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『生産性――誤解と真実』(森川正之 日本経済新聞出版 2018)

著者:森川 正之[もりかわ・まさゆき](1959-) 経済政策、産業分析。経済産業省
装幀:新井 大輔 (1982-)
装画:コーチはじめ 
DTP:有限会社 マーリンクレイン 
NDC:331.8


生産性 誤解と真実 | 日経の本 日本経済新聞出版



【目次】
目次 [003-005]


序章 注目される生産性 007
  人手不足の深刻化と生産性への関心の高まり
  生産性に関する誤解
  生産性と経済成長・賃金
  成長戦略の効果への誤解
  楽観的な将来見通しのリスク
  本書の目的・狙い
  本書の構成


第1章 生産性をめぐる誤解 017
1 生産性とは何か? 017
  生産性の測り方
  全要素生産性TFP)とは何か
  日本のTFP上昇率の現状
  TFPをわかりやすくできないか?

2 長期停滞論:日本だけが特殊なのか? 025
  「長期停滞論」の台頭
  米国の経済成長率鈍化の要因

3 設備投資拡大は生産性を高めるか? 027
  設備の増加による生産性上昇には限界
  人手不足の中で進む機械への代替

4 「稼ぐ力」と生産性 030
  利益率と生産性の違い
  価格引き上げは生産性を高める?

5 サービスはタダという日本人の意識が生産性に影響? 032
  日本人消費者の意識が問題?
  付加的サービスへの消費者の支払意思額
  質の低いサービスの受け入れ可能性

6 日本のサービス産業の生産性は低い? 035
  生産性の国際比較
  サービスの質の国際比較
  サービス産業の生産性上昇率の過小評価
  消費者はサービスの質の向上をどう評価しているか?
  労働力不足によるサービスの質の低下
  

第2章 イノベーションと生産性:第四次産業革命の光と影 043
1 技術革新と生産性・経済成長 043
  研究開発投資と生産性
  イノベーションの多様性
  イノベーションの生産性効果
  研究開発の過小投資
  研究開発のマクロ経済効果
2 第四次産業革命の経済効果 049
  注目される人工知能
  人工知能への企業・個人の見方
  人工知能の経済的インパク
  人工知能における「ボーモル効果」
  マクロ経済効果の逓減
  不確実性が高いAIの生産性効果
3 人工知能・ロボットの雇用・賃金への影響 057
  人工知能で雇用が失われる?
  人工知能と人間の補完性
  賃金への影響
  雇用への影響:企業の見方
  人工知能と雇用・賃金:個人の見方
  人工知能・ロボットへの需要


第3章 重要性を増す人的資本投資:教育訓練と生産性 065
1 人的資本と生産性・経済成長 065
  教育水準と生産性
  教育のスピルオーバー効果
  教育の質と経済成長
  労働者の質と企業の生産性
  教育投資への政府の役割
  健康・スポーツと経済成長
2 学校教育・就学前教育の経済効果 072
  教師の質が決定的に重要
  教員の処遇改善
  学校経営の質
  教育バウチャーの効果
  大学院教育の収益率
  幼児教育と非認知スキル
  非認知スキルと労働市場成果
3 就職後の人的資本投資 082
  企業内教育訓練の役割
  企業内教育訓練と生産性
  教育訓練投資の収益率
  企業の教育訓練投資と賃金
  職業資格制度の機能
  職業資格と就労・賃金


第4章 働き方と生産性 093
1 働き方改革の進展 093
  働き方改革法の成立
  働き方改革と経済成長
  女性の労働参加拡大の成長効果
  高齢者の労働供給拡大の成長効果
  働き方改革と生産性

2 非正規雇用と生産性 099
  正規・非正規労働者の賃金格差
  解雇規制と生産性
  非正規雇用と企業の生産性
  同一労働同一賃金:生産性の視点から
  パート労働者の生産性と賃金
  最低賃金と生産性

3 労働時間・柔軟な働き方と生産性 109
  長時間労働の生産性への影響
  残業への割増賃金の効果
  柔軟な労働時間と生産性
  成果型報酬と生産性
  仕事満足度・上司の質と生産性
  ダイバーシティの経済効果

4 就労スケジュールの不確実性 118
  労働時間の長さだけが問題なのか
  日本における就労スケジュールの不確実性

5 通勤時間とテレワーク 122
  通勤の長時間化
  テレワークへの期待


第5章 変化する日本的経営と生産性 127
1 生産性の企業間格差 127
  企業の生産性分布
  生産性格差と新陳代謝効果

2 「経営の質」と生産性 129
  企業の生産性を規定する要因
  「経営の質」の計測
  企業文化と経営成果

3 経営者と本社ホワイトカラーの役割 132
  経営者の質
  本社機能の重要性
  コンプライアンス強化の副作用

4 日本的経営は変化しているか? 135
  日本的経営の変化
  日本企業の経営戦略
  変化していない従業員重視
  事業再編行動の変化

5 取締役会の構造変化 143
  企業統治をめぐる動き
  女性取締役の増加
  社外取締役の増加
  女性取締役と企業業績
  取締役会の多様性と経営効果
  社外取締役の経営成果への効果
  社外取締役兼務の問題


第6章 競争・規制改革と生産性:新陳代謝の円滑化 153
1 市場競争・新陳代謝と生産性 153
  競争の生産性効果
  日本における競争の実態
  低生産性企業の底上げと退出時
  新陳代謝を通じた資源配分の効率化
  新規創業の役割

2 規制改革と生産性 162
  規制改革の動向
  岩盤規制の残存
  社会的規制の副作用
  規制緩和の経済効果
  職業資格制度の弊害
  産業横断的規制の悪影響
  上場大企業だけを対象にした規制の副作用
  政府部門の生産性

3 規制・ルールの不確実性 172
  政策の不確実性の影響
  日本における政策の不確実性
  不確実性が影響を与える経営判断


第7章 グローバル化と生産性:不確実性が高まる世界貿易体制 179
1 グローバル競争と生産性 179
  グローバル競争の実態
  国際競争による新陳代謝促進効果
  技術・知識の国際的なスピルオーバー
  外国人労働者と生産性

2 重要性を増すサービスのグローバル化 187
  サービス貿易と生産性
  外国人訪日客増加の生産性効果
  国際付加価値連鎖【GVC】と製造業のサービス化

3 懸念される世界経済の不確実性 193
  世界経済の不確実性増大
  グローバルな不確実性の影響


第8章 生産性の地域間格差と人口移動 197
1 東京集中と地方経済の衰退 197
  人口減少と地方創生論
  人口・経済活動の地理的分布と人口移動
  地域間の生産性格差

2 地域人口見通しの不確実性 203
  楽観バイアスが大きい地方自治体の人口ビジョン
  地域人口の予測誤差
  新しい地域人口推計
  外国人受け入れは地域の人口減少を緩和する?

3 都市集積と生産性 208
  集積の経済性のメカニズム
  サービス経済化と大都市集中
  サービス産業における集積の経済効果
  空間的な新陳代謝

4 地方経済をどうするか? 213
  地域振興におけるトレードオフ
  特定地域を振興する政策は有効か?
  地域経済の存続を左右する輸出・移出産業
  都市のコンパクト化
  社会資本と生産性
  地方自治体の生産性

5 大都市圏の課題:集積の弊害の緩和 223
  長時間通勤への対処
  東京集中と出生率低下をめぐる誤解
  東京圏でも必要な縮小の備え


第9章 生産性とマクロ経済政策:深刻化する財政リスク 227
1 生産性上昇に期待する財政健全化 227
  経済成長と財政の関係
  プライマリー・バランス黒字化目標の先送り
  成長見通しの楽観バイアス
  日本の経済見通しの事後評価
  企業・個人の予想経済成長率
  生産性の先行き
  財政破綻リスク

2 財政・マクロ経済政策と生産性 239
  政府債務の経済成長への影響
  マクロ経済・財政政策の不確実性

3 マクロ経済運営への示唆 243
  クレディブルな生産性見通し
  税制と経済成長
  財政破綻回避のための手法
  低金利政策と生産性
  統計には表れない隠れた物価上昇


第10章 生産性の重要性と限界:エビデンスに基づく政策選択 251
1 生産性向上政策の展開と特徴 251
  生産性向上政策の歴史的経緯
  企業の生産性向上への取り組みの助成
  成長戦略の効果が現れない理由

2 エビデンスに基づく生産性向上政策 255
  政策効果の検証
  EBPMの動向
  EBPMの現状と障害
  EBPMへの国民の認識
  政策実務におけるエビデンスの活用
  EBPMの今後の課題

3 生産性が捉えていないもの 265
  生産性指標の限界
  家庭内生産活動
  余暇と健康の価値
  消費者余剰と無料コンテンツ
  所得分配の公平性
  トレードオフ下の政策決定


終章 生産性向上のための選択 275


おわりに(2018年10月 森川正之) [279-281]
参照文献 [282-306]
索引 [307-313]
著者紹介 [314]




【抜き書き】

□「第3章 重要性を増す人的資本投資」からいくつか。


・教育のスピルオーバー効果について。
pp. 65-68

<教育水準と生産性>
 中長期的な経済成長は、労働供給量(マンアワー)の増加、資本ストックの増加、生産性(TFP)の上昇によって生じる。ただし、資本ストックの最適 な伸び率は、第1章で述べた通り労働投入量の増加及び TFP の上昇に依存する内生変数なので、結局のところ労働供給と TFP の変化が経済成長率を強く規定する。
〔……〕
 教育と生産性の関係は、学校教育年数あるいは最終学歴が労働者の賃金に及ぼす効果の計測という形で、古くから多数の分析が行われてきた。そうした推計は、ほぼ例外なく教育水準の向上が、賃金で見た労働者の生産性を高める効果を持つことを確認している。また、それらの結果に基づいて教育投資の収益率が計測されてきている。
 それらの研究によれば、先進諸国において学校教育1年間の収益率は一般に5~10%と推計されている。日本は他の先進国に比べると学歴間賃金格差が比較的小さいが、標準的な賃金関数の推計結果によれば、高卒者は中卒者に比べて20%程度、四年制大卒者は高卒者に比べて20~30%の学歴賃金プレミアムが存在する。*1 学歴賃金プレミアムとは、性別、年齢、勤続年数などが同じ労働者の中で、例えば大卒者の時間当たり賃金が高卒者に比べてどの程度高いかという数字である。最近は世界的に大学院教育の経済的価値が高くなっており、日本の場合、大学院卒業者の賃金は学部卒者に比べて約 30%高い。*2

教育のスピルオーバー効果
 しかし、これらの数字は教育による人的資本の質向上の「私的収益率」である。つまり、教育を受けた人自身の賃金が高くなるという効果だけを測っており、社会全体への追加的なプラス効果は含んでいない。現実には、人的資本の質の向上は、知識のスピルオーバー(波及)など様々な形で社会的利益を生む。例えば、地域別のデータを用いたいくつかの研究は、地域内に高学歴の労働者が多いと、地域全体の TFPが高くなることを示している。*3 これは、高学歴者自身の高い生産性に加えて、高学歴者の持つ知識から学ぶことを通じて、他の労働者の生産性も高まることによる。教育水準一般よりも大卒以上、特に理工系(STEM:Science, Technology, Engineering, and Mathematics)卒業者の外部経済効果が大きいことがわかっており、そうした人が持つ優れた技術知識が、地域内の他の労働者にも波及することを示している。
 したがって、前章で見た研究開発投資と同様、教育を受けた労働者自身の賃金が高まるという私的収益率だけを考えると、教育の経済成長への貢献を過小評価することになる。また、教育は、賃金・生産性といった経済的外部効果のほか、犯罪の削減、健康の改善といった非経済的な効果も持っており、それらを考慮に入れると社会的収益率はさらに高くなる。*4


□高等教育(大学・大学院)の教育投資の効果

pp.78-82

大学院教育の収益率
 本節では、ここまで初等教育中等教育を中心に議論してきた。しかし〔……〕技術革新が急速に進む中、技術の変化に対応できる可塑性のある高いスキルを形成する上で高等教育の果たす役割が増大している。人工知能などの第四次産業革命は、ホワイトカラー労働の中でもルーティン性の高い仕事を不要にし、高いレベルの教育の価値を高める可能性がある。
 大学教育の投資収益率についてのサーベイ論文によれば、大学教育の内部収益率は10%強であり、これは物的な設備への投資の収益率よりも高い。*5 米国では2000年代半ばまでの20〜30年間、大卒労働者の相対賃金が大幅に上昇しており、ITをはじめとするスキル偏向型の技術進歩、ルーティン労働のコンビューターによる代替が背後にあると考えられている。大学の中でも自然科学や数学専攻で高い収益率が観察されており、こうした技術的な説明と整合的である。*6対照的に日本では大卒と高卒の賃金差はほぼ横ばいであり、大卒者数の増加率が米国の約2倍と大きかったことが主な理由として指摘されている。*7
 しかし、2000年代半ば以降の米国では、大卒者の賃金プレミアム上昇が頭打ちとなる一方、大学院賃金プレミアムは大幅に上昇を続けている。*8日本のデータを用いて筆者が行った分析でも、大学院卒の労働者は、学部卒者と比較してかなり高い賃金を獲得していることが確認された。*9高学歴ワーキングプア」などオーバードクター問題が長く指摘されてきたが、統計的に見る限り日本でも大学院教育の投資収益率は10%を上回っている。
 これはITの普及などの技術進歩に伴って、大学院卒業者の非ルーティン的な高い知的スキルに対する需要が増加していることを反映していると解釈できる。日本の発明者のデータを用いて、大学院教育が就職後の発明の量・質を高める効果を分析した研究は、大学院教育が発明の量及び質を高める効果を持つことを示している。*10
 イノベーションを利用する側の産業においても、新しい技術を理解・応用できる高いスキルが必要になってきている。〔……〕大学院教育は人工知能ビッグデータなどの新しい技術との補完性が強い。これまでのところ、日本の大学院修了者の多くは教育関係または製造業に就職しているが、第四次産業革命が進むとすれば、サービス産業を含む広い分野で大学院修了者への需要が強まると予想される。


・どこに投資するか。

 以上の通り、知識経済における生産性向上のためには、大学・大学院教育の質的な充実が望ましい。しかし、財政的な制約がある中では、市場の失敗に直接作用する費用対効果の高い手法を選ぶことが望ましい。助成手段の選択に関して厄介な問題は、効率性だけでなく公平性の観点からの考察が必要なことである。高等教育への助成拡大は、国全体の生産性の向上という観点から望ましいとしても、経済格差を拡大する可能性があるからである。
 現在、日本では「高等教育無償化」の観点から、低所得世帯の子供など一定の要件を満たす学生に対して私立大学授業料の減額、給付型奨学金の支給といった措置が検討されている。筆者は、学生による選択の幅が広い高等教育について言えば、こうした消費側に対する助成措置の拡充は、大学・大学院という供給側への助成に比べて望ましい性質を持っていると考えている。
 日本を含む OECD諸国における高等教育への助成政策を比較し、効率性と公平性の観点からどのような政策手段が望ましいかを詳細に検討した論文があり、政策手段の選択を考える上で有用性が高い。*11 それによると、一般財源(税収)から大学や世帯への補助は最も一般的な助成手段だが、主に高学歴者が受益するため逆進性があり、所得格差を拡大する方向に働く。
 高等教育には外部経済効果、リスク、借入制約といった「市場の失敗」があるので政府の関与が必要になるが、具体的な手段としては、効率性・公平性の両面から見て、一般財源(税収)による補助ではなく、就労後の所得に依存する形の融資制度 (income contingent loans)への移行が望ましいと論じられている。*12

・就学前(幼稚園など)の教育投資の効果。

幼児教育と非認知スキル
 ここまで学校教育について見てきたが、〔……〕シカゴ大学のヘックマン教授が再三にわたって指摘している通り、スキル形成には集積的な性格があるため、就学前の人的資本投資の役割はきわめて大きい。生涯にわたって必要となる多様なスキルを形成する上で人生の初期に当たる幼児期の条件が重要であることが強調されている。例えば、国際的な学力テスト(PISA)は 15歳時点での学力の指標だが、中等教育を改善すれば15歳時点での成績が高まるわけではなく、幼児期からの良好な家庭環境や教育の積み重ねが不可欠である。〔……〕
 これまでの海外の研究によれば、ユニバーサルな就学前教育の長期的な効果については結論が分かれているが、低所得層をはじめ恵まれない家庭環境の子供を対象にした就学前教育の効果が大きいことについてはほぼコンセンサスがある。不利な家庭環境の子供への投資は、公平性と効率性の間のトレードオフがない稀な公共政策であり、出生時点での格差を低減するとともに社会全体の生産性を高める効果を持つとされている*13
 最近、日本でも就学前教育に対する関心が高くなっている。母親の就労と育児の両立という目的意識が強いように見えるが、スキル形成における幼児期の重要性に鑑みれば、超長期の投資と捉えることも可能である。日本は米国と条件が大きく異なっていたが、近年は片親世帯の増加、子供の貧困が深刻な問題になってきている。ユニバーサルな公的保育サービスは、どちらかと言えば母親の就労促進が目的だと思われるが、超長期の投資としての費用対効果、また、経済格差の世代間継承の抑制という観点からは、恵まれない家庭の子供への幼児期への投資のプライオリティが高い。
 就職後の労働市場でのパフォーマンスという観点からも、テスト成績やIQ(知能指数)で測られる認知スキルだけでなく、勤勉性・自制心・協調性といった非認知スキルないしソフト・スキルも同様に、あるいはそれ以上に重要になっている。経済産業省が以前から提唱している社会人基礎力という概念は、「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つのスキルで構成されており、非認知スキルと重なるところが大きい。
 学力テストは、現実の労働市場や学校で評価される性格、意欲、忍耐力といった非認知スキルを測ることができないという問題点が指摘されている*14。先述の通り、国際的な学力テストで測った学力の高さは経済成長率に大きく影響する。しかし、非認知スキルを考慮に入れて計測を行うと、純粋の認知スキルだけでなく非認知スキルも同程度の効果を持つことを示す研究が表れている*15。学力テストで測られた成績の経済効果の推計は、モチベーション、忍耐力とい非認知スキルの効果も含んでいると解釈されている。



pp.167-169 
・国家資格の供給制限、規制緩和について。

◆職業資格制度の弊害 
  職業資格制度については、人的資本投資との関連で第3章でも触れたが、規制と市場競争という観点からも大きなイシューである。日本では、1980年代の行革審の時代から、資格制度の規制緩和が累次にわたって議論されてきた。特に、1998〜2000年前後にかけて、行政改革推進本部・規制改革委員会で包括的・体系的に議論・整理が行われた。
 その結果、業務独占資格については、業務範囲の見直し、資格間の相互乗り入れ、制度の廃止や資格取得の要件緩和、必置資格や名称独占等資格への移行などの方針が、また、必置資格についても撤廃・緩和、資格保有者の業務範囲の見直しなどの方針が示された。
 職業資格制度の規制改革は、その後「規制改革推進計画」などを通じて具体化されていった。個別分野の中では、法曹分野(弁護士)、保育分野(保育士、幼稚園教諭)、医療分野(医師、看護師)、理美容(理容師、美容師)などが再三にわたって大きな論点となった。最近の規制改革の中では、理容師・美容師両方の資格の取得容易化、普通第二種免許の受験資格の緩和が議論の対象となった(規制改革会議「規制改革に関する第4次答申」,2016年)。ただし、職業資格制度の中には生命・財産の安全の確保を目的とした社会的規制が多く含まれていることもあって、経済的規制に比べて規制緩和は遅れている現状にある。
 職業資格制度の経済的な影響は、業務独占資格が参入制限効果を持ち、資格保有者が独占的な利益(レント)を享受するという形での非効率をもたらすことである。職業資格制度は業務遂行に必要なスキル水準を保証することを通じて、情報の非対称性の下で消費者を保護する機能を持っており、また、労働者のスキル向上インセンティブ労働市場のマッチング改善などのメリットもある。反面、参入制限効果を通じて産業全体の新陳代謝を阻害し、生産性にネガティブな影響を持つ可能性がある。
 最近の規制改革の議論において、職業資格制度にはあまり力点が置かれていないように見えるが、約20年にわたって指摘されてきた通り、業務独占資格や必置資格については、対象業務範囲の見直し、参入制限効果が小さい認証制度への切り替え、近接した複数の資格制度の相互乗り入れ――医師と看護師、歯科医師と歯科衛生士、弁護士と司法書士行政書士の境界など――、資格取得要件の緩和による有資格者の供給拡大など、技術進歩や産業実態の変化に対応した普段の制度見直しが必要である。

*1: 川口大司(2011).「ミンサー型賃金関数の日本の労働市場への適用」阿部顕三・大垣昌夫・小川一夫・田渕隆俊編『現代経済学の潮流2011』, 東洋経済新報社, pp. 67-98。

*2: Morikawa, M. (2015a) "Postgraduate Education and Labor Market Outcomes: An Empirical Analysis Using Micro Data from Japan", Industrial Relation, 54(3) : 499-520。

*3:Iranzo, S. and G Peri (2009) "Schooling Externalities, Technology, and Productivity: Theory and Evidence from U.S. States", The Review of Economics and Statistics, 91(2), 420-431。Gennaioli, N. et al. (2013) "Human Capital in European Regions since the French Revolution: Lessons for Economic and Education Policies", Quarterly Journal of Economics, 128(1), 105-164。Winters, J. V. (2014) "STEM graduates, human capital externalities, and wages in the U.S", Regional Science and Urban Economics, 48 : 190-198。

*4:教育の非経済的な利益に関するサーベイ論文として、Lochner, L. (2011) "NonProduction Benefits of Education: Crime, Health, and Good Citizenship" in E. Hanushek, S. Machin, and L. Woessmann (eds.), Handbook of the Economics of Education , Volume 4, Chapter 2, Amsterdam : Elsevier, pp.183-282。

*5:Barrow, L. and O. Malamud (2015) "Is College a Worthwhile Investment?", Annual Review of Economics, 7 : 519-555。

*6:Altonji et al. (2012) "Heterogeneity in Human Capital Investments: High School Curriculum, College Major, and Careers", Annual Review of Economics, 4(1) : 185-223 Barrow, L. and O. Malamud (2015)。

*7:Kawaguchi and Mori (2016) "Why has wage inequality evolved so differently between Japan and the US? The role of the supply of college-educated workers", Economics of Education Review, 52 : 29-50。

*8:Lindley, J. and S. Machin (2016) "The Rising Postgraduate Wage Premium", Economica, 83 : 281-306。

*9:Morikawa, M. (2015a) "Postgraduate Education and Labor Market Outcomes: An Empirical Analysis Using Micro Data from Japan", Industrial Relation, 54(3) : 499-520。

*10:Onishi, K. and S. Nagaoka (2018) "How Does Graduate Education Affect Inventive Performance? Evidence from Undergraduates' Choices during Recessions", RIETI Discussion Paper 18-E-016.。

*11:Diris, R. and Ooghe, E. (2018) "The Economics of Financing Higher Education" Economic Policy, 94.: 267-314。

*12:所得依存型の融資制度のほか、現実には存在しない制度だが、高等教育就学年数に依存する形での職後の課税(graduate taxes)も同様の性質を持つと述べている。

*13:Heckman, J.J. and D.V. Masterov (2007) "The Productivity Argument for Investing in Young Children", Review of Agricultural Economics 29(3) : 446-493. Heckman, J.J. and S.Mosso (2014) "The Economics of Human Development and Social Mobility", Annual Review of Economics, 6 : 689-733。

*14:Heckman, J.J. and T. Kautz (2012) "Hard evidence on soft skills", Labour Economics, 19(4) : 451-464。

*15:Balart, P., M. Oosterveen, and D. Webbink (2018) "Test scores, noncognitive skills and economic growth", Economics of Education Review, 63 : 134-153 。