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『THIS IS JAPAN ――英国保育士が見た日本』(ブレイディみかこ 新潮文庫 2020//2016)

著者:ブレイディみかこ  保育士、ライター。
解説:荻上チキ  編集者、評論家。
NDC:302.1 政治・経済・社会・文化事情



【目次】
目次 [003-005]


はじめに 009


第一章 列島の労働者たちよ、目覚めよ 017
  キャバクラとネオリベ、そしてソウギ
  何があっても、どんな目にあわされても「働け! 」
  労働する者のプライド
  フェミニズムと労働
  いまとは違う道はある


第二章 経済にデモクラシーを 061
  経済はダサくて汚いのか
  貧乏人に守りたい平和なんてない
  一億総中流という岩盤のイズム
  草の根のアクティヴィストが育たない国
  ミクロ(地べた)をマクロ(政治)に持ち込め
  いま世界でもっともデモクラシーが必要なのは


第三章 保育園から反緊縮運動をはじめよう 103
  保育士配置基準がヤバすぎる衝撃
  紛れもない緊縮の光景
  日本のアナキーは保育園に
  ブレアの幼児教育改革は経済政策だった
  保育園と労働運動は手に手を取って進む
  新自由主義保育と社会主義保育
  待機児童問題はたぶん英国でもはじまる


第四章 大空に浮かぶクラウド、地にしなるグラスルーツ 153
  日本のデモを見に行く
  交差点に降り立った伊藤野枝
  あれもデモ、これもデモ
  クラウドとグラスルーツの概念
  あうんストリートと山谷のカストロ
  反貧困ネットワークへのくすぶり
  新たなジェネレーションと国際連帯


第五章 貧困の時代とバケツの蓋 203
  川崎の午後の風景
  鵺の鳴く夜のアウトリーチ
  人権はもっと野太い
  あまりにも力なく折れていく
  どん底の手前の人々
  もっと楽になるための人権


エピローグ カトウさんの話 253


あとがき(ブレイディみかこ) [270-275]
解説 (令和元年十一月、荻上チキ) [276-282]





【抜き書き】


◆15頁

 翻ってわが祖国である。
 そこで暮らしている庶民には、ブロークン・ジャパン上等の気構えはあるだろうか。それどころか、ひょっとするとまだ沈んでいる自覚さえないのではないだろうか。
 わたしはそうした疑念を抱いた。
 そしてそのことが20年ぶりに1カ月という長期に渡って日本に滞在し、様々な人々に会って本書を書くうえでの下敷きになった。
 もとよりわたしは地べたの保育士であり、無学な人間なので、何らかの日本の問題点を探り出し、突破口を見つけるなどという大それたことは最初から想定していない。
 ただ日本でわたしが出会った人々や、彼らがわたしに見せてくれたことを記録しておきたいと思った。
 1902年にロンドンのイーストエンドの貧民街に潜入して取材記を書いたジャック・ロンドンは、その著書『どん底の人びと ロンドン1902』を「心と涙」で書いたルポルタージュと呼んだ。2016年2月の東京の取材記である本書はそこまで激烈なルポではないが、「実際に自分の目で目撃したものだけを信用するのだ」という彼の書き手としての姿勢だけはわたしも常に持っておきたいと思う。

◆35頁
(サラ・ガヴロン監督の『Suffragette』を下敷きに)

主人公と同じようにそのことに不満や怒りを感じているはずの女性労働者たちが、「もうこんなことには耐えられない」と立ち上がった主人公になぜか憎悪の視線を向け、いじめる。
 あの上野の仲町通りで目の当たりにした光景も、それに似ていた。
 キャバクラ嬢たちの労働条件の凄まじさを聞いたとき、いったいいつの時代の話なんだと思ったのもあの映画を思い出した理由の一つかもしれない。あの時代の英国の工場でもまた、労働者たちが、運動に参加する労働者を目の敵にしていた。みんな不幸、みんな大変、みんな辛いのだから、この共有の受難の輪を乱すやつは許さないとばかりに一丸となって、状況を改善しようとする者を攻撃する。そもそもの「みんなの不幸」をつくりだし、それを運営している上部には怒りのベクトルが向かわなかったのだ。それは労働者たちが、彼らを取り巻くシステムが変わりうるとは想像もできなかったからだろう。

◆64頁

〔……〕ポデモス、コービン、SNP(スコットランド国民党スコットランド独立を掲げる地域政党)、アイルランドのシン・フェイン(イギリス北アイルランド地域政党)らが連動していると言われるのは、彼らがみんななんとなく左派っぽいことを言うからといった気分的なグルーピングではない。彼らはみな大前提として反緊縮派であり、経済政策を政治改革の柱に掲げる政党だからだ。
 緊縮財政政策とは、ざっくり言ってしまえば財政赤字削減を優先課題にすることであり、財政支出を削減したり、増税したりしてこれを達成しようとすることだ。そうなると政府は公共投資を控え、福祉、住居、医療、教育といった人間が最低限の生活を営むうえで必要な分野への支出を減らし始める。欧州の国々は、緊縮派のメルケル首相率いるドイツ主導のEUの方針でこの財政政策を取ることを求められている。


◆96頁

 つまり、欧州で極右とか極左とか言われているのに成功している陣営は、この「ミクロをマクロに」で成功を収めているのであり、そうした人々がなぜ目立って躍進しているのかというと、それは、あまりにも政治がテクノクラート化しすぎてミクロの部分を知らないばかりか、正しく想像することさえできなくなってしまったからだ。

◆144頁

 ずっと与党が変わらず、「左派が政権を握ったことがない」と言われる日本に、欧州よりもずっと社会主義的な制度が存在し、一般的に社会主義が生み出す弊害と呼ばれるものを産出しながらも壊れずに残っている。欧州の社会のように、世の中が右傾化すれば強い左派が現れてそれに取って代わり、またそれが行き過ぎると右に揺り戻し、というダイナミックな政治の振り子の揺れを経験していない国には、ゴリゴリに資本主義的なものと、驚くほど社会主義的なものが難なく混在しているのだ。

 


◆241頁

富者も貧者も、善人も悪人も、働き者も怠け者も、すべての者が神の似姿であり、それゆえ等しく崇高だという概念が建前上はある。
 しかし日本にはその考え方は根付かなかった。
「日本では権利と義務はセットとして考えられていて、国民は義務を果たしてこそ権利を得るのだということになっています」
 と大西さん【引用者注:大西連、もやい理事長】は言った。つまり、国民は義務を果たすことで権利を買うのであり、アフォード(税金を支払う能力がある)できなければ、権利は要求してはならず、そんなことをする人間は恥知らずだと判断される(このような社会では、国家は様々な権利を国民に販売する小売店ぐらいの役割しか果たさない)。例えば英国では「権利」といえば普通は国民の側にあるものを指し、「義務」は国家が持つものだが、日本ではその両方を持つのは国民で、国家と国民の役割分担がなされていない。



◆解説(279頁)から。

 ヨーロッパでも、一人の子供の死が、その写真という風景が、移民擁護の議論を強化した。日本でも、虐待死の事件が、繰り返し報じられた風景が、児童相談所や保育設の拡充を求める議論へと接続した。彼女が取材対象としている路上では、「年越し派遣村」などの風景の共有が、政権交代を支えるリアリティにもなっていた。風景の共有は、議論の礎となる。
 本書で主に取り上げられるのは労働問題。ブレイディは、個別の現場に足を運び、視点の高さを操りながら語ることで、読者の解像度を上げてくれる。解像度の高い風景を共有することで、「あれ、どう思う?」と問いあう議論が成立する。



【関連記事】
・とりとめがなくなってしまった。


『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(ブレイディみかこ 岩波書店 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20171225/1513955117

  [経済政策 or 日本経済 or 緊縮・反緊縮]

『経済政策論――日本と世界が直面する緒課題』(瀧澤弘和ほか 慶應義塾大学出版会 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160627/1468839978

『金融政策の「誤解」――“壮大な実験”の成果と限界』(早川英男 慶應義塾大学出版会 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170709/1498752260

『緊縮策という病――「危険な思想」の歴史』(Mark Blyth[著] 田村勝省[訳] NTT出版 2015//2013)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190417/1555426800

『図解 ゼロからわかる経済政策』(飯田泰之 角川書店 2014//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20150519/1477393799

『ゼミナール日本経済入門 第25版』(三橋規宏,内田茂男,池田吉日本経済新聞出版社 2012)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20120505/1363771100

『ゾンビ経済学――死に損ないの5つの経済思想』(John Quiggin[著] 山形浩生[訳] 筑摩書房 2012//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160201/1460521455

『経済成長って何で必要なんだろう?』(芹沢一也,荻上チキ[編] 光文社 2009)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20150725/1495809385

『増補 経済学という教養』(稲葉振一郎 ちくま文庫 2008//2004)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20150503/1473836816



  [日本における貧困・不平等]

『貧困と地域――あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(白波瀬達也 中公新書 2017)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170901/1501854549

『経済学者 日本の最貧困地域に挑む――あいりん改革 3年8カ月の全記録』(鈴木亘 東洋経済新報社 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170721/1500002351

『ニッポンの貧困――必要なのは「慈善」より「投資」』(中川雅之 日経BP社 2015)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20151225/1539586857

ベーシック・インカム――国家は貧困問題を解決できるか』(原田泰 中公新書 2015)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20150523/1480259761

『子どもの貧困 II ――解決策を考える』(阿部彩 岩波新書 2014)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20140125/1390575600

『脱貧困の経済学』(飯田泰之, 雨宮処凛 ちくま文庫 2012//2009
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20150609/1433775600

『彼女たちの売春――社会からの斥力、出会い系の引力』(荻上チキ 扶桑社 2012)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20121209/1461179900

『子どもの貧困――日本の不公平を考える』(阿部彩 岩波新書 2008)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130413/1365778800

『反貧困――「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠 岩波新書 2008)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130905/1504015001

『日本の不平等』(大竹文雄 日本経済新聞社 2005)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/2018/12/21/000000



  [海外の不平等・貧困の研究]

『大不平等――エレファントカーブが予測する未来』(Branko Milanović[著] 立木勝[訳] みすず書房 2017//2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20190909/1567954800

『貧困と闘う知――教育、医療、金融、ガバナンス』(Esther Duflo[著] 峯陽一, Koza Aline[訳] みすず書房 2017//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20181117/1541167922

『作られた不平等――日本、中国、アメリカ、そしてヨーロッパ』(Robert Boyer[著] 横田宏樹[編訳] 藤原書店 2016//2014)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170221/1487070659

『21世紀の不平等』(Anthony B. Atkinson[著] 山形浩生,森本正史[訳] 東洋経済新報社 2015//2014)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170309/1488771351

『善意で貧困はなくせるのか?――貧乏人の行動経済学』(Dean Karlan, Jacob Appel[著] 清川幸美[訳] みすず書房 2013//2011)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130617/1539585939

『貧乏人の経済学――もういちど貧困問題を根っこから考える』(Abhijit V. Banerjee, Esther Duflo[著] 山形浩生[訳] みすず書房 2012//2011)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20120509/1462504488

『不平等について――経済学と統計が語る26の話』(Branko Milanovic[著] 村上彩[訳] みすず書房 2012//2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20130417/1366124400

『現代奴隷制に終止符を!――いま私たちにできること』(Kevin Bales[著] 大和田英子[訳] 凱風社 2011//2007)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160711/1469187072

『不平等、貧困と歴史』(J. G. Williamson[著] 安場保吉,水原正亨[訳] ミネルヴァ書房 2003//1991)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20131101/1488506125