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『世界に広がる日本の職人――アジアでうけるサービス』(青山玲二郎 ちくま新書 2017)

著者:青山 玲二郎[あおやま・れいじろう] (1976-) 文化人類学。海外移住者のアイデンティティやトランスナショナリズムの研究。

【目次】
目次 [003-006]


はじめに 007
  アジアに広がる日本発サービス
  日本はグローバル化させられていくのか
  日本人の人口が増えている?
  本書の構成


第1章 アジア×日本人――拡散する日本人と浸透するサービス 019
  移住の新しいかたち――オーストラリアの精神移民
  カナダへ向かう自分探し移民
  アメリカ・イギリスへ向かう文化移民
  社会的想像
  なぜアジアに移住するのか
  なぜ人は冒険するのか
  アジア移住への経緯
  移住後のやりがい
  アジア中間層が求める消費の質
  日本での修業――職人のこだわり
  日本発サービスは深い人間関係を生むのか


第2章 香港×寿司職人――グローバル寿司が胃袋を席巻 047
  香港の寿司職人
  日本食は外国料理の代表
  進化する寿司
  香港人客の洗練
  なぜ寿司が人気になったか
  ノルウェー産の養殖サーモン
  広東料理と寿司の相性
  すしは東南アジア発祥
  日本からグローバル寿司へ
  海外から日本へ
  日本で培ったもの
  訪れた転機
  築地は世界の中心
  回転寿司の興隆
  個人経営店の激減
  香港の職場環境
  周囲との信頼関係
  日本文化の伝道者


第3章 バンコク×美容師――心を癒す感情労働とおもてなし 089
  バンコクの日本人美容師
  美と健康のプロフェッショナル
  日本人顧客からタイ人顧客へ
  タイ人による美の追求
  急激な晩婚化と少子化
  高齢化社会と健康志向
  おもてなしとは何か
  おもてなしが海外で通じるか
  タイのホスピタリティ
  おもてなしを成立させる感情労働
  感情労働の精神的負担
  感情労働にまつわる個人と組織
  感情労働ジェンダー
  感情労働の将来性
  美容師の会話術
  タイ人美容師と日本人美容師
  先輩後輩の関係と義理
  何をやって美容師の能力とするか
  美容師免許が存在しない
  美容師のおもてなし
  オンザジョブトレーニン
  バンコクの日系美容室のこれから


第4章 シンガポール×バーテンダー ――酒と文化のミクソロジスト 129
  シンガポールの日本人バーテンダー
  シンガポールの飲酒文化
  シンガポールスリング
  シンガポール創設者ラッフルズ
  イギリス文化の遺産
  バーとは客と酒樽を隔てる横木
  横浜ホテルとバーテンダーの神様、浜田晶吾
  日本人バーテンダーの評判
  日本人論と日本の固有性
  オリエンタリズムとジャパニーズカクテル
  イギリスに渡りミカドとなる
  サヴォイ劇場の歌劇「ミカド」
  日本スタイルのバーとは何か
  オーセンティックバーの敷居
  バー のしきたり
  バーの内と外
  なぜ内と外を隔てるバーが発展したのか
  プロのバー テンダーとして境界を創る
  マスターから弟子へ
  正統的周辺学習
  ミクソロジスト、バーテンダー、バーテン
  境界を乗り越える


第5章 台北×日本語教師――英語万能時代における日本語の可能性 173
  台北日本語教師
  海外の日本語環境
  日本語教師の専門職化
  日本語教育は教育業かサービス業か
  日本語教師の資質
  なぜ台湾人が日本語を学ぶのか
  趣味としての日本語
  日本の「国語」は台湾で生まれた
  公学校と皇民化政策
  戦後の日本語
  学習動機と教育目的
  日本人教師が抱える課題
  台湾が好きで来たか、日本語を教えに来たか
  大学で教えるか、日本語学校で教えるか
  日本語を何語で教えるか
  日本語教師の考え方


第6章 仕事×職人――日々の繰り返しが伝統に繋がる瞬間 213
  なぜ仕事にやりがいを感じるのか
  労働と仕事の違い
  職人にとって仕事とは何か?
  手と頭を使った繰り返し
  周りの人との協働作業
  仕事を通した人間形成
  画一化されたサービスと機械的作業
  消費者の都合と機械化する職人の仕事場
  周りへの配慮が自分を苦しめる
  客とのコミュニケーション
  日本というブランド
  ひとつ一つの動作が価値を持つ瞬間


あとがき [237-240]
注 [241-248]




【抜き書き】

■「はじめに」から。


□pp. 13-14 構成・概要

◆本書の構成
 本書はアジアのグローバル都市に移り住んだ人、特に寿司職人など日本で身に着けた技術を生かす人に焦点を当てる。寿司職人、美容師、バーテンダー日本語教師はそれぞれの腕を試しに海外に飛び立ち、アジアで急成長する中間層に日本発サービスを提供している。彼らが働く現場では、何が美味しいのか、何がおしゃれなのか、何が面白いのかという、統計では測り切れない価値が、日本とアジアの人々の間で生み出されている。
 第1章は彼らがなぜアジアに移住するかを総論的に検証する。日本が豊かになるにつれ経済的動機ではなく、自分に合ったライフスタイルや「やりたいこと」を探しに移住する人々が増えてきた。アメリカなど英語圏への移住者は現地での生活に憧れる一方、アジアへの移住者は職業上の繋がりから移住を決意する経緯を紐解く。
 アジアの中間層は急成長しており、質が高くきめ細かいサービスを求めている。日本人移住者は日本で磨いた技術を生かし、やりがいを感じながら現地の期待に応えている。日本発サービスが現地の消費文化にどのような変化をもたらすか考えていく。

□p. 17 方法。

 本書に登場するアジアで働く人々はすべて仮名で表記した。調査は文化人類学の手法に則り、協力してくださった総計一七二名の方々や彼らの勤め先が特定できないようにしている。誰が何を言ったか推測できなくするため、複数の個人の意見を一人にまとめ、発言者の性別や年齢も必要に応じて変えている。写真に出てくる人物とインタビューに応じて下さった方が同一ではないことを予め断わっておく。

 



■第三章の中程に(pp.107-114)、感情労働についての論点が挙げられている。

□評価されにくい側面と輝かしい側面

◆おもてなしを成立させる感情労働
 日本の「おもてなし」やタイのホスピタリティ産業で働いている人々は、笑顔で接し丁寧に対応することで顧客を幸せにしているが、彼女ら彼らはどのような能力を発揮しているのだろうか。
 社会学者のアーリー・ホックシールドは、「感情労働」という言葉でサービス業従事者に求められる能力を説明した[8]。航空会社はフライトアテンダント に笑顔で親しみを示すよう求め、老人ホームは介護士に思いやりを持つよう指導し、葬祭業の働き手は遺族に悲しみや同情心を表すよう促される。サービス業従事者は技術や知識だけでなく、顧客を快適にする感情表現能力を組織から求められる。
 たとえば看護師であれば、注射や創傷処置という技術、臨床経過が良いかどうか判断する専門的知識に加え、患者に寄り添って受容的・共感的態度を示すことが能力として要求される。時には患者だけでなく患者の家族にも優しく丁寧に接することが求められる。
 人と直接コミュニケーションをとる職業において「感情労働」は仕事の成否を分けうる重要な能力だ。しかし職場においては「彼女は元から優しい性格だから」「彼女は笑顔が柔らかいから」と個人の性格や特徴に帰せられてしまい、職業的能力として十分に認識されず、結果として対価に結び付かないことがある。
 感情的労働が評価されない理由は三点にまとめられる。感情労働は、①従業員に精神的負担をもたらすが時間的負担と異なり数字的に評価されにくく、②客が多様なため従業員と会社で対応が統一されにくく、③主に女性の仕事として報酬が低く設定されている。感情労働が、コンピュータ技術や会計能力と同様、対価を伴う職業的能力として認識されていないこの理由三つを以下でより詳しく説明する。

感情労働の精神的負担
 前出の社会学者アーリー・ホックシールドは、感情労働のやり方を、浅い演技と深い演技の二つに分けている。浅い演技とは、偽の笑顔を作り続けることであり、たとえばアメリカのレストランで、ウェイターが高いチップをもらうために、内心はむかむかしているにちかかわらず笑顔で注文を取る演技だ。
 深い演技とは、求められる笑顔になれるよう、実際に肯定的な感情を呼び覚ます方法だ。たとえば〔……〕客と接するときには以前にお礼を言われた喜びを思い出し、客の態度が悪くても過去に丁寧に対応し落ち着かせた成功体験を思い出すことによって肯定的な感情を呼び覚ます。
 経営学者のローランド・ハンフリーらは、深い演技が従業員の仕事満足度を上げ、組織への理解を深め、結果として従業員の仕事の効率を高め、顧客満足度に好影響を与えると結論づけている【9】。従業員は、まるで友達とショッピングに行くかのように客と接することによって、求められる表情と真の感情を一致させる。従業員が職場での自分の役割と自己を同一化さえできれば、感情労働によって自尊心は傷つくのではなく、逆に醸成されると説く。

[8]Hochschild, Arlie Russell. The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. University of California Press, 2012

[9]Humphrey. Ronald H., Blake E. Ashforth, and James M. Diefendorff. The Bright Side of Emotional Labor. Journal of Organizational Behavior 36.6, 2015: 749-769

□労働者に感情労働を強要することの(悪)影響。 

 しかし、客が失礼で喧嘩腰でも肯定的な感情を呼び覚ますことができるのだろうか。職場での自分の役割を認識していても、無理難題を突き付ける客に怒りや苛立ちを感じるのはごく自然だ。本当は怒鳴り返したい気持ちを抑え頭を下げ続ければ、たとえ自分の役割を明確に認識していても疲労はたまる。実際に感じている気持ちと全く逆の表情を保ち続ける作業は、高い自己統制力と集中力を求められ、精神的疲労に繋がる。
 求められる役割との自己同一化に失敗すれば、疲労だけではなく自尊心も傷つけられる。表情と感情の間に乖離があると、自分が嘘をついていると感じ、罪悪感を抱いてしまう。仕事が嫌になるだけではなく、自分自身に嫌悪感を抱くという、極めて深刻な問題に繋がりかねない。にもかかわらず、精神的疲労や自尊心の低下は、個人の問題として片付けられてしまう。

感情労働にまつわる個人と組織
 心理学者のアリシア・グランディらは、組織が従業員に「感情労働」を課し笑顔を強要することは、従業員に不公正な負担をかけ、最終的に組織に悪影響を及ぼすと批判している[10]。横柄な態度の客がいたら苛立つのが自然の感情だが、組織の方針に従えば笑顔で対応することを余儀なくされる。
 笑顔を強要してくる上司や会社と、笑顔になりたくない自分との距離感が広がれば、組織の方針や上司の指示にそれ以後も共感することができなくなる。〔……〕
 そうなれば、会社を代表して客にサービスを提供することに喜びが感じられなくなり、結果として従業員は本来持っている技術や知識台発揮できず、顧客満足度が下がり、従業員個人だけでなく会社組織にとってち不利益となる。
 感情労働の難しい点は、人に向けた労働であるため、客の性格や気分によって適切な対応が著しく変化し、容易にマニュアル化できないことにある。態度の悪い客にも笑顔で丁寧に対応することが会社の方針であっても、たとえば暴力的差別的な客までは想定されていないかもしれない。想定外の客に出会った時に、従業員は自分の判断で対応せざるをえず、たとえ会社は暴力的差別的な客まで受け入れろと指示していなくても、従業員自身が要求されている以上の精神的負担を引き受けてしまう。

[10]Grandey, Alicia A., Deborah Rupp, and William N. Brice. Emotional Labor Threatens decent Work: A Proposal to Eradicate Emotional Display Rules. Journal of Organizational Behavior 36.6, 2015: 770-785

□女性に課されがちなケア労働、感情労働

感情労働ジェンダー
 感情労働は主に女性によって担われている。感情労働が求められる職業は多岐に及ぶが、特に客室乗務員、給仕、旅館の仲居、看護師、介護職員、保育士は慈しみや思いやりを求められる。これらの職業の従事者の多くが女性であり、二〇一〇年の国勢調査によれば、日本の看護師の実に九四%が女性である。
 看護師や保育士に女性が多い理由は性別規範にある。サービス受益者の多くが、男性ではなく女性にケアを担当してもらいたいと感じている。調査によると、男女を問わず、女性に介護されるのは抵抗がなく、男性に介護されると抵抗を感じてしまう[11]。
 また子どもや高齢者、病人の面倒を見ることは女性的な仕事であり、女性の方が得意であるという性別規範が存在しており、女性が自ら進んで職業として選択している。このような性別規範に対して、それ自体が性差別的だという論点と、女性に十分な対価が支払われていないとする二つの論点がある。
 人類学者のジェニファー・ロバートソンは、日本の婚姻率と出生率の低下を、現在の日本少性が良弘賢母という理想を拒絶した結果と解釈する[12]。近代社会では介護、家事、子育ては女性による家庭内の無償労働によって支えられてきたが、二一世紀になってる女性だけに多大な負担を負わせることの倫理が問われている。
 ロバートソンは、少子化で労働力が少なくなり高齢化で介護需要が高まったため、これまで女性が担っていた役割をロボットに肩代わりさせようとする機運が日本にあると指摘する。彼女は男性 口ボット開発者たちが旧来の性別規範に則って人間型ロボットを開発しており、本来ロボットには性別が存在しないにもかかわらず、介護や家事を担当する良妻賢母型ロボットを創り出して性別規範を再生産することに警告を発している。
 もう一つの論点は、女性が感情労働に長けていることを前提とし、市場において女性の感情労働が十分に評価されていないという指摘だ。近年、保育士の給与が相対的に低いことが話題になったが、成長の度合いや性格の異なるそれぞれの子供に合わせた感情労働を果たしている女性たちが十分に対価を得られないのは大きな問題だ。

[11] 小谷みどり「介護されることについての意識―主として性差の視点から―」「ライフデザインレポート」第一生命経済研究所、2014年

[12]Robertson, Jennifer. Gendering Humanoid Robots: Robo-Sexism in Japan. Body & Society 16.2, 2010.1-36

□今後、感情労働は評価されうるかどうか。

感情労働の将来性
 以上、精神的負担、従業員と会社の齟齬、ジェンダーの偏りの三点が、感情労働が正当に評価されていない理由だが、状況は今後大きく変化していく可能性を秘めている。
 産業経済史研究者のカール・ベネディクト・フライらが二〇一三年に発表した論文「未来の雇用」は、一〇年後に消える確率が高い職業を予測し大きな反響を得た[13]。論文ではコンピュータなどの技術的進歩によって、時計修理技能士やコールセンターの仕事がなくなる可能性が高いと示唆された。〔……〕コンピュータにすぐには取り替われない能力として、創造的知性と社会的知性の二つが提示された。創造的知性を必要とするのはアーティストなどの職業であり、社会的知性とはセラピストや看護師などだ。
 彼らが社会的知性と呼ぶのは、他者の反応を理解し、考え方の違いを埋め、同僚やお客に感情的支援やパーソナルな手助けを提供する能力だ。これはまさに、サービス業従事者が笑顔や思いやりをもって提供している感情労働に他ならない。実際、セラピストや看護師など、人と触れ合いコミュニケーションを取る職業は、当該論文で上位にランク付けされており、一〇年後も必ず必要となる職業と認定されている。

[13]Frey, Carl Benedikt, and Michael A. Osborne. The future of employment: How susceptible are Jobs to Computerisation?. Technological Forecasting and Social Change 114, 2017: 254-280



■「第4章 シンガポール×バーテンダー」には、国民性・ステレオタイプについての記述がある。


□pp. 146-151 ベフによる日本人論批判。なお、ここであげられた九鬼や土居の日本人論は、著者も本も知名度は高く影響も大きいが、それ自体の学術性は低い。

 〔……〕日本のバーや日本人バーテンダーには一定の共通点がある。日本のパーは茶道の精神を受け継いで静寂と厳粛さを重んじているのだろうか。日本人バーテンダーは外国人バーテンダーより正確さに注意を払っているのかるしれない。しかし新聞や雑誌の言葉には時に誇張があり、そのまま鵜呑みにしないよう注意を払う必要がある。
 まず日本といっても地域ごとの特徴、店ごとの違い、バーテンダー自身のこだわりが有り、日本人バーテンダーを一般化することが難しい。その上、海外バーテンダーアメリカもヨーロッパやアジアも一緒に論じるのは暴論だ。
 文化人類学者のハルミ・ベフは、日本人や日本文化の固有性を主張する言論を「日本人論」と呼び批判的に考察している[7]。日本人論は日本人が外国人と異なっていることを強調するために、海外を一括りにし日本人同士の差異や多様性を無視する。
 たとえば、巷に溢れる「日本人は真面目だ」「日本人は空気を読む」という言説が例として挙げられる。また学術界からも九鬼周造の「いき」(日本固有の美意識)や土居健郎の「甘え」(日本人特有の依存心)まで、日本人の固有性を示そうとする例は枚挙にいとまがない。
 多くの場合、キリスト教文化圏と日本を比較するための分析概念に過ぎず、日本とキリスト教文化圏、双方の多様性を無視し本質化することによってだけ成立する単純な思考実験となってしまう。世界の中での日本の固有性を本当に主張したいのであれば、世界中の言語・文化をすべて把握した上で、それらの言語・文化に類似概念がないことを証明する必要がある。
 日本人論は、日本人著者だけでなく外国人著者によっても紡がれてきた。文化人類学者、ルース・ベネディクトは『菊と刀』で、日本人は外からの批判を意識し「恥」を感じる人々だと論じ、心の内から感じる「罪」と対比している。 
 当書自体はベネディクトが日米戦争の真っただ中においてもなんとか日本人を理解したいという人類学者の真摯さから書かれているが、「アメリカ人は罪を感じる一方、日本人は恥を感じる」のような、異文化を単純に本質化する議論に回収されてしまう危険性を孕んでいる。

[7]Befu, Harumi, Hegemony of Homogeneity. Trans Pacific Press, 2001

[8]Ruth Benedict, The Chrysanthemum and the sword: patterns of Japanese Culture, Houghton Mifflin, 1946

□つづいてオリエンタリズム論。異文化への憧憬や好奇心がある限り、未だサイードの議論の出番も残り続けるのだろうか。

オリエンタリズムとジャパニーズカクテル
 エドワード・サイード英米仏の文学作品を分析し、その中でアラブ・ムスリム文化がヨーロッパ中心主義による偏見によって一面的に描かれていると批判した。ムスリムやアラブ人はテロリストか石油商人として描かれ、ヨーロッパと中東の差異が誇張される。
 サイードはハリウッド映画のような大衆作品だけでなく、歴史学者文化人類学者の記心にもこの構図が見られるとし、それをオリエンタリズムと名付けた。オリエンタリズムの構造によって、ヨーロッパ人は西洋が東洋(オリエント)より優れているという認識を強固にしていき、なんとアラブ人自身までがヨーロッパ人によって描かれたアラブ人像を自己像として内面化していく。
 サイードによるオリエンタリズムの理論は文学や美術の批評に貢献してきたが、カクテルにその眼差しを向けることができる。お酒を混ぜ合わせて作るカクテルには、遠い国に住む人々や異国の文化・風習への想像が込められてきた。その中でも日本は欧米人にとって想像の源泉となってきた。  
 いまやブラックラシアン、フレンチコネクションなど国名入りのカクテルは多数作られたが、一八六二年に出版された世界初のカクテルブック『The Bartender's Guide』に出て来る唯一国名入りのカクテルは、その名も「Japanese Cocktail」(ジャパニーズ・カクテル)だ。このカクテルはブランデーペースであり、アーモンドから作るオルゲートシロップの甘さが特徴的だ。
 ではなぜカクテルブックの著者ジェリー・トーマスは、このカクテルに日本という名前を冠したのだろうか。当時、アメリカでは日本から来た万延元年遣米使節団が日本ブームを引き起こしていた。この使節団は江戸幕府日米修好通商条約の批准書交換のために一八六〇年に派遣した最初の公式使節団だが、ちょん髷や着物という外見の特徴からサンフランシスコやニューヨークの市民の間で大きな話題となり好奇の対象となっていた。ニューヨークのパレードでは五〇万人もの見物客が集まったと言われている。初めて太平洋を渡った幕府使節団の面々もアメリカ文化に触れ衝撃を受けたが、受け入れたアメリカ人も太平洋の向こう側から辿り着いた日本人に強い興味を示した。
 当時、アメリカ自身の植民地の地位から脱し合衆国として独立を果たして八〇年、ヨーロッパ列強に肩を並べようとしていた時期だ。国を割る南北戦争へと突入していく中で、私たちは誰なのかというアイデンティティを探る問いが発せられ、自分を知るために他者を必要としていた。太平洋の向こうにある、はるかかなたの文化からやって来た人々は自己を確認する貴重な鏡であった。
 前述のウォンドリッチによれば、ジェリー・トーマスは幕府使節団が泊まったホテルのすぐ近くで働いていた。トーマスはニューヨーク市民の好奇を満たすため、アメリカ人とは誰かの答えを出すために、ジャパニーズ・カクテルを開発したのだろう。