contents memorandum はてな

目次とメモを置いとく場

『マトリ――厚労省麻薬取締官』(瀬戸晴海 新潮新書 2020)

著者:瀬戸 晴海[せと・はるうみ]
図版制作:ブリュッケ
初出:『新潮45』(2018年)

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

マトリ 厚労省麻薬取締官 (新潮新書)

【目次】
まえがき [003-010]
目次 [011-013]


第1章 「マトリ」とは何者か 014
総力を挙げた国際オペレーション
「マトリ」とは何か
薬物捜査の実態とは
麻薬取締官になるには
密輸された「貨物」の中身
「泳がせ捜査」を敢行
「動くな! フリーズ!」
ロードローラー事件」の国際合同捜査


第2章 「覚醒剤の一大マーケット」日本 044
毎年「約243万人」も増える薬物使用者
「“戦争”だ」
「逃げるとシャブが貰えない」
〈見つけたらコロス!!〉
日本は絶好の「覚醒剤市場」である
「ラブコネクション」
マトリのお家芸捜査
知らぬ間に「運び屋」にされたケース


第3章 薬物犯罪の現場に挑む 070
麻薬類の弊害
薬物を断つとどうなるのか
注射針中毒
「急性中毒」の恐怖
「国際犯罪」であり「経済犯罪」である
急増する「大麻」事犯最前線
密輸から「栽培」に
最高級の大麻シンセミア」とは
素人が「密造者」になるとき
薬物乱用の入り口はどこか
大麻合法化」は苦肉の策


第4章 ドヤ街の猟犬――薬物犯罪捜査史 099
日本の薬物犯罪の始まり
「サブロウが来る」
「黄金の腕」を持つ女
シャブ時代の到来
ドヤ、あおかん、泥棒市の街「西成」
赤電話で状況を報告
捜査官の人間力と情熱


第5章 イラン人組織との攻防 122
覚醒剤乱用期の変遷
ヒロポン時代とシャブ時代
イラン人グループの跋扈
動く「薬物コンビニ」
渋谷、名古屋での無差別密売
大阪での大捜査
客付き携帯電話
「ジャパニーズドリーム」の体現者たち


第6章 ネット密売人の正体 158
ネット薬物犯罪の出現
摘発のいきさつ
「ブッが届いた。明朝やる」
覚醒剤をどう入手したのか
ネット事犯の特徴
ネット密売時代の幕開け
ネットで薬物を売る側の実態
薬物を仮想通貨で決済する
地道な捜査の結実
「ダークネット」の脅威
ネット密売人の正体


第7章 危険ドラッグ店を全滅させよ 198
薬物の「パンデミック
危険ドラッグとは何か
いつ現れたのか
爆発的に流行した理由
どこで製造され、どう売られているのか
危険ドラッグの製造とは
取締権限がなかったマトリ
危険ドラッグとの暗闘
転機になった大事故
どのように摘発したのか
危険ドラッグは「金のなる木」
威信をかけた戦い
天王山の戦い
壊滅への追い込み
危険ドラッグ販売店が全滅した日


第8章 「マトリ」の栄誉 249
人事院総裁賞」という顕彰
天皇陛下からの労い
マトリの歴史に刻む


あとがきにかえて [259-263]
年表 [265-269]



【抜き書き】
p. 10

本書では法律、薬学及び精神医療等の学問領域で用いられる難解な専門用語は極力避けた。〔……〕日本の薬物犯罪を時系列で振り返りながら、それぞれの時代に我々麻薬取締官がとのような捜査を行ってきたのかを、実体験からのエピソードを交えつつ解説することとした。
 いわば「麻薬取締官による薬物犯罪捜査史」である。

pp. 81-83
◆2014年から大麻の増加が始まった。

 その要因は、どこにあるのか。
 社会問題にもなった危険ドラッグの販売店舗が取締りの強化によって全滅し、危険ドラッグを使用していた者が大麻に移行、または戻ってきたとの見方もできる。加えて、諸外国における「大麻合法化」の動きに乗じて、大麻乱用を推奨するかのような情報がネット上に氾濫していることも大きな要因と分析できる。
 結果、「大麻は無害」との誤解のもと、若者が大麻に走っているのだ。
 「音楽を聴いたときの感覚が繊細になって奥行きが生まれる。音に包まれるイメージ」
 そう説明する使用者もいる。確かに、若者が熱狂する音楽シーンでは常に大麻の存在が見え隠れしてきた。ロック、レゲエにはじまり、現在ではヒップホップ、ラップなど、時代の先端を行く音楽の野外コンサートでは、「必須アイテム」として大麻を持ち込む者もいる。大麻を吸いながら異質な空間に浸り、大音量に酔うわけだ。
 私と同世代の読者ならば、1969年夏の「ウッドストック・フェスティバル」をご存知だろう。会場には10万人を超える観客が押し寄せ、音楽史に残る稀代のコンサート、カウンターカルチャーの象徴と評された。ジミ・ヘンドリックスサンタナといった30組以上の大物アーティストが出演。私も夢中でレコードを聴き、ドキュメンタリー映画を観た記憶がある。30年代は米国で急速に大麻が広まり、「ウッドストック」でも大麻LSDが飛び交っていたと聞いている。
 「あの時は大麻ハウスが建てられて、大麻が堂々と売買された。ウッドストックを機に、野外コンサートに大麻を持ち込むことが一般的になった」
 と米国のベテラン捜査官は話していた。近年の日本の野外コンサートも状況は似ており、会場で堂々と大麻を吸煙し、警戒中の麻薬取締官に検挙される者も散見される。若者が大麻に走るのは、その効果のみならず、大麻を取り巻くファッション的な要素に魅せられるからであろう。検挙者のなかには高学歴者が少なくない点も、他の薬物とは趣きが異なる。「大麻こそがサブカルチャーの原点」と語る者もいるほどだ。