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『頭脳対決!棋士vs.コンピュータ』(田中徹,難波美帆 新潮文庫 2013//2011)

著者:田中 徹[たなか・てつ](1973-) 記者。
著者:難波 美帆[なんば・みほ](1971-) 記者。
解説:飯塚 祐紀[いいづか・ひろき](1969-) 棋士
装画:土屋 尚武[つちや・しょうぶ](1963-) イラストレーター。
備考:梧桐書院から刊行された『閃け! 棋士に挑むコンピュータ』を文庫化した本。一般人向けに平易に書かれた本文に加えて、飯塚祐紀先生の解説にも注目してほしい。


頭脳対決! 棋士vs.コンピュータ 田中 徹(著/文) - 新潮社 | 版元ドットコム


【目次】
まえがき(二〇一一年一月 難波美帆) [003-009]
目次 [011-015]


第一章 日本将棋連盟への挑戦状 019
  「知性」の再現
  受けて立つ女流王将
  コンピュータ一六九台を接続
  「苦節三十五年」の歴史
  コンピュータに勝てるのは数百人


第二章 「知能」の探求 033
  理論上、必勝法が存在する「完全情報ゲーム」
  一〇手先を読むのに二〇万年
  「評価関数」と「探索」で局面を読む
  無駄な手は読まない
  禁じられた対局
  解禁第一号「竜王対『ボナンザ』」
  人工知能研究の最適モデル
  「ドラゴンクエストIV」の試行錯誤
  チェスは五〇年でコンピュータが勝利
  人工知能研究の最終ゴール
  コンピュータは「ひらめく」のか


第三章 天性の勝負師・清水市代 059
  「なぜ私が?」
  「人間が不利」に掻き立てられて
  男と女、棋風に違いはあるのか
  「私が目標というわけではないでしょう」
  感情のない相手をどう受け止めるか
  コンピュータ世代の棋士
  「清水」という最適解


第四章 「あから2010」と多数決合議制 079
  「身を滅ぼす」といわれた人工知能研究
  並列処理の「激指」
  「サチって」しまうコンピュータ
  機械学習の「ボナンザ」
  化学分野からの参戦
  「ボナンザ」惜敗の理由
  チェスで始まった合議システム
  単純多数決か、楽観的合議か


第五章 清水市代女流王将 vs. 「あから2010」 105
  舞台は東京大学本郷キャンパス
  「米長と羽生」で東大教授陣に対抗
  「あから」の四手目に会場がわく
  期待以上の好勝負を展開
  合議する四つのソフト
  一見悪手、よく見るとスキなし
  勝負の分かれ目
  清水、会心の一手
  「あから」の攻め、清水の防戦
  「あから」、恐れを知らない一手
  清水、負けを覚悟する


第六章 コンピュータが見せた「人間らしさ」 163
  人間と互角以上の思考力
  なぜ、「あから」は強いのか
  合議制がもたらす「ゆらぎ」
  「勝ったから強いというわけではない」
  勝敗を決めた「もう一つの人間らしさ」


第七章 科学者たちが夢見る「アトム」 181
  コンピュータ将棋が向かう先
  「AI−UEO」に集まった若者たち
  「ひらめき」を解き明かす
  「ヒューリスティック」の実現がカギ
  哲学からコンピュータへ
  「知性」のメカニズム
  必要なのは「生きたい」という欲求


第八章 ロボットに「心」を宿らせる 205
  なぜ「アトム」なのか
  世界初のフルスケール二足歩行ロボット
  分野横断のプロジェクト
  「つくる」から「育てる」へ
  ピョンピョン跳ねる黄色いゲル
  人間はなぜ、ロボットに心を感じるのか
  技術者の気持ちを伝える媒体
  ロボット技術は「感じて動く」技術
  「人間とは何か」の答えが変化する


第九章 「歴史的一戦」が遺したもの 239
  切り捨ててきた選択肢を拾い上げる
  チェス発展の四つの段階
  ブレイクスルーの萌芽
  「ともに棋譜をつくり上げる喜び」
  竜王渡辺明の研鑽


あとがき(二〇一一年一月 田中 徹) [258-263]
文庫版あとがき――挑戦し続けること。「負けない」こと。百年先の未来へ(二〇一三年三月、札幌にて 田中 徹) [264-275]
関連年表 [276-281]
参考文献・資料 [282-287]
解説 飯塚祐紀(平成二十五年三月、棋士) [286-292]




【抜き書き】
 下線は全て引用者によるもの。


□pp. 83-87 
 東京大学生産技術研究所助教(当時)で、「激指」〔げきさし〕開発者の一人でもある横山大作氏への取材から。ここでは並列処理について一般人向けの解説がなされている。

 コンピュータ将棋の強さは、局面を判断する評価関数の出来と、探索できる深さ、そして両者のバランスにかかっている。
 横山は「速度アップはもっとも副作用のない強化策といわれている。三〇秒かかる探索処理を三秒でできるようになれば、それはもう、コンピュータ将棋ソフトは絶対に強くなる」と強調した。「激指」の場合、大まかにいって、コンピュータの計算処理スピードが二・五倍速くなると、将棋の局面にしてもう一手先まで読めるようになる。
 「半導体の性能は約二年で倍増する」という、半導体メーカー、インテル社の創業者、ゴードン・ムーアが提唱した法則がある。ところが、一九六五年に提唱されたこの経験則は、近年、限界に達しつつあるとみられている。シリコンチップの微細化技術が、物理的な限界に近づいているためだ。
 ハードウェアの進化があれば、ソフトウェアを工夫しなくても、コンピュータ将棋は強くなる。しかし、ハードウェアの進化のスピードが落ちて、コンピュータ一台の処理速度があまり向上しなくなってきた。ハードウェアの進化頼みでは、棋力の向上も、これまでのスピードほどは望めないということだ。
 横山は「そこでコンピュータの台数を増やして、並列処理することが課題になっている」と、自身の研究目的を説明する。

 パソコンやサーバーを複数、結合した並列コンピュータを一般的にクラスタという。「あから2010」も、東京大学にある「Intel Xeon 2.80GHz, 4 cores」というコンピュータを一〇九台、「Intel Xeon 2.40GHz, 4 cores」というコンピュータを六〇台、合計一六九台結合したクラスタマシンと呼ばれる並列コンピュータの一つだ。チェスの世界チャンピオン、ガリカスパロフに勝った「ディープ・ブルー」も並列コンピュータだった。
 並列コンピュータとともに、一個のプロセッサ(CPU)に複数のコア(もっとも核になる演算をする部分)を積む、マルチコアという技術も広がっている。「あから」に使われるコンピュータの「4 cores」というのは、一個のプロセッサに四つのコアが入っていることを示す。
 これまでの方法では、ハードウェアの性能向上のスピードにかげりが見えてきたため、別の方法でさらに性能を向上させる、そのためにコンピュータを複数結びつけようという発想だ。

・saturationについて。
 なお、「空いた計算能力」の利用については、仮想通貨のマイニングのおかげで、良くも悪くも人口に膾炙したと思う。

  「サチって」しまうコンピュータ
 大規模な並列コンピューティングの試みに、「SETIQホーム」というプロジェクトがある。電波望遠鏡が受信するデータをインターネットにつながっているコンピュータの空いた計算能力を使って分析し、地球外知的生命体が発信する電波を探そうという科学実験だ。無料のプログラムをダウンロードすれば、だれでも自宅で「宇宙人探し」に貢献することができる。 
 横山によれば、並列処理は、「SETIQホーム」のように、一つ一つの問題について分担が割り当てられ、ほかとは関係なく規則的に処理すればいいだけの計算、高校数学で初歩を習う行列計算、また、問題に相互に依存する関係のほとんどないような計算に向く。
 並列処理で行う計算には向き不向きがあって、単純にコンピュータをつなげればそれだけ速くなるというわけではないのだ。将棋の探索は、並列処理では難しい計算に分類される。
 データ処理の速度が上がらなくなる現象を横山は、「サチってくる」と表現した。「飽和」を意味する「saturation」が語源だ。マルチコアや並列コンピューティングによって実現できる処理速度アップは、経験則上「ルート台数倍」になるという。二台なら一・四倍、九台なら三倍、一〇〇台で一〇倍ということだ。コンピュータやCPUを増やしても、増やしただけの処理速度アップができず、サチってしまうわけだ。
 「一台のノートパソコンにコアが四個も八個も入るようになってきて、でも、どうすればそれを効率的に使えるようなプログラミングができるか、よくわかっていない」と横山。 
 並列コンピュータの性能を最大限引き出すため、計算を効率的に分散させるにはどんなプログラムやハードウェアの設計が最適なのか。横山はそんな研究をしている。



【メモランダム】
 ここからは余談。
 電王戦(特に5vs.5で行われた第2回)の映像を見返すと、この本の意義が再確認される。
 出場する棋士、解説を担当した棋士、陰に陽にかかわる棋士・新聞社社員・連盟関係者の方は多数いる。そのなかでも、コンピュータ将棋について勉強された方は絶対数としては多いはずだろう。
 しかし、特に、上に抜粋した内容(並列処理の難しさ)は、少なくないプロ棋士には誤解されてい。例えば「100台つなげれば100倍速い(強い)」などの発言もあった(つづけて「だから不公平」と冗談まじりの発言すらあった)。
 たとえ棋士の専門外とはいえ、そして催しのメインが対局とはいえ、コメントや解説においてコンピュータ将棋について、杜撰な発言をそのまま放送されてしまっていたことが悔やまれる。