著者:福島 真人[ふくしま・まさと] (1958-) 文化人類学、科学技術社会論、組織論。(①科学技術のミクロ人類学・マクロ社会学、②認知・記憶・学習の社会理論、③科学/アート/デザイン)。
装幀:松田 行正+杉本 聖士
装画:武田 史子《過去への彷徨》1991年
NDC:404 自然科学(論文集、評論集、講演集)
NDC:407 研究法、指導法、科学教育
【目次】
献辞 [/]
はしがき [i-iv]
目次 [v-xiv]
凡例 [xiv]
序章 実験室を観察する――科学技術の社会的研究の道程 001
序 科学と社会を再考する 001
ラボラトリーと社会の間 003
(1) ラボラトリー研究の系譜
(2) ラボからラボ間関係へ
2 社会と「自然」 011
(1) 社会、科学、集合表象
(2) ラボの内側と外側
3 アクター・ネットワーク理論の修正 020
(1) プラグマティズム化という過程
(2) 透明な社会空間への疑義
4 科学技術の推進力と慣性 025
(1) 期待の社会学
(2) 安定した技術の諸側面
(3) 科学研究のレジリエンス
(4) 見えないものと見えるもの――レジームの概念
5 持続する課題 030
(1) 組織的リスク再考
(2) 実験と実験的領域
結語 032
注 033
I 研究実践のミクロ分析
第1章 リサーチ・パス分析――研究実践のミクロ戦略について 039
序 戦略としての研究過程 039
1 リサーチ・パスの基礎概念 040
(1) 情報空間の基本構造
(2) 時間的過程
(3) ナビゲーション概念の効用と問題
2 リサーチのゴール 042
(1) ゴール概念の再検討
(2) ゴール中心的・リソース中心的
(3) 固定ゴール・可変ゴール
(4) 「競争」概念の該当範囲
3 リサーチ・パスの諸形態 049
(1) リサーチの成功と失敗
(2) ラボラトリーレベルでのリサーチ・パス
(3) リサーチ・パスの時間的重層性
(4) 研究組織の形式類型
(5) 研究領域の文脈的意味
(6) 科学の公共性の意味
結語 058
注 059
第2章 組織としてのラボラトリー ――意味と調整のダイナミズム 061
序 集合的行為としての研究実践 061
1 モノと意味の交錯としての組織 063
(1) 組織意味論的なアプローチ
(2) 二つの補助線
2 ラボをめぐる文脈 065
(1) 歴史的系譜
(2) マクロ社会的文脈
(3) ラボの形式的特性
3 創薬基盤に向けた組織化? 068
(1) 組織シンボルとしての「工程表」
(2) 工程表では見えないもの
4 公的表象と私的リサーチ・パス――工程表では見えないもの① 070
(1) 調整の三つパターン
(2) 伝統型――ラボのアイデンティティの維持と変容
(3) 新規型(ケミカルバイオロジー型)―― 二重化される自己表象
(4) 技術開発系――研究と業務の狭間で
(5) 強い調整の限界
(6) 強い調整への組織的アンビバレンツ
5 リサーチの工程化という困難――工程表では見えないもの② 080
(1) 基礎研究か創薬基盤か
(2) 「創薬」の意味論
(3) リサーチの「工程化」という撞着語法(oxymoron)
結語 085
注 087
第3章 知識移転の神話と現実――技能のインターラクティブ・モデル 089
序 知識は移転するのか? 089
1 技能の階梯――インターラクティブ・モデル 091
(1) ドレイファス・モデル
(2) 技能のインターラクティブ・モデル
(3) インターラクションの様々なパターン
2 ラボでの知識の動態 095
(1) 組織の構成と知識の分布
(2) 記号的のりしろとしての知識
(3) 知識移転の実際
3 知識移転の具体例 100
(1) 同分野内移転
(2) 異分野間協働
(3) 移転か記号的のりしろか
結語 106
注 107
II 研究実践のマクロ分析
第4章 研究課程のレジリエンス――逆境と復元する力 111
序 研究テーマの栄枯盛衰――天然物化学のケース 111
1 「古さ」の逆襲――テクノロジーと研究過程 114
(1) 技術社会論とその問題
(2) 古いテクノロジーの意味
(3) 研究過程の独自性
(4) レジリエンスの概念
(5) 研究過程のレジリエンス――その諸条件
2 制度的前提――農芸化学を中心に 120
(1) 歴史的背景
(2) ライバルの二つの顔
3 レジリエンスの発現 124
(1) 価値の象徴的再評価
(2) 技術的適応/流用
(3) 再ブランド化――強調点の移動
(4) 文化的イコン性
(5) レジリエンスの不均衡な分布
結語 131
注 133
第5章 ラボと政策の間――研究,共同体,行政の相互構成 135
序 研究と政策の相互関係を観る 135
1 政策の作られ方――イシューからアジェンダへ 136
(1) 問題(イシュー)の概念
(2) 政策的アジェンダ
(3) ラボラトリー研究と政策
(4) 政策過程における制度と偶発性
2 事例研究――ケミカルバイオロジーの形成過程 143
(1) ラボとその環境
(2) ケミカルバイオロジーへの対応
(3) 学会の設立過程
(4) 政策としてのライブラリー
3 理論的考察――研究、共同体、政策 149
結語 154
(1) 政策と科学者共同体の共進化
(2) 創薬という「空気」
注 154
第6章 巨大プロジェクトの盛衰――タンパク3000計画の歴史分析 157
序 日本版「ビッグバイオロジー」の肖像 157
1 『ゲノム敗北』とその後 158
2 プロジェクトの成否――期待と失望のダイナミズム 161
(1) 期待のダイナミズム
(2) 期待を阻害する三つの選択
3 研究分野と制度的背景 165
(1) 構造ゲノム学
(2) 科学技術庁と文部省
4 NMRパーク計画――第一フェーズ 169
(1) 「バイオデザイン」計画の誕生
(2) 「NMRパーク計画」と期待の社会学
5 NMRパーク計画の変容――第二フェーズ 173
(1) 理研・ゲノム科学総合研究センターの設立
(2) 構造ゲノム学とその批判者たち
(3) 切迫する特許問題
6 計画の国家プロジェクト化――第三フェーズ 178
(1) プロジェクトの意味の変化
(2) NMRパーク計画の終焉
(3) プロジェクトの立ち上げとその余波
(4) プロジェクトの余波
7 期待/境界物/国際競争 187
(1) 期待の周辺化と排除
(2) 反境界物としての構造ゲノム学
(3) 国際競争の中でのプロジェクト
(4) プロジェクトの後遺症
結語 193
注 194
第7章 知識インフラと価値振動――データベースにおけるモノと情報 197
序 研究を支える知識インフラ 197
1 インフラ概念の基本問題 198
2 創薬基盤の問題 205
3 知識インフラとしての天然物データベース 209
4 仮想ライブラリー ――未来の知識インフラ? 213
5 データベースを支えるもの218
結語 220
注 222
III リスク,組織,研究体制
第8章 科学の防御システム――組織的「指標」としての捏造問題 229
序 組織事故としての不祥事 229
1 組織とその病理――組織事故研究の枠組み 230
(1) 組織事故のスイスチーズ・モデル
(2) 懐疑のコスト
2 研究室統治――科学の防御システム I 233
(1) 研究室統治の失敗
(2) ラボラトリー研究と情報管理
(3) 記号論的な徴候とそれへの対応
3 レフリー制度――科学の防御システム II 237
(1) 周縁での戦略
(2) 中心戦略と「御威光」
4 追試――科学の防御システム III 239
(1) 追試の科学社会学
(2) 追試失敗の理由
(3) 「マジックマシーン」とうわさの深層
5 組織事故と防御システムの問題 242
(1) 防御壁強化とその限界
(2) 逸脱の常態化
(3) 組織事故と高信頼性組織
(4) 組織安全と革新型組織
(5) 最適解はあるか?
結語 247
付記 248
注 249
第9章 因果のネットワーク――複雑なシステムにおける原因認識の諸問題 251
序 危機管理と複雑なシステム 251
1 組織事故認識の問題 252
(1) 原因の拡散
(2) 因果のネットワーク
(3) 事故の原因
2 納得の構造 255
(1) 認識の「飽和」
3 認知/法――法的責任論との関係 258
(1) 原因と責任
(2) 予見可能性という論理
(3) 科学における報奨制度――組織事故の鏡像
4 組織、ネットワーク、個人 263
(1) 三つの観点
(2) 論争の再検討
結語 267
注 267
第10章 身体,テクノロジー,エンハンスメント――ブレードランナーと記憶装置 269
序 エンハンスメント概念を再構築する 269
1 身体とレジーム――新たな分析枠組みの提案 270
(1) 三つの概念――その多義牲
(2) 二つの身体モデル
(3) レジームの概念
2 国際スポーツにおけるエンハンスメント問題 275
(1) スポーツという領域
(2) ピストリウスの衝撃
(3) ファーストスキンの意味
(4) スポーツとテクノロジー
(5) スポーツ・レジームの構造
3 記憶とデジタル・テクノロジー 281
(1) 記憶強化論争
(2) 記憶とテクノロジー
(3) ルリヤと記憶研究
(4) 記憶レジームの構造
4 二つのレジーム/二つのエンハンスメント 289
結語 292
注 293
第11章 日常的実験と「実験」の間――制約の諸条件を観る 295
序 実験の多様な顔貌 295
1 学習の実験的領域――その源泉 296
2 ラボと工場 301
3 情報インフラと技術的制約 305
4 制約の働き 307
結語 310
注 310
附論 リスクを飼い馴らす――危機管理としての救急医療 313
序 現実の危機管理――その可能性と問題点 313
1 リスク、危機、事故 314
(1) 危機管理という概念
(2) 組織事故――二つのアプローチ
(3) 具体的実践――としての危機管理
2 救急医療のダイナミズム 317
(1) 歴史的背景
(2) 医学としての救急医療
3 救急医療の組織的特性 319
(1) チームワーク
(2) 地域ネットワークと救急体制
4 危機管理組織としての救命センター 321
(1) ルーティンとしての危機管理
(2) センターの対応限界
(3) センターの誤用/悪用
(4) 組織環境の変化
5 来るべき体制への模索 324
(1) 救急医療の二つのモデル
(2) 二つのモデルの組織論的意味
6 危機管理組織をめぐる諸問題 327
(1) 四つの問題点
(2) 緊急性と全体性
(3) 組織環境の変化―― FEMAとの比較
結語 330
注 332
あとがき(福島真人) [335-338]
参考文献 [11-40]
索引 [1-10]
【抜き書き】
・巻末のあとがきに掲載された初出情報。
序章 書き下ろし。
第1章 「リサーチ・パス分析――科学的実践のミクロ戦略について」『日本情報経営学会誌』第二九三号、二六‐三五頁、二〇〇九年。
第2章 「知識移転の神話と現実――バイオ系ラボでの観察から」『研究技術計画』第二四二号、六三‐一七二、二〇一〇年。
第3章 「組織としてのラボラトリー ――科学のダイナミズムの民鉄人」『組織科学 特集――経営の厚い記述』第四四巻三号、三七‐五二頁、二〇一一年。
第4章 Resilience in Scientific Research: Understanding How Natural Product Research Rebounded in an Adverse Situation, Science as Culture 25, Issue 2: 167-192, 2016.
第5章 「ラボと政策の間――ケミカル・バイオロジーにみる研究、共同体、行政」『科学技術社会論 特集――科学技術政策の現在』第一〇巻、九六‐一一二頁、二〇一一年。
第6章 Constructing "Failure" in Big Biology: The Socio-technical Anatomy of the Protein 3000 Program in Japan, Social Studies of Science, 46(1): 7-33, 2016.
第7章 Value Oscillation in Knowledge Infrastructure: Observing its Dynamic in Japan's Drug Discovery Pipeline, Science and Technology Studies, 29(2): 7-25, 2016.
第8章 「科学の防御システム――組織論的「指標」としての捏造問題」『科学技術社会論研究』第一〇巻、六九‐八四頁、二〇一三年。
第9章 2012「因果のネットワーク――複雑なシステムにおける原因認識の諸問題」『日本情報経営学会誌 特集――リスクと情報経営』第三二間に号、三ー一二頁、二〇一二年。
第10章 Blade Runner and Memory Devices: Reconsidering the Interrelations between the Body, Technology, and Enhancement, East Asian Science, Technology and Society 10: 73-9, 2016.
第11章 書き下ろし。
附論 「危機管理としての救急医療――その組織、構造、変容」 『組織科学 特集――組織と危機管理』第四五巻四号、一五‐二四頁、二〇一二年。
337なお本書には収録しなかったが、特に第1章の議論と関係あるものとして、次のもの等がある。
Corpus Mysticum Digitale?: On the Notion of Two Bodies in the Era of Digital Technology, Mortality 20(4): 303-318
・「はしがき」から。最初に本書のテーマ設定、アプローチについての説明。
我々が今生きる社会は、毎日、いや毎分、毎秒といったペースで新たなモノや事実が生み出され、それがまさに洪水のように日々の生活を押し流していく、そんな社会である。こうしたモノや事実を生み出していく中心の一つが、科学技術の力である。この様な認識をもとに、知識が湧出する源泉の一つである研究の現場と、それと相互作用するいくつかの関係領域の一部を記述的・理論的に分析したのが本書である。当然の事ながら、関係する領域は多種多様であり、近年話題の産学連携の現場といったものも、こうした関係領域の一つである。他方、本書ではどちらかというと、研究と政治(あるいは政策)との関係により焦点を当てている。
前書『学習の生態学――リスク・実験・高信頼性』では、医療現場や高信頼性組織といった様々な現場におけるある種の「実験可能性」、つまり試行錯誤を通じての学習の可能性という問題が探求の対象であったが、前書ではあくまでメタファーとして使われていた「実験」という言葉が、本書の基本テーマとなっている。いわば科学の一部の実践的な活動の理解を通じて、社会における実験とは何なのかというのが、本書の中心的な課題である。
科学技術という括り方は、余りに大雑把で誤解を招きやすいと同時に、当然それへのアプローチも多様であり〔……〕ここでは国際的に、「社会的研究」(Social studies)(あるいはもっと単純にスタディーズ)と呼ばれる学際的なアプローチを中心に議論を展開している〔……〕。本書でも、対象を接写する民族誌的な手法、組織論、歴史分析、更に理論的な討論を併用しており、本書の対象も、ある代表的な研究所の生命科学系のラボからより大きな国家的な政策に至る一連の領域が含まれている。ここでの議論は全体として生命科学や創薬研究の観察を中心に展開しているが、他の分野との比較研究等は、別の機会に譲りたい。
〔……〕知識の産出現場が持つ多様な側面を、ミクロとマクロ両方の視点から探ってみたのが本書の特徴である。こうした「経験的な」科学技術研究は、海外では非常に活発であるが、本邦では未発達である。その意味では、本書は「科学技術の社会的研究」(social studies of science and technology)あるいは「科学技術研究」(science and technology studies: STS)の一つの流れであるが、現場での学習論、リスク管理、政策論、あるいはイノベーション研究といった分野とも関係が深い。
・構成。
本書は大きく四部構成になっている。序章「実験室を観察する」は、科学技術の社会的研究で主導的な役割を果たして来たラボラトリー研究、つまり科学的実践のミクロ観察にまつわる様な理論的、実践的問題を本書との関わりの深い分野を中心に詳述している。
第I部「研究実践のミクロ分析」は、こうした理論的な背景を前提に、ラボレベルにおける諸問題、例えば研究過程での戦略選択、研究組織が持つ意味論上の諸問題、異なる分野における学際的な協力の際におこるミクロの諸問題といったテーマが取り扱われる。〔……〕。
第II部「研究実践のマクロ分析」は、こうしたミクロの実践を、より大きな政治経済的な文脈の中でとらえる論考を集めたものである。ここでは特に、創薬等に関連したいくつかのマクロ領域(例えば天然物化学、構造ゲノム研究、創薬データベースといった)が分析の対象となり、特に政策との関わりを中心に、その動態を歴史的にみるアプローチが中心となる。
第III部「リスク、組織、研究体制」は〔……〕例えば組織事故とリスク管理、責任の分散の問題、あるいは技術による身体のエンハンスメントの管理といった一般的な議論を展開する章をまとめている。最後の章では〔……〕科学研究の「工場化」とでも言えるテーマについて、そのインパクトを一般的に論じている。また巻末には附論として救命センターのリスク管理論を掲載しているが、前書との継続性を読みとってもらう為である。
・末尾から。
本書に関係する経験を積む中で、つくづく印象に残ったのは「科学に於いては、毎日が産業革命だ」という、ある研究者の名言である。「科学革命」という言い方はクーンの議論で有名になったが、寧ろこの「産業革命」という言い方から、まるで唯物史観の「手工業から機械化、あるいは更にフォーディズムへ」といったイメージを一瞬抱いたからである。しかし二四時間体制で稼働するゲノムのシークエンサーやその他の自動化された装置を現場で見てみると、この言い方が実にリアルだと感じる事も多かった。『真理の工場」というタイトルは、まさに日夜夥しい量の真理を生産する工場的なシステム、そしてその中に生は きる我々という、必ずしも非現実的と最早言えないイメージに基づいている。AIでノーベル賞という話が真顔で語られる現在、完全自動化された科学、といった話が日常的なものになる日も、そう遠くないのかもしれない。そうなれば、我々はみな肉体労働からも、精神労働からも解放されて、理想の社会に住めるという訳である。どんな社会だろうか?