著者:高野 陽太郎[たかの・ようたろう] (1950-) 認知科学、実験心理学。
NDC:141.21 心理各論 >> 視覚
NDC:141.51 心理各論 >> 認知.認識.認知心理学
【目次】
はじめに [v-x]
目次 [xi-xiv]
第1章 鏡の中のミステリー 001
1 鏡映反転 002
2 即席の説明 003
3 古代の学説 006
プラトンの説明
ルクレティウスの説明
4 鏡の光学的な性質 009
鏡による反転と非反転
奥行き方向の反転
知覚される現象としての反転
認知の問題としての鏡映反転
第2章 さまざまな説明 017
1 移動方法説 018
ピアースの説明
ファインマンの説明
ブロックの批判
ナヴォンの批判
重なりあう理由
文字の鏡映反転
2 左右対称説 024
左右の近似的な対称性
片腕の人物
文字の鏡映反転
3 言語習慣説 027
「言葉の使いかた」という説明
論理の飛躍
文字の鏡映反転
4 対面遭遇スキーマ説 029
自分の鏡像と実物の他人
文字の鏡映反転
床の鏡
5 物理的回転説 034
グレゴリーの説明
観察者の回転
自分自身の鏡映反転
第3章 鏡映反転を説明する 041
1 さまざまな鏡像 042
2 手がかり 045
物体の種類
比較の対象
方向の異同
横対した場合
三種類の鏡映反転
3 光学反転 051
文字の左右反転
前後反転
4 表象反転 053
鏡に正対した文字
表象
文字の表象
左右反転の原因
物理的回転の役割
さまざまな表象反転
表象反転をひき起こす対象
表象反転と光学反転
5 視点反転 064
視点の転換
座標軸の変換
回転の方法
回転の役割
鏡像の視点をとる理由
視点反転をひき起こす物体
鏡に横対したときの鏡映反転
回転と平行移動
6 多重プロセス理論 080
視点反転
表象反転
光学反転
三つの原理
第4章 説明を検証する 085
1 実験のあらまし 086
実験の必要性
実験の方法
較正〔こうせい〕
「一つの現象」対「三つの現象」
2 「視点反転」対「表象反転」 093
鏡映反転を否認する人
文字の鏡像の認知
否認者についての予測
3 調査 099
調査の方法
調査の結果
4 否認者 102
自分の鏡映反転
否認者の割合
文字の鏡映反転
5 別解釈の検討 107
対称性にもとづく解釈
非対称な人体と対称な文字
鏡映反転と対称性
他人の鏡映反転
6 反転鏡 116
凹面鏡と合わせ鏡
多重プロセス理論の予測
7 「視点反転」対「表象反転」:結論 120
8 「視点反転」対「光学反転」 122
横対の場合
実験による検証
視点変換の必要性
9 「表象反転」対「光学反転」 127
「表象との比較」対「実物との比較」
横対したヒエログリフ
鏡映文字のC
10 三種類の鏡映反転 132
第5章 理解を深める 135
1 表象反転 136
鏡映文字
切り抜いた文字
未知の文字
学習経験の有無
逆さ文字の鏡像:上下反転
逆さ文字の鏡像:左右反転
イメージ回転
文字以外の表象反転
未知の地図
表象の左右
モナリザの鏡映反転
2 視点反転 157
位置判断についての予測
被験者のリボン
鏡と正対した実験者のリボン
被験者と正対した実験者のリボン
リボンの位置:結論
方向の判断と反転の判断
判断の変化
視点変換の不安定さ
方向の判断と反転の判断(再)
床の鏡
視点変換をひき起こす対象
自動車
右ハンドルと左ハンドル
3 光学反転 178
上下の鏡映反転
重力のか影響はあるか?
立体の前後反転
対象による違い
上下と左右の光学反転
光学反転の認知
第6章 他説を反証する 191
1 「鏡像と重なる」という説明 192
移動方法説と左右対称説
鏡像に重なる理由
人間以外の鏡映反転
左右が非対称な人体
表象反転
2 物理的回転説 198
物理的回転説のロジック
いきなり見た鏡像
鏡映文字
未知の文字
物理的回転の役割
3 左右軸劣後説 204
左右軸劣後の原理
方向の整合性
文字の鏡映反転
多幡の説明
コーバリスの説明
左右非対称な被験者
第7章 科学的解決と社会的解決 215
現象の複雑さ
理論外の要因
他説とのせめぎ合い
批判の例
反論の例
科学的な解決と社会的な解決
おわりに [227-232]
謝辞 [233]
参考文献 [1-5]
【抜き書き】
◆最終章から(pp. 216-217)。
ここまでつきあってくださった読者は、鏡映反転についての議論がかくも錯綜していることを目のあたりにして、意外の感に打たれたのではないだろうか。「鏡のなかでは左右が反対に見える」というだけのことなのだから、せいぜい二、三ページもあれば片がつくはずだ」と思うのが普通だろう。ところが、じっさいには、どのような説明が正しいのかを見きわめようとすると、これだけの議論が必要になるのである(附章には、さらに入り組んだ議論が控えている)。
現象の複雑さ
議論が複雑になる理由は二つある。ひとつは、鏡映反転という現象そのものの複雑さである。もうひとつは、他説とのせめぎ合いである。
まず、現象の複雑さから。
鏡映反転は、見かけとは裏腹に、非常に複雑な現象である。このことについては、もはや多言を要しないだろう。現象そのものが複雑なので、その説明も、どうしても複雑にならざるをえない。多重プロセス理論は、ほかの説にくらべれば、たしかに複雑な説明をしているが、その複雑さは、現象の複雑さに見合った複雑さなのである。理論をこれ以上単純にすると、説明できない現象が出てきてしまう。逆に、これ以上複雑にすると、説明が冗長になってしまう。
いまの複雑さで、多重プロセス理論は、鏡像の認知をすべてきちんと説明することができる。これまでみてきたとおり、多重プロセス理論の予測と実験データとの差は、ほとんどの場合、「誤差の範囲内」におさまっている。
◆社会的な「説明」について。単純な仮説というのは魅力的だが、鏡映反転問題では厄介な面もある。(pp. 219-220)
他説とのせめぎ合い
鏡映反転についての議論が複雑になる理由のひとつは、いま述べたように、鏡映反転という現象そのものの複雑さなのだが、もうひとつの理由は、他説とのせめぎ合いである。
これまで、鏡映反転について論文や本を書いたり、講演をしたり、シンポジウムを開いたりしてきたが、そうした機会に痛感したことは、「単純な現象なのだから、単純な説明ができるはずだ」という思いこみがいかに強固かということだった。多重プロセス理論のように複雑な説明は、複雑だというだけで、うさん臭く感じられてしまうようなのである。
その思いこみを打ち破るためには、「単純な説明」をひとつひとつ取りあげて、それぞれの誤りを証明しなければならない。しかし、「単純な説明」の支持者は、なんとか自説を守り抜こうとして反論をしてくる。多重プロセス理論に向けて批判の矢も放ってくる。そうした反論や批判の誤りを明らかにするためには、どうしても複雑な議論が必要になってくるのである。
しかし、議論が複雑になればなるほど、いかに正しい議論であっても、それを正確に理解してもらえる見込みは薄くなっていく。とくに、「誤りを見抜くためには、視野を広くとって、いろいろな事実を考慮に入れ、ややこしいロジックを辿らなければならない」という場合には、議論の正しさを理解してもらうことは、至難の業になる。「ちょっと見」で正しく感じられる単純な批判や反論のほうが、強い説得力を発揮してしまうのである。
◆(p. 224)
科学的な解決と社会的な解決
科学的な説明の妥当性は、基本的には、「関連するすべての事実を合理的に説明することができるか」、「説明のなかに論理的な矛盾はないか」、「確立された科学的な知識体系と矛盾することはないか」といった基準にもとづいて判断されることになっている。これらの基準をクリアしていれば、科学的には、「鏡映反転」という難問は解決したことになる。
しかし、ほんとうに「解決した」ということになるためには、「科学的に解決した」ということを大方の人が認めるようになる必要がある。鏡映反転の問題は、まだその段階にまでは達していない。