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『文化人類学のエッセンス――世界をみる/変える』(春日直樹,竹沢尚一郎[編] 有斐閣アルマ 2021)

編著者:春日 直樹
編著者:竹沢 尚一郎
著者:森田 良成
著者:金谷 美和
著者:北中 淳子
著者:浜田 明範
著者:深海 菊絵
著者:兼松 芽永
著者:奥野 克巳
著者:松田 素二
著者:中川 理
著者:西 真如
著者:久保 明教
著者:小川 さやか


文化人類学のエッセンス | 有斐閣



【目次】
序(2020年10月 春日直樹 竹沢尚一郎) [i-viii]
執筆者紹介 [ix-xii]
目次 [xiii-xviii]


  第I部 傷つきやすいものとしての人間 

第1章 貧困 003
1 貧困への恐怖 004
  「いつか自分もこうなるかも」
  「きっと自分はこうはならない」
2 2つの貧困 
  どちらがまだ「まし」なのか
  貧困の「違い」
3 お金と人生 
  「ただお金だけがない」
  貧困と社会的排除
4 貧困の多様さと,そこからの自由のあり方 018


第2章 自然災害――被災地における手仕事支援の意義 023
1 自然災害の被災地をフィールドにする 024
  インドの被災地
  手仕事を介した支援
  手仕事は生活を支える仕事になった
2 日本が被災地になった 030
  日本でも手仕事を介した支援がひろがった
  仮設住宅の集会所で手仕事をする
  インドとは異なる点
3 経済的自立と支援の意味 035
  ささやかな収入でも意味がある
  手仕事によって,辛い時をやりすごすことができた


第3章 うつ 043
1 新健康主義:心のスクリーニング 044
2 心の病はどうとらえられてきたか 046
  伝統的災厄論
  20 世紀の日本におけるうつ病
  バイオロジカルな災厄論:グローバル化する21世紀のうつ
  日本のうつ病
3 心と脳の監視社会? 055


第4章 感染症 061
1 数字と人生 062
  数百万人のうちの1人
  感染症とともに生きる人々の苦しみと力
  環境の一部としての数字
2 多様なバイオソーシャリティ 069
  市民であることの前提としての生物学的なもの
  政策のなかの生物学的なもの
  臨床と疫学
  バイオソーシャルな世界を生きる


第5章 性愛――他者と向き合う 079
1 他者との遭遇 
  私の「愛」とあなたの「愛」
  愛する人は他者
  モノガミー
  「奇妙」な関係
  ポリアモリーとは?
  ポリアモリーに至る背景
  意識的な関係構築:感情管理を中心に
2 「厄介な」他者 
  「夢中になる」ことの両義性
  性愛における暴力
  愛撫
3 他者への接近 093
  性愛と他者
  他者と向き合う


  第II部 文化批判としての人類学

第6章 アート 099
1 開かれゆくアートとイメージの拡張 100
  なにが「アート」にするのか?
  開かれていくアート
  加速するイメージの拡張
2 フィクションと現実の相互生成 105
  社会モデルとしてのアート?
  新しいお祭りをつくる
  還るところ
  アートの道具化
  不可避な「距離」がもたらすもの   
3 複数の現実を照らし返すイメージ 113
  100年を架ける大凧
  消えゆくイメージと現実の複数性


第8章 食と農 119
1 なぜ日本の有機農業は少ないのか 120
  2種類の食パン
  農薬の危険
  有機農業教室の教え
  有機農業の割合
  農業の多面的機能
2 農業による環境保全 125
  豊かな農業を維持する仕組み
  農業者の誇り
  コウノトリを育む農業
  アフリカの農業と「緑の革命」の功罪
3 グルメブームとスローフード 132
  マクドナルドとスローフード
  グルメブームの陰で
  食べることは私たちの内なる自然を再確認すること


第9章 自分 137
1 誰もが自分ネイティブ 138
2 自閉スペクトラム症と診断される人々 139
  ずっと「普通」になりたかった
  欠陥か才能か
  自他の思考と感情
  生き方の模索
3 霊とともに生きる人々 145
  生者の魂,死後の霊
  霊力をそなえた自分
  霊力への配慮
4 2つの人々が共有するもの 149
  彼らにはあり,私たちにはない
  気持ちも感情も
5 知覚できないもの 152


第10章 政治 157
1 集団の意思を決定する方法 158
  政治とは何だろう
  他者(違い)と向き合う作法
  多数決:意思決定の常識
  全員一致:もう1つの方法
2 アフリカ社会の合意形成の知恵 163
  雄弁術
  パラヴァー:「全員一致」の知恵
3 社会の分裂と破局を乗り越える方法 
  破局的対立:ルワンダのジェノサイド
  ジェノサイド問題の解決法
  ガチャチャとパラヴァー
4 「文化人類学する」ことの醍醐味 173


  第III部 人類学が構想する未来 

第11章 自由 179
1 自由のとらえ方 180
  とらえどころのない自由
  解放としての自由 181
  結びつきがつくる自由
2 忘却と自由 185
  結びつきの忘却
  忘れないなら不自由?
3 もう1つの自由 189
  遠くの自由
  ケアと自由
4 身近な自由をとらえなおす 195


第12章 分配と価値 199
1 権原とシチズンシップ 200
  治療のシチズンシップ
  正当な分け前
  豊かさが雇用に結びつかない世界
2 新しい分配の政治 206
  就労や家族制と切り離された給付
  人々を選別する装置
  ベーシック・インカムの可能性
3 家父長制が終わった世界を生きる 210
  家父長制の揺らぎ
  父親の不在
  ケアの関係から疎外されていること
  人はなんで生きるか


第13章 SNS 219
1 それは何か? 220
  仮想空間の解体
2 仮想と現実 
  変容と矛盾
  矛盾の乗り越え
3 記号と情報 225
  人称と非人称
  誰のものかわからない発話 228
4  半人称的発話 230
  コンテクストの分裂
  SNS
  多様性と標準化


第14章 エスノグラフィ 239
1 新たなエスノグラフィの兆し 240
  新型コロナ禍のなかで
  リモート・エスノグラフィの兆し
2 エスノグラフィをめぐる問いとICT 246
  『文化を書く』が投げかけた問いとICT
  方法としてのエスノグラフィにおけるコラボレーション
3 ICT が切り開く新たなエスノグラフィ 251
  ハイパーメディア・エスノグラフィ
  プロトタイプ駆動


引用文献一覧 [259-265]
事項索引 [266-271]
人名索引 [272-273]


第7章 人間と動物(MOSA/奥野克巳) [1-16]





【抜き書き】
・本書のねらい(一般的な概説書とは異なっている)。
 また本書における文化人類学の基本的な想定4つを最初に示している。抜粋するついでにメモがてら、自分なりの言葉に変換してみる。

 序

 この本は大学の 1,2年生や専門課程の初年度ではじめて文化人類学を学ぶ学生を対象としている。〔……〕とはいっても,本書がめざしているのは,文化人類学の基礎的な考え方を伝えることではない。この学問の最新の成果を知らせることであり,その見方を学ぶことで世界がいかに違ってみえてくるかを示すことである。〔……〕
  本書は以下の4つの基本的な認識にもとづいて構成されている。

・一。グローバリゼーションとユビキタス社会の到来により変わるフィールド調査。

1. 世界中でグローバル化が猛烈な勢いで進行しており,日本でも世界の他のどの地域でも急速な変化が同時並行的に生じている

 本書を編集するふたりがそれぞれ最初の現地調査に行ったのは,1980年代のことである。インターネットや携帯電話などない時代だったから,日本に住む家族や友人とのやりとりは,フィールドの村に週に1度来る郵便に頼るしかなかった。〔……〕
  ところが今では,〔……〕過去には手紙でしか連絡のできなかった人類学者も,帰国後に資料をまとめる段階で疑問があればフィールドの友人に連絡して確認することができるようになっている。文化人類学という学問の最大の特徴とされてきたフィールドワークのあり方が,これまでとは大きく変わってきているのである。

・二。フィールドワークの意義は残る。

2. それでも人類学の核心部分は相変わらず,他の人々と直接に出会う経験としてのフィールドワークであり続ける

  テクノロジーの発達によってフィールドワークのあり方が大きく変わったからといって,私たちは文化人類学という学問にとってそれが不要になったとは思わない。
 〔……〕判断や理解のための枠組みは,地域や集団や時代によって共通する部分と違う部分とがある。とすれば,自分たちと異なる枠組みを理解するには,私たちが今まで身につけた殻をいったん脱ぎ捨てて,彼らのものの考え方や判断基準を学んでいくしかない。〔……〕人類学者は無知の自分をさらけ出しながら相手にぶつかり,彼らの考え方や生き方を学んでいかなくてはならないのであり,本書はそのようにして得られた理解にもとづいて書かれたものである。
  もっとも,理想とする調査がいつもできるわけではない。〔……〕しかしながら,どのような事態になろうとも,人類学者は人々の生き方や考え方にできるかぎり近づこうとし,与えられた環境下での最善の方法を人々とともにみいだそうと努めるだろう。

・三。他者への関心が、文化人類学者を動かしている。

3. フィールドワークの根底にあるのは他者と直接的に向かい合うことであり,文化人類学では困難や苦しみを抱えながら生きている人々への関心が大きな位置を占めるようになっている

  文化人類学は書物を通じてではなく,人々と直接に相対することで彼らについて学ぼうとする学問だから、その彼らのあり方が変化するにつれて,研究関心や方法も変わらざるをえない。
  〔……〕1980年代まで一般的であったこうしたフィールドワークのあり方――人類学者が遠く離れた調査地で,異なる生活様式を学んでいくという様相――は21世紀の今日ではすっかり変わってしまった。〔……〕1992年に難民研究に焦点を当てた人類学者のジョン・デービスが,従来の安定的な社会構造や文化形態の研究に加えて,「混乱と絶望に満ちた人類学」,すなわち「苦難の人類学」の必要性を訴えたのは(Davis 1992),こうした経緯を反映したものであった。
  ところがその20年後,工場閉鎖,失業,短期雇用,疾病,戦争,災害といった,人々が直面する苦難をテーマにした「暗い人類学」は,著名な人類学者シェリー・オートナーが指摘するように人類学の一大テーマになっていた (Ortner 2016)。本書の第1部の各章が,貧困,災害,うつ,病気,性的マイノリティといった困難な状況のなかで生きている人々を扱っているのは,こうした近年の傾向を反映しているのである。〔……〕今日の人類学は文化的な差異の理解だけでなく,「傷つきやすい存在としての人間の共通の性質」(Robbins 2013:450)に強い関心を向けているのである。

・四。社会問題を考えるとき、文化の次元に着目する。

4. 世界各地で生じている困難の多くは,社会経済的なだけでなく文化的な問題であり,文化人類学は人々がそれらの問題にどのように対処しているかを知ることで,困難の克服に貢献しようと努める

  文化人類学は困難や苦難を抱える人々を,主観と客観との往復運動のなかで理解しようとするだけでなく,そうした課題を生み出した世界のあり方を問い直そうとする。そのとき文化人類学は,社会や経済を私たちの外部にある完全に客観的な制度ではなく,つねに私たちが意味を与えることによって機能する主観性を帯びた実在としてとらえる点に特徴がある(このような観点を私たちは文化論的な観点と呼んでいる)。〔……〕
  本書の第II部は,こうした観点に立つ章によって構成されている。ここでとりあげるのは,アート,人間と動物,食と農,自分,政治といった私たちに身近なテーマだが,実際に論じているのは社会経済的な側面だけでなく,人々の認識や価値判断までを含む複雑な現象であることがわかるだろう。そして,私たちがあたりまえとしている見方や考え方が,じつは世界にたくさんある見方や考え方の1つでしかないことが理解できるようになるだろう。
  〔……〕世界には多様な文化,多様な意味の体系が存在するのだから,困難や苦難を乗り越えようとする試みも多様なはずである。そうした人々の試みのなかには,明日を切り開いていく可能性をもつものもあるのではないか。最後の第IⅡ部では,この視点からさまざまなテーマを議論する。
  第III部を構成するのは,自由,分配と価値,SNSエスノグラフィなどの章である。〔……〕具体的な事例から出発しつつ,そこから可能な未来を想定することは,私たちの生きている現在を批判的に見直すために有効だろう。それもまた,人類学のつとめであり可能性なのである

  この本のなかで提示されているさまざまな事例と解釈,構想は、あなたがこれまで親しんできたものとは異なるかもしれない。しかし,それこそ私たちの望むところである。新しい姿で登場する世界の諸問題に出会うことで,あなた方自身のものの見方や判断のあり方が少しでも変わるように,と私たちは願っている。