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『[新版]現実をみつめる道徳哲学――安楽死・中絶・フェミニズム』(James W. Rachels, Stuart Rachels[著] 次田憲和[訳] 晃洋書房 2017//2015)

原題:The Elements of Moral Philosophy, Eighth Edition (2015)
著者:James Webster Rachels (1941-2003) 倫理学
著者:Stuart Rachels(1969-) 哲学。チェスプレイヤー(International Master)。
訳者:次田 憲和[つぎた・のりかず](1966-) 現代倫理学現象学(Franz Brentano,Edmund Husserl研究)。
NDC:150 倫理学


新版 現実をみつめる道徳哲学 - 株式会社晃洋書房



【目次】
序文 [i-ii]
第八版について [iii-v]
目次 [vii-xi]


第一章 道徳とはどんなものか 001
第一節 定義の問題 001
第二節 第一の例 ベビー・テレサ 001
  利益の議論
  「人間は手段でない」という議論
  「殺人は間違い」という議論
第三節 第二の例 ジョディーとメアリー 006
  「なるべく多くを救うべき」という議論
  人命の神聖さに基づく議論
第四節 第三の例 トレーシー・ラティマー 008
  「障碍者差別は間違い」という議論
  「滑る坂」の議論

第五節 理由と公平性 011
  道徳的推論
  公平性の要求

第六節 道徳の最小概念 014


第二章 文化相対主義の挑戦 015
第一節 文化ごとに異なる道徳律 015
第二節 文化相対主義 016
第三節 文化的相違の議論 018
第四節 文化相対主義の帰結 019
第五節 見かけより少ない不一致 021
第六節 全文化に共通の価値 023
第七節 望ましからざる文化的習慣 024
  文化から独立の基準
  他文化批判に及び腰の理由

第八節 再論 五つの主張 027
第九節 文化相対主義の教訓 028


第三章 倫理における主観主義 032
第一節 倫理的主観主義の基本思想 032
第二節 言語論的転回 034
  単純主観主義
  情緒主義
  錯誤理論

第三節 価値の否定 039
第四節 倫理と科学 040
第五節 同性関係の問題 043


第四章 道徳は宗教に基づくか 048
第一節 世間での道徳と宗教の関係 048
第二節 神の命令理論 050
第三節 自然法理論 054
第四節 宗教と道徳的問題 057
  聖書
  教会の伝統


第五章 倫理的利己主義 063
第一節 飢餓救済の義務 063
第二節 心理的利己主義 064
  利他主義の可能性
  「利他的行為は願望から」という議論
  「利他的行為は気持ちいい」という議論
  心理的利己主義のまとめ

第三節 倫理的利己主義の三つの擁護論 070
  「利他主義は他人をダメにする」という議論
  アイン・ランドの議論(1905-1982)
  常識道徳と両立する倫理的利己主義

第四節 倫理的利己主義への三つの異論 075
  「倫理的利己主義は悪」という議論
  「倫理的利己主義は論理矛盾」という議論
  「倫理的利己主義は恣意的」という議論


第六章 社会契約説 082
第一節 ホッブズの議論 082
第二節 囚人のジレンマ 085
  囚人のジレンマの解決としての道徳

第三節 社会契約説の長所 088
第四節 市民的不服従の問題 091
第五節 社会契約説の問題点 094


第七章 功利主義者のアプローチ 099
第一節 倫理学の革命 099
第二節 第一の例 安楽死 100
第三節 第二の例 マリファナ 103
第四節 第三の例 動物 106


第八章 功利主義をめぐる論争 111
第一節 古典的功利主義 111
第二節 幸福だけが重要か 112
第三節 結果だけが重要か 113
  正義
  権利
  過去からの理由

第四節 配慮は万人に平等であるべきか 117
  「要求が過大」という批判
  「個人的関係を壊す」という批判

第五節 功利主義の擁護 118
  第一の擁護論 結果が違う
  第二の擁護論 行為功利主義と規則功利主義
  第三の擁護論 常識が間違い
  第一の返答 功利主義が全価値の基礎
  第二の返答 例外への直感的反応は不確か
  第三の返答 全結果に焦点を合わせるべき

第六節 まとめ 124


第九章 絶対的道徳規則はあるか 126
第一節 トルーマン大統領とアンスコム嬢 126
第二節 定言命法 128
第三節 カントの虚言論 131
第四節 規則同士の衝突 133
第五節 カントの洞察 135


第十章 カントと人格の尊重 137
第一節 カントの中心思想 137
第二節 刑罰理論における応報と功利性 140
第三節 カントの応報主義 143


第十一章 フェミニズムとケアの倫理 147
第一節 男女間での倫理観の相違 147
  コールバーグ(1927-1987)による道徳発達の諸段階
  ギリガンの反論
  男女の考え方の差

第二節 道徳的判断にとっての意味 153
  家族と友人
  HIVの子供たち
  動物

第三節 倫理説にとっての意味 156


第十二章 徳倫理 158
第一節 徳倫理と正しい行為の倫理 158
  徳倫理への回帰

第二節 様々な徳 159
  徳とは何か
  徳のリスト
  徳の具体例
   (1) 勇敢
   (2) 気前
   (3) 正直
   (3) 家族と友人への忠実
  徳が大切な理由
  徳は万人に共通か

第三節 徳倫理の長所 168
   (1) 道徳的動機
   (2) 公平という「理想」への疑問

第四節 徳と行為 170
第五節 不完全性の問題 171
第六節 まとめ 173


第十三章 満足のゆく道徳説はどんなものか 174
第一節 傲慢なき道徳 174
  謙虚な人間観
  理性から倫理が生まれた経緯

第二節 人間のふさわしさ 176
第三節 種々の動機 178
第四節 多元戦略的功利主義 178
  最善プランに基づく正しい行為

第五節 道徳共同体 181
第六節 正義と公正 182
第七節 まとめ 183


解説 レイチェルズと倫理説の統一 [185-198]
  一  
  二
  三
  四
  五
  六  

原著者・原著・翻訳について [199-201]
おわりに(平成二十八年六月十七日 訳者記す) [203]


文献情報 [9-23]
事項索引 [3-7]
人名索引 [1-2]




【メモランダム】
・原書の初版は、James W. Rachels単独による “The Elements of Moral Philosophy ” (Random House, 1986)。息子のStuart Rachelsが改訂を担っている。
 
 


【抜き書き】
・「第二章 文化相対主義の挑戦」から。この章では、(最近は旗色の悪いように思える)文化相対主義について、特に倫理に関わる議論に注目してまとめてある。

第二節 文化相対主義

 「文化ごとに道徳律は異なる」という見方は、多くの人にとって道徳の鍵であるように思われる。彼らは言う。「普遍的な道徳的真理など存在しない」と。
 〔……〕
  社会学者のウィリアム・グラハム・サムナー(1840-1910)はこう述べている。

 「正しい」方法とは先祖伝来の方法である……。「正しき」の観念は習俗の内にある。その外側にはない。「正しさ」の観念は習俗から独立した起源を持たない。「正しさ」の観念で習俗を検証することはできない。習俗として行われていることは何であれ正しい。習俗とは伝統であり、よってそれ自身の内に祖霊の権威を含んでいるためである。習俗に突き当たったところで分析は終わるのだ。

*1


 なかんずくこの種の考え方ゆえに、倫理についての懐疑が生じた。文化相対主義では事実上「倫理に普遍的真理のようなものはない」と言われる。多様な文化規範があるのみだ。かくして文化相対主義は「道徳的真理には客観性や正当性がある」という信念に異議を唱えるものとなる。
 以下の主張はどれも文化相対主義が強調する点である。

(1) 社会ごとに道徳律は異なる

(2) 正しさは当の社会の道徳律で決まる。すなわちその社会の道徳律で正しいとされる行為は、少なくともそこでは実際に正しい。

(3) 複数の社会規範の間で優劣をつける客観的規準は皆無である。全時代の全人間に当てはまる道徳的真理など全く存在しない。

(4) 自らの社会の道徳律には何ら特別な地位などない。それは多くの道徳律の中の一つにすぎない。

(5) 他文化を評価するのは傲慢だ。われわれは常に寛容であるべきである。


 (2)「正しさも間違いも社会規範で決まる」という主張が文化相対主義の核心だ。だがそれは「他文化に寛容たるベし」という(5)と矛盾するように見える。常に他文化には寛容であるべきなのだろうか。自らの社会規範が他文化への不寛容を促すものだったらどうなるのだろうか。


・第二章の第九節。

第九節 文化相対主義の教訓 

 これまでの議論では文化相対主義の欠陥ばかり述べてきた。文化相対主義は(真なる前提から真なる帰結が導かれるのではない)不健全な議論に基づき、疑わしい帰結をもたらし、さらに道徳的不一致を誇大視していると述べた。これら全てから文化相対主義は拒絶されることになる。
 だがこう言うと少し不当と感じられるだろう。文化相対主義にだって賛成すべきところもあるに違いない。なにしろとても大きな影響を与えてきたのだから。文化相対主義には正しい面もあるのが現状とわたしは思う。文化相対主義の教訓は二つある。

 (1) 第一に文化相主義はもっともなことに「あらゆる習慣は絶対的な合理的規準に基づく」と思い込むのは危険と警告する。そんなものはない。習慣の中にはただの「ならわし」にすぎず、自分の属する社会だけにしかない習慣だってあるのだ。このことは忘れられやすい。それを思い出させる点で文化相対主義は有益である。

 〔……〕

  (2) 第二の教訓は「心の広さ」に関わる。成長してゆくにつれてわれわれは物事に強い感情を懐くようになる。是認しがたい行動もあれば言語道断の行動もあることが分かるようになる。ときたま自分の感情が「おかしい」と思うこともあろう。〔……〕
 文化相対主義はこの種の独断の解毒剤になる。ギリシア人とカラチア族の話を伝えたところで、ヘロドトスは以下のように付け加えている。

世界中の国で最良の信仰を選べと言われたら、優劣を注意深く考えたあと、誰でも必ず自分の国の信仰を選ぶであろう。例外なく皆、自分の生まれ育った土地の習慣や宗教を最良と思うものだ。

*2


 これが分かれば、われわれの心は広くなろう。感情は必ずしも真理を認識するわけではない。感情は文化条件に由来するものでしかないのだろう。だから何かの社会規範への批判を耳にしたとき、自分の心が苛立つのを感じたなら、立ち止まってこのことを思い出した方がいい。そうすれば何らかの真理の発見に向かって心が開かれてゆくであろう。
 このとき文化相対主義の訴えが分かってくる。もちろん欠点もある。だが本物の洞察に基づいているからこそ、文化相対主義は魅力的なのだ。すわなち「自然に見える習慣や態度の多くは文化の産物にすぎない」ということだ。傲慢を避け新しい思想に心を開きたいなら、このことを念頭に置いておくのが大事である。軽々しく受け取ってはならない。文化相対主義の学説全体を是認せずに、大切なところだけを受け入れればそれでいいのである。

*1:William Graham Sumner, Folkways, Boston: Ginn, 1906, pp.28. [W・G・サムナー『フォークウェイズ』青柳清孝・園田恭一山本英治 訳,現代社会学体系,青木書店,2005.]

*2:Herodotus, The Histories, translated by Aubrey de Selincourt, revised by A. R. Burn, Harmondsworth, Middlesex: Penguin Books, 1972, pp.219-220. [ヘロドトス『歴史』上・下,松平千秋 訳,ワイド版岩波文庫岩波書店,2008.]