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『翻訳とはなにか:記号論と翻訳論の地平――あるいは、世界を多様化する変換過程について』(小山亘, 浅井優一[編] 三元社 2022)

編著者:小山 亘[こやま わたる](1965-) 言語人類学、記号論、社会言語学、ほか。
編者:浅井 優一[あさい・ゆういち] 文化人類学(フィジーオセアニア地域研究)、言語人類学、記号論、ほか。
装幀:臼井 新太郎[うすい・しんたろう] ブックデザイン。
NDC:801.7 翻訳法
備考:サブタイトルについて。本書のタイトルにあらわれる言葉がどれも抽象的なので、手掛かりなしでタイトルに明確な切れ目を入れるのは少し難しい。
 表紙・奥付・背表紙でのタイトルの書かれ方(文字の配置、フォントの大小や改行)と、NDLの書誌DBで示された解釈は、「翻訳とはなにか」がタイトルで「記号論と翻訳論の地平――あるいは、世界を多様化する変換過程について」が一塊のサブタイトルを成している……ということで一致している。ここでもそれに準拠する。
 次に記号について。タイトルとサブタイトルとをコロン(:)で繋いでおり、二倍ダッシュ(――)は、それより一段下のレベルでの繋ぎに用いられている。これと同様の記号が使われた例として、第4章第3節「メタ語用的記号過程としての翻訳:翻訳の困難、社会指標性、多言語性の基点としての出来事――漢文訓読、ケベック・フランス語、スコッツ語などを事例として」が挙げれらる。
 弊ブログではこれまで、タイトルとサブタイトルとを繋ぐとき(切れ目を入れるとき)に二倍ダッシュ(――)を用いてきた。しかし、今回の書籍は上記のとおり記号法がかなり明確なので、記事タイトルに置く書名の表記も著者の記号法に従うことにした。


翻訳とはなにか

 翻訳とは、ある言語で言われたことを別の言語で言い換える、ただ、それだけのことなのか。近現代の翻訳を問い直し、その背後にナショナリズム、言語純粋主義、標準語中心主義などのイデオロギーを見出すことにより、方言、語用、相互行為などを含む、社会文化的なコミュニケーションの地平で翻訳――言語間翻訳、言語内翻訳、そして記号間翻訳――その全体を捉える枠組みを提示する。すなわち、本書は、翻訳を、社会文化空間の中で生起するコミュニケーションという出来事とその連鎖が織り出す記号過程として描くことをとおして、今日の翻訳および現代翻訳研究の全体像を解き明かすものである。


【目次】
目次 [iii-xii]


序 001
注 007


第1章 翻訳の記号論序説:社会、文化、そして言語にとって等価性とは何か

導入 010


第1節 翻訳論と記号論 013
  第1節第1項 翻訳研究における等価性
    等価性の一般理論とカテゴリー
  第1節第2項 パース記号論における等価性とヤコブソンの記号間翻訳論
    等価性とカテゴリー化
  第1節第3項 聖なる言語:ユダヤ教アラム語クルアーンと正則アラビア語
    『バーヒールの書』、『創造の書』、『ゾーハルの書』:カバラー研究と文字、神性、宇宙論
    イスラームと神聖言語:クルアーンと翻訳・解釈・注釈
  第1節第4項 神学者シュライアーマハーの解釈学:言語相対主義と文献学


第2節 聖書解釈と近現代アメリカ・プロテスタント主義 039
  第2節第1項 自由主義神学保守主義神学の分裂と生成
  第2節第2項 福音主義からディスペンセーション主義へ
    ディスペンセーション主義:導入
    自由主義神学の分身としてのディスペンセーション主義
  第2節第3項 復興主義と啓蒙主義
    福音主義:暫時的総括
  第2節第4項 超教派性と福音主義


第3節 ペンテコステ運動原理主義、テレヴァンジェリズム、民族原理主義 055
  第3節第1項 ペンテコステ運動の勃興
  第3節第2項 原理主義福音主義
  第3節第3項 原理主義と社会的福音運動
  第3節第4項 テレヴァンジェリストの歴史:新福音主義ビリー・グラハムとその後の展開
  第3節第5項 原理主義の「大転換」とその意義
  第3節第6項 現代日本の民族原理主義:オカルト、ハルマゲドン、密教的人類学


第4節 ユージン・ナイダの聖書翻訳論:保守主義神学・現代福音主義と構造言語学との相同的親和性 088
  第4節第1項 SIL(Summer Institute of Linguistics)およびWBT(Wycliffe Bible Translators)の宣教と翻訳:あるいはイーミックの言語学/人類学
     SIL/WBTにおける聖書翻訳の近代言語イデオロギー
     SIL/WBT:福音主義と構造言語学の邂逅
  第4節第2項 【聖書 = 母語 = 翻訳】の三幅対
  第4節第3項 動態的等価性:目標テクストにおける言及指示内容の「自然さ」
  第4節第4項 変形文法『アスペクト』モデルの翻訳論
  第4節第5項 ナイダ以後


第5節 修辞学的伝統 107
  第5節第1項 キケロの翻訳論
    地中海世界のリンガ・フランカないし覇権言語の地位をめぐる競合:ギリシア語とラテン語の社会言語学的分布とその変移の概要
  第5節第2項 ヒエロスムスと中世のキリスト教的翻訳論:聖書解釈学、メタ語用、俗語翻訳
  第5節第3項 「母語」という思想
  第5節第4項 言語の等価性と民族言語文化相対主義


第6節 翻訳研究、言語人類学、コミュニケーション論 135
  第6節第1項 エスノポエティクスの翻訳論
  第6節第2項 翻訳研究、システム理論、機能主義的社会学
    システム理論
    スコポス理論
  第6節第3項 結語


第1章注 151


第2章 翻訳と翻訳研究の構成:記号論的考察

第1節 翻訳研究の「文化論的転回」とは何だったのか:記述学派とその批判について 210
  第1節第1項 テルアビブ学派:翻訳規範論とポリ・システム理論
  第1節第2項 記述学派によるロシア形式主義の受容とヘブライ語国家としてのイスラエルの形成
    ポグロム
    ヘブライ語復興運動:言語政策
    ポグロム、移民、同化、民族ナショナリズム:社会政策、社会変容、言語選択
    総括:ロシアとイスラエル、翻訳
    記述学派の系譜、限界、余波
  第1節第3項 現代翻訳研究の概観:記号論的総括


第2節 言語復興運動の島々:オセアニアピジンクレオールエスニック・リバイバル 247
  第2節第1項 土地を翻訳する:メタ語用と翻訳(不)可能性
  第2節第2項 ことばの巣とハワイ語復興運動
  第2節第3項 マオリ語イマージョン教育とニュージーランド
    総括:ハワイとマオリの民族語復興運動
  第2節第4項 ハワイ・クレオール英語
    社会言語学的な等価性の綻び
  第2節第5項 ハワイ・クレオール英語の歴史的コンテクスト:メタ語用の審級


第3節 アメリカ合衆国における先住民社会と白人社会との間の法や統治をめぐる対立 270
  第3節第1項 チェロキー・インディアンとジョンソン対マッキントッシュ判決
  第3節第2項 インディアンの土地
    土地割当時代
    インディアン再編成法(IRA)とその時代
    アリゾナ州ホピ族と部族評議会
    パパゴ族と部族評議会
     IRA 以後:揺り戻しと、それへの抵抗としての先住民運動エスニック・リバイバル
    部族法廷:抵抗と包摂
  第3節第3項 総括:翻訳、コンテクスト、メタ語用的フレーム


第4節 翻訳の困難とメタ語用的フレーム:文字、識字、文書、儀礼 290
  第4節第1項 マレーシアの言語政策:マレー語と英語
  第4節第2項 南米クンバル社会、北米トロワ社会などにおける文書、儀礼、翻訳
  第4節第3項 ズールーの儀礼パフォーマンスと文字の体制
  第4節第4項 スラヴ語圏における聖なる(書物の)文字としてのキリル文字とその地政史
    総括:文字、イデオロギー、神聖性
  第4節第5項 結語


第2章注 312


第3章 近代翻訳論の言語イデオロギー:言語構造、言及指示的テクスト、標準語

第1節 「(起点/目標)テクスト」とは何か 342
  第1節第1項 読書という行為とメタ語用的フレーム
  第1節第2項 ドイツ・ローマン派と近現代:ゲーテの翻訳論からベンヤミンの純粋言語へ
    近代的翻訳イデオロギー


第2節 文献学的近代、単一言語ナショナリズム:対照ペアと分裂生成――言語の創出 352
  第2節第1項 ナショナルな諸言語(標準語、国語)の秩序と翻訳
  第2節第2項 カロリング朝の言語改革とその余波:島嶼部/大陸、宣教、言語の分裂と定立
    イングランド、アルフレッド大王と俗語の体制
    総括:近代以前における翻訳をとおしたネーションとその言語の形成
  第2節第3項 翻訳と二重体/ダブレットの生起


第3節 翻訳における「ポスト・モダン」の一様態:シニカル理性批判 367
    ピムに見られる現代翻訳研究のイデオロギー


第4節 ポスト・コロニアル翻訳論と、言語の全体 380
    翻訳の、記号論的 = ヤコブソン的な定義についての注釈


第5節 移民、接触、混淆:翻訳研究と、接触の社会言語学 386
  第5節第1項 ココリーチェと南アメリカのイタリア移民
    ココリーチェとその社会史的コンテクスト
    総括
  第5節第2項 スペイン語諸変種の社会言語学的特徴
  第5節第3項 総括:ジャンル、メタ語用、イデオロギーと翻訳


第3章注 409


第4章 社会文化的な出来事としての翻訳:多様性、多言語性、翻訳不可能性
第1節 導入 432
    ポスト・コロニアル翻訳理論と記号論


第2節 ディスコース過程、テクスト化/コンテクスト化の社会記号論:擬似翻訳、擬似原典などに見られるメタ語用、ジャンル、間テクスト性 435
  第2節第1項 メタ語用的テクスト化の連鎖
    間テクスト性と現代翻訳研究
  第2節第2項 擬似翻訳(pseudo-translation)
  第2節第3項 偽経、そして中国におけるテクストなき/原典なき翻訳(textless translation)
    総括:ナショナリズムとテクストなき/原典なき翻訳
  第2節第4項 オシアン詩歌集
  第2節第5項 テクストなき/原典なき翻訳:パパゴ・ネーションと英語、大英帝国とペルシア語など
  第2節第6項 結語:ディスコース過程と翻訳


第3節 メタ語用的記号過程としての翻訳:翻訳の困難、社会指標性、多言語性の基点としての出来事――漢文訓読、ケベック・フランス語、スコッツ語などを事例として 458
  第3節第1項 ヤコブソンの「一般化された翻訳」
    総括:翻訳の記号論儀礼、社会指標性
  第3節第2項 ジュアル(ケベック・フランス語俗語混淆変種)
  第3節第3項 クワインの「翻訳不可能性」と社会指標性
    翻訳不可能性、社会言語学的多様性、偶発性/固有性


第4章注 479


結 ――多様性の翻訳/翻訳論に向けて―― 495


参考文献 [503-540]
あとがき(江古田にて 小山亘) [541-544]
事項索引 [545-557]
人名索引 [558-561]
著者・共編者紹介 [562]






【抜き書き】 


・成り立ち。

 本書は、元来、「言語人類学の射程」 と題されたA4で4,000枚ほどのかなり長大な草稿のうち、冒頭に近い部分の約500枚を切り出し、 一篇の独立した書物として大幅に編集し直したものである。 編集作業は著者の手に余るものとなり、上記のように浅井優一先生に共同編集の労を取って頂いた。


・読書中にデジャ・ビュを感じたが、以前『Lexicon 現代人類学』でも同テーマを発表していたとのこと。

 本書執筆の過程で、本書で扱っている題材に関する研究発表や出版を少々行ったが、それは以下のとおりである。


・2011. 「社会言語学的多様性と翻訳不可能性:メタ語用、言語変種接触、社会指標性と記号論的全体」 翻訳論研究会講演会(日本記号学会研究プロジェクト)招待講演資料。 2011年3月12日 (土) 大阪大学豊中キャンパス待兼山会館会議室。

・2013. 「スタイル/フォーマリティー概念の多様性と社会言語学的全体:指標性を基軸とした概念化の試み」 『「言語と人間」研究会 第38回春季セミナーハンドブック』、5-8頁+補足ハンドアウト 3pp. 「言語と「人間」研究会」(2013年3月21日発表)。

・2014. 「記号/運動――文字、肖像、増殖、文化、その断片」 『異文化コミュニケーション論集』、第12号、45-64頁。

・2016. 「メタコミュニケーション論の射程:メタ語用的フレームと社会言語科学の全体」 『社会言語科学』、第19巻第1号、6-20頁。

・2017. 「社会語用論」 井上逸兵 (編) 『シリーズ 朝倉日英対照言語学〔発展編〕 第1巻:社会言語学』 (第7章)、 125-145頁。 朝倉書店。

・2017. 「自然文化、環境/文学記号の儀式と擬制の祝宴」森田系太郎、山本洋平、ほか (編) 『環境人文学II:他者としての自然』269-285頁。勉誠出版

・2018. 「言語の存在論」 奥野克巳・石倉敏明 (編) 『レキシコン 現代人類学』、160-163頁。 以文社

・2018. 「記号論と人類学」 奥野克巳・石倉敏明 (編) 『レキシコン 現代人類学』、164-167頁。以文社

・2018. 「社会言語学とディスコーダンスの空間葛藤と合意の絡み合いによる現代世界の編成とプラグマティズムの原理」 武黒麻紀子 (編) 『相互行為におけるディスコーダンス:言語人類学からみた不一致 ・ 不調和・葛藤』(第9章)、 237-260頁。 ひつじ書房

・2020. 日本通訳翻訳学会「通訳・翻訳研究における会話・談話分析アプローチの可能性」 プロジェクト招待講演 「会話・談話・コミュニケーションとその(メタ)語用論的な構成原理:遂行性と指標性」(2020年9月12日 Zoom隔会議) レジュメ (11pp. 附属資料)。

・2021. "Performativity vs. indexicality." In James Stanlaw, ed., International Encyclopedia of Linguistic Anthropology (4 volumes), Vol. 4, pp. 1527-1531. Wiley-Blackwell: Chichester, UK. (doi.org/10.1002/9781118786093. iela0307) (electronic version published in 2020)

・2021. "Pragmatism." In Op.cit., pp. 1618-1630.(doi.org/10.1002/9781118786093. iela0324) (electronic version published in 2020)


 特に、冒頭に挙げた、2011年3月12日、震災の翌日に行われた大阪大学豊中キャンパスでの招待講演は、本書のみならず、上で述べた草稿全体の執筆の契機となった。