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『日本人はいつから働きすぎになったのか』(礫川全次 平凡社新書 2014)

著者:礫川 全次[こいしかわ・ぜんじ] (1949-) ノンフィクションライター、在野史家。

日本人はいつから働きすぎになったのか (平凡社新書)

日本人はいつから働きすぎになったのか (平凡社新書)

【目次】
目次 [003-006]


序章 日本人と「自発的隷従」 007
  日本人の勤勉性を支えているもの
  ラ・ボエシの『自発的隷従論』
  「野球帽をかぶりたくなれ」
  「自発的に忠誠をつくす構造」とは


第一章 日本人はいつから勤勉になったのか 019
  速水融氏の勤勉革命
  「働きすぎ」も歴史の所産
  農民の長時間労働は江戸中期から
  M・ウェーバーと勤労のエートス
  勤勉革命論の独創性と可能性


第二章 二宮尊徳「神話」の虚実 037
  タキギを背負った金次郎少年
  「手本は二宮金次郎
  頼みとするのは自分の労働力のみ
  二宮尊徳は二時間しか寝なかったか
  「二時間」ではなく「ふたとき」
  寝る間も惜しんで村を巡回


第三章 二宮尊徳は人を勤勉にさせられたか 055
  木の根掘りの老人に十五両
  「二宮にも困ったものよ」
  怠け者に処罰を下す
  人を金品で吊るのを好む
  勤勉な入百姓に逃げられる
  「勤勉」になることを拒む村民


第四章 浄土真宗と「勤労のエートス」 075
  二宮尊徳と「ピューリタンの血」
  内村鑑三とM・ウェーバー
  浄土真宗門徒エートス
  M・ウェーバー浄土真宗
  北陸の真宗門徒と入百姓
  ニッセサマと『農民鑑』
  よろこんで耕し、いさんで耕す


第五章 吉田松陰福沢諭吉 101
  R・N・ベラーと武士の倫理規範
  吉田松陰、ペリー暗殺を図る
  吉田松陰における勤勉と熱誠
  福沢諭吉、借りた蘭書を盗写
  福沢諭吉と近代的な勤労観
  福沢諭吉キリスト教
  「ウジ虫の本分」


第六章 明治時代に日本人は変貌した 129
  「修身」で復活した二宮尊徳
  なぜ二宮尊徳は再評価されたのか
  真宗門徒による開拓と移民
  日本移民に監視者は不要
  近代化に対する危機意識
  明治期の農村とその休日
  徳冨蘆花が見た「不浄取り」


第七章 なぜ日本人は働きすぎるのか 155
  「あとの四時間で寝食する」
  日が暮れてから「屎尿ひき」
  大正時代の「精農と惰農」
  小学生が発した素朴な疑問
  渋谷定輔を駆り立てたもの
  「ほんとうは働くことが好きなんだ」
  実の子からオジチャンと呼ばれる


第八章 産業戦士と「最高度の自発性」 175
  経営の神様・松下幸之助の原点
  黒澤明監督の「戦意高揚」映画
  戦時体制下に見る「モラルの焦土」
  「花の命も姿もいらぬ」
  大塚久雄と「最高度の自発性」
  「最高度の自発性」とは何か


第九章 戦後復興から過労死・過労自殺まで 199
  国敗れて勤勉性あり
  民主主義と自主性・自発性
  商魂を見せつけた小川菊松
  PHP運動という名の宗教
  働くことが「生きがい」
  「意欲と心構え」が評価される
  「強制によるものとは考えられない」


終章 いかにして「勤勉」を超えるか 227
  「怠惰」は許されないのか
  「ウサギ小屋に住む働き中毒」
  シュレージェンの農業労働者
  怠ける勇気、怠けの哲学


あとがき(二〇一四年五月三〇日 礫川全次) [245-247]
参考文献 [248-254]