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『学歴社会の法則――教育を経済学から見直す』(荒井一博 光文社新書 2007)

著者:荒井一博(1949-) ミクロ経済学・日本経済論。
内容:前半で人的資本やシグナリング等基礎的な概念を説明しつつ、教育についての先行研究の紹介。最後に著者の提案。

【目次】
目次 [003-004]
はしがき(二〇〇七年一一月 荒井一博) [005-009]
登場人物紹介 [010]


第一部 学歴社会には「法則」がある
第1章 学歴はなぜ所得格差を生み出すのか 013
  学歴は所得を決める要因か/人的資本とは何だろうか/教育を経済学的に考えることの利点/高学歴の多様な利益/教育は被教育者以外にも利益をもたらす/正確に理解されていない教育の費用/人的資本論の論理/教育投資の収益率


第2章 学歴シグナルによる「差別」は本当か 037
  シグナルとは何だろうか/シグナリング理論の基本的なアイディア/最も平易な説明/学歴が能力を示すメカニズム/シグナリング理論の解釈/お金がなくて大学に行けない場合は?/資金が自由に借りられないときのシグナル/学歴は富裕度を示すシグナルでもある/教育投資はポトラッチと似ている/正しい理論はどちらなのか/大学進学行動のネットワーク理論/教育改革の留意点/授業料は学生自身が払う時代が来た/シグナルの弊害を克服しよう/シグナル偏重が必修科目の履修漏れを生む


第3章 働く母親と専業主婦、子どもの学歴を上げるのはどっち? 077
  親の学歴は子どもにどう影響するのか/社会階層の固定化に果たす教育の役割/父親と母親のどちらの学歴が重要か/経済発展と親の学歴の効果/女性の教育を再評価しよう/母親との読書や百科事典の効能/母親の学歴効果はなぜ相対的に大きく低下するのか/母親の所得を何に使うか/働く母親の子どもの成績はよい?/母親の就業は子どもの能力を下げるのか/軽視されてきた女子教育/なぜ短大進学率が急減しているのか


第二部 経済学的に正しい教育とは?
第4章 学校選択制教育バウチャー制度で何が変わるか 113
  学校選択制教育バウチャー制度/学校選択の自由と子どもの能力/需要と供給の調整/学校に選択の自由があるのか/教育バウチャー制度とは/バウチャー制度で誰が利益を得るのか/バウチャー制度で平均学力は向上するのか/好ましい学校選択制・バウチャー制度は?


第5章 英語ネットワークへの投資法 131
  言語の経済学/ネットワーク外部性/なぜ英語は準世界共通語なのか/英語ネットワークに立ち向かう教育/ネットワーク外部性が生み出す不平等/英語の国語化が始まった?/英語は習得しやすいか/英語は準世界共通語にふさわしいか/日本語はなかなか使いやすい言語/収益率の低い日本の英語教育投資


第6章 「いじめ」を経済学で解決する 157
  いじめは西欧でも広く見られる/自由主義といじめ/西欧と日本のいじめの比較/いじめのインフォーマル・ネットワーク/教師や親は頼れるのか/他の生徒は頼れるのか/いじめの経済学/いじめを防止・根絶する方法


第7章 教師と学級規模の経済学 183
  教師という職業は聖職か/不適格教員排除で教育の質は上がるのか/教育の場に望ましい文化とは/どのような教師が望ましいのか/学生による授業評価の問題点/少人数学級は学力を高めるのか/多数の実証研究の結論/計量経済分析の結果が異なる理由/学級規模と学力に関するテネシー州の実験/学級規模の経済理論/クラスにおけるビア効果/学級規模は何人が最適なのか/能力別クラスは好ましいか


実践編 収益率をアップさせる学習法 215
I 学習の一般理論 215
  教育の経済学はどんな能力が有用と考えるのか/道具・体系・独創の理論の提唱/道具の習得を楽しくする工夫/数学力が個人所得を高める/思考のパターンを身に付けよ/体系的思考の利点/独創(応用)と体系の関係/常に考える癖をつける/数学の難問練習は役立たない
II 英語の学習論 237
  日本人の英語はカタカナ英語/収益率を考慮した英語の人的資本投資/英語の難問練習も不要/英語を書く能力の育成法/正しい英語の話される環境を整えよ/どうしたら英語が話せるのか/英語の早期教育は好ましいのか/小学校で英語を教える条件が整っているか/自動翻訳機の作成に本格的に取り組め


あとがき [258-263]
参考文献 [264-269]




【抜き書き】
文化人類学からの用語をもって説明する、「教育の顕示的消費」の性質について。
・元来のポトラッチにはある「崇高さ」が、現代の教育投資に、どの程度見出せるのだろうか。(ごく短時間の)宗教儀礼と長期間に及ぶ教育とでは、かなり性質も受け取り方も異なると思う。
・なお下記文中の黒字強調は、私(id:Mandarine)によるもの。

  教育投資はポトラッチと似ている

 中学入試だけでなく、小学校や幼稚園の入試にまで莫大な費用とエネルギーを投入する人たちがいます。テレビでもその姿がしばしば放映されます。そのようにして、ゆくゆくは有名大学を卒業したとしても、多くの人が格別優秀または有為な人材になるわけでもありません。なぜ、それほど教育投資に熱中するのでしょうか。私には「ポトラッチ」と同じ現象のように見えます。それを説明するために、まずポトラッチの話をしましょう。
 カナダのバンクーバーを訪れると、多くの動物などを太いレッド・シーダ(杉の一種)の柱に彫刻したトーテムポールを公園などで見ることができます。北アメリカ北西海岸に居住していた先住民(アメリカ・インディアン)が、かつて家の前などに立てたのと同様なものです。
 彼らのなかのトリンギット族やハイダ族には、誕生・婚姻・葬礼・家屋の新築などの際に、招待した親族や村人に多大な財産を分配し、自分の富裕度を誇示する慣習がありました。これがポトラッチと呼ばれる慣習です。極端な場合には、高価な財産を招待客の面前で破壊したり焼却したりして富裕度を誇示しました。
 ポトラッチは文化人類学の重要な研究テーマです。『菊と刀』の著者で日本人に広く知られているルース・ベネディクトもその研究をしました。ポトラッチの目的に関する文化人類学の最も有力な説は、それが威信や名誉を獲得・維持するために行われたというものです。富裕が威信や名誉につながり、富裕であること、すなわち「余剰物」を所有していることを示すために、気前のよい財産の分配や破壊が行われたと考えられています。そうした行為はポトラッチの参加者全員が見ている前でなされたのです。
 ポトラッチは宗教的儀式でもありました。そこで行われた食事は死者を称えるためのものであり、燃え盛る火の中に投げ入れられた食料や毛布は、死者に届くと信じられていました。食料や毛布が火の中に投げ入れられる際には、それを受け取るはずの死者の名前が大きな声で唱えられました。他界にいる彼らがよく聞こえるようにするためです。
 宗教的儀式には、生きている人間に死や死者を意識させるという重要で崇高な機能があります。そのために、ポトラッチに含まれる威信や名誉の獲得・維持というもうひとつの目的が、ある程度薄められることになります。先述のように、富裕度を直接的かつ露骨に誇示することは、どの民族でも卑俗と感じられ、反感を招くでしょう。荘厳な儀式や宗教的な意味づけがあれば、反感をあまり抱かせずに威信や名誉を獲得・維持できます。富裕度は間接的に示すと効果があるのです。
 教育投資には、ポトラッチの性格が部分的に含まれていると私は考えます。富裕な人々は富裕度を誇示するために、多大な資金を教育サービスの購入に投入して自分の子どもを有名大学に行かせます。換言すれば、そのようにして自分が上流階級の人間であることを示します。するとその子どもの就職も有利になります。企業が、彼らを有能とみなしてくれるからです。ヴェブレンの誇示的消費と違って、この場合の誇示的行動は大きな実利も生み出します。
 前述のように教育を受けることには知識の習得という崇高な目的があるため、ポトラッチ的な教育投資に対する反感は少なくなると考えられます。知識の習得という目的が、ポトラッチの宗教的な目的と類似の機能を果たします。そのため、教育投資によって富裕度を間接的に示すことが可能になるのです。
 「富裕度を誇示することが、教育の唯一の目的である」と私が考えているわけではありません。教育は複雑な営為であって、そこにはいくつかの目的が含まれています。そのひとつが富裕度のシグナルを発することであると考えるのです。