著者:小野善康[おの・よしやす](1951-) マクロ経済学、国際経済学、産業組織論。
既存の理論の限界を打破する全く新しい枠組
1980年代から90年代を境に、日本経済は、大きな変貌を遂げました。需要が圧倒的に不足して生産力が常に余り、それが失業を生んでいる現在の日本。これまでの経済政策ではなぜ立ち行かないのでしょうか。少子高齢化や自然災害、環境問題などの新しい危機にはいかに対応すべきなのでしょうか。また国際化する経済にはどう向き合えばいいのでしょうか。
世界的に活躍する屈指の経済学者である著者が提唱する、新しい社会に対応した画期的な経済学の勧めです。長引く閉塞状況を乗り越え、楽しく安全で豊かな国へと変貌するための処方箋をきわめて平易に綴った元気の出る一冊です。
〈http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1201/sin_k631.html〉
【目次】
はじめに(二〇一一年一一月) [i-vii]
目次 [ix-x]
第1章 発展途上社会から成熟社会へ 001
1 お金をめぐる社会の変遷 002
発展途上社会の経済成長
成熟社会の欲望の受け皿
成熟社会でのお金への欲望
お金とは何か
従来の経済学でのお金
お金への欲望が生むバブル景気とデフレ不況
私の不動産探し
二〇〇〇年代のアメリカ
2 成熟社会に足りないもの 022
貯蓄意欲が貯蓄を減らす
内需と外需
成熟社会に必要な知恵
二つのイノベーション
的外れな若者への非難
不況下の企業効率化
企業の使命と経済全体の効率
効率化の意味
3 混乱する経済政策 040
経済政策の急変
堂々めぐりの景気論争
金融産業への態度
短期と長期
長期不況という発想の欠如
第2章 財政政策の常識を覆す 053
1 乗数効果という幻想 054
供給側と需要側の景気対策
お金は増えも減りもしない
国債発行と埋蔵金
乗数効果
計算上の乗数の違い
物の購入をともなう公共事業
最後に残る効果
2 雇用創出と税負担 070
不況下の財政支出
雇用創出が生む経済拡大効果
ゆき詰まるケインズ政策
増税と景気悪化
財政資金の流れ方
一律再分配の無駄
就業者から失業者への再分配
3 財政支出の使い道 084
支援すべき分野
企業支援
成熟社会の成長戦略
雇用対策
必要な財政規模
政策運営の難しさ
不満のはけ口としての公務員叩き
財政の無駄とは
第3章 金融政策の意義と限界 105
金融緩和の景気刺激メカニズム
金融緩和と経済構造の変化
流動性のわな
インフレ・ターゲット政策
物価低下の二つの意味
消費税と金融政策との類似性
国債累積の問題点は借金負担ではなく金融不安
第4章 成熟社会の危機にどう対応するか 123
成熟社会の経済負担
1 高齢化社会と少子化問題 125
高齢化社会のお金のやりくり
現物給付と隠居制度
消費は難しい
現物給付のアイデア
高齢化社会とライフ・ステージの拡大
本末転倒の少子化対策
子育て支援のあり方
2 災害対応 140
成熟社会の災害対応
税金と義援金
復興財源のための国債発行
日銀の国債引き受けと支出の組み替え
自己責任と負担分担
災害時の安全保障制度
復興税の要件
東日本大震災の場合
災害循環と景気循環の共通性
3 環境・エネルギー政策と市場の創出 161
環境規制による雇用創出
制度の確立と産業構造の変化
エコポイントの効果
第5章 国際化する経済 169
1 内需と為替レート 170
内需と外需
効率化と為替調整
個別の効率化と経済全体の競争力
完全雇用下の円高
国内需要の減退と円高
為替レートを決める二つの要素
金融緩和と為替レート
対外資産と政府開発援助
2 企業の海外移転と産業保護 189
海外移転と衰退産業
産業構造の転換
海外移転と国内雇用
環境規制と負担
貿易自由化と内需
タオル産業と自動車産業のライバル関係
農業保護のあり方
保護関税と生産補助金
通貨統合と地域格差
おわりに [207-209]
主要参考文献 [1-6]
【抜き書き】
・第一章・第一節「お金をめぐる社会の変遷」から、バブル現象についての記述(pp. 14-16)。
お金への欲望が生むバブル景気とデフレ不況
ここ数十年の日本経済における大きな出来事を振り返ると、一九八〇年代のバブル景気と九〇年代初頭のバブル崩壊後に起こった長期不況が思い浮かびます。この二つは好況と不況を表しているので、正反対のように見えます。しかし、お金への欲望に注目すると、いずれもお金への欲望が生み出す現象で、根は同じであることがわかります。お金と言ってもいろいろあり、現金だけでなく土地や株式も、蓄財への欲望を満たすという点ではお金と同じ役割を持っています。欲望が土地や株式に向かえばバブルが起こり、お金そのものに向かえばデフレと不況が起こるのです。
もう物はいらないがお金は欲しい、でも現金で持っていたら収益がないから、何かもうかる資産を持っておこうと思って、人びとの欲望が土地や株式に向かう。その結果、地価や株価が上昇する。これがお金をもっと持ちたいという欲望をかなえていくから、そのこと自体が価値となって価格付けされ、地価や株価がどんどん上がっていく。つまり、企業や土地が生産活動やサービス提供をすることによって生まれる価値ではなく、お金を持ちたいという欲望を満足させることの価値が地価や株価に反映されて、自己増殖的に広がっていくのです。これがバブルです。(注1)注1 理論経済学では、バブルとは横断性条件(最終的に使い切れない資産が残らないという条件)を満たさなくなるほど高い率で拡大し続ける地価や株価の経路を言い、そのような経路は存立しえないと考える。ここで記述したバブルは横断性条件を満たしており、理論経済学の意味ではバブルではない。背景に金持ち願望というれっきとしたファンダメンタルズがあるからである。重要なのは、ファンダメンタルズがありながら、地価や株価が膨張し続ける経路が可能になることである。
このとき人びとが土地や株式を持っているのは、もう物やサービスはいいからお金を増やしたいと思っているためなので、それらの価値が拡大していっても物やサービスへの需要増大にはつながらず、だから物価は安定しています。物価は安定しているのに地価や株価がどんどんへ上がっていくのを見て、政策当局や中央銀行は、経済運営がうまくいっている証拠と自信を深めます。しかし、現実はバブル末期の典型的な症状なのです。
ところが、地価や株価があまりに高くなると、本当にそれだけの価値があるのか、信用できるのかと不安になって、土地や株式を売りに出す人が出てくる。そういう人が増えてくれば、地価や株価は下がり出す。もともと、大きな価値の金融資産を持っていると思えること、その幸せに見合った価値ですから、信用がぐらつけば幸せが得られなくなり、一気に売りが出てバブルが崩壊する。つまりバブル崩壊とは、土地や株式のお金としての側面が剥がれ落ちて、それを理由についていた価値が消滅することです。その額は巨大で、たとえば九〇年代初頭のバブル崩壊では、一〇〇〇兆円から二〇〇〇兆円もの価値が失われたと言われているほどです。
そうなっても、人びとのお金への欲望がなくなったわけではありません。それどころか、いままであると思っていた金融資産の価値がなくなりますから、ますますお金が欲しくなります。そのため、今度は安全な現金や銀行預金に飛びついて、物やサービスの購入をもっと控えるようになってしまいます。物やサービスが売れなくなると物価が下がって、今度はお金の価値が上がり出します。お金の価値とは、物やサービスと比べて測った値ですから、物価の逆数です。つまり物価が下がり続けるデフレ現象とは、お金の価値が上がり続けるお金のバブルなのです。お金を握り締めて物を買わない状態が続くと、物価が下がり続けてお金の価値はますます上昇していきます。そのことが、お金を持っていることの魅力をさらに増大させて、物やサービスへの需要は回復しません。これが、成熟社会における需要不足が起こすデフレ不況のメカニズムです。