原題:La aventura de Miguel Littín clandestino en Chile
著者:Gabriel José de la Concordia García Márquez(1928-2014) [ガブリエル・ホセ・デ・ラ・コンコルディア・ガルシア・マルケス]
訳者:後藤 政子[ごとう・まさこ](1941-) ラテンアメリカ現代史。
NDC:266 南アメリカ史 >> チリ
NDC:966 スペイン文学 >> 記録.手記.ルポルタージュ
書影(版元から転載)
戒厳令下チリ潜入記 - 岩波書店
【目次】
序文(G・G・M) [i-iv]
目次 [v-vii]
地図 [viii-ix]
第一章 チリ潜入計画 001
「夢」は偶然にやってきた
自分を別人に変えるために
「笑ったら死ぬぞ」
「ピノチェトに長いロバの尻尾を」
第二章 予想はずれ――輝く首都 021
プダウェル空港で
こんなはずではなかった
思い出の中心街
恐るべき静寂の中で
第三章 残った人々も同じだった 045
旧友フランキーとの再会
首なし死体が将軍を葬る
「ウルグアイ人でよかったわね」
残った人々も同じだった
第四章 思い出の町で 065
軍政の目が光るホテル
サンチアゴの町で
そこの角に義母が!
すべてを見てきた橋
第五章 大聖堂の前で炎に身を包んだ男 085
列車でコンセプシオンへ
セバスティアン・アセベード広場の永遠の花
コンセプシオンでヒゲを剃ることの難しさといったら!
地獄のなかの愛の天国
カモメが眠りに来るレストランで
第六章 なお生き続ける二人の死者――アジェンデとネルーダ 105
貧民街ポブラシオンで
なお生き続ける二人の死者――アジェンデとネルーダ
イスラ・ネグラの揺れる大地
「グラツィアは天に昇った」
第七章 警察の待ち伏せ――包囲が始まる 125
愛国戦線指導部との会見
正確な距離は「ボレロが一〇曲」
包囲が狭まる
「だんな様、私のお知りがお好き?」
第八章 「注目! ある将軍がすべてを暴露しようとしている」 145
旧友エロイーサはますます美しく
パラシュートの老婦人
ゼネラル・エレクトリック氏を求めて
何かが始まった?
第九章 母にも私がわからなかった 163
警察は知っているのでは?
「リティン、入国せり、撮影せり、そして去れり」
「この国の未来を入れて写真を撮って下さいね」
「子供たちのお友達なんてしょう?」
第一〇章 警官の助けで幸せな結末 191
「ついに大統領府の中へ」
レストランのおかしな男
「出て行くか、潜るか」
潜入者は二人だ
訳者解説 [213-225]
【抜き書き】
□8章のエピソード(158頁)
〔……〕壁に絵を描き、道端で演劇を上演したり映画を上映した。すべての人々が大衆デモに加わり、そこで生きる歓びをぶちまけた。
私は、ウルグアイ人のもう一人の私とチェスをしながら待った。二日目のことである。後ろで女の人のささやく声が聞こえた。私は座っていた。その人はすぐ後ろの席でひざまずいていたため、私の耳もとで話す形になった。
「こちらを見ないで下さい。何も言わないで下さい」と、ざんげするような声で言った。
「電話番号と暗号を言いますから、覚えて下さい。私が行ってから一五分経たないうちは、教会を出ないで下さい」
かの女は立ち上がり、主祭壇の方へ歩いていった。その時になって初めて、若くて美しい修道女であることがわかった。私が覚えておかなければならなかったのは、暗号だけである。電話番号は、チェス盤に歩兵を使って記録しておいたからだ。暗号は、ゼネラル・エレクトリック氏のところへ行く道ではないかと思われた。だが、カルタの占いは別の運命を指し示していたようだ。次の日から私は毎日、指定された電話番号を回した。不安は日ごとに高まっていった。答えは決まって「また明日に」だったからだ。
□後藤政子による「解説」の冒頭から
本書はラテンアメリカ文学の巨匠であるノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスのルポルタージュである。著者の序文にもあるように、亡命中のチリの映画監督ミゲル・リティンがウルグアイのブルジョアというふれこみで祖国に潜入し、サンチアゴの市街や貧民街、さらに大統領府の中などを撮影して無事出国した時の話を、ガルシア=マルケスが「リティンの語り」という形式で本にまとめ出版したものである。その意味ではこの作品はルポルタージュというよりも「ノンフィクション」、または「ドキュメンタリー」という方がふさわしいかもしれないが、いずれにせよガルシア=マルケス特有の文学形式である。
アジェンデ政権下の指導的人物による戒厳令下のチリのルポルタージュというのであれば、外部からはなかなか窺い知れない軍政下のチリの具体的な状況を知るうえで、格好な資料であることは言うまでもない。
しかし、チリの問題をぬきにしても、この本は実に面白い。たしかにリティン監督が大統領府の廊下で撮影しているすぐ脇をピノチェト将軍が通り過ぎていく、というようなスリルに富んだ場面もいくつかあるが、全体としては劇的な事件の展開があるわけでもなく、また、ガルシア=マルケスの語り口も実に淡々としているにもかかわらず、まるでスパイ小説か冒険小説を読んででもいるような錯覚にとらえられる。自由奔放な芸術家が人目を忍ぶ潜入者という役割を演じるのは、もともと難しいことだろうが、その間の心理描写も見事だ。現地のラテンアメリカでは発売と同時に版を重ね大ベストセラーになったそうだが、それも十分うなずけよう。