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『幻覚剤は役に立つのか』(Michael Pollan[著] 宮﨑真紀[訳] 亜紀書房 2020//2018)

原題: How to Change Your Mind: What the New Science of Psychedelics Teaches Us About Consciousness, Dying, Addiction, Depression, and Transcendence (Penguin Press, 2018)
著者:Michael Kevin Pollan(1955-) 作家、ジャーナリスト、活動家。
訳者:宮崎 真紀[みやざき・まき] 英米文学・スペイン語文学翻訳。
装幀:芦澤 泰偉[あしざわ・たいい](1948-) 装幀。アートディレクション
本文デザイン:五十嵐 徹[いがらし・とおる] デザイン。芦澤泰偉事務所所属。
シリーズ:亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ;III-10
NDC:499.15 薬学 >> 医薬品 >> 毒薬.劇薬.麻薬.覚醒剤


幻覚剤は役に立つのか(亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズⅢ-10) – 亜紀書房のウェブショップ〈あき地の本屋さん〉


【目次】
献辞 [003]
題辞 [004]
目次 [005-007]
凡例 [008]


プロローグ 新たな扉 009


第一章 ルネッサンス 031


第二章 博物学——キノコに酔う 107
  結び 162


第三章 歴史——幻覚剤研究の第一波 173
  一 有望な可能性 181
  二 崩壊 229
  結び 270


第四章 旅行記——地下に潜ってみる 273
  トリップ一 LSD 293
  トリップ二 サイロシビン 315
  トリップ三 5-MeO-DMT(あるいはトード) 337


第五章 神経科学——幻覚剤の影響下にある脳 361


第六章 トリップ治療——幻覚剤を使ったセラピー 407
  一 終末期患者 407
  二 依存症 440
  三 うつ病 460
  結び 自分のデフォルトモード・ネットワークに会いにいく 478


エピローグ 神経の多様性を讃えて 485


用語集 [507-512]
謝辞 [513-517]
訳者あとがき [519-526]
注 [527-535]





【抜き書き】
・「プロローグ」から断片的に。

一九九〇年代に入ったとき、一部の科学者、セラピスト、それにいわゆる精神世界探求者〔サイコノート〕たちが、科学的にも文化的にも本来とても貴重だったものが失われてしまったと考え、幻覚剤の再評価を決めたのだ。しかしその試みは、一般の人々の目に入らないところでおこなわれていた。
 数十年にわたって封印され、無視されてきた幻覚剤だが、今あらためてルネッサンスを迎えつつある。新世代の科学者たちが、その多くは幻覚剤を個人的に試して触発され、うつ病や不安障害、トラウマ、依存症といった精神疾患の治療に役立てられないか探っている。また、幻覚剤と最新の脳画像化装置を組み合わせて、脳と心のつながりを研究し、意識の謎を解明しようとしている研究者もいる。
 複雑なシステムを理解する方法をひとつ挙げるとすれば、そのシステムを遮断してみて、何が起きるかを見るというものがある。たとえば、加速器は原子を破壊して、その秘密を明らかにする。同様に、慎重に計測した微量の幻覚剤を有志の被験者に投与することで、普段の覚醒時の意識を阻害し、自我構造を壊して、いわゆる神秘体験と言えるような体験を誘発する。そしてその間、脳画像化装置で脳内活動や神経接続パターンの変化を観察するのである。すでにこの実験によって、自己意識と神秘体験の〝神経相関関係〟について驚くべき可能性が明らかになっている。幻覚剤は意識を理解し拡張する鍵だ、という一九六〇年代の陳腐な決まり文句は、もはや少しも馬鹿げて見えない。
 本書は、この幻覚剤ルネッサンスについての本である。始まりは違ったとしても、現代アメリカ史でもあり、同時にかなり私的な個人史でもある。しかるべくしてそうなったと言うべきが、幻覚剤研究の歴史を第三者として調べるうちに、精神世界の新たな風景というものをどうしても体験してみたくなったのだ。幻覚剤によって意識が変化したとき実際にどんな感じがするのか、そして何より、それが私の心について何を教え、私の人生に何を与えてくれるのか、確かめたかった。

もっとも、リスクと可能性を天秤にかけるうちに、幻覚剤に対して人々が必要以上に恐怖心を持っていることを知り、驚いた。こんな危険性があるとまことしやかに挙げられていることの多くは、単なる誇張か、伝説だ。たとえば、LSDやサイロシビンの過剰摂取で死亡することは事実上ありえないし、どちらにも依存性はない。動物実験をしても、一度それを摂取したら二度目を欲しがる個体はなく、人が連続使用するとむしろ効果が薄れる。幻覚剤を摂取したときたまに起きる恐怖体験が、リスクの高い人に精神疾患を誘発する恐れがあることは事実なので、家族に精神疾患の病歴がある人や素因を持つ人は手を出してはならない。とはいえ幻覚剤が原因で緊急救命室に運び込まれる人はめったにいないし、精神破綻と医師が診断したケースも、一時的なパニック発作にすぎなかった場合が多い。
 また、幻覚剤を摂取した人は、車道を歩く、高所から飛び下りる、まれには自殺を試みるというように、愚かな危険行動をとることがある。幻覚剤使用者にその体験について尋ねた大々的な調査によれば、「バッドトリップ」はとてもリアルで、「こんなにきつい体験は生まれて初めて」だという回答もあった。だが、セットやセッティングに配慮せず、何の管理もされていない状況で使用したケースと、慎重なスクリーニングののち医療者の監督下で使うケースとは、区別して考えるべきだ。一九九〇年代初めに、きちんと認可を取って幻覚剤研究が再開されて以来、一〇〇〇人以上の被験者に幻覚剤が与えられたが、深刻な危険を伴う出来事は一件も報告がない。

 ここで私が書こうとしているのは、意識がデフォルトモードになってしまっているとどうなるか、ということだ。仕事を終わらせるにはとても効率よく働くが、人生を歩むうえで、本当にそれが唯一の、あるいは必然かつ最善のやり方なのだろうか? 幻覚剤研究は、この特別な薬物群が、精神疾患の治療はもとより、精神性や創造性の面で私たちに何か福音をもたらす、これまでとは違う意識モードにいざなってくれるかもしれないという前提のもとでおこなわれている。そういう意識の別モードへの扉はもちろん幻覚剤だけではなく、実際本書の中で私は薬物以外のやり方も試みているが、幻覚剤のドアノブはつかむのも回すのもより簡単に見える。

 過去や現在の幻覚剤研究について述べる際、必ずしも総合的な内容にするつもりはない。科学史および社会史というふたつの軸でこのテーマを追おうとしたら、とても一冊ではまとめきれない。幻覚剤ルネッサンスの立役者を全員ここに紹介しようとするのではなく、特定の学派を形成する一部のパイオニアに限定しているため、ほかにも大勢いる研究者のことは簡単に触れる程度になっている。同様に、話の流れを混乱させないようにする意味で、限られた薬物に焦点を絞っている。