著者:林 廣茂[はやし・ひろしげ] 経営学。
筑摩書房 日本経営哲学史 ─特殊性と普遍性の統合 / 林 廣茂 著
【目次】
目次 [003-006]
序章 経営哲学とは何か 007
経営哲学の定義
本書の構成
グローバリゼーション・イノベーション・ダイバーシティ
第1章 経営哲学前史――日本人の思想の系譜をたどる 021
1 日本人の思想の基層に神・仏・儒の三教がある 021
日本人「らしい・ならでは」の思想
天皇尊崇の精神
2 日本人の宗教心も神・仏・儒のメタ統合思想である 026
神道と仏教の神仏習合が始まった
怨霊の祟りは恐ろしい
穢れとその忌避が日本人の善悪観念の基本である
穢れ忌避観念と浄土信仰の習合
3 中世宗教改革の影響 032
浄土宗・浄土真宗
禅宗――「戒律をもって先となす」
4 儒教から生まれた倫理道徳思想と統治思想 036
四徳・四端・五輪
儒教は序列と秩序の思想である
儒教は変革と競争の思想である
朱子学と陽明学の違い
神道と儒教が一致した日本の儒学
5 経営哲学の形成と武士道・商人道 046
武士道と商人道
経営哲学の形式知化
第2章 封建日本期の文明システムと経営哲学――江戸時代 051
1 中世の商業活動と商人倫理を振り返る 051
中世の政治・経済システム
武家領の拡大と金属貨幣の流通
鎌倉仏教と商人
商人の倫理道徳観
2 文明システムとその変化 059
政治の仕組みと社会の変化
経済の発展・消費の拡大
財政破綻と商人の危機
商人への儒学の深い浸透
商業資本主義経済の発展――江戸・大阪・京の三大消費市場の発達
農業が育んだ勤勉で創意工夫する国民性
世界有数の経済強国へ
3 経営哲学の形成と深化 075
角倉素庵〔すみのくら そあん〕の「船中規約」に込められた国際ビジネスの倫理
『長者教』が説く成功者・金持ちへの道
鈴木正三〔すずき しょうさん〕「いかなる職業にも仏性あり」
井原西鶴『日本永代蔵』が描く三井高利
三井高房『町人考見録』にみる商人没落の原因
西川如見〔にしかわ じょけん〕の経済思想、競争と社会進化
石田梅岩の石門心学
近江商人の商人道は神・仏・儒のあらわれ
4 封建日本期の経営哲学の普遍性 089
プロテスタンティズムなき「神・仏・儒」の倫理
儒教による変革と競争
第3章 帝国日本期の文明システムと経営哲学――明治・大正・昭和戦前・戦中期 093
1 文明システムとその変化 093
天皇主権の近代国家を建設する
日本の国柄を定めた国家神道
帝国憲法、教育勅語、ナショナリズムの思想的背景
産業革命と殖産興業
明治期日本の経済力
2 帝国日本の戦争の反実仮想を考える 104
日清・日露戦争の反実仮想
アジア太平洋戦争の反実仮想
3 封建期日本との経路依存性・連続性 112
4 士魂商才の経営哲学――福澤諭吉・渋澤栄一 114
福澤諭吉と渋澤栄一の説く「士魂商才」
新渡戸稲造と内村鑑三の思想――武士道精神の普遍性
士魂商才の人材育成
時代が求めた経営能力
「忠君愛国」「産業報国」を実現する「士魂商才」
5 時代の鑑としての経営哲学の実践 125
「儒教倫理を基本とする経営理念」を持った起業家
「キリスト教倫理を基本とする経営理念」を持った起業家
第4章 民主日本期の文明システムと経営哲学―― 1945〜1990 131
1 文明システムとその変化 131
民主主義による日本と日本人の作り変え
民主主義教育が求めた日本人像
2 世界2位の経済大国化、その後四半世紀に及ぶ経済低迷 137
日本企業の進化とイノベーション・プロセス
「竹の子」生活から「昭和元禄の消費」生活へ
石油危機が日本企業のイノベーションを起爆した
バブル経済の崩壊
3 和魂商才の経営哲学 145
戦前・戦中世代の士魂商才
戦後教育を受けた人たちが経済大国を引き継いだが……
グローバル日本期(1990〜現在)へ、和魂商才は継承されなかった
4 日本の、日本人の五つの課題 154
第5章 経済大国化を担った企業家の経営哲学 159
1 松下幸之助は、家電王国を創りあげた 160
天然自然の理に従う
不易流行の経営哲学の系譜
起業家にして思想家
2 土光敏夫は、企業・財界・日本の改革者である 168
生涯を改革者として
生い立ちと思想形成
経営思想の3つの本質
「土光敏夫とメザシ」の精神運動
3 本田宗一郎は、日本発小型車を世界標準にした 174
無類の創造人間
世界のホンダへの飛躍
二人で一つの経営哲学
知識の創造
本田宗一郎語録
本田と藤沢がいなくなったホンダ
4 井深大〔いぶか まさる〕は、日本初・世界初の独創を貫いた 185
SONYを日本発で最大のグローバル・ブランドにした
思想形成をたどる
ソニーは井深の思想を実践する「場」だった
井深から学ぶ知識創造の哲学
井深と盛田がいなくなったソニー
5 丸田芳郎〔まるた よしお〕は、日本人に「清潔・美しさ・健康」価値を届けた 195
花王中興の祖
思想形成のホップ・ステップ・ジャンプ
経営理念の明示とその後の快進撃
6 中内功は、流通革命「良いものを安く大量に」の先導者である 206
生い立ちと戦争体験――生死の際で蘇った「家族ですき焼き」の記憶
流通革命家のスタートは「主婦の店ダイエー 一号店」
日本一の小売商が、内部から崩壊した
誰もダイエーを継承しなかった
思想家・中内功
第6章 戦後日本人の思想変遷 221
1 日本人の意識(思想)の変遷―― 1953〜2013 222
4度にわたる意識の大きな変化
世代交代による変化
2 宗教観――「信仰」はないが「宗教心」を持つ日本人 226
宗教を信じる・信仰している日本人は少数
宗教に関する日本人の考え方の特徴
「あの世」、「神や仏」を信じているかどうか
「信仰の有無・宗教的な心」と生活・社会意識の関連
寺院・地蔵・神社の社会・経済的帰結
3 基本的な価値観の推移 236
自分個人の価値観・道徳観
家族、仕事や職場、生活、社会への態度
勤務先への意識・態度
組織(企業)へのエンゲージメント
自然と人間の関係
4 人間関係・生活の価値観 248
隣近所・職場・親戚との人間関係の持ち方
能率・情緒
生活目標の価値観
5 政治意識・国と個人の関係・ナショナリズム 253
総選挙の投票
国と個人の関係・国の評価
日本に対する愛着と自信
6 外国人への意識 262
日本人は西洋人に比べて優れているか
定住外国人への態度
国際比較――定住外国人への態度
7 日本人の思想(意識)の変遷 266
倫理観・道徳観の変化―― NHK世論調査から
宗教観、価値観、道徳観・倫理観の変――本章の論点整理
思想の劣化と経済の低迷
第7章 グローバル日本期の長期低迷と競争力の後れ―― 1991〜現在 275
1 日本経済は、1990年代初頭から四半世紀、足踏みを続けている 277
GDPは2014年まで踊り場に留まっていた
企業の売上高は、長期低迷している
2 日本経済のグローバル影響力は半減した 284
名目GDPの規模は世界3位だが……
購買力平価のGDP比較
一人当たりのGDPは世界25位に後退した
3 日本企業の海外展開は、低収益で低成長である 290
低収益・低成長の原因
高まる企業の海外市場依存度
4 経済・技術革新・人材、日本のグローバル競争力は低下している 296
IMD世界競争力ランキングで25位に下降した
世界イノベーション・ランキングで8位に後退した
5 日本企業の研究開発投資の効率と効果は欧米より低い 303
企業の研究開発の投資収益率が低いのが難点だ
日本には起業家の数が少ない
技術革新の熱源がアメリカや中国より弱い
6 ダイバーシティでは世界最下位に近い 308
日本は外国人が働きにくい国だ
移民受け入れへの高く厚い心の壁がある
男女の平等、経済と政治の分野で世界最下位と評価された
DI企業の世界トップ100社の内日本企業は5社だけ
7 世界は日本に好意を持っている 314
世界最高の国家ランキングで日本は5位
世界にプラスの影響を与える国ランキングで日本は3位
日本はASEAN諸国から最も強く信頼されている
8 企業の盛衰とその理由を考える 319
利益創造の価値連鎖(VC)と供給網(SC)を考える
変わる企業
変わらない企業
失敗の歴史を繰り返さないために
ICTとコトの価値創造で成功した企業
9 経済と企業の課題 333
終章 「新和魂グローバル最適経営」の提案 337
1 現状認識 337
問題を正しく同定する
日本の現状が「長者三代の鑑」に重なる
2 「和魂商才」の継承を――トップ経営者のメッセージ 341
3 「新和魂グローバル最適経営」の経営哲学 344
日本人の霊性
自己変革への「意欲」を駆動する経営哲学
「和魂」を再定義した「新和魂」
4 「新和魂グローバル最適経営」の経営哲学が必要である 351
普遍の優劣競争と特殊の影響力競争が同時に進行している
今日、アメリカ発の普遍が揺らいでいる
日本文明の立ち位置
グローバル人間は、文明競争と文化競争に同時に取り組む人である
グローバル最適経営を実践する
補章 武士道と商人道は二項対立で捉えるべきか 363
1 「武士道と商人道は社会関係の二大原理」とする捉え方 364
アプローチ①――武士道「身内集団原理」 vs. 商人道「開放個人主義原理」
本当は相互補完関係にあった武士道と商人道
2 帝国日本期を「大義名分―逸脱手段」と捉えるアプローチ 370
アプローチ②――武士道=大義名分 vs. 商人道=逸脱手段
帝国日本は「大義名分と逸脱手段」の構図では捉えられない
3 現代は「開放個人主義原理(商人道)」の時代なのか 376
アプローチ③――戦後社会の対立も武士道 vs. 商人道
「身内集団原理」の良さを復活させるには
あとがき(平成31年4月1日 京都・山科上花山にて 林廣茂) [383-387]
初出一覧 [388]
参考文献 [389-398]
【抜き書き】
[pp. 7-9]用語。
最初に、本書における経営哲学の定義をしておきたい。
経営哲学は「企業経営の原理・根幹」である。経営哲学には、その時代の経営者の思想(宗教観、倫理道徳観、世界観、歴史観、文明観など)と価値観(信念・個性・伝統など)が強く反映される。長寿企業では、創業者とか創業家の経営哲学が遺訓や家訓として継承されていることが多い。経営哲学は、企業理念(企業の存在理由)や企業文化(企業の個性)などとして形式知化され、経営者と従業員に共有・共感されて企業が果たすべきCSR(社会に善と正義をなす企業の社会的責任)への態度と行動の規範となる。そして経営哲学は、暗黙知としても共有・共感される。
今日の経営哲学は、企業の「持続可能な成長」を実現するために不可欠な、人的資本(有能な経営者や従業員)(×) 経済的資本(資金や設備)(×) 社会関係資本(哲学や価値観の共有・共感)の三大資本の内の、社会関係資本を構成する要因・社会情緒的資産(Socio-Emotional wealth)として捉えられている。
経営哲学とほぼ同義である用語として、経営思想、経営理念、経営倫理などが用いられる。厳密にはそれぞれ意味が異なるようだが、本書で使う経営哲学の意味は、「人の思想・理念・倫理と価値観を含み、合理性と非合理性、知性と感性・情性の中間にあって、人間が働く意味と意欲を駆動させる人間哲学」であると考えておきたい。
人は、自分個人の哲学(思想や価値観)と企業の経営哲学(理念や文化)が同期・共鳴したときに、最も強く企業の目標や目的に向かって自律的に努力する意欲をたぎらせると言われる。
経営哲学は、時代の文明システム(政治・経済・社会文化・技術の仕組み)を構成する社会文化のサブシステムである思想の申し子である。文明システムは過去から現在へ、経路依存(現在に過去が反映)し、不易流行(変わるものと変わらないもの・伝統は革新の連続)し、時代の特徴を反映して変化する。思想とその申し子である経営哲学も、企業経営の歴史を通して、文明システムの進化と共に進化し、拡張する。そして時として、文明システムの退化と共に退化することもある。
企業は時代を越え洋の東西を問わず、文明システムの変化を迅速に内部化する能力(アジリティ Agility)を持ち、変化に沿った競争戦略を立てる能力(ダイナミック・ケイパビリティ Dynamic Capabilities)を持たなければ持続的成長を実現できないとされる。それには経営哲学(企業理念や企業文化)という経営の原理・根幹にまで踏み込んで、絶えず企業そのものを包括的に自己変革する能力(トランスフォーメーション Transformation)を持たねばならない。
経営哲学は、歴史を通して形成された日本人「らしい・ならでは」の「特殊」な思想から生まれてきた。と同時に、それが目指している「顧客、社会、国家、世界」の人々の心身の健康と豊かさ(ウェルネス Wellness)への貢献に向けて、「普遍」を志向している。文明システムがグローバル化した今日、経営哲学もまた、国内志向だけに留まることなく、日本をグローブ(地球)の一部と捉えて、「国内から国外へ」と「国外から国内へ」の双方向で、アップ・スパイラルに循環し、拡張・進化されなければならない。
本書では、経営哲学が形式知として文章化され始めた江戸時代から現在まで400年の時間軸で、文明システムの変遷と経営哲学の進化・拡大・退化を検証する。そして最後に、現在から将来に向けて変化している21世紀の文明システムに適応した、新しい経営哲学のコンセプトを提案する。