著者:友原 章典[ともはら・あきのり] 国際経済学。
図・グラフ作成:有限会社ケー・アイ・プランニング
【目次】
目次 [i-vi]
まえがき [vii-xii]
序章 移民と日本の現在 001
日本の現状
国籍、都道府県、産業による違い
近年の主要な法改正
「移民の経済学」の有用性
第1章 雇用環境が悪化するのか 011
1 市民の賃金を下げるのか 012
代替的か、補完的か
キューバ移民の事例とボージャスの反論
労働者の分類別に比較する
「低賃金ではやりたくない仕事」をしているのか
2 長期的には賃金が増えるのか 019
二つの議論の対比
オッタビアーノとピエリの反証
3 雇用が奪われるのか 026
研究結果が二転三転する理由
ダストマンらの指摘
「格下げ」の影響
雇用をめぐる入れ替え効果と生産性効果
日本の場合
学者たちの立ち位置
国際機関の傾向
第2章 経済成長の救世主なのか 045
1 国境をなくせば世界は豊かになるのか 046
国境がなくなれば生産性が上がる理由
大量の移民が先進国を変質させたなら
シミュレーションの扱い方
2 貿易振興で経済が活性化するのか 051
移民が増えると貿易が盛んになる理由
消費財の輸出拡大
輸入への影響の方が大きい?
貿易拡大の影響
知的財産貿易への期待
移民と知的財産収入
日本の知的財産収入への影響
3 直接投資を促進するのか 062
少子高齢化は人とお金を減少させる
直接投資への短期的影響と長期的影響
技能労働者の場合、非技能労働者の場合
地域経済への影響
地方創生と観光
第3章 人手不足を救い、女性活躍を促進するのか 075
1 看護師不足を解消するのか 076
詳細な分類で見る
市民看護師は減るのか
なぜ辞めるのか
日本における外国人看護師
2 建設業での賃金が下がるのか 085
賃金の低下、市民の離職
消費者への恩恵
若い建設業労働者が減る日本
3 女性の社会進出が加速するのか 091
移民は高給女性の勤務時間を増やす
移民は家事負担を減らすのか
女性の社会進出は男性の所得格差を拡大する
少子化を促進するか
労働と出産の相関
育児支援サービスの恩恵を受ける人たち
第4章 住宅・税・社会保障が崩壊するのか 103
1 生活費が安くなり、購買力が上がるのか 104
価格低下の実態
弱者が犠牲に 日本における試算
2 家賃や住宅価格が高騰するのか 110
価格低下の理由
家賃や住宅価格の上昇
北海道のリゾート地の例
3 スラム街が生まれて資産価値が低下するのか 116
移民が増えると住宅価格が下がるという説
狭い範囲では下がり、広範囲では上がる
富裕地区と貧困地区の分断
4 税・社会保障の負担が増えるのか 122
移民は社会福祉サービスの利用が少ない
イギリスの移民の財政貢献
移民の教育費用は出身国の負担
アメリカでは財政貢献は低い
分析と現実のギャップ
外国人労働者受け入れと日本の消費税
第5章 イノベーションの起爆剤になるのか 137
1 低技能労働者が増えると技術革新が遅れるのか 138
技術革新が遅れ、雇用が守られる
効率的な仕事の割り振りへの貢献
日本は変われるか
2 技術立国には外国人研究者が必要なのか 143
高技能の移民への期待
奨学生と自費留学生の比較
STEM系の移民の影響
短期的な貢献
科学技術分野が乗っ取られるのか
技能の波及効果と締め出し効果
「乗っ取られる」可能性が高い
3 受け入れる国を選別すべきか 157
出身国の選別は合理的か
外交官の駐車違反が示唆するもの
出身国により異なる移民のタイプ
第6章 治安が悪化し、社会不安を招くのか 167
1 多文化共生で地域の結びつきが薄れるのか 168
接触仮説と紛争理論
パットナムの研究の衝撃
パットナムへの反論
民族多様性は信頼を低下させない
社会関係資本は好ましいか
住みよい社会のために
2 犯罪が増加するのか 先行する不安 178
イギリス移民の第一波と第二波の違い
犯罪率を減らす可能性が高い
日本における外国人の犯罪率
アメとムチ、どちらの制度が有効か
3 伝染病が持ち込まれるのか 188
伝染病持ち込みのリスクは低い
経済学との関係性
日本に求められる検疫体制
4 誰が移民に賛成・反対するのか 194
技能水準と賛否の関係
先進国の傾向、発展途上国の傾向
日本人の態度
終章 どんな社会を望むのか 207
日本の急激な高齢化
それでも成長するためには
現状維持、多文化共生、技術革新
アメリカでの体験
得られるもの、失うもの
あとがき(2019年9月 友原章典) [216-218]
註記 [219-222]
【抜き書き】
章構成。
本書は、移民受け入れの影響について、経済学的に考えるものだ(移民の定義については後述する)。
〔……〕経済学の研究成果に照らしながら、改善する要素と悪化する要素を洗い出していく。たとえば、移民が増えると凶悪犯罪が増えるのではないかと心配する人もいるだろう。しかし、データを使った分析によると、移民によって凶悪犯罪が増える明白な証拠はないというのが大方の見解だ(第6章)。
また、家事代行サービスや育児支援サービスが利用しやすくなり、女性の社会進出が進むのではないかと期待される。ある程度、そうした可能性が示されているが、その恩恵を受けるのは一部の女性のようだ(第3章)。
今後、日本でも移民の受け入れを増やすことで、少子高齢化に伴う労働力不足や貯蓄不足を解消するという見解もある(第2章)。貿易の振興や海外からの直接投資の流入が加速し、経済が活性化するかもしれないからだ。一方で、生産性が改善するという意見に対しては、確実にそれを裏付ける海外研究はない(第5章)。
他方、経済学の研究でも意見が分かれる論点もある。たとえば、移民が増えると私たちの仕事が奪われたり、賃金が下がったりすると懸念されるが、移民が労働市場に与える影響については、はっきりとした結論は出ていない(第1章)。私たちの税・社会保障の負担が増えるかどうかも不明だ(第4章)。
・倫理的・道義的な議論は扱わない。
こうした論点では、相反する分析結果を見ながら、違った結果になる理由を考え、日本の場合どちらの可能性が高いかを考えていく。 経済学のアプローチでは、いくつかの条件(学歴や職種などに基づいた労働者の技能)ごとに分類して、移民の影響を分析する。そこから見えてくるのは、移民による「恩恵」があるとしても、すべての人に等しく享受されるわけではないことだ。〔……〕どのような人が得をするのだろうか。また、なぜ損をする人がいるのだろう。本書ではその理由を詳しく見ていく。 こうした議論を通じて、自分がどちらの立場であるかを知ることは、移民受け入れ賛否の判断にも関わってくるだろう。どのような人が移民に賛成したり、反対したりするかについて分析した海外研究でも、経済的な損得勘定が、移民賛否の重要な要素となることが分かっている。〔……〕
一方、本書では、移民受け入れについて、道義的な観点からの議論をしない。〔……〕そうした論点は別の書籍等に譲り、移民が私たちの生活に与える影響について、経済学的に検証された結果を紹介することに集中する。
〔……〕日本では、移民の経済学的な研究はあまり進んでいない。移民を専門的に研究する経済学者として、近年の主要な研究成果を概観してまとめたものが本書だ。ここで取り扱う論点には、金銭的な要素だけでなく、人とのつながりのような非金銭的要素も含んでいる。伝統的な経済学だけでなく、制度の経済学や行動経済学の知見も示されているのだ。
経済学では、通常、移民と市民(ネイティブ)に分類して、移民が市民に与える影響を分析する。ただ、移民と一口にいっても、滞在期間がどの程度か、国籍を変更しているのかどうか、さらに二世や三世を含むかどうかなど、その線引きは曖昧である。データを正しく理解するためには、移民をきちんと定義する必要がありそうだ。
しかし、意外に思われるかもしれないが、移民には正式な定義がない。国際連合広報センターのウェブサイトでは、「定住国を変更した人々」と、かなり大まかな説明にとどまる。OECD(経済協力開発機構)の国際移民データベースでも、「移民」と見なすための国籍、生誕地、滞在期間などの基準は、国によって異なる。永住者に限定する国もあれば、長期間にわたってその国に居住する人と定義する国もある。またアメリカの研究では、通常、外国で生まれて現在アメリカに住んでいる人を移民と定義する。
〔……〕
本書では、移民とは「海外から来て、長期的に住んでいる人」という程度にゆるやかに考えたいと思う。そのうえで、研究を紹介する際は、その研究が移民をどのように定義しているかに触れるようにする。