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『ことばの力学――応用言語学への招待』(白井恭弘 岩波新書 2013)

著者:白井 恭弘[しらい・やすひろ](1957-) 第二言語習得論、言語教育。
NDC:801 言語学


ことばの力学 - 岩波書店


【目次】
プロローグ 問題解決のための言語学 [i-v]
目次 [vii-ix]


第I部 多言語状況 001

1 標準語と方言 003
標準語とは何か
英語(フランス語、日本語)は世界一美しい言語か
言語はすべて平等
標準語の価値はどこからくるのか
関西弁はなぜ強いのか
アメリカの方言
方言とは何か
「方言」と「言語」の線引きは難しい
標準英語とAAE
エボニクス論争
二言語(方言)併用主義
「なまり」について
幼児は人権よりもなまりに敏感
集団帰属の証としての言語
スタイルシフト
標準語イデオロギー
言語による差別
「ラ抜き」現象の問題
なまりとステレオタイプ


2 国家と言語――言語政策 029
言語政策とは
言語政策の三つの側面
明治政府の言語政策
方言撲滅運動
外国語に関する政策
アメリカにおけるイングリッシュオンリー運動
日本におけるモノリンガル主義
危機言語
言語学習とコミュニティのギャップ
危機言語を救う言語政策
瀕死状態のアイヌ語
瀕死状態の方言
言語政策には言語習得理論が必要


3 バイリンガルは悪か 047
バイリンガルのイメージ
母語を子どもに話せないフィリピン人の花嫁
バイリンガルは頭が混乱している?
バイリンガルの認知的優位性
根強いモノリンガル主義
言語の価値とバイリンガリズム
どうすればバイリンガルになれるか
学習言語能力の習得には時間がかかる
ダブルリミテッドの危機性
世界を見ればモノリンガルは少数派


4 外国語教育 063
言語学の応用としての「応用言語学
第二言語習得(SLA)の誕生
効率のよい外国語学習法とは
正しさ至上主義の呪縛
英語公用語
英語帝国主義とWorld Englishes
日本人英語の利点と問題点
規範主義から現実主義へ
エンパワメントという考え方
学問のマルチリンガル
平和のための外国語教育
アラビア語を学ぶイスラエル人の子どもたち


5 手話という言語 081
手話とは何か
手話はジェスチャーか言語か
世界の手話言語
ホームサインから手話言語へ
言語を奪われる子どもたち
手話による大学での討論
なぜ手話言語がひろまらないのか
口話
もうひとつの「手話」
あるべき手話教育とは
手話言語と日本語のバイリンガルをどう達成するか
日本手話と日本語対応手話の位置づけ
ろう者の権利


第II部 社会の中の言語 101

6 言語と文化 103
言葉が思考を決める?
主語を言わない日本語
言わない主語は推測で補う
日本人の子どもは「心の理論」の発達が早い?
心の理論の発達と言語
思考がことばを決める?
察しの文化
KYという排他主義
異文化間コミュニケーション
ステレオタイプ
ステレオタイプはどこから来るか
男女の差
よりよい異文化間コミュニケーションのために


7 無意識への働きかけ――政治・メディアのことば 127
メタファーとは
湾岸戦争のメタファー
メタファー思考にひそむまやかし
3・11以後の原発報道
ニュースの作られ方
「除染」ということばのまやかし
言語は強制的に範疇化する
カテゴリーの難しさ
視聴率を上げるために
無意識の影響力――プライミング効果
潜在する偏見
「調査結果」の意味
政治・メディアに対する批判的な姿勢を


8 法と言語 151
言語学
金田一春彦と吉展ちゃん誘拐事件
ヨークシャー・リッパー
無実の容疑者を救った言語学者ラボフ
方言の特定
アメリカ英語で歌うビートルズ
人物特定に使われるその他の言語学的証拠
なぜ法律用語は難解なのか
目撃証言にバイアスをかける
法における証拠


9 言語障害 167
多様な原因
話せなくても理解はできる場合が多い
ディスクレシア(失読症、読字障害)
発達障害と言語
自閉症バイリンガリズム
高齢者の言語機能
認知症でも言語能力は最後まで残る
言語能力は基本的には手続き的知識
言語障害への対応


10 言語情報処理はどこまで来たか 181
コンピューターと言語
自然言語処理
偶然だぞ」と言われた福留のメジャーデビュー
音声認識
カウンセリングをしてくれるイライザ
なぜ自然言語処理は難しいのか
チェスのディープブルーからクイズ番組のワトソンへ
コンピューターに知性はあるか
障害者を助けるコンピューター


あとがき(二〇一三年一月 東京 白井恭弘) [197-199]
参考文献 [4-8]
用語索引 [1-3]




【抜き書き】


□ii頁

本書で扱われる多くの現象の背後にあるのは、言語とパワー(けんりょく)の関係です。「ことばの力学」というタイトルはその状況を端的に表そうとしたものです。昔から、言語はしばしば、権力を持つ側によって、自分の権力を保持するために使われてきました。例えば、「美しい英語」というイデオロギーを使って、権力者はそれを話せないものを差別し、自分の正統性を強め、支配してきたわけです。では、なぜ強い言語が出てくるのでしょうか。


□64頁

外国語教育に言語学が本格的に応用されたのは、主に第二次大戦からその後の冷戦時代で、「戦争」「冷戦」という現実がきっかけでした。つまり、敵国の情報を効率よく集めるためです。なお、このような動員は言語学にかぎりません。原子爆弾を作った物理学のマンハッタン計画は有名ですが、文系の学問で特筆に値するのは、文化人類学です。ルース・ベネディクトコロンビア大学)は、戦時中、日本で現地調査ができないため、文献調査と、日系人や日本人捕虜などに対する聞き取り調査などにより、『菊と刀』という驚くほどの洞察にみちた日本人論を書いたのです。(彼女の議論には批判もありますが。)
 戦時下に言語学は、暗号解読のために利用されました。


□126頁

文化人類学における研究の原則は、文化相対主義、すなわち〔……〕というものです。人間は、自分の文化が正しい、価値が高いと思いがち(自民族優越主義=ethnocentrism)で、これは相手に対する差別感、敵対感などにつながりかねません。〔……〕お互いの文化を尊重し、前提が違うところはことばで調整していくということが大事です。もちろん、文化相対主義にも問題がないわけではなく、普遍的な価値を主張しにくくなってしまうということが言われています(たとえば、さまざまな差別について、その国の文化では認められているのだから仕方がないということになってしむいます)。このような問題点には注意が必要です。