著者:稲穂 健市[いなほ・けんいち] 著作権法。弁理士。(米国)公認会計士。
校閲:猪熊 良子
図表作成:手塚 貴子
シリーズ:NHK出版新書;558
NDLC:DH221 経済・産業 >> 企業・経営 >> 経営管理 >> 研究開発
NDC:507.2 技術、工学 >> 研究法、指導法、技術教育
NHK出版新書 558 こうして知財は炎上する ビジネスに役立つ13の基礎知識 | NHK出版
【目次】
はじめに(平成30年6月吉日 稲穂 健市 ) [003-008]
目次 [009-013]
本書を読む前に――知的財産権って何? 014
第1章 こうして知財は炎上する 019
1 その過剰な自粛要求は認められるか? 020
羽生結弦はなぜプーさんを連れていなかったか
五輪が「便乗商法」に神経質な理由
「アンブッシュマーケティング」は違法か
厳しすぎる東京2020組織委員会の基準
話題となったナイキ社のキャンペーン
大会エンブレムを使用した「平成32年」の偽メダル
2 その権利のゴリ押しは認められるか? 036
著作権の「集中管理」は必要か
JASRACだけがなぜ批判されるのか
ネガティブイメージと炎上の背景
暴利をむさぼっているのではないか
議論を呼んだ宇多田ヒカルさんのツイート
3 そのアイデアの独占は認められるか? 050
アマゾン社は「ビジネスモデル特許」の先駆け
「発明」とはどういうものを言うか
「ワンクリック特許」は成立まで14年かかった
訴訟になりやすい「単純なアイデア」の特許
いまは「単純なアイデア」の特許が取りやすい時代か
QRコードの特許戦略とは
第2章 模倣・流用をめぐる仁義なき戦い 067
1 その名前の「パクリ」はずるいのか? 068
アメリカ村からパロディTシャツが消えた
「黒い恋人」「青い恋人」「赤い恋人」「黄色い恋人」
東京ばな奈 大阪プチバナナ
幻となった「大阪ばな奈」
防衛的な商標登録とは
他人の名前を商標登録できる場合、できない場合
リカちゃん人形と「香山リカ」
東池袋大勝軒の主張はなぜ認められなかったか
同姓同名をめぐる特許庁の限界
2 その流行語の「パクリ」はずるいのか? 091
平昌五輪における「そだねー」争奪戦
流行語がなぜ商標登録できるのか
商標権は「言葉・記号・図形などを独占できる権利」ではない
上田氏は大量出願をやめていなかった
「分割出願」という奥の手
商標ゴロとの戦いは終わらない
3 そのコンセプトの「パクリ」はずるいのか? 110
「マサキ珈琲」と「コメダ珈琲店」
食べ物のカタチも立体商標になる
ハードルが高い「色のみ」の商標登録
提供する飲食物のパクリは防げるか
「ノウハウ」として保護するという考え方
「いきなり!ステーキ」の提供システムは発明か
知的財産制度の変化をつかむ
4 その技術の「パクリ」はずるいのか? 128
フィンテックのベンチャー同士の特許裁判
熱狂的なファンの存在と炎上リスク
ティッシュペーパーは特許の塊
「非認証品」=「違法」ではない
中国のパクリ製品は合法か
中国の高速鉄道は「新幹線」のパクリか
「模倣されること」だけに注意を向けていいのか
第3章 それでも知財で揉める理由 147
1 そのコンテンツ・商品の誕生経緯がなぜ問題になるか? 148
「SMAP大研究事件」が問いかけること
「全聾の天才作曲家」のケースは
じつは多い著作者人格権をめぐるトラブル
ひこにゃん騒動
職務著作と職務発明
「ジョン万次郎銅像事件」とは
ビートたけしと所ジョージの発明品
「著作権判例百選事件」
「宇宙戦艦ヤマト」をめぐる裁判
果たして著作者はどちらなのか
2 そのブランドの使用がなぜ問題になるか? 172
乱立する地域ブランド
誰もが知っていても登録できないことも
特許庁と農林水産省のライバル争いか
「八丁味噌」をめぐる大トラブル
海外に流出する日本の品種
3 その権利切れのはずの知財がなぜ問題になるか? 187
「権利切れ」ならば安全・安心なのか
消耗品ビジネス消耗品リサイクルビジネス
保護期間を延ばす方法
24時00分と0時00分は別の日か
複雑極まりない保護期間の仕組み
なぜ権利切れの知財にお金が払われるのか
「知財もどき」とどう付き合うか
第4章 知的財産制度の「抜け道」を考える 207
1 その越境の「抜け道」は許されるか? 208
北朝鮮は「ならずもの国家」ではなかった
むしろ不公平な日本の対応
北朝鮮との文化交流の行方は
「漫画村」は抜け道ではなかった
「知の共有」と知的財産制度
2 その税制の「抜け道」は許されるか? 222
「タカシマヤ・シンガポール」の教訓
移転価格税制とは
知的財産を利用した節税スキーム
知財で「節税」しているのはIT企業だけではない
3 その保護対象の「抜け道」は許されるか? 234
将棋の棋譜は著作物か
「加戸説」と「渋谷説」
「単なるデータ」なら勝手に使ってもよいか
「ヨミウリ・オンライン事件」
「価値あるデータ」と知的財産制度
おわりに [248-250]
おことわり [251]
主要参考文献 [252-254]
【抜き書き】
・Youtuberと朝日杯将棋オープン戦がらみで、「将棋と著作権」が話題になった。
当時の騒動についての取材は、例えば「「棋譜」に著作権はある? 「無断中継」なぜNG? 朝日新聞に聞いた」(2017年06月22日 ITmedia)があるので、ご存じない方はこの記事を読んでほしい(この記事では伊藤雅浩弁護士の見解を掲載している)。
本書の第4章第3節「その保護対象の「抜け道」は許されるか?」では、棋譜が扱われている(pp.234-241)。
下記の「警告」は、Twitter上でそこそこの数の将棋ファンからかなり反発を呼んでいた。
将棋の棋譜は著作物か
対局における指し手順の記録を「棋譜」という。開幕日の対戦における「棋譜」をYouTuberが再現して中継していたところ(中継動画を無断配信したわけではない)、朝日新聞将棋取材班がTwitter において次のようなリプライを行った。
この日の対局では、ちょうど「朝日杯将棋オープン戦中継サイト」と「日本将棋連盟モバイル」が棋譜中継を行っていた。
そのため、それとは無関係のYouTuberが同様の中継をしているのを知った将棋取材班が警告を発したのである。
・著著作物性について2つの意見を並べている。個人的には、前者が主流派だと思いたい。
ところで本書の著書・稲穂健市氏と故・渋谷達紀氏(1940-2011)は「詰め将棋」という表記で書いているが、私は問題無いと思う。
一応、将棋業界(または将棋愛好家の界隈)では「詰将棋」と書く方が圧倒的に多い。(ただし「詰将棋」表記派が、将棋を知らない人から「つみ将棋/つむ将棋/きつ将棋/なじる将棋」と読まれるリスクを自覚しているのかは知らない)。
前述したように、著作物とは、「文芸、学術、美術、音楽などの分野で、人間の思想・感情を創作的に表現したもの」であり、著作権法では、「言語」、「音楽」、「舞踊、無言劇」、「美術」、「建築」、「地図、図形」、「映画」、「写真」、「プログラム」といった著作物が例示されている(著作権情報センターホームページ「著作物の種類」参照)〔……〕。
ここで、『著作権法逐条講義(六訂新版)』(加戸守行、著作権情報センター、2013年)の記載を見てみよう〔……〕。本条は、著作物の範囲を決めてしまったものではなくて、著作物とは概括的にいってどんなものであるかという例示にしかすぎません。ですから、この例示が全てをカバーしているわけではなく、例示では読めないようなものでも、著作物たり得るものがございます。一つの例としては、例えば碁や将棋の棋譜というものがあります。棋譜も私の理解では対局者の共同著作物と解されますけれども、本条第1項各号のどのジャンルにも属しておりません。
碁や将棋の棋譜が著作物であると明言している。だが、これについては異論もある。〔……〕知的財産法の研究者として有名な渋谷達紀氏は、その著書『知的財産法講義 II 第2版――著作権法・意匠法』(渋谷達紀、有斐閣、2007年)の中で、次のようなことを言っている。
棋譜は、勝負の一局面を決まった表現方法で記録したものであるから、創作性の要件を欠き、著作物ではない。それは事実の記録であり、新聞などに掲載されているもはのは、事実の伝達にすぎない雑報……と見るべきものである。
かなり強い口調で棋譜の著作物性を否定している。同様に「詰め将棋」についても、「表現の仕方は決まっており、表現に思想感情が盛り込まれることはないから、詰め将棋の棋譜も、やはり著作物ではない。それは数式で書かれた計算問題……が著作物でないのと同様である」としてその棋譜の著作物性を否定している。
このように、「加戸説」と「渋谷説」の双方が存在するということも、法学者や実務家が棋譜に著作物性があるかどうかを断言しにくくしている要因であるようだ。
・かりに著作物でないとしても……。
「単なるデータ」なら勝手に使ってもよいか
これについては誰かが実際に裁判を起こさなければ白黒がつかないところもあるのだが、もし仮に、「棋譜には著作物性がない」という判断が裁判で確定したら、碁・将棋の棋譜は「単なるデータ」(事実の記録)に過ぎないから、それを勝手に使っても良いということになるのだろうか?
ここで、冒頭で紹介した朝日新聞将棋取材班のリプライに話を戻そう。
筆者が「棋譜の権利」について朝日新聞社に問い合わせたところ、同社からは次のような回答が得られた。弊社と日本将棋連盟は、両者主催の棋戦の対局における棋譜について、その著作物性の解釈のいかんにかかわらず、主催者として独占的に掲載・放送・配信、その他の方法で利用できる権限を有しており、弊社はそうした主催者としての権限を、法律上保護されるべき利益に係る権利というべきものと考えております。
となると、朝日新聞社と日本将棋連盟に無断で棋譜を利用すると、両者の「法律上保護されるべき利益に係る権利」を侵害し、「不法行為」に該当する可能性があるかもしれない。
著作権の保護期間が満了した錦絵の利用については、「著作権法が明確に保護範囲外としている」などの理由から不法行為が認められなかったが、棋譜については、仮にそれが著作物ではないとしても、「著作権法が明確に保護範囲外としている」わけでもないから、議論の余地があるだろう。
・対価は不明(pp.242-243)
先ほどの棋譜の話に戻ると、朝日新聞社と日本将棋連盟も、朝日杯の開催にあたって、相当の費用と手間をかけて、「独占的に掲載・放送・配信、その他の方法で利用できる権限」を有しているのは確かであろう。それを考えると、無断で棋譜を利用する行為は不法行為にあたる可能性があるかもしれない。特に、棋譜中継は極めて「情報の鮮度」が高い段階の行為と言えるからだ。
もし不法行為にあたるとすれば、許諾を取って棋譜を利用するのが無難ということになる。だが、その場合の対価はどの程度となるのか?
気になって調べたところ、『週刊ポスト』(小学館)が朝日新聞社に対して問い合わせたことがわかった。同誌が「棋譜を誌面上で使用するためにはどうすれば良いのか」と質問したところ、同社は「1か月以内に行なわれた棋譜を誌面に掲載される場合には、対局者にかかわらず一律10万円を頂戴しています」と回答してきたという(「藤井聡太フィーバーで判明した「棋譜使用料」は10万円!」『週刊ポスト』 2018年3月2日号)。
同社に棋譜を「独占的に掲載・放送・配信、その他の方法で利用できる権限」があることを認め、無断で棋譜を利用すると不法行為にあたる可能性があることも否定しないとしよう。だが、それを前提に考えても、ちょっと高過ぎはしないだろうか? と言うのも、先ほど紹介した「ヨミウリ・オンライン事件」にしても、認められた損害額は、侵害期間において1ヶ月あたり1万円という微々たるものであったからである(〔……〕計3万7741円の損害賠償額となった。)。
筆者は、『週刊ポスト』に対する回答の根拠についても同社に尋ねたのだが、「その他のご質問については、弊社の営業活動についてのご質問ですので、詳細について回答を差し控え えさせていただきます」とのことで、わからずじまいだった。報道機関としてきちんと回答してもらいたかったところである。