-3 アクセス制限の効果 217
表8-1 グリーン財と価格プレミアム 224
表8-2 貿易が脅威を与える種数 242
図8-1 コウノトリ育む農法の拡大 247
表8-3 コウノトリ育む農法と慣行農法の生産量単価・収入・費用の比較 248-249
図8-2 コウノトリ育む農法と慣行農法の利潤の比較 250
図8-3 JAたじまの米の生産代金の推移 251
図8A-1 認証材と非認証材の市場均衡 255
図8A-2 認証材の需要の拡大 255
図8A-3 認証材生産者への補助金 256
図8A-4 完全競争での需要の増加 257
図8A-5 買い手独占での需要の増加 257
表9-1 生態系サービスへの支払の形態と事例 271
表9-2 世界で導入されているPESの事例 272
図9-1 REDDの仕組み 274
表9-3 ブラジルとインドネシアの森林保全になる炭素削減費用 275
表9-4 REDD+における心理減少を抑制するのとでの収入 277
表9-5 REDD+のパイロット・プロジェクトが展開されている途上国のうちの16の国の森林の所有権 282-283
表9-6 オフセットとして代表的な保護活動 285
表9-7 ビクトリア州の生物多様性オフセットにおけるクレジット 287
表9-8 マソアラ国立公園保護によるスケールごとの純便益 296
図9A-1 最適な森林保全面積 298
表10-1 調査対象家計の社会経済的特徴と家計所得の森林依存率 310
表10-2 森林所得とジニ係数の関係 311
表10-3 南インドにおける非木材林産物とジニ係数 311
図10-1 2012年の1人当たり実質GDPと合計特殊出生率 314
図10A-1 生産のリスクと確実性等価生産量 317
図10A-2 労働投入量と生産量 319
図10A-3 1人当たり所得と出生率との関係 319
図10A-4 人口と1人当たり所得の関係 319
表11-1 保全権購入費用に基づくファンダメンタルズ 330
図11-1 私的DFNS【debt for nature swap】 333
表11-2 私的DFNSの事例 334
表11-3 公的DFNS ――米国熱帯雨林保護法での実施例 335
表11-4 保全権購入とDFNSの差異 339
表11-5 EU金融取引税への参加・不参加のメリットとデメリット 355
【関連記事】
・エコロジー思想の変遷を概説した新書。本書(『生物多様性保全の経済学』)をはじめ、環境経済学ないし政策決定では前提に置かれていない、強い生態系中心主義についても詳しい。
『環境思想とは何か――環境主義からエコロジズムへ』(松野弘 ちくま新書 2009)
【抜き書き】
□pp. 25-29 本書の第一章第2節より。ここでは経済学の議論の前に、環境にまつわる思想・倫理の議論を簡単にまとめてある。
下線は引用者によるもの。
■生態中心主義
生物多様性を保全しようとするとき、その根拠となる考えの1つは、生物には存在自体が価値を持つという意味で「本質的価値」(intrinsic value)があるので、保全しなければならない、とするものである。人間には、すべての種を保全する義務がある、とするのがこの立場である。
本質的価値は、哲学で、人間の存在に関わって議論されてきた(Sarkar, 2005, chapter 3)。イマヌエル・カントは、人間は目的に対する手段として扱われてはならず、常にそれ自体が目的でなければならないとした〔……〕。本質的価値の考えのもとでは、他人が不当な理由で命を奪われようとするときには、われわれには彼らを救う義務がある。
今、人間以外の生物種にも本質的価値が認められるとするとしよう。この立場からは、個々の種も、存在すること自体が尊厳の対象となる。したがって、人間にとって有用でないからといって、その存在を奪うことは認められない〔……〕。
こうした本質的価値に基づく考えを生態中心主義という。本質的価値が、なぜ人間以外の種にも認められるかについては、多くの議論があり、そしてそれぞれに批判もある〔……〕。
本質的価値の人間以外の種への適用可能性に関する他の考え方にも、説得力のある決定的なものはない。そのため、人間以外の種の本質的価値は、人間の本質的価値のように広く受け入れらるものとはなっていない。 〔……〕
しかし、哲学的基礎づけは別にして、生態中心主義的考え方を受け入れるメリットは、保全の意思決定の枠組みに劇的な変化もたらすことである(G. K. Meffe and C. R. Carroll (1994) Principle of Conservation Biology, Sinauer Associates.)。なぜなら、多くの議論は無意識のうちに、対象とする種をなぜ保全しなければならないのか、という問いかけで行われている。つまり、種を保全することが正当化され説明されることが求められている。しかし、生態中心主義では、逆に、なぜ種の生息地を消失させ、種を絶滅させなければならないかという問いかけに変化する。つまり種の絶滅が予期される場合、説得力のある形でその正当性を要求されるものとなる〔……〕。
本質的価値に立つ主張は、原則的にあらゆる種は平等であるとするものであり、種の保全における優先順位をつけるものではない。しかし、限られた予算の中で保全に優先順位をつけなければならない場合は、この立場からもいくつかの考え方がある。
〔……〕生態中心主義では、種や生態系の人間にとっての有用性の高低にかかわらず、保全する根拠が種・生態系の存在自体にあることが特徴である。
■人間中心主義
本質的価値の対となる概念は、「道具的価値」(instrumental value)である。これは、人間にとっての有用なものとしての価値を指す。この観点からは、種を保全するかどうかは、それが人間の役に立つかどうかによって決まる〔……〕。存在すれば、人間の福祉を向上させるからである。道具的価値に基づく行動規範を、人間中心主義という。
・本書で活用する経済学の見方。
福祉が向上しているかどうかはどのように計ればよいのだろうか。これは、種を保全することでの人間にとっての便益と費用を考えてみるとよい。便益とは、経済活動による利益だけではなく、経済的ではないものも含み、福祉が向上することを言う。一方、費用には2種類ある。第1の費用は、会計上の費用で、その行動によりどれだけのお金が実際にかかるかを表す。
もう1つの費用は、実際にはとらなかった他の行動の利益(他の行動が複数あるなら、その中で最も大きな利益。逸失利益)で、経済学では「機会費用」と呼ぶ〔……〕。
上記の便益と費用を比較して、保全の便益が保全に伴う費用を上回れば、すなわち、純便益がプラスであれば人間中心主義の観点から保全は意義のあるものとなる。
【抜き書き:関連文献・事典から】
■“人間中心主義 anthropocentrism” と “人間非中心主義 non-anthropocentrism”
□吉永明弘「人間中心主義と人間非中心主義」『応用倫理学辞典』(丸善 2008年) pp. 136-137
「人間中心主義」と「人間非中心主義」は「環境倫理学」の分野で使われる言葉である。「人間中心主義」とは、基本的には“人間は自然界で特別に重要な存在であり、他の生き物はもっぱら人間に奉仕するために存在している”という考え方を指す。そこから人間による無制限の自然の開発・利用という帰結が生まれる。これが現代の環境危機の根源にあるとして、この発想を乗り越えようとする立場が、全般的に「人間非中心主義」とよばれている。「人間非中心主義」に立つ人々は、“全体としての自然や、個々の生き物を、人間にとって役立つ(道具的価値をもつ)かどうかという観点を離れて、それ自体に価値がある(本質的価値をもつ)ものと考える”と主張した。この2つの対立が「人間中心主義対人間非中心主義」の図式として語られることが多いが、実際はもう少し複雑である。
・John Passmore(1914-2004)による「環境保全を志向する人間中心主義」の概念について。
パスモアによれば“人間は神から自然の管理を任された「管理人=執事」であり、正しい管理をする責任があるが、現在の環境危機は管理の責任を果していないために起こった”ということになる。この考え方に立てば、環境問題は、従来の世界観や倫理を維持し、それに従うことによって対応できることになる。環境倫理学では、このような、従来の倫理や世界観を維持するという主張も「人間中心主義」とよばれる。
・生命中心主義/生態系中心主義
第2に、「人間非中心主義」の中には、異なる2つの考え方がある。1つは、個々の生き物の福祉や権利に焦点をあてる「生命中心主義」であり、もう1つは、自然や生態系のシステム全体の維持を求める「生態系中心主義」である。この2つの違いは、守るべき対象を「個体」とするか「全体」とするかにあるが、それは環境保全の場面で異なる見解を導くことがある。例えば、生態系にとって重要な稀少種を守るために「有害」動物を何匹も殺すことは、「生態系中心主義者」にとっては理にかなっているが、「生命中心主義者」の眼には許しがたい行為に映るだろう。また、個々のシカの保護を主張する「生命中心主義者」に対して、「生態系中心主義者」は、シカの過剰繁殖による生息地の破壊や、生態系のバランスの崩れという理由で反対するだろう。
□立岩真也『私的所有論』勁草書房 1997年
→
『私的所有論』(立岩真也 勁草書房 1997)
・人間中心主義-非・人間中心主義(p. 285)
「人間中心主義に「非・人間中心主義」「脱・人間中心主義」が対置され、自然(界の動物・植物・……)に「内在的価値」「固有の価値」(inherent values)があるといった主張がある。述べたことはこれとどう対立するのか、あるいはしないのか。まず、その自然がなければ、感じたり価値を認めることはありえない。その意味で自然は独立したものとしてあり、自然(を構成する個々のもの)に固有の価値、内在的価値があると言いうる。だが他方、価値を認めている(それに基づいて何かを行うこともある)のは誰かと聞かれれば、私だと言うしかない。その限りでは「人間中心主義」と「固有の価値」の主張は対立せず、今述べた(不可避な、言うまでもない)人間中心主義は残る――人間中心主義 Z。C 「(固有の価値はあるが)人間にとって無価値なあるいは有害な自然」を想定しうるか。想定できるなら、人間中心主義ZのもとにAとBとCがあることになるか。Aに対してCは対置されうる――利用できない、生きていく上で脅威となる自然。ただBの場合には、私(達)でないものがあること自体に価値が見出されるのだから、CはBに含まれる(Bの中のCがAと対立する)。
・滅ぼしてはならない倫理(pp. 306-307)
〔……〕滅ぼしてはならない、変えてはならないという倫理は、まず、人間中心的な倫理であり、次に、それだけでは「社会規範」としては存在しえない、自身を否定してしまう不可能な倫理であることをまず確認しよう。
まず、これは基本的に人間だけに適用される倫理である。この倫理の遵守を私が私以外の者に求めるとしよう。その倫理の遵守主体として人だけを定める根拠があるだろうか。その私以外の者とは、人と人でない存在との間に基本的な差異を認めない立場をとった以上、人だけでなく、人以外の動物や植物を指定してもよいだろう。それは全ての存在に及ぶことになるだろう。とすると、あらゆる存在は他の存在を侵犯してはならないことになる。だが第一に、このようなことを考えるのは人間だけであるという意味で、これは人間的な倫理であり、第二に、仮にその遵守を人間以外に求めるとしたらそれは人間の側の倫理を押しつけることに他ならないという意味で人間中心主的な倫理であり、第三に、それとは逆に、その遵守を人間だけに適用させようと考えのであれば、それはやはり――人間を特に有利に扱おうというのではなくむしろその反対にであっても――人間を特権的に扱う倫理であり、第四に、その遵守を人間以外に求めることは実際上不可能なのだから、それは人間内の倫理である。
次に、これだけを人間(の社会)の規則とすることもできない。他の人にこの倫理を要請することはその人が滅ぶことを意味する。その人が滅ばないことを意図するなら、この倫理は私にだけ適用できる倫理である。徹底的な原理主義者はこの世に生きてはいない。だから生きている者の全ては徹底的な原理主義者ではない。それでも、少なくともある個人がそれを引き受け、その個人の衰弱と死を選ぶことはできる。しかしこの場合でさえも、その人は、自分自身の身体を構成する細胞を滅ぼすのである。つまり、それは不可能な倫理である。この倫理は、極限的には、不可能な倫理としてしか存在することができない。このことは、それ自体でこのような立場が無意味であることを意味するのではない。不可能であることは――現実に可能なものだけを規範と呼びうるといった条件を置かなければ――その妥当性を否定しない。通常人はこんなことを考えはしないが、それでもそのように考える人はいる。そのような場所に行き着くようなものを私達が有しているということである。ただこれは、一切を否定することにつながる。これは求めているもの自体に反する。
■“生物多様性”
□ 工藤父母道「生物多様性」『戦後史大辞典 増補新版』(三省堂 2005年) pp. 76-77.
生物多様性とは、生物種、生態系、遺伝子の多様性からなる。その保全と持続的利用、生物種の遺伝資源から得られる利益の公平な利用などを目的として、1992年(平成4)に生物多様性条約が採択され、日本も翌93年に批准する。国内においては、92年に「絶滅の恐れのある生物動物種の保存に関する法律(種の保存法)」が制定された。これは、絶滅の恐れのある種の捕獲・採取・流通の規制と保護増殖、さらにワシントン条約など国際取引の規制対象となっている種の国内取引の規制などを目的としている。〔……〕
□ 香坂玲「生物多様性」『現代社会学事典』(弘文堂 2012年) p. 772
生物多様性は、端的には生き物自体の個性や特色と、そのネットワークの結びつきを示す。陸域、海域など生息や生育の場を問わず、遺伝子、種、生態系のそれぞれのレベルに大別される。
生物多様性条約は、1992年に開かれた環境と開発に関する国際連合会議で採択され、1993年に発効した。環境の保護・保全を目的としながらも、利益の配分、先住民の伝統的知識の尊重、バイオテクノロジーの取り扱いおよび知的財産権に関する問題をも対象とする、これまでの環境保全条約とは異なる特徴をもつ条約である。
とくに三番目の目的の「遺伝資源の利用から生じた利益の公正かつ衡平な配分」は、英語の頭文字をとって「ABS(エービーエス)」と呼ばれる。条約の誕生により微生物や植物などの遺伝資源は、位置づけが「人類共通の財産」から「自国が主権的権利を有する財産」へと変化し、海外で収集され、製品開発、品種改良、特許などに使用されてきた資源について、提供元である国に事前に同意を得て、話し合って決めていかなければならないものとなった。〔……〕
■環境基本法など。
□「生物多様性基本法」(2008年06月公布)
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前文
生命の誕生以来、生物は数十億年の歴史を経て様々な環境に適応して進化し、今日、地球上には、多様な生物が存在するとともに、これを取り巻く大気、水、土壌等の環境の自然的構成要素との相互作用によって多様な生態系が形成されている。
人類は、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。また、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。
一方、生物の多様性は、人間が行う開発等による生物種の絶滅や生態系の破壊、社会経済情勢の変化に伴う人間の活動の縮小による里山等の劣化、外来種等による生態系のかく乱等の深刻な危機に直面している。また、近年急速に進みつつある地球温暖化等の気候変動は、生物種や生態系が適応できる速度を超え、多くの生物種の絶滅を含む重大な影響を与えるおそれがあることから、地球温暖化の防止に取り組むことが生物の多様性の保全の観点からも大きな課題となっている。
国際的な視点で見ても、森林の減少や劣化、乱獲による海洋生物資源の減少など生物の多様性は大きく損なわれている。我が国の経済社会が、国際的に密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみれば、生物の多様性を確保するために、我が国が国際社会において先導的な役割を担うことが重要である。
我らは、人類共通の財産である生物の多様性を確保し、そのもたらす恵沢を将来にわたり享受できるよう、次の世代に引き継いでいく責務を有する。今こそ、生物の多様性を確保するための施策を包括的に推進し、生物の多様性への影響を回避し又は最小としつつ、その恵沢を将来にわたり享受できる持続可能な社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。
ここに、生物の多様性の保全及び持続可能な利用についての基本原則を明らかにしてその方向性を示し、関連する施策を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。
・第2条第2項(定義)
この法律において「持続可能な利用」とは、現在及び将来の世代の人間が生物の多様性の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である生物の多様性が将来にわたって維持されるよう、生物その他の生物の多様性の構成要素及び生物の多様性の恵沢の長期的な減少をもたらさない方法(以下「持続可能な方法」という。)により生物の多様性の構成要素を利用することをいう。
・第3条第3項(基本原則)
生物の多様性の保全及び持続可能な利用は、生物の多様性が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、科学的に解明されていない事象が多いこと及び一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であることにかんがみ、科学的知見の充実に努めつつ生物の多様性を保全する予防的な取組方法及び事業等の着手後においても生物の多様性の状況を監視し、その監視の結果に科学的な評価を加え、これを当該事業等に反映させる順応的な取組方法により対応することを旨として行われなければならない。