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『対話でわかる 痛快明快経済学史』(松尾匡 日経BP社 2009)

著者:松尾 匡[まつお・ただす]  経済学。


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【目次】
まえがきに代えて――本書の登場人物達の紹介 [001]
目次 [002-003]


  古典派の時代


第1章 アダム・スミス……自由な市場はみんなを豊かにするのだ 005
1-1. 「祭壇」の部屋 006


1-2. 研究室の会話 010


1-3. 根上先生の授業 014


1-4. 「祭壇」の部屋 020
  ■『国富論』は重商主義の経済管理政策を批判して、自由主義の「小さな政府」を提唱するために書かれた。
  ■一国の富は貨幣ではなく、年々消費できる生産物だ。
  ■分業で生産力アップ! そのためにも自由貿易などで市場を拡大することが必要。
  ■不生産的労働を生産的労働にまわして資本の蓄積を進めれば、さらに生産アップ! 
  ■正確な価値は貨幣では測れない。「有用性」でも決まらない。
  ■商品の交換価値の実質的尺度は、生産のために投下された労働。
  ■文明が発達すると、正常な率の賃金と利潤と地代を足したものが交換価値を決める。それが、市場価格変動の重心=「自然価格」。
  ■スミスは弱肉強食には反対していた。自由な市場はみんなを豊かにするものなのだ。


1-5. 研究室の会話 029
  ■三つの軸からのまとめ 


第2章 リカード……この世に無用な人間なんていない 035

2-1. 「祭壇」の部屋 036
  ●プロフィール
  ■労働価値説に基づく「価値分解説」が、分配問題を分析する鍵。
  ■均等利潤率による価値の修正
  ■穀物法論争
  ■長期停滞論=「耕作が進むと限界値の投下労働が増え、地代の上昇が利潤を圧迫して、やがて蓄積は停滞する」。
  ■比較生産費説=取引するとみんなのトクに


2-2. 研究室の会話 055
  ■三つの軸からのまとめ


第3章 マルクス……搾取は弱肉強食社会の悪意の産物などではない 061

3-1. 研究室の会話 062


3-2. 「祭壇」の部屋 063
  ●プロフィール
  ■いまの自分のような「存在」もあるんだ……ってか!?
  ■おカネもうけのために仕事するのは「商品生産社会」。
  ■世の中が、支配するグループと支配されるグループに分かれているのが「階級社会」。
  ■資本主義も階級社会。よって「搾取」がある。
  ■対等・公正な取引でも搾取が発生する。
  ■自営業者の所得は「利潤」ではない。
  ■不均衡な変動を長期的にならしてみると均衡するのが市場メカニズム
  ■資本主義は世界を普遍化した。
  ■「搾取」とは弱肉強食の悪意の産物なのではない。
  ■労働価値説と費用で決まる価格理論とをリカードから引き継いで徹底した。
  ■未来社会のイメージは、国有・指令経済ではない。
  ■アソシエーションの未来社会像と、それが可能にになった理由。
  ■過渡期の手段としての国家権力の利用。


3-3. 研究室の会話 081
  ■どんな価格でも成り立つ搾取の証明がなされている
  ■三つの軸からのまとめ
  ■「三つの源泉」それぞれの、二潮流を総合している。
  ■先行二潮流の共通パターン=A型とB型の総合


  新古典派の時代


第4章 ジェボンズメンガーワルラス……“限界革命トリオ”が新時代をもたらした 091

4-1. 根上先生の授業 092
  ■「限界ナントカ」は「ナントカの最大限」という意味ではない。新古典派の時代の微分概念。
  ■「限界革命」からマーシャルに至る新古典派の流れ。
  ■新古典派は、市場がスムーズに自動均衡するとみて、「小さな政府」を唱えた。


4-2. 「祭壇」の部屋 099
  ●ジェボンズのプロフィール
  ●メンガーのプロフィール
  ●ワルラスのプロフィール
  ■ジェボンズは、微分法の導入で、「水とダイヤモンドのパラドックス」を解決した。
  ■最後の100円の重要さが同じなるように消費が決まる。
  ■最適消費をすれば、価格の比は限界効用の比に等しくなる。
  ■限界原理で導かれた需要と供給が、諸商品市場を均衡させるように、一般均衡の諸価格が決まる。
  ■需要と供給が一致してなかったらどう調整されるか。
  ■理系出身のジェボンズは、古典派に対抗し、自然科学のように厳密な科学を目指した。
  ■メンガーはドイツ歴史学派と論争し、どこでも当てはまる普遍的な精密科学を目指した。
  ■ワルラスは、正・不正で交換を論じるプルードンを批判して、交換の科学法則を確立しようとした。
4-3. 研究室の会話 120
  ■数学を使わなくても優れた経済学研究はできる。でもちゃんと数学は勉強しよう。
  ■一般均衡の存在と安定性の証明は1950年代になされた。
  ■「限界革命トリオ」は、「創始者」で「経済学的発想」。
  ■ワルラス一般均衡モデルは、現実の市場経済の奥に働く傾向法則の描写であり、彼の社会主義の描写でもある。


第5章 マーシャル……「短期」と「長期」で限界革命以前と以後を総合できる 131

5-1. 「祭壇」の部屋 132
  ●プロフィール
  ■ミクロ経済学の需要曲線・供給曲線の図を始めた。
  ■需要曲線は右下がり
  ■パンをいくらなら買うかで限界効用を貨幣評価する。
  ■限界効用の貨幣評価が払うべき価格より高いかぎり買う。
  ■人数が大きくなると、曲線で近似されて、需要曲線になる。
  ■生産1単位当たりの費用を縦に、生産量を横にとった長方形のグラフを描いて並べる。
  ■リカードの差額地代説の説明に似ている。
  ■「限界〜」という言葉は、リカード地代論になぞらえて生まれた。
  ■自動的に均衡に向かうメカニズム
  ■市場均衡では社会的余剰が最大になる。
  ■「一時的」均衡ではジェボンズ達の価格論が当てはまる。
  ■長期では古典派の価格論が当てはまる。
  ■保護貿易論や、新古典派の教義を曲解する主張との闘い。


5-2. 研究室の会話 157
  ■「マーシャル調整」も価格調整である。
  ■三つの軸からのまとめ


  ケインジアンの時代


第6章 ケインズ……人はなにも買いたくなくても、貨幣自体を持ちたがる 163

6-1. 根上先生の授業 164
  ■ケインズ理論は1930年代の大不況の解決のために登場し、「大きな政府」を説いた。
  ■ケインズの考えが受け入れられる過程で、マクロ経済学の教科書体系が出来上がった。


6-2. 「祭壇」の部屋 168
  ●プロフィール
  ■ケインズ以前の標準経済学は、みなセイの法則を仮定していた。
  ■セイの法則が成り立てば、市場の不均衡は自動的に調整され、売れ残りも失業もなくなる。
  ■1930年代の大不況のときは、価格も賃金も下がり続けたが、失業は減らなかった。
  ■新古典派は、人々は使わなかったおカネをヒトに貸すと考えたので、総需要が総供給に等しくなるように利子率が調整するとした。
  ■ケインズは、人々は何も買いたいものがなくてもとりあえず貨幣で持ちたがるとみなした=「流動性選好説」。
  ■流動性選好があると、セイ法則が破れ、不完全雇用均衡が発生する。
  ■失業をなくすためには政策介入が必要。けれど金融緩和政策も「流動性のわな」では限界がある。
  ■政府が財政支出を拡大して、有効需要を作り出すべきである。


6-3. 研究室の会話 184
  ■ケインズ、結構性格ズルいぞ。
  ■古典派の「セイの恒等式」と新古典派の「セイの方程式」とケインズの立場を、ワルラス法則から整理する。
  ■貨幣数量説・利子決定の貯蓄投資説・完全雇用 vs 流動性選好説
  ■古典派やマルクスの「セイの恒等式」の前提は、収入をそっくり支出する想定から導かれる。
  ■まとめ:ケインズは市場批判派で、ケインジアンの時代の創始者
  ■「食うか食われるか」の不況をなくせば、共存共栄の世界が可能といったケインズは「経済学的発想」。


第7章 ヒックスからサミュエルソン……硬直価格のマクロ教科書体系はどこで始まったか? 199

7-1. 根上先生の授業 200


7-2. 「祭壇」の部屋 201
  ●プロフィール
  ■1932年、わずか2本の曲線で『一般理論』を表し評判になった。
  ■財市場均衡は「貯蓄=投資」と表わされる。
  ■貯蓄は所得が増えたら増え、利子率が上がれば増える。投資は利子率が上がれば減る。
  ■財市場均衡をグラフで表したIS曲線は右下がりになる。
  ■貨幣供給は一定。貨幣需要は所得が増えると増え、利子率が上がれば減る。よって貨幣市場均衡を表すLM曲線は右上がりになる。
  ■利子率が高いところでは、LM曲線は垂直に近づき、新古典派の貨幣数量説が表される。
  ■利子率が低いところでは、LM曲線は水平になり、ケインズの「流動性のわな」が表される。
  ■IS曲線とLM曲線の交点で、財市場、債券市場、貨幣市場の三市場の一般均衡が表される。
  ■新古典派は企業の将来予想が非常に楽観的な大好況のケース、ケインズは企業の将来予想が非常に悲観的な大不況のケースに当たる。


7-3. 研究室の会話 217
  ■ヒックスの価格論は、需給に応じて伸縮する限界費用価格から、固定価格に変わった。
  ■主流派ケインジアンもいつの間にか賃金や価格の硬直性を想定するようになっていった。
  ■賃金や価格の硬直性を当時は現実を反映した認識だった。
  ■貨幣賃金率が下がったら実質貨幣供給量が増えるので、利子率低下で貨幣需要が増えて、完全雇用が実現するという議論の当否。
  ■資産効果があれば、物価が下がれば消費が増えて完全雇用になるはずだとする議論によって、不完全雇用の硬直価格原因説が正当化された。
  ■本当は「流動性のわな」でピグー効果はなくなる。
  ■ワルラス法則は、貨幣、債券の二市場間で成り立つのか、財を加えた三市場間で成り立つのか。
  ■フィリップスが、貨幣賃金率上昇と失業率との関係が右下がりになることを発見した。
  ■フィリップス曲線の縦軸は、いつの間にか物価上昇率に変わった。
  ■反主流の市場批判派となったポスト・ケインジアンも、硬直価格論をとった。
  ■マルクスリカードの価格論は、ポスト・ケインジアンの固定価格論とは全然別物である。


  新しい古典派の時代


第8章 フリードマンと反ケインズ革命……政府による愚かな介入が経済をダメにする 235

8-1. 根上先生の授業 236
  ■1970年代のスタグフレーションケインジアンはつまづいた。
  ■「反ケインズ革命」が起こり、「新しい古典派」経済学と新自由主義政策に時代が始まった。
  ■従来のケインジアンと新しい古典派の基本特徴の対比
  ■新しい古典派の方法にたってもケインズ的結論がだせる。


8-2. 「祭壇」の部屋 243
  ●プロフィール
  ■ケインジアン全盛時代から個人の自由のために闘ってきた。
  ■ケインジアンは1本のフィリップス曲線の上で、失業率低下とインフレ抑制のバランスを求めたが、それは労働者が貨幣錯覚して労働供給を増やすから起こったこと。
  ■労働者が物価上昇に気づくと労働供給が減って自然失業率に戻る。
  ■スタグフレーション克服には、まず貨幣供給量を減らしてインフレを抑えること。
  ■1930年代大不況は、不適切な金融政策運営のために起こった。
  ■徴兵制にも「赤狩り」にも反対した。「負の所得税」は左派の主張する「基礎所得制度」と同じ。
  ■人種差別に反対だから、それをなくすために、自由競争資本主義を求めた。
  ■累進課税に反対する理由。


8-3. 研究室の会話 257
  ■学説史上の革命家にありがちな偏屈さと、バリバリの市場肯定。
  ■フリードマンの「競争」観は、当事者の力や思惑を無効にし、適切な労働移動をもたらすという「経済学的発想」のもの。
  ■「経済学的発想」のフリードマン理論が、新自由主義の政治家から「反経済学的発想」で歪曲されて理解された。
  ■フリードマン労働市場常時均衡の想定は非現実だが、ケインジアンの賃金硬直前提を問い直したことが功績だった。
  ■サプライ・サイド派は、ケインズ派の見方が短期的であること限界をついたことが功績。
  ■合理的期待形成学派は、「ミクロ的基礎付け」を提唱し、ケインジアンのエリート主義的前提を突く問題提起をした。


終章 そして、経済学の現在へ 269

9-1. 「祭壇」の部屋 270
  ●プロフィール
  ■合理的期待でも市場不均衡が起こるし、政策介入が有効になるケースもありうる。
  ■合理的期待でバブルが発生する。
  ■初期ニュー・ケインジアンは、価格硬直性をミクロ的基礎付けから説明しようとした。
  ■新しい古典派の方法論を使っても、流動性選好があれば、デフレ不況の発生が説明できる。
  ■貨幣的な新しいケインズ派が唱える代表的な不況脱却政策は、リフレ政策。
  ■人々に物価上昇予想を抱かせるための手段。
  ■量的緩和で予想インフレ率が上昇して景気回復につながったが、デフレ脱却前にやめたので契機にストップがかかった。
  ■ゲーム理論による制度分析も同じ「予想の自己実現」の図式。
  ■ゲーム理論による制度分析は、現状擁護論ではない。
  ■ゲーム理論による分析で、条件が変われば制度が変わる必然性が言える。
  ■複数均衡論という現代経済学の特徴のもつ意味。
  ■合理的期待派の創始者ルーカスは、いま、積極的な政策介入を唱えている。
  ■非合理な予想や選択をする人の存在によって、人々の予想が切り替わる場合がある。
  ■行動経済学や心理経済学、進化論の手法などが発展し、予想の形成・変化の問題を研究することが可能になっている。
  ■ゲーム理論による制度分析は、マルクス疎外論と同じ。
  ■制度均衡が移行するダイナミックスは「唯物史観」に当たる。
  ■現代は壮大な総合の時代だ。


9-2. 研究室の会話 307


参考文献について [314-316]






【抜き書き】
※本書は、登場人物の会話という形式で進められる。
※〔……〕は引用者による省略。
※括弧の種類を一部変更した。


□「6-3. 研究室の会話」から。セイ法則、ケインズの論法についての記述(pp. 184〜188)。対話形式。ここで会話しているのは、教師の「根上のぞみ」と学生の「江古野みく」。

「えーとですね。セイ法則って〈諸財の供給はそれ自身の需要を生み出す〉って説明されましたけど、セイ法則を唱えてた人達はホントにこんな言い方してたんですか」
「ああ、それ、ケインズの表現よ。本当に正確なセイ法則の定義は、〈諸の超過需要の和は恒等的にゼロ〉ってことね。結局は、〈諸財の供給はそれ自身の需要を生み出す〉って言い換えても同じことなんだけど、こんな言い方したら、なにかそれぞれの種類の財がみんな作っただけ売れるってことかと誤解するじゃない」
「ええ私も最初そう思いました」
「それが作戦よ。わざと読者に論敵の主張を誤解させるような言い回しをして信用をなくしておいて、でも厳密には間違った表現じゃないから言い逃れは利くって案配よ」
「え〜っ。なんかズルすぎ」
「毎度の手口よ。ケインズは、古典派や新古典派が「非自発的失業」ってものの存在を認めなかったって言ったでしょ」
「はい。自分が初めて存在を認めたんだって言ってました」
「そしたら、なんか、古典派や新古典派は、自分からは望んでないのに失業しちゃった人がこの世にいることを認めないみたいに聞こえるじゃい」
「えっ、そうじゃないんですか」
「なんだかみんな好き好んで失業してるんだって考えてるみたいで、こんなこと言われたら、古典派や新古典派ってなんて血も涙もない人達なんだろうって思うでしょう。ところがだっ。古典派や新古典派も、自分から望まないのに失業してしまうことがこの世にあることは、いくらでも認識しているのよ」
「そうなんですか」
「ただし、ある部門で需要が少なすぎて生まれた失業が、別の、供給が少なすぎる人手不足の部門に移動できないでいるというケースね。ケインズの言葉では「摩擦的失業」に入るんだけど、普通の言葉遣いでは「非自発的」には違いがないわね。例えば、建設業が不況になったからクビにされた建設労働者が、福祉部門が人手不足だからと言って、すぐに介護ヘルパーになれるかってことよ。そう簡単には雇ってくれないわね。こんな失業は、とても自ら望んだ失業とは言えない。当人にとっては無理矢理強制された不幸でしょうよ。でも、ケインズの定義ではこれは「非自発的失」に入らない」

ケインズの「非自発的失業」の定義は何なんですか」
「ちょっとややこしいわよ」
と言って、先生は、机の上に置いてあった『一般理論』をめくった。
「……あったあった。ほらここ、 “賃金財価格が貨幣賃金に比べて相対的にわずかばかり上昇したとき、この貨幣賃金と引き換えに働こうとする労働供給とその賃金のもとでの総労働需要とが、共に現在の雇用量よりも大きいなら、そのとき人々は非自発的失業の状態にある” わかった?」
「???」
「わかんないでしょう」
本を受け取って、指差された箇所を読み返してみる。
「わかりません。「総労働供給」って働きたい労働者の人数ですよね。「総労働需要」って企業が雇いたい人数。……やっぱりわからないわ」
「物価が賃金と比べてちょっと上がったら、企業はもうかるようになってそれまでよりはちょっと多く雇おうとする。それに対して労働者は、引き合わないと感じる人が出て、働きたい人がそれまでよりはちょっと減る。さて、もともと、企業が雇いたい人数よりも働きたい労働者が多くて失業がでているときには、企業の雇いたい人数のほうで雇用は決まっているから、企業の雇いたい人数が増えれば、それまでの雇用量よりも当然大きくなる。他方で、働きたい人数はそれよりもともと多かったのだから、それはちょっとぐらい減っても、なお雇用量よりも上回っている。ほら、いまの定義に当てはまってるよね」
「労働需要も労働供給も共に、もともとの雇用量よりも多い……。確かにそうです。でもなんでこんなややこしい言い方をしたんですか」

ロ古典派の「セイの恒等式」と新古典派の「セイの方程式」とケインズの立場を、ワルラス法則から整理する。

「まあ、それはわかりますけど。……あのー、話は変わりますが、今セイ法則の正しい定義は、えーと……何ておっしゃいましたっけ」
「諸財の超過需要の和は恒等的にゼロ」
「あ、はい。これは、以前習った「ワルラス法則」とは違うんですか」
ワルラス法則は〈諸商品の超過需要の和は恒等的にゼロ〉。「諸商品」と「諸財」とは違うの。ワルラス法則は財だけでなくて、債券や貨幣や労働のような商品も全部含めて、全体で成り立っているわけ。だから、ワルラス法則が成り立っていても、セイ法則は成り立たないってことはいくらでもあり得るわ。セイ法則では財全体の供給過剰なんてことはあり得ないけど、ワルラス法則なら財全体が供給過剰ってことはあり得る。その裏で貨幣が需要超過になっていればいいからね」
ケインズは古典派も新古典派もいっしょくたにして「古典派」と呼んでいましたが、どっちもセイ法則を信じてたんだからいっしょにしていいんだと言ってましたけど、ホントにそれでいいんですか」
「厳密には違うわね。リカード達古典派のセイ法則は、正真正銘のセイ法則で、これは「セイの恒等式」と呼ばれる。それに対して、マーシャル達のセイ法則は厳密なセイ法則ではなくて、「セイの方程式」と呼ばれる」
「はあ。どう違うんでしょう」
「セイの恒等式はさっき言ったセイ法則の定義そのものよ。〈諸財の超過需要の和は恒等的にゼロ〉ってやつ。「恒等的」ってことだから、いついかなる場合も必ずゼロだって言うわけ。それに対して、セイの方程式のほうは、諸財の超過需要の和が絶対にゼロになるとはかぎらない。その代わり、財だけじゃなくて、債券と労働を含めてワルラス法則が成り立つ。だから、正確に言えば〈諸財、債券、労働の超過需要の和は恒等的にゼロ〉ってことね。マーシャル達はこっちなのよ」
「ああそれがケインズ憑きじいさんの言ってた話ですね。財や労働で全般的に供給過剰になっても、その裏で債券の需要超過が起こって利子率が下がるってやつ。結局利子率が下がって、設備投資が増えて、景気が良くなって雇用も増えてみんなめでたく均衡するって話ですね」
「そう。だから、セイ法則そのものじゃないけど、セイ法則的になるわけ」
完全雇用所得で決まった貯蓄を、ちょうど投資が吸収するように利子率が決まるんだって話でしたよね。「利子決定の貯蓄・投資説」と呼ばれてるんでした。〔……〕」