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『〈麻薬〉のすべて』(船山信二 講談社現代新書 2011)

著者:船山 信二[ふなやま・しんじ]



【目次】
はじめに [003-007]
目次 [008-013]
凡例 [014-015]


序章 麻薬に関する基礎知識 017
  麻薬とは何か
  麻薬の定義
  人類共有の宝物
  精神状態を変える薬物
  麻薬と人類との遭遇
  麻薬のわが国への伝播
  習慣・依存・乱用・中毒
  向精神薬と脳
  血液 - 脳関門と脳内伝達物質
  麻薬および関連薬物の分類
  覚せい剤大麻は麻薬か
  アルカロイドとは?
  麻薬五法と麻薬の規制
  わが国における薬物乱用の事情
  諸国薬物乱用事情
  プッシャー・スタッファー・スロワー


第1章 ケシと阿片とモルヒネ・ヘロイン 059
  ケシの植物学
  ケシの栽培について
  様々な麻薬ゲシ
  芥子とオピューン
  阿片と人類
  阿片戦争 日中戦争と阿片
  ゼルチュルネルとモルヒネの単離
  モルヒネと脳内麻薬の話
  ケシの合法的栽培
  医薬としての応用
  モルヒネの医療上の地位とその生産方法
  がんとモルヒネ徐放剤
  阿片アルカロイドの効用
  アスピリンとヘロイン
  モルヒネやヘロインの耐性獲得と禁断症状
  メサドンとその他のモルヒネ関連化合物
  ケシの不法栽培と阿片やヘロインの密輸
  阿片、モルヒネ、およびヘロインに関する法律


第2章 コカとコカイン 097
  コカノキについて
  コカの歴史と現実
  コカと含有アルカロイド
  コカワインとコカ・コーラ
  コナン・ドイル、スティーヴンソンおよびフロイト
  乱用薬物としてのコカイン
  「ハイ」と「ツブレ」
  局所麻酔作用の発見
  コカインから合成局所麻酔剤へ


第3章 麦角とLSD 117
  麦角菌と麦角について
  麦角と聖アンソニーの火
  助産婦と麦角
  麦角アルカロイドリゼルグ酸
  リゼルグ酸から偶然に得られたもの
  LSDの発見
  最も峻烈、そして特異
  伝道師ティモシー・リアリー
  LSDの後遺症
  幻覚剤であり麻薬ではない
  LSD以外の幻覚剤の法規制


第4章 麻黄と覚せい剤 135
  マオウと麻黄とエフェドリン
  エフェドリン“ナガイ”と咳止め
  メタンフェタミンヒロポン)の登場
  覚せい剤としての再発見
  アンフェタミンの誕生と覚せい剤取締法
  覚せい剤
  覚せい剤にからむ犯罪
  覚せい剤の作用とその依存性
  覚せい剤の密造・密輸
  デザイナードラッグと覚せい剤
  MDMAについて
  カートと覚せい剤
  やせ薬との関係


第5章 アサと大麻 159
  アサと麻と大麻
  アサは何種類か?
  アサと人類の出会い
  わが国のアサ、麻、大麻
  生薬“麻子仁”
  麻と麻
  “乱用薬物大麻”と人類の出会い
  大麻THC
  大麻の幻覚作用
  マリファナパーティの効果
  ムリサイド
  禁酒法大麻吸飲の始まり
  ひろがる大麻吸飲
  大麻の容認そして政策転換
  大麻取締法麻薬及び向精神薬取締法
  大麻容認論の出現
  大麻容認論をどう考えるか
  他の薬物への入り口論
  大麻教育


第6章 メスカリン他の麻薬と関連薬物 201
  ペヨーテとメスカリン
  テオナナカトルとサイロシビン
  ヨポとセビル
  アマゾンの魔法の飲み物
  アヤワスカの正体
  シリアン・ルーとソーマ
  美眼法と毒薬
  アトロピンおよびスコポラミンの作用
  チョウセンアサガオハシリドコロによる中毒事件
  華岡青洲曼陀羅華〔まんだらげ〕
  麻薬とタバコ
  なぜタバコはやめられないか
  タバコの伝来から禁煙運動まで
  お酒と人生
  檳椰子〔びんろうじ〕とカワカワ


第7章 合成麻薬・向精神物質・シンナーなど 229
  ナチスドイツとメサドン
  フェンサイクリジン(PCP)とケタミン
  リタリン
  SSRI
  ハイミナール遊び
  オーバードーズ問題
  シンナー遊びとトルエン
  シンナー遊びの危険性と麻薬


終章 麻薬と人間 247
  麻薬取り締まりと麻薬教育
  子供への麻薬教育の必要性
  麻薬がひきおこす新たな犯罪
  戦争とともに栄える麻薬
  スポーツとドーピング
  ヤクとカク


おわりに(二〇一〇年暮 冬枯れの庭の木々をながめながら 仙台の自宅書斎にて 著者識) [264-269]
参考文献 [270-277]
索引 [278-281]






【抜き書き】

pp. 4-6 

  これまでに、麻薬について社会的な側面や人体への影響の面から書かれた本はあるものの、不思議なことに、麻薬そのものの来歴などについて一般の方々向けに平易に書かれた本は見当たらない。そこで、麻薬について博物学的な観点からまとめてみようと思ったのがこの本である。
  私たちの中に、麻薬をあたかも「魔薬」とイメージし、単におどろおどろしいものとしてこわがってみたり、あるいは単に面白がったりしている人はいないだろうか。麻薬というと、犯罪に関係したりして、いかにも恐ろしいというイメージが先行しているが、本来、麻薬という語に特別悪い意味があるわけではない。端的にいえば、本来は、薬物のうち、麻酔性と習慣性のある薬物が「麻薬」と分類されただけなのである。実際、この本に述べた薬物の中にも医薬品として応用されたことのあるものは多く、現在でも重要な医薬品として、わが国の医薬品の公定書である「日本薬局方」に収載されているものもある。
  科学者であり、また随筆家としても知られる寺田寅彦(一八七八〜一九三五)は、晩年の一九三五年八月に浅間山の噴火に遭遇したことを随筆「小爆発二件」に書いている。その随筆の中で「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」と述べている。麻薬にも全く同じことが言えるのではなかろうか。
  すでに気がついた方も多いだろうが、この本では、表題を『〈麻薬〉のすべて』としていながら、現行法上、麻薬と呼ばれるものの他、覚せい剤大麻向精神薬に該当するものについても述べている。実際には、わが国の現行法においては、これらの薬物はそれぞれ区別されていることから、当初、この本の表題には「麻薬」ではなく、「乱用薬物」や「依存性薬物」のような言葉を使うことも考えた。しかし、「麻薬」という言葉はすでにわが国でかなり定着しているし、なかなかに便利かつ、ある種「魅力」のある言葉でもある。
  そこで、筆者はこの本において「麻薬」という言葉を避けるよりも、むしろ、読者諸氏に「麻薬」という言葉の意味する範囲をより広いものと理解していただいた方が実際的であろうと判断した。本書を読み進んでいただくと納得していただけると思うが、麻薬や覚せい剤大麻の区別はもっぱら法律によるものであって、区別に明確な科学的根拠があるわけではない。たとえば、先に、麻薬とは麻酔性のある薬物であることが前提である旨を述べたが、明らかに麻酔性とは関係のな SLSDやMDMAも麻薬に指定されている。そして、国際的には、麻薬と覚せい剤大麻が区別されていない国もある。実際に、英語圏においては、これらをひっくるめて「ドラッグ」と総称されることがある。これまでにも、科学の発展にしたがってその語意が変化した言葉もある。様々なことがらを整理した上でのことであろうが、いずれ「麻薬」の定義も変えられなければならない運命なのかもしれない。以上の事情から、この本では、麻薬や覚せい剤大麻、その他の何らかの問題をひき起こす可能性のある薬物をひっくるめて「麻薬」という言葉で代表させていただいている。この段、ご了解いただきたい。
  ある「もの」が麻薬、あるいは乱用薬物や依存性薬物となるのは、そこに人間が介在するからである。人間が関与しなければ、これらは単なる「もの」にすぎない。そこで、この本では、まず、麻薬とは何かについて解説したのち、代表的な麻薬の歴史を述べ、人類とどのようにして遭遇して今日に至ったか、そしてどのように人間の役にたったか、あるいは、乱用薬物や依存性薬物と称されるようになっていったかを見ていこうと思う。
  まさか勘違いされる方はおられまいと思うが念のために書いておく。 この本の目的は、決して麻薬の乱用を助長することではない。麻薬をただ面白がったり怖がったりするのではなく、あくまでも、麻薬についての正確な光と影の双方についての知識を持っていただきたいというところに目的がある。そして、当然ながら、この本の著者はいわゆる「麻薬」を正当に活用することはあっても、その乱用はあってはならないことであると考えている。


◆タバコ、酒。

pp. 220-224

  禁煙を助長するためとして、たとえば、タバコに法外な税金をかけたり、禁制品にしたらどうなるだろうか。この場合、まさに闇の組織の出番となることは想像に難くない。第5章で述べたが、米国で二〇世紀の初めに実施された禁酒法の結果、どんな事態におちいったかを考えてみればそれは容易に推定できる。おそらく、闇のタバコ製造や、海外からのタバコの密輸などが跋扈〔ばっこ〕することであろう。だから、軽々に大きな税金をかけて喫煙をセーブさせようとしてもそれはおそらく難しい。


◆なぜタバコはやめられないか
  喫煙がやめられないのも、実は、タバコに含まれるアルカロイドの一種であるニコチンに対する薬物依存症の一種と考えられる。麻薬とタバコの依存性を比較すると、確かに多くの麻薬と称されるものの依存性は比べものにならないくらい高いといわざるを得ない。
  しかし、タバコの依存性もけっこう高いことはよく知られているとおりである。もしも、依存性ゆえだけで麻薬が規制されるのであれば、タバコにも同じ規制が必要ということになるといえるほどであろう。
  もとよりタバコには、二〇歳までは摂取しては いけない と いうような規制はある。この点では若干の規制がされていることは確かである。近年は、自動販売機においても成人識別カード(タスポ/ taspo)が要求されるようになっている。
  ニコチンには特異な臭気があり、味は苦い。また、ニコチンは、ヒトにおいては、一〜四ミリグラム/キログラムで中毒症状を示し、その場合、強直性のけいれんをおこし、呼吸停止と心臓麻痺によって死亡することがある。紙巻きタバコ一本には約一六〜二四ミリグラムのニコチンが含まれているというから、このことは、小児ではタバコ約一本、成人でも約二〜四本に含まれるニコチンで命が危ないことを示す。なお、家庭用品をめぐる健康被害報告(厚生省、一九九六年)によれば、子供の誤飲事故中、最も多いのがタバコの誤飲で、全体の半分近くを占めるという。ニコチンは水によく溶けるので、子供が誤って飲んでしまった場合、あわてて水や牛乳を与えてはいけない。タバコからニコチンが溶け出すからである。タバコ由来の健康を害する化合物としてはニコチンの他、発癌作用のあるベンツピレンなども知られている。

◆タバコの伝来から禁煙運動まで
  一四九二年にアメリカ大陸を発見したコロンブス一行は、カリブ海の先住民がヨーロッパ人の知らない植物の薬を乾燥させ、巻いて吸っているのを目撃した。水夫たちは、その植物と使い方を教わり、ヨーロッパへ持ち帰った。そして、一六世紀には、タバコの栽培はヨーロッパ、アフリカ、そしてアジアにまで広がっていたという。 
  日本にタバコが伝わった年代については、江戸中期の漢方医である寺島良安(生没年未詳)がまとめた『和漢三才図会』(一七一二年頃成立)によれば、天正年間(一五七三〜九二年)とされている。おそらく、スペインかボルトガルの貿易船(南蛮船)によってもたらされたものと思われる。あるいはフィリピンを占領していたスペインがここでタバコを栽培し、このタバコを万能霊薬とでも称して日本に売りつけたとも考えられる。
  現代では、公共の交通機関等、禁煙のところが多くなっているが、禁煙令は早くもすでに江戸時代初めの一六〇七年と一六〇八年の再度にわたって発せられている。さらに一六〇九年には江戸城内でタバコを吸うことの禁令が出ているが、このようなたび重なる禁煙令は、むしろそれが有効に働かなかったことを如実に示すものであろう。 この時期の禁煙令の最大の原因は火災のおそれからのようである。ただし、タバコの栽培や葉タバコの販売は常に完全には、禁止されていなかった(大熊規矩男、一九六三年)。
  従来害のあるものとみなされていたものが、やがて食品や薬として賞用されるようになった例は結構多いが、その逆は意外に少ない。タバコはその稀有な例のひとつといえる。


◆お酒と人生
  お酒を向精神性を有する薬物であるエタノールを含む飲料とみなしたら間違っているだろうか。酒には、日本酒やビール、ウィスキー、ワイン、コニャック、テキーラ、焼酎、泡盛など、きわめて多くの種類があるが、いかなるお酒も、ヒトを酔わせる成分はただ一つ、エチルアルコール(アルコール、エタノール、酒精)である。言うまでもなく、ヒトが酒を求める主な理由は、このアルコールの作用のためである。アルコールは血液‐脳関門を通過して大脳に至って作用する。いわば、アルコールは向精神作用のある薬物の一種であるということができる。この点で、次の章に述べるシンナーなどと似たところもある。
  アルコールは向精神作用のある薬物としてこの本で取り扱った化合物の中では、大麻の幻覚主成分であるTHCとともにアルカロイドでないところに特徴がある。
  アルコールは依存性のある薬物ということもでき、精神的依存性はおろか、覚せい剤ですら無いか弱いとされる身体的依存性もある。アルコールの作用の出方は種々であることはよく知られており、これはちょうど大麻の吸煙による作用のあらわれ方が様々に異なるのと似ている。アルコールの作用の出方についてはときに酒癖ということがあるが、酒癖にはいろいろとある。怒り上戸や泣き上戸、笑い上戸あたりはたいていの場合、ご愛嬌程度で済む。しかし、あたかも酒の別名「気違い水」を具現するように、酒の上で暴力をふるったり酒乱といわれる状態におちいるような酒癖は困る。
  また、現在、酒気を帯びての自動車運転は完全に禁じられており、罰則は極めて厳しくなっている。以前は、「酒の上で」というのは、様々な場で結構許される言い訳であった時代もあった。しかし、昨今は様相が異なってきており、言い訳とはなりにくくなってきた。今後はさらに厳しくなるであろう。そうでなければ、いわば精神状態を変える薬物であるエチルアルコールの摂取が容認されているという現状が変えられる状況がつくられてしまいかねない。もし、自分の「酒癖」についてまわりから顰蹙を買っているようなことを言われたことのある人は、突き放すような言い方で申し訳ないがお酒を慎むことである。これしか方法はない。
  世界には、お酒には厳しい文化や宗教もある。たとえばイスラム圏がそうだ。ただし、イスラム圏においてはお酒に厳しいかわりに大麻には寛容である。しかしながら、わが国をはじめ、世界の大部分においては、お酒は文化の一部といってもよい状況にある。わが国の社会におけるアルコールは、その依存性や有害性も考慮に入れた上で、許されるぎりぎりの向精神作用を有する薬物といえようか。