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『本を生み出す力――学術出版の組織アイデンティティ』(佐藤郁哉, 芳賀学, 山田真茂留 新曜社 2011)

著者:佐藤 郁哉[さとう・いくや](1955-) 
著者:芳賀 学[はが・まなぶ](1960-) 
著者:山田 真茂留[やまだ・まもる](1962-) 
装幀:難波 園子[なんば・そのこ]
NDC:023.1 総記 >> 図書.書誌学 >> 出版 >> 日本


本を生みだす力:学術出版の組織アイデンティティ - 新曜社

 市場規模という点では極小の出版産業から生み出された本が、時には社会を変革し、歴史を動かす原動力ともなってきました。本にははかり知れない可能性がありますが、ここ十数年、特に学術書をはじめとする「堅い本」は、深刻な出版不況にさらされています。この危機は、出版だけでなく学術コミュニケーション全体の危機ともつながっています。本書は、ハーベスト社、新曜社有斐閣東京大学出版会という、規模・形態を異にする4つの出版社の事例研究の成果です。学術書の刊行に関わる組織的意思決定の背景と編集プロセスの諸相を丹念に追いつつ、学術出版社が学術知についての品質管理をおこなう上で果たしてきた「ゲートキーパー」としての役割とは何か、そこで育まれる出版社、編集者の組織アイデンティティはどのようなものかを明らかにしました。電子本と「ファスト新書」の時代、学術的知の未来に関心のあるすべての読者・著者・出版者にお届けします。


【目次】
まえがき [i-iii]
目次 [v-x]


序章 学術コミュニケーションの危機 001
一 「出版不況」の一〇年 001
二 出版事業者の経営危機 003
三 ベストセラーと書店の賑わい 005
四 利益無き繁忙と「一輪車操業」 007
五 出版不況と学術コミュニケーションの危機 009
六 出版社における刊行意思決定をめぐる問題――ゲートキーパーとしての出版社 011
七 本書の構成 013


  第I部 キーコンセプト――ゲートキーパー・複合ポートフォリオ戦略・組織アイデンティティ 017

第1章 知のゲートキーパーとしての出版社 020
一 文化産業と「ゲートキーパー」(キーコンセプト①) 020
  (一) 演奏家になれるのは三パーセントだけ?――労働市場における需給のアンバランス 
  (二) 「ゲートキーパー」 

二 学術知のゲートキーパーとしての出版社 023
  (一) ゲートキーパーとしての出版社 
  (二) 出版社が負うことになる社会的期待と責任 

三 組織的意思決定としての刊行企画の決定 026

四 「複合ポートフォリオ戦略」(キーコンセプト②) 029
  (一) 「文化 対 商業」のジレンマ 
  (二) 刊行ラインナップとさまざまな「資本」の組み合わせ 
  (三) 感受概念としての複合ポートフォリオ戦略」 

五 「組織アイデンティティ」と二つの対立軸(キーコンセプト③) 036
  (一) 〈文化〉対〈商業〉 
  (二) 〈職人性〉対〈官僚制〉 
  (三) 感受概念としての組織アイデンティティ 

【用語法についての付記】 042
  「官僚制」の合理性と「官僚主義」の非合理性
  「学術書」と「研究書」の区別
  「出版社」――民間の出版社と大学出版部の総称としての使用


  第II部 事例研究〔ケーススタディ〕――三つのキーコンセプトを通して見る四社の事例 047
    比較事例分析とリサーチ・クエスチョン
    各章における事例分析の概要


第2章 ハーベスト社――新たなるポートフォリオ戦略へ 054
はじめに 054
一 ハーベスト社の歴史 056
  (一) 前史
    (1) 大学時代(一九七一 - 一九七五)
    (2) 農文協時代(一九七五 - 一九七八)
    (3) 多賀出版時代(一九八〇 - 一九八五)
  (二) 独立から社会学への移行まで 060
    (1) 独立(一九八五)
    (2) 独立直後の状況(一九八五 - 一九八九)
    (3) 社会学専門出版社への移行(一九九〇 - 一九九四)
    (4) エポックメイキングな本(一九九一)
  (三) 一九九〇年代後半以降の変化 067
    (1) 学会誌の刊行
    (2) 出版点数の増加
 
二 現代的変化の背後にあるもの 072
  (一) 「自営業としての出版」 
  (二) 技術・流通・労働環境の変化 
  (三) 出版社ライフサイクル 

三 小規模学術出版社に特有の事情 087
  (一) 原型としての「集団的自費出版」とその崩壊
  (二) 小規模出版社のサバイバル戦略 
    (1) 学術書の製作費
    (2) 出版社の運営費
    (3) ハーベスト社の経営戦略


第3章 新曜社――「一編集者一事業部」 101
はじめに 101
一 創業から経済的自立まで 102
  (一) 創業の経緯 
  (二) 経済的自立 
  (三) 著者人脈の重要性 

二 新曜社における刊行ラインナップの特徴 108
  (一) 心理学・社会学・哲学中心のラインナップ 
  (二) 刊行書籍のタイプに見られる特徴――翻訳書・「ナショナルな教科書」・教養書の重視 
    (1) 翻訳書
    (2) 教科書――ナショナルな教科書からキーワード中心のシリーズへ
    (3) 教養書(一般書)の位置づけ
    (4) 研究書の企画・刊行方針
  (三) 刊行ラインナップと「ニッチ戦略」 

三 新曜社における刊行意思決定プロセスの特徴――編集会議を無くした出版社 124
  (一) 編集者の裁量性と組織的意思決定プロセス 
  (二) 新曜社における刊行意思決定――編集者の自律性と裁量の範疇 

四 刊行ラインナップと「人脈資産」 130
  (一) ネットワークを単位とする意思決定 
  (二) 社会関係資本としての「人脈資産」 
  (三) 人脈資産と編集者
  (四) 人脈資産の開拓 
  (五) 人脈ネットワークの時間軸 

五 新曜社が持つ組織アイデンティティと四つの「顔」 140
  (一) 「組織」としての新曜社 
  (二) 〈職人性〉―〈官僚制〉軸から見た新曜社 
  (三) シリーズ企画の枠組みと〈職人性〉―〈官僚制〉軸 
  (四) 〈文化〉―〈商業〉軸とさまざまなタイプの学術書の位置づけ 
  (五) 「学術書」の定義と学術出版社の自己定義 


第4章 有斐閣――組織アイデンティティの変容過程 150
はじめに 150
一 法律書中心のラインナップ 151
二 分野拡大の功罪 154
三 コア戦略への回帰 159

四 テキスト革命の進行 164
  (一) テキスト革命のリアリティ 
  (二) テキスト革命前史――概念からパースペクティブへ 
  (三) テキスト革命の維持――興味の惹起 
  (四) 〈商業〉志向と〈官僚制〉志向 

五 標準化された構造と過程 177
  (一) 刊行意思決定の官僚制化 
  (二) 編集者の仕事のロードとサイクル 

六 強力なテキスト志向――市場への敏感さ 182

七 編集職の自律性 188
  (一) 構造的緊張――〈官僚制〉と〈職人性〉のせめぎ合い 
  (二) 環境への働きかけ 
  (三) 全行程関与の自律性 
 
八 組織アイデンティティの多元性・流動性・構築性 199


第5章 東京大学出版会――自分探しの旅から「第三タイプの大学出版部」へ 203
はじめに 203
一 成長の歴史 205

二 出版と出版のあいだ 208
  (一) 出版会館 
  (二) 母体大学との関係――出版と出版のあいだ 

三 東大出版会の誕生 211
  (一) 「東京大学新聞出版会」構想 
  (二) 協同組合出版部 
  (三) 東京大学出版会の創立

四 組織アイデンティティをめぐる未知の冒険 216
  (一) 「十分な基礎をもたないで生み落とされた子供」 
  (二) 組織アイデンティティをめぐる問い 
    (1) モデルとしての「ユニバーシティ・プレス」
    (2) 「ユニバーシティ・プレス」の意味
    (3) 大学出版部の組織アイデンティティと刊行ラインナップとの関係
    (4) 仕掛かりの企画を中心にして始まった出版事業
  (三) 「UPとしての本流」にふさわしくない書目 
  (四) 経営規模の拡大と刊行方針の明確化 
  (五) 経営責任の明確化 
  (六) 出版会館の建設・母体大学との関係 
  (七) 欧米モデルについての学習と情報の収集 
  (八) 大学出版部協会の創設
    (1) 創設の経緯
    (2) 新たな準拠枠としての組織フィールドの構築と「第三タイプの大学出版部」
  (九) 「東京大学東京大学出版会との関係について」
    (1) 文書の構成と内容
    (2) 「座談会」の開催と一七周年記念誌の刊行

五 「理想と現実」――二つのタイプの大学出版 246
  (一) 助成型と内部補助型 
  (二) 米国の場合――助成型の大学出版部 
  (三) 東大出版会――内部補助型の大学出版における「理想と現実」 

六 内部補助型の大学出版部におけるゲートキーピング・プロセス 253
  (一) 二つのレベルの組織アイデンティティ 
  (二) 〈文化〉―〈商業〉軸から見た東大出版会の組織アイデンティティ
    (1) 「大学公開(ユニバーシティ・エクステンション)」の理念とさまざまなタイプの書籍の位置づけ
    (2) 「三位一体」
    (3) 市場セグメントとゲートキーピング・システムの特徴
  (三) 〈職人性〉―〈官僚制〉軸から見た東大出版会の組織アイデンティティ 
    (1) プロデューサー(企画立案者)としての編集者――「たて・とり・つくり」の三位一体
    (2) 人脈資産の形成と継承
    (3) ゲートキーパーとしての編集者と組織的意思決定プロセス
    (4) 計画生産の限界と「プロデューサー」の意味


  第III部 概念構築――四社の事例を通して見る三つのキーコンセプト 271


第6章 ゲートキーパーとしての編集者 275
一 編集者という仕事 276
  (一) 編集者になる 
  (二) 編集業務の三局面――「たて」(企画の立案)・「とり」(現行の獲得)・「つくり」(狭義の編集作業) 
    (1) 「たて」(企画の立案)
    (2) 「とり」(現行の獲得)
    (3) 「つくり」(狭義の編集作業) 

二 編集者の専門技能とそのディレンマ 287
  (一) 編集者の専門技能――「目利き」と「名伯楽」 
  (二) 「人脈資産」をめぐるディレンマ 
  (三) 編集者・著者関係の互酬性と非対称性 
  (四) ディレンマへの対処 

三 「ゲートキーパー」としての編集者像再考 298
  (一) 「ゲートキーパー」としての編集者像の社会的・時代的波背景 
  (二) さまざまな編集者像 
    (1) 「スカウト」・「パトロン」としての編集者
    (2) 「仲間」・「同志」としての編集者
    (3) 「プロデューサー」としての編集者
  (三) 狭義の「ゲートキーパー」から広義の「ゲートキーパー」へ 
  (四) 各種の「顔」を左右する条件 
    (1) 需給バランス
    (2) 需給バランスを左右する条件

四 編集者の動機をめぐる現代的危機 310
  (一) 「割に合わない」職業としての編集者 
  (二) 「志」による説明 
  (三) 「面白さ」という基準 
  (四) 「動機の語彙〔ボキャブラリー〕」の喪失 


第7章 複合ポートフォリオ戦略の創発性 319
一 刊行目録と複合ポートフォリオ戦略 320

二 刊行計画とタイトル・ミックス 323
  (一) 刊行計画の無計画性? 
  (二) 編集者を軸とする刊行物ポートフォリオ――ボトムアップ式の刊行戦略 
  (三) 著者を軸とする刊行物ポートフォリオ――「三位一体」 

三 「包括型戦略」としての複合ポートフォリオ戦略 329
  (一) 包括型戦略と書籍出版の不確実性 
  (二) 著者(研究者)の事情――あてにならない「外注先」 
  (三) 編集者の裁量性――「教科書問題」 
  (四) 学術書の性格――思いがけない「お土産」 

四 複合ポートフォリオ戦略の創発性 341
  (一) 創発的戦略と計画的戦略 
  (二) 計画と創発のバランス 
  (三) 極限事例としての「管理されたテキスト」 
  (四) 本づくりに見られる対照的な二つのスタイル 

五 複合ポートフォリオ戦略と組織アイデンティティ 349

【補論 複合ポートフォリオ戦略の創発性をめぐる技術的条件と制度的条件】 352
  創発性と効率性
  本づくりにおける創発性と編集者の職能
  本づくりの「効率性」をめぐる文化的定義 
  組織フィールドの変容過程とゲートキーピング機能の変容


第8章 組織アイデンティティダイナミクス 359
一 文化生産における聖と俗 360
二 組織アイデンティティの多元性と流動性 362
三 職人技をめぐって 365
四 協働の仕方と成果 369
五 学術出版組織の四つの顔 372
  (一) 二軸四極図式の生成 372
  (二) 四つの顔の諸特徴 374
  (三) 学術出版組織のハイブリッド・アイデンティティ 378
    A 〈文化〉―〈商業〉関係
    B 〈文化〉―〈職人性〉関係
    C 〈文化〉―〈官僚制〉関係
    D 〈商業〉―〈職人性〉関係
    E 〈商業〉―〈官僚制〉関係
    F 〈職人性〉―〈官僚制〉関係
六 四社の事例のプロフィール 384
  (一) ハーベスト社 
  (二) 新曜社 
  (三) 有斐閣 
  (四) 東京大学出版会 


  第IV部 制度分析――文化生産のエコロジーとその変貌 397


第9章 ファスト新書の時代――学術出版をめぐる文化生産のエコロジー 400
一 学術書の刊行と文化生産のエコロジー(生態系) 401

二 教養新書ブームの概要 404
  (一) 「教養新書バブル」 
  (二) 著者の顔ぶれとテーマに見られる変化 
  (三) 教養新書の変容 
  (四) 「ファスト新書」の誕生と成長 
  (五) 「教養」の拡散 

三 ファスト新書誕生の背景 414
  (一) 出版社の事情――刊行点数の増加と発行部数の減少 
  (二) 大学の事情――業績評価における教養書の位置づけ 
  (三) 大学人の事情――著者の商業化と世俗化 

四 学術出版をめぐる文化生産のエコロジー ――日本の場合 421
  (一) 「ヘアヌード満載の週刊誌」から哲学・思想シリーズまで 
  (二) 「中間領域」が持つもう一つの側面 
  (三) 中間領域と「文化ジャーナリズム」 
  (四) 論壇ジャーナリズムの功罪 
  (五) 産業サブセクター間の分業と棲み分け 
    (1) 生産者組織と流通業者組織
    (2) 米国の場合
    (3) 日本の場合

五 「ピアレビュー」と学術出版をめぐる文化生産のエコロジー ――米国のケース 435
  (一) ピアレビューによる品質管理〔クオリティ・コントロール〕 
  (二) 個人的パトロネージとしてのピアレビュー 
  (三) 互助的パトロネージとしてのピアレビュー制度 

六 ギルドの功罪 442
  (一) 日本における査読制度 
  (二) ピアレビューの欠如の背景 
  (三) 学術出版における「玄人」同士の結束 447
    (1) 日米における学術書の読者層の違い
    (2) ギルドの功罪


第10章 学術界の集合的アイデンティティと複合ポートフォリオ戦略 453
一 大学出版部のアイデンティティ・クライシス――米国のケース 454
  (一) 一般書籍市場への進出と大学出版部の正当性 
  (二) 組織フィールド・レベルの集合的アイデンティティとその再定義 

二 RAE(研究評価作業)と学術界の集合的アイデンティティ――英国のケース 459
  (一) 学術界の集合的アイデンティティと複合ポートフォリオ戦略 
  (二) 研究評価制度の導入と学術出版の変容 

三 「ニュー・パブリック・マネジメント」と学術界の自律性――日本の場合 462
  (一) 大学に対する国家の支援と業績評価 
  (二) 論文と学術書――何を研究業績として評価するのか 
  (三) 評価制度と学術界の自律性――誰がどのようにして学術書の「品質」を評価するのか?
    (1) 評価制度の「直輸入」の危険性
    (2) 評価制度を支える互助的パトロネージ
    (3) 教育課程とアカデミック・ライティングに関する日常的な実践


あとがき(二〇一一年二月 佐藤郁哉 芳賀学 山田真茂留) [473-480]


付録2 全米大学出版部協会(AAUP)加盟出版部のプロフィール [481-484]
付録1 事例研究の方法 [485-494]
  文献および文書資料
  フォーマル・インタビュー
  インフォーマル・インタビュー
  現場観察と今後の課題
  インタビュー・ガイドライン――編集者に対する1回目の質問リスト
注 [496-532]
文献 [534-548]
事項索引 [549-561]
人名索引 [562-568]






【メモランダム】
 個人的な用語メモ。
・「感受概念」(35) ……sensitizing concept。註で案内先は、Herbert Blumer(1931) "Science Without Concept," American Journal of Sociology, 36: 513-515 と、佐藤郁哉(2006)『フィールドワーク 増訂版――書を持って街へ出よう』 pp.97-99。
・「ワードマップ」(144)……新曜社のシリーズ。
・「動機の語彙」(316頁)…… C. W. Mills(1940) 'Situated Actions and Vocabularies of Motive' での「動機の語彙」論を指す。
・「RAE」(460頁)……Research Assessment Exercise。1980s 英国で開始。