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『レトリックと詭弁――禁断の議論術講座』(香西秀信 ちくま文庫 2010//2002)

著者:香西 秀信[こうざい・ひでのぶ] (1958-2013) 修辞学、国語科教育学。
NDC:809.6 討論・会議法
備考:『論理戦に勝つ技術――ビジネス「護心術」のすすめ』(PHP研究所 2002)を文庫化。


筑摩書房 レトリックと詭弁 ─禁断の議論術講座 / 香西 秀信 著


【目次】
まえがき [003-009]
目次 [011-015]


◆第一章 議論を制する「問いの技術」

第一話 赤シャツの冷笑――問いの効果 018
  議論を制するのは「問い」の技術
  問いは、作った方が優位に立てる
  赤シャツの問いの秘密
  答えることのできない「問い」
  自分に有利、相手に不利になる言葉を選ぶ
  巧妙に組み立てられた赤シャツの問い


第二話 カンニング学生の開き直り――「問い」の打ち破り方 029
  出された問いをいかに「打ち破るか」
  「答える」(answer)ではなく「言い返す」(retort)
  教師はどう言い返すべきだったのか
  騙すより、騙される方に罪がある?


第三話 北山修の後知恵――論点の摩り替えその1 038
  「問いを出す者の特権」
  ダイアモンドならよくて、ホットドッグがダメな理由
  問いで、相手の答えを変形させてしまう
  

第四話 西行の選択肢―― 二者択一の力 044
  問いの出し方で相手の答が変わってくる?
  崇徳上皇はなぜ激昂したのか?
  自分の主張を、二者択一の中に紛れ込ませる
  相手の意図を暴露するための問いの出し方  


◆第二章 なぜ「問い」は効果的なのか?

第五話 村上春樹の啖呵――相手の答えを封じる問い 054
  あえて問いの形式をとる理由
  問いが機能するのは「答えを必要としない問い」
  そもそもなぜ、問いが効果を発揮するのか?
  相手の言葉を封じてしまう「修辞疑問」
  では、言い返せないはずの問いに答えるには?
  あえて無理な答えを返してしまう


第六話 臼淵大尉の鉄拳――言質を取るための問い 064
  なぜ、わかっていることを聞くのか?
  言質を取らせるために発せられる問い
  西部邁の《retort》
  曾根綾子の修辞疑問への反論
  質の悪い問いを跳ね返す技術


第七話 福田恆存の雪隠詰――相手に沈黙を強いる問い 076
  修辞疑問の一番の狙いは「相手の沈黙」
  問いに答えられないことは、議論では致命的になる
  自分の聞きたい答えを、相手の口から言わせる手法
  あまりにも無防備な大江の《answer》
  先手を打ち《retort》する


◆第三章 相手を操る弁論術

第八話 ナポレオンの恫喝――多問の虚偽と不当予断の問い 086
  豚のスクィーラーの弁論術
  「多問の虚偽」
  どう答えても罪を問われるGPUゲーペーウー〕式尋問術
  思わず相手の術中にはまってしまう、「不当予断の問い」とは?
  

第九話 丸山眞男の対照法――選択肢の詐術 097
  全面講和運動に見る「選択肢の詐術」
  「単独講和」と「全面講和」の命名に隠された意味とは?
  丸山眞男の「選択肢の詐術」
  「二者択一」で他の選択肢を封じてしまう
  丸山眞男の極端な摩り替え


第十話 鳴海仙吉のディレンマ――ディレンマの活用 108
  どちらも選択できない「二者択一」を組み立てる
  ディレンマは、その相手にとってのみディレンマであればいい
  ディレンマのかわし方
  ディレンマはそれでもかわせない?
  思考実験を楽しんでみることも大切


◆第四章 「論証」を極める

第十一話 プラトンの不安――論争における「根拠」 120
  わかりきっていることは、論証できない
  論証の遡行――そもそも自然破壊はなぜ悪い?
  教育においては、野暮な問いにも答えねばならない
  プラトンは、「議論の有害さ」にも気づいていた
  子供に討論の仕方を教えるのは危険?


第十二話 夏目漱石の摩り替え――論点の摩り替えその2 130
  虚偽なのか、虚偽でないのか?
  車屋と教師は、どちらがえらい?
  漱石の反論は、論点の摩り替えか?
  だが、詭弁も虚偽も簡単には判別できない
  

第十三話 芥川龍之介の「魔術」――相手をはめる 140
  言葉を好きなように選びすぎても、説得力を失う
  相手の言葉に従って、思う壺にはまってしまう
  「狡猾」の狡猾なトリック  


◆第五章 議論を有利にするテクニック

第十四話 清水幾太郎の喧嘩――《tu quoque》の技術 150
  「おまえも同じではないか」という論法
  国どうしの争いでは一般的な論法
  《tu quoque》のすすめ
  相手に説明の義務を負わせる
  《tu quoque》を使わないと、事実を歪められてしまう?


第十五話 丘浅次郎の後出し――発言の順番 160
  議論ゲームの手順
  丘先生の「後出し」
  順番を入れ替えただけで議論の勝者が変わってくる
  「後出し」に勝つためには?


第十六話 兼好の嘘――嘘のつき方 169
  嘘は、思わせぶりにつくことで説得力を持つ
  知らぬにこしたことはないのだが
  《occupatio》――あえて言わないふりをする技術
  否定しながら、それを広める方法


第十七話 イアン・カラマーゾフの辞退――具体例を限定する 178
  都合のよい具体例のみが、説得力をもつ  
  イワンはなぜ子供を例に使ったのか?
  本当に言いたいことは別にある?
  神に対する、考えられうる最大の侮辱とは
  イワンの台詞のなかの虚偽
  議論の対象を限定した本当の理由とは?
  イワンが、本当に言いたかったこと


あとがきにかえて――レトリックに詰め腹を切らせる(平成十四年七月十六日 香西秀信) [194-197]
文庫のためのあとがき――論理が効かなくなる「場所」(平成二二年三月八日 香西秀信) [198-202]
引用文献 [203-211]





【メモランダム】
 香西秀信によるレトリック紹介本。といっても文章技法のためではなく、交渉・口喧嘩の「駆け引き」のレトリック。また、一般人の普段使い用の手引きというよりは、歴史上の人物や作品に登場するキャラクターによる使用例を解説付で鑑賞する本であることに重心を置いている。


・ここから個人的なメモで、本書の「第十四話 清水幾太郎の喧嘩――《tu quoque》の技術」は問題含み。

 14章で著者は、この論法(Tu quoque論法)を擁護しようというかなり斬新な試みをしている。著者曰く、「現実の口喧嘩でも国際政治でもこれが使われているから、この論法で言い返せばよい(例えば日本が過去の戦争犯罪にまつわるあれこれをとがめられたときには、そちらの国も過去に何処其処で蛮行を行っただろうと言えばよい)」(大意)と。ある程度レベルを保った議論に限定しているとは思うが、かなりカジュアルに薦めていることには変わりない。
 議論の専門家がこのように言ってくれるのであれば、右派言論人の救世主にも思える(わざわざ教科書を新しく作ったり、歴史改竄的な言説を立てたりする必要すらなく、ナショナル・プライドを守れるから)。
 しかし、やはり納得できない。著者の提案よりも、従来の弁論・議論術においてtu quoque論法をダメな論法とみなす理屈の方に、正当性があると私は思う。著者の主張や、「皆がやってくるから禁じ手を使ってでも反撃したい」式の動機は、単純に根拠として弱い。著者の立場であれば本来、自分のイデオロギー的な動機は押さえ込んで、むしろそれを諫める立場に回る方が専門家として誠実な態度のはずだ。
 従来の知見の通り、tu quoque論法に副作用があることは強調しておきたい。著者の提案を受け入れることは、議論の場で、相手に〈そっちはどうなんだ〉と言い、相対化する論法が許可されるということだ。これでは、たちまち収拾がつかなくなる。著者が当初想定していた、歴史の責任といった狭い場所だけの議論に限定することもできない。「そこで使えるなら他でも使っていい」と広まってゆく。

 tu quoque論法は、そのまま「自分を免責すると同時に、相手を免責する」ことになる。議論・討論で一度言い返して満足するだけで、生産性のないやりとりにつながると思う。
 というわけで、'Two wrongs do not make a right.' という当たり前の常識を、これからも尊重するべきだろう。