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『移動と帰属の法理論――変容するアイデンティティ』(広渡清吾, 大西楠テア[編] 岩波書店 2022)

編者:広渡 清吾[ひろわたり・せいご](1945-) ドイツ法。〔終章,あとがき〕
編者:大西 楠テア[おおにし・なみ・てあ/OHNISH, Nami thea](1982-) ドイツ法。比較法。〔序章,あとがき〕
著者:佐藤 団[さとう・だん](1979-) 西洋法制史。〔第1章〕
著者:瀧川 裕英[たきかわ・ひろひで](1970-) 法哲学。〔第2章〕
著者:松前 もゆる[まつまえ・もゆる](1969-) 文化人類学。〔第3章〕
著者:小畑 郁[おばた・かおる](1959-) 国際法。〔第4章〕
著者:長谷川 貴陽史[はせがわ・きよし](1969-) 法社会学。 〔第5章〕 
著者:福山 宏[ふくやま・ひろし](1960-) 元・東京出入国在留管理局長.〔第6章〕
著者:興津 征雄[おきつ・ゆきお](1977-) 行政法。〔第7章〕
著者:西谷 祐子[にしたに・ゆうこ](1969-) 国際私法。〔第8章〕 
著者:横濱 竜也[よこはま・たつや](1970-) 法哲学。〔第9章〕 
著者:嶋津 格[しまづ・いたる](1949-) 法哲学。〔第10章〕 
カバー図版:123RF (2005-)
件名:外国人--法的地位
件名:移民法
NDLC:A631
NDC:329.9 国際法


移動と帰属の法理論 - 岩波書店


【目次】

序章 人・移動・帰属を問い直す[大西 楠テア] [v-xxvi]
  はじめに v
    (1) 本書の視座
    (2) 本書の構成
  第一節 移動と帰属――ドイツ法からのアプローチ ix
    (1) 国籍概念の生成と自由移動
    (2) 帰属の複層性と「連邦籍」
    (3) 現代ドイツにおける国籍と自由移動
  第二節 国際移動と国籍・市民権――シティズンシップ論の転回 xiv
  第三節 国境の意義とドイツの出入国管理政策 xvii
  おわりに xix
  注 xxii
目次 [xxvii-xxxi]


  第I部 移動と帰属の基礎的な考察

第1章 前近代における移動と帰属[佐藤 団] 002
  はじめに 002
  第一節 前近代における「境界」と「帰属」の概念 003
    (1) 境界、国境、辺境の語源
      ラテン語
      ゲルマン語
      スラヴ語
    (2) 原籍、本拠に関する概念
      古代ローマ
      中世法学
  第二節 中世までの人の移動と帰属の実態 010
    (1) 人の管理
    (2) 人の移動――身分ごとの違い
    (3) 都市――移動する人の受け皿
    (4) 移動しない人
  第三節 近世――人の移動に対する制限の増大 016
  おわりに 017
  付記/注 018


第2章 帰属でなく移動を――移動と帰属の規範理論[瀧川裕英] 027
  はじめに 027
  第一節 移動と帰属の区別 028
    (1) 峻別論
    (2) 一体論
  第二節 移動は重要である 030
    (1) 移住する人権は存在するか?
      権利肯定説
      権利否定説
    (2) 三つの移動概念
      運動・始点・終点
      移動それ自体[movement proper]
      消極的移動[negative movement]と積極的移動[positive movement]
    (3) 移動の自由の重要性
      消極的移動の緊急性
      積極的移動は重要か?
      移動不可能財
  第三節 帰属は重要か? 040
      権利を持つ権利
      外交的保護
      退去免除権
      帰属と人権保障の切り離し
  おわりに 046
  付記/注 048


第3章 「人・移動・帰属」をフィールドから問い直す――現代ヨーロッパにおける労働移動とジェンダー・世代[松前もゆる] 052
  はじめに 052
  第一節 「人・移動・帰属」の再検討 053
    (1) 人間概念への文化人類学的アプローチ
    (2) 移動と帰属に関わる再検討
  第二節 現代ヨーロッパにおける労働移動――ブルガリア出身者の実践から 056
    (1) ブルガリアにおける人と帰属と権利
    (2) ブルガリア落部における移動とジェンダー
    (3) イタリアで働くブルガリア出身者たち
      事例①
      事例②
    (4) 権利行使の実践
    (5) 送り出し社会からみた移動
  おわりに 069
  注 071


  第II部 移民法制の構造分析

第4章 日本の外国人法史における「在留資格」概念の肥大化[小畑 郁] 076
  はじめに―― 二〇一八年入管法改正による法目的の追加をめぐって 076
  第一節 在留資格の「イデオロギー」構造 078
    (1) 現行入管法の基本構造と在留資格制度
    (2) 在留資格制度における基本原則
    (3) 在留資格の内容からみたその機能論
  第二節 在留資格「概念」の肥大化――論点別の展開 084
    (1) 入国条件から滞在(生活)条件へ
    (2) 〈在留資格による在留〉原則の意味変化――資格外活動許可「制度」の整備
    (3) 在留カード制度の導入と自治体における実務
  おわりに――越境移動という新しい生活様式と「在留資格」制度 091
  付記/注 093


第5章 日本における移民・難民の包摂と排除[長谷川貴陽史] 099
  はじめに 099
  第一節 日本の入管政策と在留外国人の概況 100
  第二節 排除の契機――日本の入管法制と実務 101
    (1) 法務大臣裁量権の広汎さ
    (2) 技能実習生に対する処遇
    (3) 被退去強制者に対する処遇
    (4) 難民認定の少なさ
  第三節 包摂の契機――難民関連訴訟における下級審裁判所の判断 106
    (1) 近時の難民関連訴訟の裁判例の変容
    (2) 裁判所の変化の理由
  おわりに――包摂に向けた方策と理念 112
  付記/注 114


第6章 出入国管理及び難民認定法入管法)の構造と行政的理解[福山 宏] 122
  はじめに 122
  第一節 現代の日本における状況 124
  第二節 在留資格制度 126
    (1) 日本の制度の概要
    (2) 主要法系代表国の制度
      総論
      米国
      英国
      ドイツ
      フランス
      スイス
  第三節 外国人の人権享有主体性と在留資格制度との関係 131
    (1) 問題の所在
    (2) 検討
  おわりに 137
  付記/注 138


第7章 外国人の公務就任と国民主権[興津征雄] 147
  はじめに 147
  第一節 国籍要件に関する現行法の状況 148
    (1) 憲法・法令
    (2) 行政改革――「当然の法理」
  第二節 平成一七年判決における国籍の位置づけ 151
  第三節 公務就任能力の制限根拠としての国籍 152
    (1) 国民主権原理
      通説的理解
      人民主権
      責任の概念
    (2) 全国民の代表
      代表の意味
      国民代表
    (3) 被選挙権とその類推
    (4) 義務衝突・国家主権
    (5) 国民の期待・信頼
    (6) 法律の留保
  おわりに 165
  付記 1/付記 2/注 166


  第III部 移動する人と変容するアイデンティティ

第8章 家族関係における複層的法秩序をめぐって[西谷祐子] 174
  はじめに 174
  第一節 本国法主義の生成と展開 177
    (1) 総説
    (2) 黎明期の本国法主
      フランス
      イタリア
      ドイツその他の大陸法系諸国への波及
      日本
      小括
    (3) 現代抵触法における本国法主義の意義
      日本の現状
      本国法主義の限界と欧州の動向
    (4) 準拠法選択の可能性とその限界
  第二節 国家法と非国家法の協働 188
    (1) 総説
    (2) ユダヤ教徒の離婚
    (3) 宗教法廷
    (4) 国家法と非国家法の協働をめざして
  おわりに 194
  付記/注 194


第9章 移民受け入れと社会統合――シンガポールの「ワーク・パーミット」労働者をめぐって[横濱竜也] 200
  はじめに――新型コロナウイルス感染症と「ワーク・パーミット」労働者 200
  第一節 WP労働者の「階層化」 202
    (1) シンガポールの労働ビザ体制
    (2) 一時的労働力としてのWP労働者

  第二節 「階層化」克服への手がかり 204
    (1) 半熟練労働者をいかに受け入れるべきか
    (2) 移民家事労働者をいかに受け入れるべきか
      ある無罪判決
      移民家事労働者と親密圏
    (3) WP労働者のアイデンティティ――とくに宗教をめぐって
      シンガポールの宗教規則
      シンガポールにおける宗教調和政策
      「コミュニタリアニズム」を超えて

  第三節 「一時的労働者も重要である」 212
    (1) 移民労働者の社会的排除
    (2) 社会的排除と階層化
    (3) 一時的労働者の「階層化」克服へ向けて

  おわりに 217
  注 218


第10章 移民の奔流と国民国家――米国の不法移民問題を中心に[嶋津 格] 227
  はじめに 227
  第一節 米国の南側国境をめぐって 228
  第二節 我々は誰なのか 232
  第三節 ヒスパニックは人為的に作られたカテゴリー 235
  第四節 若干の理論的考察 240
    (1) リバタリアン的な解決
    (2) アイデンティティの集合的選択
  おわりに 245
  注 245


終章 国際移住の比較法社会論――日本とドイツの問題史的考察[広渡清吾] 251
  はじめに――国際移住の法的構図 251
  第一節 国際移住問題の日独比較の起点 254
  第二節 移民国と非移民国の法類型 256
  第三節 非移民国型の問題対応―― 一九八九年日本の入管法改正および一九九〇年ドイツ新外国人法制定 258
    (1) 日本の一九八九年入管法改正
    (2) ドイツの一九九〇年新外国人法制定
  第四節 ドイツの積極的移民国化の道 263
    (1) 国籍制度改革
    (2) 新たな滞在法の射程
  第五節 日本における国民と外国人の二分法の展開 267
  おわりに――制御困難な国際移住としての難民問題 269
  注 272


あとがき(二〇二二年七月 広渡清吾 大西楠テア) [275-276]
執筆者 [278]





【抜き書き】
□ 大西楠テア[執筆]「序章 人・移動・帰属を問い直す」の「はじめに」から二ヵ所、抜き書きした。


 ・本書の前提と目的。

近代国民国家は国家の領域を国境によって画定し、囲い込まれた人々を「国民」と同定して一元的に管理するとともに法的保護を与え、国境を越える移動の規制管理に努めた。
 しかしながら、人の国際移動が活発化〔……〕するなかで、国民国家の法制度は変容を迫られている。人の移動を規制管理する局面についてみると、移民現象を制御する国際的な枠組みが制度化されるとともに、ヨーロッパ諸国は国境管理をEUレベルに移しつつある。権利保障の局面についてみると、国民国家の正式な構成員でない移民の権利保障は拡大しており、また、ヨーロッパではEU市民権が登場するなど、国民国家の論理を相対化している。
 他方において、これらの現象は必ずしも国家の活動領域の縮小を意味しない。国民国家が失いつつあった制御可能性を回復し、新しい経路での影響力を開くものでもあるからである。国境を越えた国際社会の出現により国民国家の法制度は一時的に機能不全を経験するものの、国民国家はその法制度を変容させつつ、法が安定的に機能する条件を再帰的に創出するプロセスを繰り返している[註 大西楠テア「グローバル化時代の移民法制」浅野有紀他編著『グローバル化と公法・私法関係の再編』 弘文堂、二〇一五年、二四一頁以下。]。このような視座からは、人の国際移動がもたらす法制度の変容・再編は、国民国家内部で生じている脱集合化、また、再帰的近代化の一類型であると評価することもできる。[註 Vgl. Ulrich Beck. Weltrisikogesellschaft: Auf der Suche nach der verlorenen Sicherheit, Frankfurt am Main: Suhrkamp 2007(山本啓訳『世界リスク社会法政大学出版局、二〇一四年)、Saskia Sassen, Territory, Authority, Rights: From Medieval to Global Assemblages, Princeton: Princeton University Press, 2006 伊豫谷登士翁監修・伊藤茂訳『領土・ 権威・諸権利明石書店、二〇一一年)]。
 それゆえ、本書は、法律学の基本概念としての「人」、国籍と市民権、移民現象を制御する国家主権など、近代法学が前提としてきた国民国家の法制度を原理的な視座から考察し、再検討することを出発点とする。その際、本書は、抽象的に観念される「人」の具体的な在り方を考察の対象とし、移動する個人の視点様々な法制度が権利行使にどう作用するのか、移動によってアクセス可能となる資源が個人の社会状況やアイデンティティにどのような枠づけを行うのかを検討の対象に含める。

 ・本書の構成。なお、順番が分かりにくいかもしれないので、引用者の手で黒字強調してある。

第I部では、人の移動と帰属を法学的に把握するための基礎的な考察が行われる。第1章の佐藤論文は、法制史の立場から移動の前提となる国境、そして前近代における移動と帰属の在り方を歴史的に明らかにする。続く第2章の瀧川論文は、法哲学の立場から移動や帰属の意味を問い直す。瀧川論文は、帰属ではなく、移動こそが重要であり、移動を前提とした権利保障の在り方として国民国家への帰属とは別の枠組みがありうることを示唆する。第3章松前論文は、法学的には抽象的に観念される「人」の現実の在り方をフィールドワークを通して実証的に描き出す。移動によって「人」のアイデンティティは変容し、権利行使を含めた行動様式は変化してゆく。その際、松前は、送り出し国に残された家族との越境的な関係性、家事労働者として移動する女性のジェンダー意識の変容や送り出し国における社会の変化を含めた多面的な考察を行う。
 第II部は、近代国民国家が持つ「人を管理し、移動を制御するための制度」としての日本の出入国・在留管理法制を批判的に検討する。比較法的にみても入管法制は複雑で全体像のみえにくい法領域であるが、人の移動を制御し、在留外国人を管理する制度である点は共通する。第6章の福山論文は、東京出入国在留管理局長としての経験も踏まえつつ、国家主権の中核に位置するものとしての入管法制を比較法的に位置づけて、日本法の特徴を描き出す。入管法在留資格制度を中心に組み立てられており、入管行政は「資格該当性」の判断を中心とするところ、第4章の小畑論文は、この在留資格制度の「肥大化」を批判する。すなわち、在留資格が法的判断の中核におかれることで、在留資格の外にある外国人の多面的な活動は法制度に十分に反映されない。また、自治体の多文化共生施策が担う市民社会への包摂が別個の規律領域となってしまうことで、一つの社会現象を扱う法制度として連続的な把握を阻害されている。加えて、在留資格制度によって外国人の階層化が進められることは、ある種の優生思想として日本人を含め「人」の理解にも影響を及ぼす。
 こうした日本の入管法制は、法務大臣の広汎な裁量の下、外国人に対する恣意的な処遇を許容していると批判するのが、第5章の長谷川論文である。法社会学を基礎とする長谷川論文は、「包摂と排除」を理論枠組みとして、日本の外国人法制をより包摂的なものとするための提案を行う。包摂と排除の概念は福祉国家の文脈において支配的な分析概念となったが、特に移民現象との関係ではその不明確さに対する批判もある[註 錦田愛子編『政治主体としての移民・難民明石書店、二〇二〇年、一六頁。]。長谷川論文は社会システム理論に依拠して、包摂と排除の概念を具体的事例に適用する。第7章の興津論文は、外国人の公務就任権を素材として、国籍条項の必要性を公法学から検討する。通常、公務就任権は選挙権と表裏一体のものとして論じられるが、興津論文は、外国人参政権の問題と異なり、公務就任については国籍条項を課すことは国民主権原理からは基礎づけられないと結論づける。公務の就任にあたって帰属が持つ意味を論じるという意味で、興津論文は第I部の瀧川論文の各論的展開という側面をも持つ。以上の各論文は、それぞれの視角から日本の外国人法制を批判的に評価するが、国民的な議論のもとに熟慮された立法を行うことこそが日本の課題であるとする点が共通する。
 第II部が、近代国民国家の制度としての入管法を分析・評価するのに対して、移民現象の新展開によって国民国家の諸制度が変容を迫られていることを明らかにするのが第III部である。第8章の西谷論文は、「複数の社会を生きる」人々にとっての、複数の国家秩序間の選択可能性が「個人の視点から」検討される抵触法の今日的展開を論じている。とりわけイスラムとの関係では、国家法の外にあるイスラム法をいかに評価するかが論争的となる。第9章の横濱論文は、シンガポールワークパーミット労働者を素材として、労働移民の市民的・社会的保護の必要および社会へ包摂を論じる。出稼ぎ労働者の包摂は、帰化や永住を前提とした社会統合政策とは異なる論理を必要とするが、移動を前提とする人々の法的地位を強化する試みはまだ道半ばである。また、移住者によって国家の制度が戦略的に利用されることは、一方において国家の制御能力を低下させ、再国家化の契機をもたらすとともに、近代国民国家が前提とした同質な共同体としての国民を掘り崩す。第10章の嶋津論文は、ホスト社会にとって異質な価値観を持つ移住者の流入が、国家のアイデンティティを根本から揺るがすことに警鐘を鳴らす。