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『日本の起源』(東島誠, 與那覇潤 太田出版 2013)

著者:東島 誠[ひがしじま・まこと] (1967-)
著者:與那覇 潤[よなは・じゅん] (1979-)
シリーズ:atプラス叢書;5
NDC:210.04 日本史


日本の起源(atプラス叢書05) - 太田出版


【目次】
目次 [002-005]


まえがき(與那覇潤) 006


第一章 古代篇 009
起源の天皇は女帝だった/豪族チャンピオンとしての大王/「聖母卑弥呼」は存在したか/科挙を生まなかったマルチタレント登用/はやり歌による革命と桓武天皇の純血作戦/唐物グローバリズムとクールジャパン政策の起源/平安京荒廃が生んだ「かのように」の論理/『芋粥』に見る官治国家の起源/院政がリセットした「二五年間同一内閣」/「空虚な中心」を囲んだ家産官僚/令外官の増設は温泉旅館形式/古文書が語る『文字禍』の世界


第二章 中世篇 065
バッファーの多すぎる国/イエ制度は自然ではない/三国志としての源平合戦/東西分割統治と道州制の起源/戦後歴史学が求めた統治権の理想/貞永式目マグナ・カルタか/元寇が領域国家の起源/南北朝は何を転換したのか/未完のプロジェクトとしての「江湖」の観念/一揆の傘連判は「空虚な中心」/印判状が作った近代行政の起源/中途半端だった義満と信長/ポピュリスト秀吉と起源のクリアランス


第三章 近世篇 129
東アジアと日本の動乱はつねにリンクする/徳川氏がコピーした皇祖皇宗の神話/中世を終わらせた元禄時代忠臣蔵ブラック企業の起源/歴史は進歩か、反復か/武家社会が作った「失敗の本質」/公共事業入札と復興予算流用の起源/享保の飢饉が生んだ自己責任論/「災害ユートピア」は現出したか/江戸が示したアソシエーショニズムの限界/アウトローだけが自律する社会/「四民平等」幻想からこぼれ落ちるもの


第四章 近代篇 183
幕末は不真面目な改革の起源/西洋化できずに中国化した明治/「市民」を探した丸山眞男の苦悩/荻生徂徠から進歩しない論壇/元老制はバッファー政治への回帰/議会政治は二党制よりも二頭制/都市を食べさせることに失敗した政党政治/さも自然を作為する社会/日本文化論と「古層」の永久運動


第五章 戦前篇 229
第一次世界大戦に起源を見る/大正デモクラシーは議会制不信の起源/天皇に独占された一般意志/アジア主義に可能性はあったのか/儒教を使いこなせなかった日本人/江戸時代に回帰した「田舎臭いファシズム」/総力戦体制も律令以来の背伸び/古代をも下回った「無責任の体系」


第六章 戦後篇 275
敗戦まで続いていた権門体制/挫折した「天皇に代わるもの」の夢/ウィキ版『太平記』としての歴史論争/日本を変えなかった高度成長と六八年/「大きな物語」の終わりと「津波てんでんこ」のはじまり/八〇年代が隠蔽した長い江戸時代/混乱の平成へ、そして歴史学は何をすべきか


あとがき(東島誠) 335

注  [339-360]
人名索引・事項索引  [i-xiv]




【抜き書き】

  二〇世紀末には近代批判の最終版というべき、〈国民国家〉批判や〈単一民族神話〉批判が、論壇で大流行しましたよね。そうした論調はいまやブームが去った感がありますが、それは国民国家ベ-スの世界が現実に終末を迎えることによって陳腐化したということでしょう。ところが、ネグリ+ハートの『〈帝国〉』のようなかたちで国民国家以後の世界秩序のもとに日本史が論じられることはあっても、時計の針が国民国家以前に戻ったというふうには論じられてこなかった。

  [83頁]


那覇  そういう融通無碍で軟体動物のようにネトネトした社会規範を、ルース・ベネディクトは『恥の文化』と言い、山本七平は『空気の支配』と言い、中根千枝は『場の論理』と言い、土居健郎は『甘えの構造』と言い、河合隼雄は『母性社会』と言い、阿部謹也は『世間の原理』と言ってそれぞれ探求した。みんなが表現を新たに工夫しつつ、実質的には同じことを言い続けるのですが〔……〕。

  [227頁]