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目次とメモを置いとく場

『RNA学のすすめ――生命のはじまりからリボザイム、エイズまで』(柳川弘志 講談社ブルーバックス 1990)

著者:柳川 弘志[やながわ・ひろし] (1944-) 生物学。ゲノムネットワーク解析、タンパク質の進化分子工学。
装丁:プラスM
イラスト:深谷 良一
図版製作:難波 公人




【目次】
プロローグ RNA学の新しい展開 [003-007]
  RNAは生命の起源を解く鍵をにぎっている
  RNAは多彩な機能をもっている
目次 [008-015]


第1章 生命の基本的しくみとRNA 017
生命の起源をどこに求めるか 018
  化学進化説
  地球外生命起源説
  生命は海で生まれたり
  生命と海の元素組成は似ているの
  微量元素も生物機能にたいせつだ
生命とは何だろうか 026
  生命の定義
  アニミズムと生気論
  機械論
  生命は入れ物をもっている
  生命は自己複製できる
  生命は自己維持できる日
  生命は進化する
細胞の基本構造 031
  細胞の発見
  細胞膜の働き
  細胞膜は脂質で構成されている
  細胞膜の構造
遺伝子と複製 040
  遺伝子の発見
  DNAの構造
  遺伝情報のからくり
タンパク質の本体 046
  タンパク質は多彩な機能をもっている
  タンパク質の構造
RNAの機能と起源 051
  RNAとは何だろう
  RNAは多様な機能をもっている
  RNAはDNAよりも先に出現した
  RNAワールド


第2章 RNAの基本的性格 059
ヌクレオチドの構造と機能 060
  うま味のあるヌクレオチド
  ホルモンの作用のメッセンジャー
  警報ホルモン、アラモン
  ATPはエネルギーの源
  酵素の働きを助ける補酵素
  脂質や糖合成の活性中間体
RNAの物理化学的性質 069
  RNAはDNAよりも不安定
  RNA酵素的切断
  核酸塩基は水素結合できる
  核酸塩基はスタッキングする
  リボースの構造
  RNAは多様な立体構造をとることができる


第3章 RNAの生合成 081
ヌクレオチドの生合成 082
  プリン塩基の生合成は多段階
  ピリミジン塩基の生合成は簡単
  合成量は自ら調節する
DNAの転写とRNA合成 091
  RNAはDNAから転写される
  RNA合成の特徴
  転写の機構
  転写のコントロール
  真核細胞のRNA合成は複雑多様
RNAの加工処理過程、プロセッシング 098
  RNAは転写後加工される
  頭にキャップ、尻尾にポリ(A)がつく
  RNAはスブライスされる
  エクソンイントロン
  タンパク質の立体構造の最小単位はモジュール
  スプライシングのしくみ
  tRNAとrRNAも前駆体から加工される
  tRNAや rRNAもイントロンをもっている
  RNAは編集もされる


第4章 RNAとタンパク質合成 119
タンパク質合成とRNAの役割 120
  タンパク質合成は複雑
mRNA 122
  mRNAはタンパク質合成の情報をもっている
  遺伝コードの発見
tRNA 126
  tRNAの構造決定
  tRNAのクローバー葉構造
  tRNAはアミノ酸を運搬する
rRNA 132
  rRNAは巨大な集合体
タンパク質合成のしくみ 136
  タンパク質合成は多段階
  タンパク質合成の開始
  ペプチド鎖の伸長反応
  ペプチド鎖の伸長停止
  ポリペプチドは合成後に加工される


第5章 RNAウイルスと病気 145
ウイルスの本体 146
  ウイルスの発見
  地球上の生物はウイルスに悩まされている
  ウイルスとは何だろう?
細菌ウイルス 151
  RNAファージの構造
  RNAファージの増殖
植物ウイルス 156
  タバコモザイクウイルスは結晶になる
  タバコモザイクウイルスの構造
  ウイルスの遺伝子の構造
  ウイルスの感染のしくみ
動物ウイルス 162
  インフルエンザウイルス
  インフルエンザウイルスの構造
  インフルエンザウイルスの感染と増殖
  新しいタイプはニワトリから
エイズウイルス 169
  エイズとは
  エイズウイルスの発見
  エイズウイルスの構造
  エイズウイルスの感染機構
  エイズウイルスの遺伝子は変化しやすい
  エイズ患者は増え続けている
  エイズウイルスの起源
  エイズの治療はまだ難しい
がんウイルス 180
  がんウイルスの発見
  がんウイルスの遺伝子
  がんタンパク質
  ヒトはみな、がん遺伝子をもっている 


第6章 RNA触媒、リボザイム 187
自己スプライシングするRNA 188
  自己スプライシングの発見
  リボザイム
  リボザイムは重合能力ももっている
  グループIIイントロン
リボヌクレアーゼP 196
  リボヌクレアーゼPはtRNAの前駆体を切断する
  リボヌクレアーゼPの構造
  触媒が作用する場所
  リボヌクレアーゼPの二次構造の共通性
自己切断するRNA 203
  ウイロイドは最小の病原体
  ウイロイドRNAは自己切断する
  リボザイムの触媒機構は多様
生体触媒の分類と進化 211
  生体触媒は四つに分類できる
  生体触媒の進化


第7章 RNAと生命のはじまり 215
枝酸塩基の無生物的合成 216
  核酸塩基はシアン化水素からつくられる
  原始大気からもつくることができる
核酸塩基は地球外から持ちこまれた? 222
  星間分子
  隕石
  彗星
リボースはどのようにしてできたか 228
  リボースはホルムアルデヒドから合成された
ヌクレオシドヌクレオチドの合成 230
  核酸塩基とリボースの連結反応
  ヌクレオシドは原始大気からもできる
  ヌクレオシドのリン酸化
  なぜアミノ酸はL型で、リボースはD型か
核酸をつなげる 237
  核酸の合成素材
  RNAの無生物的合成
  分子集合場を利用したRNA合成
  ゲルの形成
  新しいらせん構造の形成
原始RNA 246
  RNA合成の出発材科
  塩基対形成の多様性
核酸の鎖長伸長 249
  RNAの鎖長伸長
  配列の特異性
  実験室で合成可能な鎖長
  重複配列
RNAが先か、タンパク質が先か 253
  パラドックスの検証
  もっともらしいシナリオ


第8章 RNAの祖先を探る 259
原始生命の痕跡を分子で探る 260
  進化を遡る
  原始生命の化石
  rRNAに基づく系統樹
  RNAワールドからRNP、DNAワールドへ
レプリカーゼとRNAワールド 267
  原始的なRNAレプリカーゼのモデル
  RNAの原始的な複製機構
  RNAの進化機構
タンパク質の翻訳システムとRNPワールド 274
  タンパク質の翻訳システム
  ウイルスRNAの3'末端tRNA様構造
  タンパク質の原始合成システム
  RNAとタンパク質は助け合う
遺伝コードの起源 279
  立体化学説
  第二の遺伝コード、パラコドン
  偶然凍結説
逆転写とDNAワールド 284
  RNAからDNAワールドへ
  逆転写
  逆転写酵素
  逆転写酵素の祖先


エピローグ(一九九〇年の新春に 柳川弘志) [292-295]
関連・参考図書紹介 [296-297]



【図表一覧】
表1-1 人体、海水、地球表層に存在する主要元素 022
表1-2 微量元素の海水濃度と生物学的機能 023
図1-1 大腸菌の走査型電子顕微鏡写真 034
図1-2 マウスの小腸上皮細胞の切片の透過型電子顕微鏡写真 035
図1-3 リン脂質の構造 037
図1-4 水中でのミセル、二分子膜ベシクル、単分子膜 038
図1-5 細胞膜の構造 039
図1-6 DNAとRNAの基本構造 043
図1-7 DNAの二重らせん構造と塩基間相互作用 044
図1-8 DNAの複製のしくみ 045
図1-9 ペプチドの構造 048
表1-3 タンパク質中の20種のアミノ酸 049
図1-10 現代生物学の遺伝情報についてのセントラルドグマ 055

図2-1 アデニルサン(AMP)の位置異性体 061
図2-2 種々のヌクレオチドの構造 062-063
図2-3 NAD^+の電子受容反応 067
図2-4 ワトソン・クリック型とフーグスティーン型塩基対 073
図2-5 コドンとアンチコドンのウォブル塩基対形成 074
図2-6 種々のウォブル塩基対 075
図2-7 リボースのフラノース環のねじれ型立体 076
図2-8 アデノシンのシン型とアンチ型構造 077
図2-9 RNAのいろいろな二次構造 078
図2-10 仮結びの構造 079

図3-1 プリンヌクレオチドの生合成の経路 084-085
図3-2 いろいろな前駆体からのプリン塩基の組立て 086
図3-3 代謝経路の進化 087
図3-4 ピリミジンヌクレオチドの生合成の経路 088
図3-5 プリンヌクレオチドとピリミジンヌクレオチドの生合成のフィードバック調節 090
図3-6 イモリの卵母細胞のrRNA遺伝子が転写されている様子 097
図3-7 真核細胞のmRNAの5'末端のキャップの構造 100
図3-8 エクソンのかきまぜ 103
図3-9 真核細胞のmRNAの前駆体のスプライシング 105
図3-10 スプライセオソームの集合とスプライシング 107
図3-11 大腸菌のSub B-Eと呼ばれるオペロンのtRNA前駆体 109
図3-12 大腸菌リボソームRNAのオペロン 112
図3-13 tRNAのイントロン 113
図3-14 トリパノソーマのチトクロムcオキシダーゼIIIのm RNAの編集 114

図4-1 真核細胞のmRNAの構造 123
表4-1 遺伝コード表 125
図4-2 酵母ラニンtRNAのクローバー葉型二次構造 127
図4-3 酵母ラニンtRNAのL字型三次構造 129
図4-4 酵母フェニルアラニンtRNA中の三塩基対 130
図4-5 大腸菌の5SrRNAの二次構造 133
図4-6 大腸菌の16SrRNAの二次構造 134
図4-7 大腸菌の23SrRNAの二次構造 135
図4-8 タンパク質合成の開始段階 138
図4-9 タンパク質合成の伸長段階 140

図5-1 f_2ファージの電子顕微鏡写真 150
図5-2 MS2(f_2、R17)ファージの遺伝子 151
図5-3 MS2ファージの遺伝子のRNAの全塩基配列 152-153
図5-4 タバコモザイクウイルス粒子の電子顕微鏡写真 157
図5-5 タバコモザイクウイルスの立体構造モデル 158
表5-1 代表的な植物ウイルス 159
図5-6 インフルエンザウイルスの模式構造図 163
図5-7 インフルエンザウイルスの感染 165
図5-8 エイズウイルス粒子の構造 170
図5-9 エイズウイルスの阻害剤のジデオキシヌクレオシド類 179

図6-1 テトラヒメナのリボソームRNA前駆体の自己スプライシング 189
図6-2 テトラヒメナの自己スプライシングするRNA触媒の二次構造 190
図6-3 リボザイムによって触媒される重合反応 192
図6-4 逆スプライシング反応 193
図6-5 グループIIイントロンスプライシング 195
図6-6 リボヌクレアーゼPによるtRNA前駆体の切断 196
図6-7 枯草菌と大腸菌のリボヌクレアーゼPのRNA成分の二次構造の比較 200
図6-8 263ヌクレオチドから成る、より簡単なリボヌクレアーゼPのRNA成分の二次構造 201
図6-9 ウイロイド、ウイルソイド、サテライトRNA塩基配列と自己切断 204
図6-10 自己切断するオリゴリボヌクレオチドハンマーヘッド構造 205
図6-11 13ヌクレオチドからなるリボザイムによるRNAの切断 206
図6-12 オリゴリボヌクレオチドによるクロラムフェニコールのアセチル基転移酵素のmRNAの切断 207
図6-13 バクテリオファージT4のRNA前駆体の自己切断 209
図6-14 ヒトδ型肝炎ウイルスのウイルスの自己切断、連結するRNA断片の二次構造 210
表6-1 生体触媒の分類 211

図7-1 ジグアノシンピロホスフェート(GppG)の構造 216
図7-2 5'-ホスファチジルシチジン 210
表7-1 GppGゲルの電子顕微鏡写真とその画像解析像 224
図7-3 5'-ホスファチジルシチジンから形成された直線状のらせん構造体の電子顕微鏡写真とその画像解析像 239
図7-4 5'-ホスファチジルシチジンの構造 240
図7-5 GppGゲルの電子顕微鏡写真とその画像解析像 241
図7-6 5'-ホスファチジルシチジンの電子顕微鏡写真とその画像解析像 243
図7-7 5'-ホスファチジルシチジンから形成された環状のらせん構造体の電子顕微鏡写真 244
図7-8 5'-ホスファチジルデオキシシチジンから形成された超らせん構造の電子顕微鏡写真とその画像解析像 245
図7-9 ヌクレオシドおよび非環状のヌクレオシドの構造 246
図7-10 プリン‐プリン塩基間の水素結合 247
図7-11 種々の原始地球環境下で合成された細胞様構造 254
図7-12 原始スープからRNAワールド、RNPワールド、DNAワールドへの発展 252

図8-1 5SrRNAの系統樹 265
図8-2 新しいドグマ 267
図8-3 テトラヒメナの改造リボザイムと外部鋳型のP1と呼ばれるRNA断片 270
図8-4 改造リボザイムによるオリゴヌクレオチドの連結反応と相補的な鎖の合成 271
図8-5 ハイパーサイクル 273
図8-6 原始的なタンパク質合成モデル 276
図8-7 ミニtRNA 281
図8-8 粘性細菌のDNAに連結した枝分かれRNAの二次構造 287
図8-9 逆転写開始の機構 288
図8-10 レトロウイルス様粒子の電子顕微鏡写真 289





【抜き書き】
□巻末の読書案内(296〜297頁)では、生命科学系の新書が推薦されている。

  関連・参考図書紹介

「生命とは何か」E・シュレーディンガー 著 岡小天・鎮目恭夫 訳 一九五一年 岩波新書 岩波書店
「生命を探る」第二版 江上不二夫 著 一九八〇年 岩波新書 岩波書店
「生命の化学」スティーヴン・ローズ 著 丸山工作 訳 一九八一年 ブルーバックス 講談社
「細胞を読む」山科正平 著 一九八五年 ブルーバックス 講談社
「生体膜とは何か」神原武志 著 一九八七年 ブルーバックス 講談社
「遺伝子が語る生命像」本庶佑 著 一九八六年 ブルーバックス 講談社
「DNA学のすすめ」柳田充弘 著 一九八四年 ブルーバックス 講談社
「DNAと遺伝情報」三浦謹一郎 著 一九八四年 岩波新書 岩波書店
「遺伝子についての50の基礎知識」川上正也 著 一九八二年 ブルーバックス 講談社
「バイオテクノロジーの世界」渡辺格ティー・エヌ・エー研究所 編 一九八七年 ブルーバックス 講談社
RNAワールド」柳川弘志・吉田弘幸 著 一九八八年 海鳴社
「ウイルスとガン」畑中正一 著 一九八一年 岩波新書 岩波書店
「ガン遺伝子を追う」高野利也 著 一九八六年 岩波新書 岩波書店
「進化とはなにか」ジュリアン・ハクスリー長野敬・鈴木善次 訳 一九六八年 ブルーバックス 講談社
「生物進化を考える」木村資生 著 一九八八年 岩波新書 岩波書店
「生命の誕生」大島泰郎 著 一九七三年 ブルーバックス 講談社
「生命の起源を探る」柳川弘志 著 一九八九年 岩波新書 岩波書店



□ プロローグから「原始スープ」について。この部分は51-57頁で再述される。

pp.4-5

 RNAは、核酸塩基とリボースとリン酸の三つの部分から構成されている。核酸塩基は、シアン化水素(HCN)から、リボースはホルムアルデヒド(HCHO)から無生物的に合成される。シアン化水素やホルムアルデヒドは宇宙に普遍的に存在しており、始原的な物質である。だから、原始地球上に存在していたと想像される「原始スープ」には、これらの有機物がたくさん合成、蓄積していたと考えられる。この中に、RNAの構成成分であるヌクレオチドも含まれていて、化学的にランダムにつながって、大きな分子に成長していった。このようにして合成されたRNAの大部分は、複製能力をもつことができなかったが、複製能力をもつものが偶然現われ、多くのRNA分子を生み出していった。複製の誤りによって生じた変異RNAの中から、親分子よりも効率のよいものが現われ、親分子を淘汰していった。このようにしてRNAは増え、進化し、原始スープの覇権者としてRNA独自の世界(RNAワールド)を創り出していった。




□生命探求の営み
pp. 26-29

 生命とは何だろうか 

◆生命の定義
 生命とは何だろうか。今日わたしたちは、幸か不幸かまだ地球上の生命しか知らない。わたしたちは日常、生命ということばをなにげなく使っている。だれでも、イヌやネコなどの動物や草花などの植物は生命をもっているとみなしており、自動車やコンピュータなどは生命をもっているとは思っていない。このように、生命をもっているものと生命をもっていないものとの区別はだれにでも容易にできる。
 生命ということばは、人間の思想や精神活動などにおいても使われる。だから、その立脚点によってさまざまな定義が可能である。生物学や物理化学などの形而下の自然科学的な定義や、哲学や宗教などの形而上の定義などである。講談社の『カラー版日本語大辞典』には、「生物が生物として存在するための根本の力。生物の発育・運動・繁殖などの生活現象から抽象される概念」と定義されている。何となくわかったような気がするが、すっきりしない。このように、生命を簡単に定義し、一言でいい表わすことはむずかしい。しかしながら、ある側面から生命の基本的な性格や特徴をいい表わすことは可能である。

アニミズムと生気論
 人類の祖先は、四〇〇万〜六〇〇万年前、類人猿にいちばん近いチンパンジーから分かれ、人間としての道を歩き始めた。それから約二〇〇万年前のアウストラロピテクスのような猿人、三〇万〜一〇〇万年前のピテカントロプスシナントロプスのような原人、二〇万年前のネアンデルタール人のような旧人、三万〜四万年前のクロマニョン人のような新人を経て、現代人類になったといわれている。ヒトは、自分自身の存在について考えることのできる唯一の動物である。ヒトは、いつごろから自然や生命について考えるようになったのであろうか。 
 おそらく、ネアンデルタール人の時代から、自分自身の存在やその理由について考えていたと思われる。ヒトは、空を眺め、太陽や月や星々の動き、自分の周りの自然を眺め、動物や植物の生と死を知っていた。生命の多くは生長と共に死滅すべきものであること、生成と共に消滅があることに気づいていた。ネアンデルタール人の住居跡の調査から、彼らは、すでに死者を花で囲む埋葬の儀式をしっていたことがわかっている。彼らは、一つの小さな社会を形成し、葬儀を行ない、死後の世界に思いを馳せていたことであろう。このような行動や思考様式こそ、ヒトの人間としての原型である。
 また、わたしたちの直接の祖先である氷河時代クロマニョン人は、精巧な石器や石や貝殻をつなぎ合わせた首飾りなどの装身具もつくっていた。彼らは、死者を丁重に埋葬し、生命力の多産豊模を祈り、母性神像を祭った。また、スペインのアルタミーラやフランスのラスコーの洞窟に見られるような秘所に動物絵画を描き、狩猟の豊かさを祈った。原始的な宗教や絵画のような芸術の芽生えがこのころすでに見られ、精神文化をかなり高めていた。彼らは、自然や生命の世界の意味を問い、自ら考えていた。このような先史時代の人々は、自然現象ばかりでなく、動物や植物、さらに無生物にいたるまで、すべて生命や霊魂をもっているという、いわゆるアニミズム(物活論または精霊崇拝という)の考えをもっていた。しかし、現在のわたしたちはこのようなアニミズムの考えを忘れてしまっている。最近、哲学者の梅原猛氏はアニミズムの復活を提唱している。工業社会になって、人間は自然を征服すると同時に自然を破壊してきた。だから、自然をとりもどし、人間が住むことができる環境をつくるためには、アニミズムの思想を見直すべきであると主張している。
 また、古代の哲学者アリストテレス(紀元前三八四〜三二二年)は、生物は物質に霊魂が結合した結果つくられたという生気論の考えを提唱した。生気論では、生命現象の合目的性を認め、それが物質の特別な組合せでなく、それ自身に特異な自律性の結果であると考えている。このような生気論の考えは二〇世紀初頭まで主張されてきた。

◆機械論
 生気論の考え方に対して機械論の考え方がある。フランスの哲学者であり、近世哲学の祖でもあるデカルト(一五九六一六五〇年)は機械論の代表者である。機械論は、生物を複雑な機械とみなし、生命現象を古典的物理学の原理で説明するので、機械説ともいわれる。一九世紀以降は、生命現象は物理的、化学的なことばで説明できるという立場で、還元主義ともいわれる。また最近は、生物学やコンピュータなどの情報機械の発展に伴い、生命現象を自動制御の機構として理解し、生物体を自動制御機械として考える立場が有力になってきた。



□生物学における生命の定義
pp. 29-32

 ここでは、生物学と物理化学という自然科学の側面から、生命の基本的な性格や特徴を考えてみよう。

◆生命は入れ物をもっている
 生命は四つの基本的な性格をもっている。まずその一つは、生命は入れ物をもっていることである。生体成分が水にただ溶けているだけでは生命とはいわない。外界との間に、境界膜が必要である。小さい分子は境界膜を出入りすることができるが、大きい分子の出入りは妨げられる。
 境界膜はこのような半透膜の性質をもっている。生物の半透膜は細胞膜である。細胞膜の内外で物質やエネルギーの交換が行なわれる。必要とするものをどんどん取りこむことができる。一般の半透膜では、物質は濃度の高いところから低いところ、すなわち濃度勾配にしたがって流れるだけだが、細胞膜では低濃度から高濃度に、つまり物質を濃度勾配にさからって外から内に能動的に取りこみ、濃縮することができる。不要な老廃物を外に排出することもできる。このように、細胞膜の内と外では、物質やエネルギーの交換が自由に行なわれ、系全体としては解放系である。反対に、外界と物質やエネルギーの交換が行なわれない閉鎖系では生命は死んでしまう。生命の最小単位は細胞であり、その入れ物の細胞膜は、主として脂質とタンパク質からできている。

◆生命は自己複製できる
 生命の基本的性格のその二は、自己複製、自己増殖できることである。ヒトはヒト、イヌはイヌ、ネコはネコから生まれるように、生命は自分と同じ子孫を増やすことができる特性をもっている。
 地球上のすべての生物種では、その子どもは同一種の親から生まれる。自分と同じものをつくることは子孫を増やすことばかりでない。生命をつくっている細胞は刻々と変化している。古い細胞は死んで、そのかわりに新しい細胞が生まれる。すなわち、細胞はたえず新陳代謝をしている。その結果、生命はいつも一定の状態に保たれている。自己複製、自己増殖能はすべてDNA(デオキシリボ核酸)の配列に保存されている。つまり、細胞内のすべての成分は、DNAの情報に基づいて合成されている。

◆生命は自己維持できる
 生命の基本的性格のその三は、自己維持機能をもっていることである。すなわち、代謝をするということである。
 わたしたちは毎日食事をとり、空気をたえず吸って生きている。これは、わたしたちのからだが自己を積極的に維持しようとしているからである。だから、生物は外界から栄養源やビタミンなど、自分が生きていくのに必要なものをたえず取り入れなければならない。生命を積極的に維持するには、自己を構成している成分を合成、分解したり、エネルギーを産出しなければならない。これはすべて、酵素と呼ばれるタンパク質の触媒作用によって行なわれる。酵素は、すべてDNAの情報に基づいて合成される。

◆生命は進化する。
 生命の店本的性格のその四は、進化する能力をもっていることである。生物が、自分自身を正確に複製するだけでは、進化は起こらない。現在の地球上に、細菌のような下等生物からヒトやサルのような高等生物が存在していることは、下等なものから高等なものに、しだいしだいに進化してきたことを意味している。高等生物は、DNAの突然変異とそれに続く自然淘汰によって進化してきた。
 生命は細胞膜をもち、外界から自己を維持するのに必要な素材やエネルギーを取りこみ、DNAの遺伝情報にしたがってタンパク質を合成し、その触媒作用によって種々の構成成分を合成、分解することができる進化する分子機械である。生命のシステムをコンピュータにたとえれば、DNAが情報源のソフトウエアに、酵素が機能するハードウエア部分に相当する。
 生命の特徴は、すべてが種族の保存と個体の維持へ向けて、合目的的にできていることである。この合目的性は、化学進化とそれに続く生物進化の歴史的過程で獲得されたにちがいない。


□ウイルス。
pp. 149-150

◆ウイルスとは何だろう?
 ウイルスは、生き物といえるだろうか。生命は、入れ物をもっている、自己複製できる、自己維持できる、進化することができる、などの四つの条件を兼ね備えていなければならない。ウイルスは、自己維持機能に関与するエネルギー産生系の酵素をもっていないので、宿主の細胞外で独立に生活を営むことはできない。宿主の細胞の中でのみ生活できる寄生体である。この点では、細胞内小器官のミトコンドリア葉緑体と似ている。だから今日、ウイルスは独立した生き物とは考えられていない。
 ウイルス粒子はビリオンと呼ばれ、その大きさは、二五ナノメートル(一ナノメートルは一〇〇万分の一ミリメートル)の、MS2と呼ばれるバクテリオファージから三〇〇ナノメートルのワクシニアウイルスまでさまざまである。ウイルスの構造は、中心部に自己と同じものをつくるのに必要な遺伝子の核酸、あるいはコアと呼ばれる核酸とタンパク質の複合体が存在し、キャプシドと呼ばれるタンパク質の外被〔がいひ〕に包まれている。また、宿主の細胞膜や核膜由来のエンベロープと呼ばれる脂質の膜をいちばん外側にもっているウイルスもいる。
 ウイルスには、遺伝子としてDNAをもつものとRNAをもつものの二種類がいる。天然痘〔てんねんとう〕、SV40、バクテリオファージλ〔ラムダ〕、T2、T4、T6などのウイルスは、遺伝子として二本鎖のDNAをもち、DNAウイルスと呼ばれる。バクテリオ 3ファージMS2、TMV、ポリオウイルス、インフルエンザウイルス、エイズウイルスなどは、遺伝子として一本鎖RNAをもち、RNAウイルスと呼ばれる。一本鎖DNAや 二本鎖RNAをもつウイルスもいるが、その数は少ない。
 また、RNAウイルスの中には、RNAからDNAをつくる逆転写酵素を自分でもつものもいて、レトロウイルス(retro virus)と名づけられている。これは、reverse transcriptase-containing oncogenic virus(転写酵素をもつ腫瘍ウイルス)のアンダーラインを引いた部分をつなぎ合わせた略称である。レトロウイルスは病気にかかわっているものが多く、エイズウイルス、肉腫ウイルス、白血病ウイルスなどがこれに属する。
 以下、細菌、植物、動物に寄生するRNAウイルスについてくわしくみてみよう。


□謝辞を兼ねたエピローグ。

  エピローグ

 この本では、RNAの多彩な機能に力点を置いて紹介した。広範囲にわたっているため、焦点が少しボケたきらいがないわけでもない。それは、裏を返せばRNAがひじょうに多様な機能をもっているからであり、その多様性を理解していただけたら幸いである。
 RNAはDNAに比べて柔構造であるため、いろいろな立体構造をとることが可能である。それゆえ、これからも、思ってもみなかったようなふしぎな機能をもつRNAが発見される可能性が高い。最近の科学雑誌の「ネーチャー」や「サイエンス」を見ていると、RNAの機能に関する報告が多い。自己スプライシングが発見されたのはテトラヒメナで、RNAの編集が発見されたのはトリパノソーマであり、両者とも下等な真核生物の一種の原生生物である。また、自己スプライシングは、カビや酵母ミトコンドリアや植物の葉緑体などに多く見つかっている。だから、下等な真核生物や細胞内小器官のミトコンドリア葉緑体には、古いRNAワールド時代の遺物が残っているのかもしれない。とくに、ミトコンドリアでは、tRNAのTWCアームやDアームが欠失していたり、細胞質では終止コドンであるUGAトリプトファンとして読んでいたり、イントロンをもっていたり、細胞質と比べてかなり異なっている。現在、ミトコンドリアの起源は、原始真核細胞に好気的な細菌が寄生したという、いわゆる共生説で説明されている。ミトコンドリアは、共生により遺伝子の大きさが小さくなり、不要と思われる部分は切り落としてしまったのか、それとも原始生命の時代の遺物をたいせつにかかえている生物かのどちらかであろう。とにかく、ミトコンドリア葉緑体は今後、進化を探る上でおもしろい実験材料である。
 tRNA、rRNA、mRNAが関与するタンパク質合成系の研究がRNA学の第一の隆盛期ならば、現在の核のスプライシング、自己スプライシング、リボヌクレアーゼP、ウイロイドやウイルソイドの自己切断するRNAの研究はRNA学の第二の隆盛期といえる。一九八九年の一〇月、アメリカのコロラド大学のチェックとエール大学のアルトマンは、RNA触媒の発見の業績により一九八九年度のノーベル化学賞を受賞した。これを機会に、RNA学の新しい展開に一層はずみがかかるものと思われる。
 一九八八年、アメリカのコールドスプリングハーバーで開催されたRNAのプロセッシングに関する国際会議に参加したが、その際、女性の参加者が多いのに驚かされた。三分の一は女性の研究者であった。アメリカで開催される学会に参加するといつも感じることは、その研究者の層の厚さである。どのような分野でも二〇〇〜三〇〇人は集まる。うらやましい。現在日本では、DNAを研究している人のほうが、RNAを研究している人に比べて圧倒的に多い。若い人たちがこの機会に、魅力あるRNAの研究分野に参加されることを期待したい。
 現在、合成したり、加工したりしたDNAを用いて、任意の配列のタンパク質をつくる「タンパク質工学」がブームである。それと同じようにして、DNAから任意の配列のRNA酵素的につくったり、化学合成的につくることも可能である。実際に、mRNAに相補的なアンチセンスRNAと呼ばれるRNA鎖をつくり、RNAウイルスの増殖抑制に用いたり、ハンマーヘッド構造と呼ばれるRNA断片を合成して、植物ウイルスの増殖阻止に用いたりする試みがされている。また、リポザイムを改造してRNAの任意の配列のところで切断する制限酵素をつくったり、tRNAを改変して非タンパク質性のアミノ酸を取りこませたタンパク質をつくったりする試みも行なわれている。今後、このような「RNA工学」が応用面でも注目されるようになるであろう。
 この本ではまた、生命と呼べるいちばん最初のRNAワールドの出現のシナリオについても解説した。しかし、RNAワールドの研究も始まったばかりで問題点が多い。真の自己複製触媒を見つけなければならない。また、生成の容易さから考え、当時、圧倒的に存在していたと思われるタンパク質とどのように折り合いをつけたのか、多くの疑問を今後解決しなければならない。
 地球上に生命が誕生して三十数億年が経ち、ヒトがようやく自分のルーツの原点を科学的に明らかにすることができる時期にさしかかってきた。わたしたちはいったいどこからやってきたのか。だれでもがもっているこの素朴な疑問を解く鍵をRNAがにぎっているのはまちがいない。
 この本の中で述べたわたしたちの研究は小島清嗣、金谷栄子、小林憲正、古田弘幸、津野勝重、小川洋子、八木夕起子、伊藤雅彦、糸島由起子の諸氏の協力によって行なわれたものである。これらの方々に深く感謝したい。また、有意義な討論や批評をしていただいた三菱化成生命科学研究所の菊池洋、朴真淑、近藤俊三氏をはじめ多くの方々にお礼を申し上げる。また貴重な写真を提供していただいた方々にも厚く感謝したい。
 経済的、技術的な援助をしていただいた三菱化成ならびに三菱化成総合研究所の方々に感謝しだい。また、わたしたちのRNA学の研究にご理解をいただき、暖かい激励と有意義な討論をしていただいた三菱化成生命科学研究所の今堀和友所長にお礼を申し上げたい。 
 原稿整理や内容の表現など、ひじょうに適切なアドバイスや批評をいただいた講談社ブルーバックス編集部の藤井俊雄氏にも心から感謝したい。
   一九九〇年の新春に