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『日本型資本主義――その精神の源』(寺西重郎 中公新書 2018)

著者:寺西 重郎[てらにし・じゅうろう] (1942-) 金融論、日本経済論。

【目次】
まえがき [i-xiii]
  日本の資本主義、西洋の資本主義
  「大きな物語」による考察
  仏教的伝統とキリスト教的伝統
  異なる世界観に立つ経済社会との共存共栄
  本書の構成
目次 [xiv-xvi]


第1章 イギリスと日本の近代資本主義 003
第1節 グローバル資本主義と精神の相克 006
  西洋以外に資本主義はない
  アメリカの資本主義も「謎」が多い
  金融資本主義をどう見るか
  宗教に由来する行動様式が埋め込まれた社会
第2節 制度、技術、精神 016
  商業資本主義と近代資本主義
  近代資本主義の条件
  技術的条件―― 二種類の「規模の経済」
  精神的条件―― 労働の規律と規範  
第3節 ウェーバーの予見した問題 030
  プロテスタンティズムと禁欲的な職業労働
  予定説とは何か
  功利主義の倫理的基礎
  ウェーバーの予見した現代資本主義の問題
  ウェーバーの予見しなかった「ウェーバー的問題」


第2章 資本主義の精神の宗教的基礎 045
第1節 宗教と経済行動 050
  宗教の変化発生の状況類似性
  救済方法の違い
  救済の結果 
第2節 鎌倉新仏教の革新 063
  大乗仏教における廻向の概念
  易業化の社会的背景
  天台本覚思想
  鎌倉新仏教の登場
  法然が採用した専修〔せんじゅ〕念仏
  親鸞道元日蓮
  易業〔いぎょう〕化の衝撃
  身近な他者の重要性 
第3節 室町・戦国の市場経済 092
  大乗仏教の道徳律
  在家信者のための道徳律
  社会的分業の進展と宗教
  一向一揆
  「無縁」の空間論と一向一揆
  戦国の社会 
第4節 成長な準備した経済システム 113
  求道主義の下での社会構造
  萌芽的な商業主導の経済システム
  戦国期までの成長制約と江戸期の高成長 


第3章 高度成長期としての江戸時代 127
第1節 生産力の拡大と商業の発展 134
  経済成長をもたらした江戸期のシステム
  都市化と生活
  海運の発展
  地域間分業に基づく経済発展
  生産システムの不変性
  流通と商業・金融の発展
  江戸の経済成長
第2節 仏教が支えた資本主義の精神 154
  通俗道徳と廻向〔えこう〕
  道徳律と職分
  二宮尊徳の思想
  石田梅岩の思想
  制度化された不平等性にも逆説的な意義があった
  武士階級の職分  
第3節 儒教と資本主義 181
  統治論と道徳思想
  朱子学は日本社会の現実に合致したか
  通俗道徳についての誤解
  知識の世界市場という視点の重要性


第4章 西洋との出会い 193
第1節 産業革命なき経済成長 195
  原型としての日本資本主義の精神
  なぜ日本で自生的な産業革命が生じなかったか
  西洋との接触――戦前期的対応
  西洋との接触――戦後期的対応 
第2節 戦後的対応とグローバリズム 208
  「身近な他者 vs. 公共」と金融システム
  職業的求道と労働市場のシステム
  戦後の労働市場の激変    


第5章 異種精神の相克と共存の時代へ 223
第1節 三つの資本主義の精神 227
  キリスト教世界の資本主義の精神
  仏教世界の資本主義の精神
  儒教世界の資本主義の精神
  三つの資本主義の精神
  三つの資本主義の精神の進化
  比較精神論から見た日本の資本主義の精神
  死生観と自然観
第2節 日本型システムの可能性 250
  資本主義の精神の収斂への動き
  差異化と多様化
  金融システム
  労働市場
  自由貿易 vs. 自由要素移動


あとがき(二〇一八年春 寺西重郎) [269-273]
参考文献 [275-281]




【抜き書き】


Max Weberの『プロテスタンティズムと資本主義の精神』より〈精神〉を、本書でどのように位置づけるかがわかる箇所。

pp. 16-18

   第2節 制度、技術、精神

  以下では、資本主義という経済システムが、それぞれの経済に与えられた文化的条件の下で、制度と技術および精神の三つの要素からなると考える。今や、産業革命に端を発する西欧の資本主義に由来する技術と制度は世界を覆っている。そこでは各国固有の精神に基づく経済行動様式が、西洋的な技術や制度にどのように向き合うべきかが問題となっている。明治の日本が経験し提起した西洋資本主義との遭遇・相克・調整の問題が、今や世界的規模で生じているのである。
  この問題を分析するために、世界には、ウェーバーの見出したキリスト教由来の資本主義の精神だけではなく、各国の固有の文化的・宗教的背景を持った異種の資本主義の精神【※】があると考えよう。そのために、歴史的に見て資本主義自体にも多様な実現形態があったということの確認から議論を出発することにしたい。

【※経済学ではずいぶん長い間、文化や精神が正面から問題とされることはなかった。最近になって、経済の効率や成長が、資本、労働などの生産要素や技術だけでなく、制度にも依存しているという認識が深まり、制度と文化に密接なかかわりがあるという認識(Alesina & Giuliano 2015)を通じて、この十数年あまりの期間では、文化にも強い関心が向けられるようになってきた。
  経済分析における文化は、多くの論文でギンらの論文(Guiso, Sapienza and Zingales 2006)に従って定義されているようである。彼らは文化を、人種的、宗教的、社会的なグループが世代にわたって受け継いでゆく慣習的な諸信念と諸価値、として定義している。モキア(Mokyr 2017)もほぼ同様な定義を採用している。われわれもこれらにほぼ倣うことにしたい。
  また制度については、人間の相互関係にかかわるフォーマルないしインフォーマルな行動に対する諸制約、という伝統的な定義に従おう。ノース(ノース 一九九四)は制度がゲームのルールとして国家など公的権力によって定められる側面を強調し、グライフ(グライフ 二〇〇九)は人々によるゲームの均衡として内生的に定まる側面を強調した。ノースの定義では、制度は単なる指図のようなもので、それ自体強制力を持たないという欠陥があることが、グライフによって指摘された。グライフの定義では、制度はゲームの均衡として定まる行動制約である。均衡では人々は主体的な最適状態にあるわけだから、制度はおのずから強制力を持つ。ノースの定義はフォーマルな制度に、グライフの議論はインフォーマルな制度に主としてかかわると言えよう。国家はフォーマルな制度を作り上げるとともに、それに人々が従うような執行を強制する制度も作らなければならない。フォーマルな制度はそれを執行させる制度をも備えたものと考える必要があろう。
  文化と制度の相互的進化のなかから、経済社会に特徴的な行動類型が生み出される。文化が単独で人々の行動類型に影響を及ぼす場合と、制度の影響の下に行動類型に影響する場合とがある。行動類型は単なる慣習的なものから規範性を持つものまでさまざまである。行動類型のうち、資本主義の下で、規範性が高く社会の共有された行動規範として機能するものを、ウェーバーに従って、「精神」と呼ぶことができよう。ウェーバーは、資本主義の発生という制度変化の下で、文化(宗教)の変化が禁欲的行動を召命とみなす行動規範、すなわち「資本主義の精神」を生み出した、と論じたのである。
  制度はフォーマルないしインフォーマルなルールとともに道徳律を重要な構成要素とする。キリスト教世界では、道徳律はもともと神が定めるものであったが、宗教の影響力が時代とともに低下するにしたがって、何を善と考えるべきかという問題が複雑化し、善を追求する努力は敬遠されるに至った。テイラー(テイラー 二〇一〇)の言う「薄い道徳律」の時代の到来である。これに対して日本では、仏教がもともと伝統的に備えていた道徳律は市場経済化の下では機能せず、江戸時代に至って、新しい規範性の強い道徳律の開発普及が、官民挙げての努力の下で進められた。近世における道徳律は、社会における人の道である倫理規範だけでなく、資本主義や職分の下での規範である、ウェーバーが精神と呼ぶ行動規範をも含む。グライフ(グライフ 二〇〇九)は、ルールだけでなく規範(道徳律)などをも含む制度の下で、人々の行動に規則性が生じることを強調したが、日本の江戸時代においては、フォーマルおよびインフォーマルなルールと道徳律からなる制度が行動に規則性をもたらし、行動規範を構成したのである。】

・Ruth Benedictの『菊と刀』に言及する箇所。
 pp.89-91

  以上要するに、易行化により悟りを求める行為が現世の世俗世界に決定的に移ったため、日本では人々の経済的行動は、利潤や消費効用だけでなく、業と苦の連鎖にかかわっての身近な他者への配慮を軸になされることとなったのである。
  日本人の経済行動の前提となる世界観は、先に述べたように古来の神道の連続的世界観を否定し、第3章で述べるように、中世以後には儒教の天道思想も結局は受動的な人間のあり方であるとして否定し、基本的に易行化の下の仏教の影響によって身近な他者の概念を基礎に形成されたといえよう。
  このことは、キリスト教世界の世界観と極めて対照的である。キリスト教の世界では、被造物の神化の否定から身近な他者への関心は禁止され、また神の最大の関心事はその創造の成果の中心にある人類のあり方にあるとされた。このため神の栄光を高めることを目標とする人々の宗教生活では、人類の福祉や公共の厚生が常に中心的な目標とされ、自由な個人と公共世界からなる世界観が成立した。しかし易行化以後の日本において、人々がその世俗的な社会的経済的行動を行うにあたって意識したのは、身近な他者であって、人類や社会全体のあり方、公共世界が問題とされることはほとんどなかったと思われる【※】。日本の世界観は人類や公共世界でなく、身近な他者からなるのである。

【※ 日蓮は、国家や宇宙全体に法華経の教えを広めることに意欲を燃やした。このことは日蓮思想の社会性と表現されるが、日蓮の考えにおいては、身近な社会とより広い国家などの社会は同質的であるということが重要である。仏国土建設のための布教の対象として、さまざまな広がりを持った社会が連続的に考えられただけであり、キリスト教のような被造物としての身近な他者と、神の栄光にかかわる公共社会ないし人類が異次元のものとして捉えられるということは、日蓮においてもなかったと思われる。】

  ルース・ベネディクト(二〇〇五)の、日本の文化は個人的つながりに立脚した恥の文化であるという命題も、こうした視点から評価される必要がある。ベネディクトは、地中海世界文化人類学の研究者であり、主として江戸時代から戦前期にかけての日本人の行動に関する文献の記述から、日本人は恥と名誉の感覚を原動力として行動し、そこでの意思決定は身近な他人がどのように考えるかということに関する判断に依存している、と主張した。
  ベネディクトの観察は驚くほど的確であるが、観察された行動がなぜ生じるかについてはほとんど答えていない。われわれの議論は、このベネディクトが残した問題についての答えを与えてくれると思われる。すなわち、身近な他者への関心の背景には、易行化の下に生まれた悟りの手がかりとしての業に対する探究があったのである。
  またベネディクトは、日本人が極めて強靭な精神力を持っていたことを強調しているが、身近な他者に対する関心はもともとそれ自体が目的ではなく、その背後に、「世界の無常の構造」を理解するという求道行動における最終目標があったから、強い精神力につながった、と考えることができるのである。
  さらに言うならば、悟りを求める意識は自己に対する厳しい視線を必要とする。したがって、日本人の他者意識は、単に他者だけが重要なのではなく、自らを尊敬の対象たりうるように鍛えあげるという強い意識、その結果として「心に心を恥じる」という自他の一体化の観念があったことが重要なのである。ベネディクトには、残念ながら、こうした点の理解がことごとく欠落している。

『資本主義の思想史――市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜』(Jerry Z. Muller[著] 池田幸弘[訳] 東洋経済新報社 2018//2002)

原題:The Mind and the Market: Capitalism in Western Thought
著者:Jerry Z. Muller 歴史学。ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史。
訳者:池田 幸弘[いけだ・ゆきひろ](1959-) 経済思想史

資本主義の思想史: 市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜

資本主義の思想史: 市場をめぐる近代ヨーロッパ300年の知の系譜


【目次】
献辞 
はじめに [i-xii]
目次 [xiii-xix]


第1章 歴史的背景――権利、正義、徳 002


第2章 ヴォルテール ――「高貴な出自の商人」 024
知識人の興隆
交換と寛容についての政治的議論
知的な投機
奢侈の擁護
貪欲とユダヤ人――啓蒙の限界


第3章 アダム・スミス ――道徳哲学と経済学 064
スミスの生涯と境遇
消費者革命
市場についての説明
立法者と商人
商業社会の道徳上のバランスシート
国家の見える手
下級・上級の徳


第4章 ユストゥス・メーザー ――文化の破壊者としての市場 104
各人の居場所を知ることの徳
地方文化を破壊する
貧民を創出する
商業と徳のかげり


第5章 エドマンド・バーク ――商業、保守主義、知識人 130
政治における知識人
「知性」と「世論」の市場
抽象的理性の批判
商業の支持者としてのバーク
バークとイギリス東インド会社
フランス革命についての分析
商業社会の非契約的基盤


第6章 ヘーゲル ――選択するに値する人生 172
近代世界で安住の地を見出す
法哲学』の背景
個別性と普遍性
市民社会とそれに対する反対論
市民社会を超えて
総合的階級と哲学者の役割


第7章 カール・マルクス ――ユダヤ人高利貸しから普遍的搾取に至るまで 204
マルクスユダヤ人問題と労働問題
社会問題への対応
ヘーゲル哲学から共産主義
エンゲルスの経済学批判
ユダヤ人問題の克服
特定の帰属意識を超えて――『共産党宣言
高利貸しから吸血行為に至るまで――『資本論
マルクス


第8章 マシュー・アーノルド ――俗物にビジネスというドラッグを断たせる 256
俗物とヘブライ人の間での生活
アーノルドの批評
知識人の役割


第9章 ウェーバージンメルゾンバルト ――共同体、個人、合理性 282
用語を提供する
商業的な転換
ウェーバー ――能率と脱魔術化
ジンメル ――貨幣と個性
手段と目的の弁証法
ゾンバルト ――ユダヤ人のせいにする
転換点としての世界大戦


第10章 ルカーチとフライヤー ――共同体の探求から、全体性の誘惑に至るまで 318
知識人から革命家に
幻想の体制としての資本主義
革命の教育者
共同体としての党
フライヤー ――疎外と共同体の探究
排他主義者による市場批判
戦争、国家、そして文化的特殊性の維持
右からの革命


第11章 シュンペーター ――技術革新と怨恨 356
初期の著作に見られる創造性と怨恨
破局からの皮肉の誕生
繁栄から不況へ
大恐慌ニューディールについての分析
『資本主義・社会主義・民主主義』
知識人の役割


第12章 ケインズからマルクーゼへ――豊かさとそれに対する不満 392
ケインズの逆説
新たな豊かさとイデオロギーの終焉
マルクーゼ思想のヨーロッパ的源泉
抑圧として圧政を再定義する
セックスと豊かさによる支配
マルクーゼの遺産


第13章 フリードリヒ・ハイエク ――早過ぎた自由主義者 428
自由主義者の成長過程
ウィーンの自由主義ユダヤ人、そして創造的な少数派の擁護
賃貸料の統制と国家介入の危険
社会主義、計画、市場の機能
「社会的正義」に対する批判と福祉国家の危険
再び知識人について
ハイエク的契機
ハイエク思想の緊張と限界


結論 478
市場の重要性
知識人の役割
分析上の緊張関係
自利心とその限界
市場に対抗する制度の必要性
意味を欠いた選択
波及効果の恐れ
「市場価値」なるものはあるのか
市場でない制度というものはあるのだろうか
共同体と個性
多元主義と多様性
資本主義は人々にとって良い制度なのか
資本主義と平等性
決定的な緊張関係


謝辞 [501-503]
訳者解題(三田山上にて記す 池田幸弘) [504-514]
注 [076-005]
索引 [004-001]

『水中考古学――クレオパトラ宮殿から元寇船、タイタニックまで』(井上たかひこ 中公新書 2015

著者:井上たかひこ(1943-) 水中考古学。

 

 

参考サイト:

アジア水中考古学研究所 » 水中考古学


【目次】
はじめに [i-ii]
目次 [iii-vii]


第一章 ツタンカーメン王への積荷――水中考古学の曙光 
  三三〇〇年の眠りから覚めた王の宝
  最も華麗で活動的だった時代
  水中考古学発祥の地、ボドルム
  いよいよ最古の難破船に挑む
  初めて見る難破船
  水中調査の秘密兵器
   大量の錫と銅が意味するもの
  壺の中のカタツムリ
  ガラスの交易路
  高価な贈りもの――黒檀、象牙、印章
  きらびやかな宝玉たち
  国際色豊かな船乗りたち
  世界最古の書物
  古代地中海を渡る船
  沈んだのはいつか?
  王家の船――さまざまな荷を積んで


コラム1 「引き揚げてから」が考古学 035
1 国王陛下の旗艦メアリー・ローズ号 035
  沈没の経緯
  チャールズ皇太子率いる引き揚げプロジェクト
  保存修復のはじまり
  人骨は語る
  メアリー・ローズ号の今 
2 三三〇年の眠りから覚めた大戦艦バーサ号 045
  忘れられたバーサ号
  発見と引き揚げ
  空前の保存計画
  復元作業
  現在のバーサ号
3 北の海に沈む江戸幕府の戦艦・開陽丸 052
  町民たちの目の前で引き揚げられた大砲
  江戸幕府に殉じた軍艦
  保存処理のノウハウを学べ
  繊細な「有機質遺物」
  金属――鉄から刀、懐中時計まで
  陶磁器・ガラス類も油断は禁物


第二章 元寇船の発見 063
  長崎県鷹島沖海底にて
  保存状態良好な二隻目
  蒙古襲来
  海底遺跡の調査
  青銅印――動かぬ証拠の発見
  文化財保護の経緯
  神風は南風?
  てつはうは投石機で投げられた?
  兵士の身だしなみ
  発見された元寇船の種類
  軍船の正体
  全容の解明はこれから


コラム2 女王クレオパトラの海中宮殿 093
  アレクサンドリア沖海底に眠るもの
  フランク・ゴッディオ氏の挑戦
  王宮の遺構
  日本での盛り上がり
  ファロスの大灯台
  劣悪な調査環境の中で
  ダイビングサービスと新海底ミュージアム


第三章 海を渡った日本の陶磁器 107
1 アーヴォンド・ステレ号からの発見 108
  オランダ東インド会社ガレオン船貿易
  アーヴォンド・ステレ号沈没の経緯
  ゴール・ハーバー・プロジェクト
  アーヴォンド・ステレ号の前半生
  肥前磁器はなぜ海を越えたか
  交易の商品か、船員の私物か
  南アフリカスウェーデンにまで
  オランダと日本を結ぶ一枚 
2 東への航路――アメリカ大陸まで 122
  太平洋を渡る貿易ルート
  アジア側での出土例
  アメリカ大陸側での出土例
  千葉県沖に沈んだマニラ・ガレオン船
  難航する引き揚げ計画


コラム3 近代の海難事故――エルトゥールル号タイタニック号 132
1 日本とトルコをつなぐエルトゥールル号 132
  和歌山県沖に沈むトルコ帝国の軍艦
  国際的な引き揚げチームの結成
  海底調査の開始
  幻の磁器、横浜焼
  調査は現在も進行中 
2 悲劇の豪華客船タイタニック号 141
  世界一豪華な客船は、世界一有名な沈没船に
  タイタニック号の探査
  恩師が参加した海底ツアー
  沈没後のいくつかのドラマ
  “今”につながる二つの遺跡


第四章 中国の沈船、韓国の沈船 153
  立て続けに発見された二隻
  宋代海船の発見
  新安沖商船の発見
  蓄積されていくノウハウ
  船の大きさ、構造
  実用的な貨物船のサイズ
1 泉州湾宋代沈船 164
  泉州――世界への玄関口
  多種多様な積荷
  雄弁な木簡
  銅銭の時代考証
  船員の日用品?
  同時期の沈船――南海一号
2 新安沖元代海船 172
  木箱の中身
  銅銭の輸入は「錬金術」だった?
  陶磁器の来歴の謎
  香料や漢方薬も積まれていた
  大発見! 木簡の意味するところは
  出港地はどこか? 行き先は?
  よみがえる中世東アジアの海上交易 


終章 千葉県勝浦沖に沈む黒船ハーマン号 185
  冒険のはじまり
  ハーマン号の遭難とその船歴
  ハーマン号と出会うまで
  日本での聞き込みを開始
  ゼロからのプロジェクト設立
  私たちが発見したもの
  次々と見つかる謎の物体
  二回目の調査へ
  これまでの調査概要
  海からの贈り物
  陶磁器と英国王室の紋章
  アメリカ人船員の暮らし
  絵巻物の新たな発見
  調査はこれから


おわりに(二〇一五年九月 井上たかひこ) [217-220]
主要参考文献 [221-228]

 

『大坂堂島米市場――江戸幕府vs市場経済』(高槻泰郎 講談社現代新書 2018)

著者:高槻 泰郎[たかつき・やすお] (1979-) 経済学。ミクロ政策分析。
https://www.rieb.kobe-u.ac.jp/faculty/global_finance/y_takatsuki.html

【目次凡例】
※ルビを亀甲括弧〔 〕に示した。
※資料の「現代語訳」と「原文」が引用されている箇所では、資料名のみを一字下げて示した。
※8章に登場する「鴻善」・「加久」は、それぞれ鴻池屋善右衛門・加島屋久右衛門の略記。


【目次】
はじめに [003-011]
  躍動する江戸時代の市場経済
   「米穀売買出世車図式」
  暴走する江戸時代の市場経済
  市場経済との向き合い方
  表記方法について
目次 [012-013]


第1章 中央市場・大坂の誕生 015
  江戸時代初期の大坂
  細川家と大坂市場
  幣制の統一
  開発の一七世紀


第2章 大坂米市の誕生 027
  米市の発生
   『大阪市史 第三』
  手形取引の功罪
  米切手の誕生
  先物取引の誕生
  清算機関の誕生
   「米商旧記〔こめしょうきゅうき〕」
  立物米〔たてものまい〕取引は商品先物取引にあらず
  実物をやりとりしない取引は賭博?


第3章 堂島米市場の成立 047
  米取引をめぐる紛争
   『日本永代蔵』
  「不実」な商いの容認
   『御触書寛保集成』
  享保期の米価低落
  享保期の米余り
  堂島米市場の「容認」
   『御触書寛保集成』
  天下御免の米相場へ
  帳合米商いを支えた秩序
   「八木のはなし」
  堂島米会所か、堂島米市場か


第4章 米切手の発行 071
  江戸時代のウォール街
  大坂への米廻送
  大坂蔵屋敷の属性について
  久留米藩蔵屋敷における米の荷さばき
  入札資格「蔵名前」
  米切手の発行
  大坂米市場における取引の流れ
  米切手の券面
  米切手券面のトリック
   「浜方記録」
  米切手の期限


第5章 堂島米市場における取引 105
  堂島米市場のルールブックは存在するのか
  堂島米市場の組織
  堂島米市場の取引空間
  正米商い(スポット市場)の取引ルール
  帳合米商い(先物市場)の取引ルール
  立用〔るいよう〕
   「難波の春」
   「考定 稲の穂」
  取引の終わり
  立物米の選定基準
  三五歳デリバティブ限界説?
  立物米を取引するとは?
   「夢之代」
  帳合米商いを「手仕舞う」
   「御仕置類例集 甲類(第一輯)十下」
   「米穀売買出世車図式」
  米方両替の機能
  例外としての現物決済
   「考定 稲の穂」
  帳合米商いはマネーゲームか?
   『草茅危言 五巻』より「米相場の事」


第6章 大名の米穀検査 157
  米の品質を巡る競争
  「見付」と「地味相応」
  熊本藩の米穀検査制度
  市場経済と地域社会
  地租改正と産米品質


第7章 宝暦11(1761)年の空切手停止令 169
  一八世紀中期の危機
  空米切手問題の顕在化
  広島藩蔵屋敷取り付け騒ぎ
  萩藩蔵屋敷を巡る騒動
  大津での騒動
  待たれる政策対応
  江戸幕府による実態調査
  空米切手停止令の発令
   「米商旧記」
  久留米藩米切手滞り騒動の発端
   「筑後米蔵出し滞出訴一件扣」
  奉行の言葉
   「筑後米蔵出し滞出訴一件扣」
  買い戻し価格を巡る交渉
  「内済証文」の裏側
  大坂町奉行所の役割
  空米切手停止令の意義


第8章 空米切手問題に挑んだ江戸幕府 201
  モラル・ハザード逆選択
  不埒な米切手の回収
  鴻善・加久の回答
  江戸表からの再提案
  鴻善・加久の再反論
  不渡り米切手のお買い上げ政策
  蔵屋敷への監査
  その後の空米切手騒動
  江戸幕府・大名・商人の対話


第9章 米価低落問題に挑んだ江戸幕府 225
  米価水準と江戸時代経済
  享保一六年の買米〔かいまい/かわせまい〕令
   「享保十六年買米一件控」『大阪編年史 第八巻』
  享保一六年買米令の顛末
  米価の下限規制
  買米ふたたび
  下限規制の撤廃
   『大阪市史 第三』372-373
  宝暦の大坂御用金
   「内無番状刺」
  享保の大坂買米との違い
  政策がもたらした正負の効果
  宝暦の御用金政策をいかに評価するか
  文化三年大坂買米の発令
   『大阪市史 第四 上』458-459
  目標高の指定
  升屋平右衛門の素晴らしい提案
  政策の「出口」と買米高の意味
  政策の効果
   「草間伊助筆記」
   「草間伊助筆記」
  江戸幕府による学習過程


第11章 江戸時代の通信革命 273
  「状屋」というビジネス
   「考定 稲の穂」
  米飛脚の役割
  米飛脚の速度
  米飛脚の起源
  旗振り通信の登場
  旗振り通信が禁止された理由
  旗振り通信の「証拠」
  旗振り通信の技術
  相場情報の活用事例
  「速度」が求められた時代


おわりに 297


あとがき [303-306]
参考文献一覧 [307-318]

『韓国は一個の哲学である――〈理〉と〈気〉の社会システム』(小倉紀蔵 講談社学術文庫 2011//1998)

著者:小倉紀蔵おぐら・きぞう] (1959-) 東アジア哲学、比較文明論。

【目次】
目次 [003-011]


0 韓国・道徳志向的な国 015
 0・1 道徳志向的な人びと 016
 0・2 道徳を叫ぶ人、叫ばない人 017
 0・3 日本と韓国における道徳のイメージ 018
 0・4 〈儒教形式主義〉は誤りである 019
 0・5 W杯招致合戦で見せた道徳志向性 020
 0・6 道徳志向的な世界の中での日本の個性 021
 0・7 日本は明治以降に儒教国家化の完成を目指す 022
 0・8 韓国はひとつの哲学である 023
 0・9 道徳・権力・富 024
 0・10 道徳奪取闘争 025
 0・11 哲学はめしの根 026
 0・12 〈理〉への信仰 027
 0・13 危機意識と〈理〉志向性 028
 0・14 〈理〉の変遷 029
 0・15 日韓の〈理〉のかたち 030
 0・16 メタフィジカル・コリアへいよいよ出発! 031
 0・17 若干の凡例  032


1 上昇への切望――〈理〉志向性のしくみ 033
1・1 〈理〉と〈気〉のしくみ 034
 1・1・1 〈理〉とは道徳性である
 1・1・2 〈気〉とは物質性である
 1・1・3 性善説と〈理気
 1・1・4 善と悪
 1・1・5 善への克己
1・2 人間関係のしくみ 039
 1・2・1 日常空間の人間関係
 1・2・2 〈ナ=我〉と〈ノ=汝〉
 1・2・3 〈ニム=主〉
 1・2・4 〈ノム=奴〉
 1・2・5 〈ウリ=われら〉
 1・2・6 〈ナム=他人〉
 1・2・7 〈ウリ〉共同体と礼儀
 1・2・8 〈マル=言葉〉と〈ソリ=音・声〉と〈マルムス=御言葉〉
1・3 上昇志向のしくみ 047
 1・3・1 上昇志向
 1・3・2 科挙
 1・3・3 壮元
 1・3・4 壮元と日本一
 1・3・5 あこがれ/悲しみとしての〈ハン〉
 1・3・6 〈ハン〉を解くとは、あこがれを解くこと
 1・3・7 〈ハン〉と怨恨
 1・3・8 〈理側〉の〈ハン〉と〈気側〉の〈ハン〉


2 〈理〉と〈気〉の生活空間 055
2・1 〈理の世界〉と〈気の世界〉 056
 2・1・1 〈理〉はひどく疲れる
 2・1・2 〈理〉の疲れを癒す〈気〉
 2・1・3 〈理の世界〉と〈気の世界〉
 2・1・4 〈理の空間〉と〈気の空間〉
 2・1・5 つねに動く空間
 2・1・6 〈理気のスイッチ〉
 2・1・7 〈理の世界〉は他者攻撃
 2・1・8 〈気〉に封じ込められたもの
 2・1・9 〈気の舞台〉=〈理〉から排除された人びとの棲息地
 2・1・10 〈理〉と人欲
2・2 理気〉の生活学 066
 2・2・1 いるべき場所
 2・2・2 〈理〉の威光/〈理〉のグッズ
 2・2・3 目と〈理気
 2・2・4 顔と〈理気
 2・2・5 手と〈理気
 2・2・6 〈理の世界での年齢〉と〈気の世界での年齢〉
 2・2・7 日本人の韓国誤解
 2・2・8 誤謬のしくみ
 2・2・9 〈韓国人〉というアイデンティティの根拠としての〈理〉
 2・2・10 一個の哲学性
2・3 〈理〉と〈気〉の方法論 076
 2・3・1 ダイコトミーの克服
 2・3・2 〈理〉と〈気〉の相互関係
 2・3・3 〈気〉の秩序
 2・3・4 なぜ〈理〉が垂直で〈気〉が水平なのか
 2・3・5 〈理〉と〈気〉を記述するレベルの問題


3 〈理〉と〈気〉の文化体系 083
3・1 コスモス信仰の民族性 084
 3・1・1 コスモスの志向性
 3・1・2 危機とコスモス
 3・1・3 最強のコスモスは〈マル〉
 3・1・4 コスモスの文法と語彙が乱舞する国
 3・1・5 〈モム=体〉のコスモスに対するあくなき信仰
 3・1・6 四象医学とモミズム(momism)
 3・1・7 民族正気
 3・1・8 日帝断脈説
 3・1・9 風水地理という名の〈理〉
 3・1・10 ソウルの〈理気〉的しくみ
 3・1・11 江北と江南の〈理気〉的二極構造
 3・1・12 数理信仰
 3・1・13 ハン哲学とハヌル哲学
 3・1・14 天符経
 3・1・15 理理無礙法界と華厳一乗法界図
 3・1・16 〈理〉信仰者は〈理の眼鏡〉を装着する
3・2 理気〉の文化表徴 103
 3・2・1 ハングルの〈理気〉的歴史
 3・2・2 ハングルの〈理気〉的しくみ
 3・2・3 国旗の〈理〉
 3・2・4 〈理のアリラン〉と〈気のアリラン
 3・2・5 料理の〈理気〉的しくみ
3・3 理気〉の精神性 110
 3・3・1 〈モッ=粋〉の〈理気〉的構造
 3・3・2 〈モッ〉は〈理〉のまわりを巡る
 3・3・3 天才の生まれる国
 3・3・4 スポーツの天才
 3・3・5 天才――〈理〉と合一する境地
 3・3・6 〈理のスポーツ〉と〈気のスポーツ〉
 3・3・7 〈ケンチャンタ
 3・3・8 〈タジダ〉
 3・3・9 物づくりと〈ハン〉
 3・3・10 物づくりの歴史
 3・3・11 物づくりと〈ケンチャンタ
 3・3・12 〈理気〉の想像力
 3・3・13 宗教と現実
 3・3・14 〈理の僧〉と〈気の僧〉
 3・3・15 〈理のキリスト教〉と〈気のキリスト教
 3・3・16 北朝鮮の〈理気〉的イデオロギー


4 〈理〉と〈気〉の社会構造 127
4・1 道徳志向性と知識人 128
 4・1・1 朝鮮の儒教は空理空論ではない
 4・1・2 韓国のインテリはおおしく、日本のインテリはめめしい
 4・1・3 朝鮮知識人の類型と役割
 4・1・4 イメージとしての類型
 4・1・5 両班=道徳+権力+富
 4・1・6 士大夫=道徳+権力
 4・1・7 ゾンビ=道徳
 4・1・8 両班・士大夫・ゾンビの闘争の道徳奪取闘争
 4・1・9 両班・士大夫・ゾンビの闘争のしくみ
 4・1・10 士林の〈理〉が勲旧派を攻撃
 4・1・11 〈理〉の危機と朝鮮化
 4・1・12 党争の時代へ
 4・1・13 知識人の類型とソウルの居住地
 4・1・14 広義の〈両班志向〉と狭義の〈両班志向〉を区別する
 4・1・15 〈両班志向〉〈士大夫志向〉〈ゾンビ志向〉
 4・1・16 三つの志向と韓国の近代化
 4・1・17 無謬志向
 4・1・18 下降志向性
4・2 理気〉の血縁共同体 147
 4・2・1 生者と死者がともに住む社会
 4・2・2 鬼神との豊かな交流
 4・2・3 ともに生きることの容易さと困難
 4・2・4 〈モム〉の文化社会的秩序
 4・2・5 族譜
 4・2・6 死者の意志・死者の欲望
 4・2・7 〈理の孝〉と〈気の孝〉
 4・2・8 〈チプ=家〉というシステム
 4・2・9 〈父〉
 4・2・10 〈母〉
 4・2・11 〈兄〉
 4・2・12 〈姉〉
 4・2・13 家族の外の家族
 4・2・14 〈理の家族〉と〈気の家族〉


5 〈理気〉の経済・政治・歴史 161
5・1 経済――〈理〉と〈利〉の角逐と妥協 162
 5・1・1 〈理〉による序列
 5・1・2 〈理〉の逆転
 5・1・3 〈利〉の上昇の登場
 5・1・4 〈理〉と貨幣の角逐
 5・1・5 〈理〉と〈利〉の角逐
 5・1・6 〈理〉の付与により財閥をつくる
 5・1・7 裏の経済――〈気〉の世界
5・2 政治――〈理〉はコスモスという名のカオス 170
 5・2・1 〈権力志向性〉
 5・2・2 渦巻型中央志向の政治社会
 5・2・3 普遍運動としての儒教
 5・2・4 労心者と労力者
 5・2・5 排除の構造
 5・2・6 〈理のやさしさ〉と〈気のやさしさ〉
 5・2・7 〈理〉の階層構造
 5・2・8 〈ニム〉の声、〈ノム〉の顔
 5・2・9 〈偽理〉と〈利〉
 5・2・10 〈ハン〉とルサンチマンは異なる
 5・2・11 ルサンチマンに吸収される〈ハン〉
5・3 歴史――〈理〉の力と仮想道徳歴史 181
 5・3・1 〈ノム〉が〈ニム〉になってゆく歴史
 5・3・2 〈現実の歴史〉と〈あるべき歴史〉
 5・3・3 〈仮想道徳歴史〉
 5・3・4 〈仮想道徳歴史〉と法
 5・3・5 〈変革〉と〈改革〉
 5・3・6 〈変革〉が可能なわけ
 5・3・7 韓国史の発展
 5・3・8 西洋の衝撃
 5・3・9 東学
 5・3・10 衛正斥邪
 5・3・11 開化派/5・3・12 日本による植民地化(一九一〇~四五)
 5・3・13 〈日本=ニム〉をめぐる葛藤
 5・3・14 〈アメリカ=ニム〉の時代(一九四五~)
 5・3・15 〈理〉の死と再生の韓国史
 5・3・16 〈理〉の民衆と〈気〉の民衆
 5・3・17 〈理〉の民衆と〈気〉の大衆
 5・3・18 民衆の時代から大衆の時代へ
5・4 九〇年代の変化 199
 5・4・1 九〇年代の意味
 5・4・2 〈理〉の統合と細分化の時代
 5・4・3 民主主義の時代は〈ニム〉のインフレに沸く
 5・4・4 新しい主体たちの登場
 5・4・5 新世代――新しい主体I
 5・4・6 女性――新しい主体II
 5・4・7 異端者たち――新しい主体III
 5・4・8 〈ウリ〉の縮小のベクトル
 5・4・9 〈ウリ〉の拡大のベクトル
 5・4・10 〈ウリ〉の拡大と韓国的近代の完成


6 〈理気〉と世界・日本 209
6・1 国際関係のしくみ 210
 6・1・1 朝鮮時代の国際関係の構造
 6・1・2 解放後の国際関係の構造
 6・1・3 朝鮮の位置の上昇
 6・1・4 日本の位置
 6・1・5 〈民族ハン〉
 6・1・6 道徳志向性の花咲き乱れる舞台
 6・1・7 道徳志向性の化身としての北朝鮮
 6・1・8 主体と事大
6・2 文化という〈理〉と世界化 218
 6・2・1 「世界化」と文化戦争
 6・2・2 〈力〉と〈正統〉の認識の歴史
 6・2・3 工業化・産業化に対するふたつの立場
 6・2・4 工業化の成功と亀裂
 6・2・5 産業化から情報化へ
 6・2・6 歴史の再解釈
 6・2・7 文化という戦略伝統再評価
 6・2・8 二〇〇二年文化ワールドカップ
 6・2・9 オリジン伝説の再創造
 6・2・10 日本の〈プリ〉は韓国
 6・2・11 〈プリ〉コンプレックス
6・3 日韓関係の困難と未来 229
 6・3・1 日本・日本人認識の誤謬
 6・3・2 誤謬の内容
 6・3・3 日本は「本」ではない
 6・3・4 日本文化開放の〈理気〉論
 6・3・5 「反日感情」は〈理〉でもある
 6・3・6 多様な言語の欠如
 6・3・7 日本に依存する韓国の〈理〉
 6・3・8 日本なしに成立しえない韓国をつくるのが韓国知識人の役割
 6・3・9 「妄言」と規定するトートロジー
 6・3・10 日本の歴史観と韓国の歴史観
 6・3・11 〈気〉の合う相手か、相互〈理〉解か
 6・3・12 過去の清算は可能か――〈理気〉の立場から
 6・3・13 〈理のありがとう〉と〈気のありがとう〉
 6・3・14 日韓関係の未来へ


謝辞(一九九八年十一月 小倉紀蔵) [243]
文庫版あとがき(二〇一一年三月 京都 深草にて 小倉紀蔵) [244-255]
解説 (上垣外憲一 大手前大学教授) [256-261]