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『戦後世界経済史――自由と平等の視点から』(猪木武徳 中公新書 2009)

著者:猪木 武徳[いのき・たけのり](1945-)


戦後世界経済史 -猪木武徳 著|新書|中央公論新社



【目次】
はしがき [i-iv]
目次 [v-ix]


第一章 あらまし 001
第1節 五つの視点 002
  市場の浸透と公共部門の拡大
  グローバリゼーションと米国の時代
  所得分配の不平等
  グローバル・ガヴァナンス
  市場の「設計」と信頼
第2節 不足と過剰の六〇年 031
  生活と意識
  技術力と豊かさ
  公共精神の過剰から不足へ
  アジアの興隆
  人口・エネルギー・技術の変化
  人口の増大、高齢化そして少子化
  資源と食糧
  エネルギーの転換
  科学の発展と技術革新


第二章 復興と冷戦 057
第1節 新しい秩序の模索 058
  終戦と復興
  モルゲンソー・プラン
  マーシャル・プランの意味
  マーシャル・プランの効果
  貿易の枠組みと国際通貨体制
第2節 ソ連の農業と科学技術 076
  スプートニク・ショック
第3節 通貨改革と「経済の奇跡」 083
  通貨改革
  ドイツの分断
  マルクの切り上げ


第三章 混合経済の成長過程 099
第1節 日米の経済競争 100
  鉄鋼業の場合
  自動車産業をモデルとする労使関係
  「デトロイト条約」から「ワシントン・コンセンサス」へ
第2節 雇用法とケインズ政策 116
  基軸通貨国の責任
  米国のインフレーション
  「偉大な社会」
  貧困との戦争
  ベトナム戦争の経済的帰結
第3節 欧州経済の多様性 131
  英国
  フランス
  イタリア
  ヨーロッパ共同市場の形成
  スウェーデン


第四章 発展と停滞 155
第1節 東アジアのダイナミズム 156
  中国へのソ連型計画手法の導入
  大躍進政策
  文化大革命中国経済
  東アジアの土地改革
  香港とシンガポール
第2節 社会主義経済の苦闘 172
  戦後の混乱と共産化
  ポーランドカトリック教会
  ハンガリーの改革
  チェコスロヴァキア
  ユーゴスラヴィアの独自の道
  共通の致命的欠陥
第3節 ラテンの中進国 191
  ブラジル
  アルゼンチン
  メキシコ
第4節 脱植民地化(decolonization)とアフリカの離陸 202
  インド・パキスタン
  英国とアメリ
  英国の政策
  フランス領の場合


第五章 転換 219
第1節 石油危機と農業の停滞 220
  基軸通貨国のインフレーション
  石油危機
  東側経済への影響
  生産性の低下とスタグフレーション
  食糧問題の顕在化
  途上国の農業の停滞
第2節 失業を伴う均衡 239
  失業率の上昇
  インフレーションとの闘い
  ヨーロッパの技術革新力の低下
  女性の社会参画
第3節 「東アジアの奇跡」 252
  アジアNIEsASEAN
  政府か市場か
  NIEsの貿易
  ASEANの輸出振興
  日本の直接投資
  輸出志向工業化
  クルーグマンの誤り?
  成長と不平等
  アジアの社会主義国
  ベトナム
  北朝鮮
第4節 新自由主義と「ワシントン・コンセンサス」 281
  規制緩和
  民営化の進展
  財政支出削減と税制改革
  製造業における米国の地位低下


第六章 破綻 303
第1節 国際金融市場での「破裂」 304
  累積債務危機の構図
  ラテン四ヵ国
  IMFへの批判
  アジアの通貨危機
第2節 社会主義経済の帰結 319
  ドイツの混乱
  移行過程の困難
第3節 経済統合とグローバリズム 333
  経済の「ボーダレス化」の進行
  ヨーロッパの統合
  共通通貨「ユーロ」の導入
  憲法のない国家
  アジアの地域統合
  環境のグローバル化
第4節 バブルの破裂 355


むすびにかえて 365
  自由と平等
  人的資本の役割
  エートスの問題


謝辞(二〇〇九年九月 復活祭の日曜日に 著者しるす) [376]
参考文献 [378-397]
人名索引 [398-399]
事項索引 [400-406]





【抜き書き】
・節末にある注釈や出典は、本文の中へ(全角角括弧[ ]に示して)埋め込んだ。


pp.267-268

クルーグマンの誤り?
 経済成長は生産要素(労働、資本、自然資源)の (1)量的増大とその(2)使用方法の効率性の向上によって説明される。後者は全要素生産性tfp-total factor productivity)と呼ばれ、その水準の高低は、労働のモティベーション、産業組織、貿易による利益などによって決まる。「アジアの奇跡」が、投入資源の単なる量的な拡大によってもたらされたのか、あるいはその使用方法の革新で生じたのかによって、アジアの経済成長が「奇跡」なのか、単なる人口や資本の増加によってもたらされた量的拡大現象にすぎないのか議論は分かれる。tfpの部分の貢献が大きければ、貯蓄・投資が高い水準を保持できなくなっても成長の持続は可能になる。
 この点に関して、生産関数という経済学の分析用具を用いた統計解析の結果は、必ずしも決定的な結果を与えてはいない[International Monetary Fund, World Economic Outlook, May 1997, 82-83]。世銀の報告書『東アジアの奇跡』(pp.46-69)では、このtfpの推定値は高い。「奇跡」を強調する立場と一貫性はある。しかし翌年『フォーリン・アフェアーズ』に掲載された論文で、ポール・クルーグマンtfp の低い水準の実証研究を引用しながら、アジアの成長は「奇跡」でも何でもない、単なる投入量の増大による「ソ連型」の生産高の膨張にすぎないと主張した[Krugman, Paul, “The Myth of Asia’s Miracle”, Foreign Affairs 73, November-December, 1994.]。
 経済理論家として評価の高かったクルーグマン(二〇〇八年度のノーベル経済学賞受賞)の論文は、発表当時多くの議論を巻き起こした。彼の推論の根拠の薄さ、結論への姿勢にバイアスがあることなどが批判された。実際その後の研究は、(インドネシアを除くと)NIEsの成長の基本は「世界平均より高いtfpによるところが大きい」という結論を支持するものが多い。