原題:Justifying Intellectual Property (Harvard University Press)
著者:Robert P. Merges
訳者:山根 崇邦[やまね・たかくに] 知的財産法。
訳者:前田 健[まえだ・たけし] 特許法。
訳者:泉 卓也[いずみ・たくや] 知的財産法、理学修士(地球惑星物理学)、気象予報士。
※ そのほかの訳者(”特許庁の翻訳プロジェクト”関係者)の氏名は、ページ下部に抜粋している。
解説:島並 良[しまなみ・りょう] 知的財産法。
装丁:宮川 和夫[みやがわ・かずお]
NDC:507.2 [500 技術・工学] >> [502 研究法・指導法・技術教育] >> [507.2 工業所有権]
【目次】
献辞 [/]
日本語版への序文(カリフォルニア大学バークレー校教授 ロバート・P・マージェス) [i-iv]
訳者はしがき(2017年3月 訳者を代表して 山根崇邦) [v-viii]
はじめに [ix-xv]
目次 [xvii-xix]
凡例 [xx]
第1章 序論――本書のテーマ 001
前置き――知的財産は「本当に」財産なのか 004
知的財産法における中層的原理の1つとしての効率性 007
基盤の多元主義,つまり「下層における空間的な余裕」について 011
I 基盤
第2章 ロック 038
ロックと知的財産権の「相性のよさ」 039
ロックの専有理論 041
自然状態と原始的共有 041
ロックの共有概念とパブリックドメイン 044
パブリックドメインから取り去る行為 049
労働の中心性 052
「混合」という比喩
労働と財産権の自然な境界
労働の目的を忘れないこと
まとめ――「付加」と比例性 060
ロックの但し書き 061
依存と十分性の但し書き 066
知的財産法における腐敗の但し書きの重要性 072
不当な専有行為と過大な権利主張
複雑な問題――囲いとしての有用性と選択肢の提供価値について
慈愛の但し書き 079
ロックにとって「慈愛」とは何を意味するのか
慈愛の但し書きをどのように実現すべきか
慈愛の但し書きの知的財産権への適用
但し書き――結論
本章のまとめ――ロックと知的財産権 086
第3章 カント 089
序論 089
オリエンテーション――ロックからヒュームへ,所有の機能的アプローチ 089
人,物,そして衝突をめぐるヒュームとカントの比較 091
占有から自律へ 093
カントの占有概念 095
個人の意志――そして,それが重要な理由 097
所有の起源
共有の意志の投影
知的財産分野における意志と対象
カントにおける広範な自律概念
現代の自律の価値に忠実であれ
放棄の重要性 109
なぜ今,放棄が重要なのか 110
自発的な情報コモンズ 112
カントと個人創作者からなるコミュニティ 114
所有――義務の網から権利まで 114
権利の普遍的原理 116
天才的な創造性がもつ社会的な側面 119
卵が先か鶏が先か,所有が先か国家が先か 121
国家,権利,そして功利主義的な知的財産法 122
事例研究――パブリシティ権 126
パブリシティ権の歴史 128
結語 132
第4章 分配的正義と知的財産権 134
分配的正義の体系と知的財産制度 135
ロールズの正義の二原理 136
「基本財」とそれ以外の財――分配されるべきものという概念の拡張 138
財産権と功績
私たちが受けるに値するもの
「原初状態」における知的財産権 143
功績(デザート)などいかがでしょうか
知的財産権,思いがけない幸運,功績
知的財産権と最も恵まれない人びと――知的財産権がもたらす不平等を擁護する 155
知的財産権はどのように最も貧しい人びとを助けるのか
まとめ――知的財産権と格差原理
知的財産法は分配の問題をどのように個々の知的財産権のなかに取り込んでいるのか 159
個人の功績と社会の義務 159
知的財産権と時間をかけて与えるものとしての功績
中核と周辺部に関するさらなる考察
創作物の作成
中核の構造
周辺部――財産権の請求が行われる場合の再分配の正当化
知的財産法の細部にまで組み込まれた分配のメカニズム 170
公正性と最初の権利付与
活用段階――権利付与後の環境における公正性
知的財産権で保護された創作物への課税
ロールズからローリングへ――分配的正義と知的財産権に関するケーススタディ 176
結語 179
II 原理
第5章 知的財産法の中層的原理 182
「中層的原理」とは何か 182
中層的原理はどこから来るのか ケーススタディとしての非専有性原理/パブリックドメイン 185
一般化により実務から原理を探索
共通の根拠
原理は実用的である 191
知的財産法の中層的原理 195
比例性 195
効率性 197
なぜ効率性は基盤的ではないのか
効率性が果たす適切な役割
知的財産法における事例
尊厳性原理 203
結語 205
第6章 比例性原理 207
序論 207
比例性とは何か 208
橋のたとえ話 211
特許法における具体例―― eBay事件
小さな権利と大きな影響力
たとえ話のバリエーション 217
レントシーキングとは何か
比例性の適用――レントシーキングの割合
歴史上のいくつかの例
レントシーキングの制御――最も効果的な微調整
第3のたとえ話――集団の力の勝利 227
財産権,ネットワーク効果,集団的な労働
具体例――ユーザによる価値の向上
比例性の回復と維持 233
eBay事件を超えて――権利付与後の比例性 235
比例性の理論――事前と事後の比較
比例性の理論――市場取引規制
余剰分価値の議論――そしてそれを避けること――について
重要だが控えめな原理 243
結語 245
III 諸問題
第7章 職業的創作者,企業所有,取引費用 248
職業的創作者 249
なぜ職業的創作者に特別な配慮が必要なのか 249
知的財産と労働の財産化
歴史的転換の簡単な説明――パトロネージとそれに不満をもつ人びと
知的財産権と聴衆の大衆化
検証不可能なお話にすぎないのか?
職業的創作者の全体的状況 259
エンターテイメント
特許と小さな創作チーム
デザインおよびブランド構築の職業的創作者
知的財産の増加と強化に伴う,取引の「間接経費」への対応 270
統合による解決――クリエイティブ産業における大企業 273
大きなメディア企業
新たな生産モデル(オープンモデル/集合モデル)について一言
技術製品を製造する大企業
再び取引費用 284
知的財産権の放棄と「排除しない権利」 285
権利放棄の正しい方法(と誤った方法)
権利放棄の簡略化
権利処理の費用の低減――多数の企業によるコンソーシアム 288
ケーススタディ――音楽のデジタル著作権管理システム
プラットフォームとコンソーシアムの構築
結語 294
第8章 デジタル時代の財産権 297
序論 297
財産権は今なお妥当か? 現在の知的財産の論点の見取図 299
デジタル資源の流動的な世界 303
共同性はデジタル時代の創作の本質か 303
職業的創作者と法的基盤 305
ある形態の創作的表現に対する特権 306
ある種の特権としてのインセンティブ
エリート創作者?
デジタル技術の知的財産権はアマチュアを「差別」しているのか? 310
リミキサーのためのフェアユース? 312
取引費用と変容的利用(transformative use)
市場の失敗
変容的利用(transformative use)
リミキサーの場合における市場の失敗と変容的利用
ロックとカントのリミックス
著作権とリミックスの量――どこに問題があるのか?
権利の不行使と「権利の緩衝空間」
創作者の権利への配慮――デジタル技術の設計 325
創作者に対する損害――権利としての知的財産の尊重
損害の保護手段としての知的財産権
契約の遍在の時代における財産権 328
財産権の――廃止ではなく――現代化 330
「大衆のためのロック」――集団的権利の探究 334
結語 336
第9章 開発途上諸国の特許と医薬品 338
背景事実 339
アクセスする権利とその限界 340
ロックの慈愛の但し書き 341
差し迫った欠乏
困窮者のための権原
カントの普遍的原理
分配的正義と医薬品特許 346
医薬品特許と中層的原理 347
制限 349
医薬品が命を救うのはいつか
世代間について考慮すべき事項
医薬品と特許保護
影響の評価――医薬品の研究開発基盤
裁定取引のリスク
世代を超えた影響と規範理論
公正の実践――特許医薬品アクセスのための方策 357
第10章 結論――財産権の未来 359
労働の財産化 362
なぜ知的財産「権」なのか 364
個人資産に対する個人によるコントロール――財産権の過去および将来における本質 365
排他性の柔軟性
実際に機能している柔軟性の2つの例
なぜ「対世効のある」権利なのか
ダイナミクスの評価と環境保護アナロジーの否定 374
バランスのとれた権利――付与前と付与後についての考察 375
バランスのとれた権利の付与 376
付与後のバランス 377
私のお気に入りの規範理論,そしてそれがなぜ重要か 379
機能する自律 381
知的財産権は公正な制度である 382
知的財産権の取引上の負担――解決策はある 384
取引――知的財産の世界を横切る流と動き 385
取引上の負担の軽減 385
最後に 386
原注 [389-472]
解説[島並良] [473-478]
はじめに
概要と特徴
背景と展望
おわりに
索引 [479-484]
【抜き書き】
◆「日本語版への序文」から。
本書は,なぜ社会が知的財産権制度を採用し維持すべきなのかという問題に対する,妥当で説得力ある根拠を提供しようとする試みである.こうした根拠こそ,私が「正当化する(justify)」という言葉によって意味するものである.正当化とは単に説明することではない.それは深い根源にまで遡って説明することである.「正当化」とは,なぜあるものが正当であるのか,つまりなぜそれが妥当かつ必要なものであるのかを明らかにすることなのである.
しかし本書はまた,知的財産権を制度として今よりもうまく機能させようとする試みでもある.それは知的財産法の雑多な側面を整理すること,つまりそれらをきれいに整然としたものにする試みである.文書の行末が不揃いででこぼこになっている場合に植字工が行末の並びをきれいにまっすぐに直すことを,英語では「行末をそろえる(justify)」というが,“Justifying Intellectual Property”という本書のタイトルにもこうした意味が込められている.つまり私は,知的財産権をより秩序だった,より一貫したものにしたいのである.
◆「はじめに」
近年,知的財産の分野では,「知的財産はデジタル時代にはもはや必要ない」,「知的財産分野はこじつけの根拠と中途半端な理論が脈絡なく絡み合ったものである」,「知的財産は,それが何であれ,真の財産とはいえない」といった多くの非難が浴びせられている.私はこのような非難から知的財産権を擁護したかった.ただし,私がしたかったことは,現在の知的財産法の体系をそのまま維持するような単なる擁護ではなく,それ以上のことである.創作的な人びとを尊重し,彼らに報いるように創作物を保護するというこの法分野の主たる目的はこれまでも達成されてきたと私は考えているが,私がしたかったことは,この法分野の輪郭を整え,体系をていねいに整理することで,これまで以上にこの主たる目的に資する方法があることを示すことである.そういうわけで,本書のタイトルには2つの意味がある.私はさまざまな批判から知的財産権を擁護するという意味で知的財産権を正当化(justify)したいと考えているが,それと同時に,乱れてしまった知的財産の法体系を真っ直ぐに並べ直したり,まとめたり,体系立てることにより,その輪郭や並びを,もう少し整然としたものに(justify)したいとも考えている.
この目的を達成するためのプランを教えよう.私は主として次の3つのことを話すつもりである.第1に,歴史上の哲学者(ロック,カント)から比較的最近の哲学者(ジョン・ロールズ,ロバート・ノージック,ジェレミー・ウォルドロン)にいたるまでの卓越した哲学者たちの考えを提示する.第2 に,主として知的財産の細部を念頭におきながら,これらの考えを詳しく検討する.第3に,ますますデジタル化・ネットワーク化が進行する世界における財産権の未来を理解するにあたり,これらの考えがどのように役立つかを論じる.
◆山根崇邦による「訳者はしがき 」末尾から、本書の翻訳について。
次に,本訳書の誕生経緯について触れておこう.本書の翻訳プロジェクトはもともと特許庁内で進められていた.2011年の暮れ頃から特許庁の杉浦淳審査長(当時.現大阪工業大学知的財産研究科教授)を中心に,高倉成男明治大学法科大学院教授のご指導を仰ぎつつ,特許庁内外の有志の方々が本書の翻訳作業を進められ,2013 年5 月頃には仮訳を完成された(本翻訳プロジェクトにご尽力された方々のお名前は末尾に掲載させていただいた).その後,このプロジェクトに神戸大学の島並教授と前田健准教授,それに私が加わることになった.そして,杉浦審査長(当時)をはじめとする関係者の皆様のご判断により,本書の翻訳は,特許庁内の翻訳作業の中核を担っておられた泉卓也審査官(当時.現NEDO シリコンバレー事務所次長),前田准教授,私の3 名で,引き続き行うことになった.
翻訳にあたっては,まず,分担を決めて作業を進めた.泉審査官(当時)がはじめに,第1章,第5章,第6章,第9章を,前田准教授が第7章,第8章,第10章を,そして私が日本語版への序文,第2章,第3章,第4章を担当した.翻訳作業においては,正確な翻訳に努めると同時に,論理展開の厳密さを損なわない範囲で,できるだけ日本語として自然で読みやすい訳文の作成を心がけた.定訳がある場合にはそれに従い,既存の邦訳本が出ている場合にはそれを参照した.訳語に悩む場合や争いがある場合には,マージェス教授に意味を確認して,訳語を確定するように努めた.たとえば,“where there is enough, and as good left in common for others” というロックのフレーズに関しては,“as good” を「善きもの」と訳すのか「たっぷりと」と訳すのかをめぐって論争がある.マージェス教授に確認したところ,前者の意味で使っているということであったので,本訳書では「善きもの」とした.
担当章の翻訳の草稿ができあがってからは,全章の草稿を持ち寄って互いに点検しあい,少しでもわかりにくい箇所があればマークし,コメントや訳文案を記入して担当者に返却するという作業を繰り返した.こうした共訳者間での推敲作業に1 年以上もの月日を費やしたが,このような作業を通じて,誤訳の箇所を減らすとともに,文体や訳語について統一を図ることができたのではないかと考えている.今はただ,協働の産物としての本訳書が少しでも読みやすいものとなっていることを,そして,ひとりでも多くの人に読んでいただけることを願うばかりである.
本訳書の完成までには多くの方々のお世話になった.著者のマージェス教授には,日本語版への序文をご執筆いただいたうえ,本書の内容に関する多数の質問にも迅速にご回答いただいた.また,マージェス教授に日本語版への序文の執筆をお願いするにあたっては,本間友孝JETRO北京事務所知的財産権部部長のお力をお借りした.杉浦審査長(当時)や齊藤真由美審判官をはじめとする特許庁の翻訳プロジェクトチームの方々には,本書の仮訳や参考資料を見せていただくなどのご配慮を賜るとともに,翻訳の草稿に対しても数多くの有益なコメントを頂戴した.島並教授には,本書の解説をご執筆いただくとともに,訳語や訳文の表現に関して貴重なご助言を賜った.さらに,一橋大学の森村進教授には,翻訳の草稿に目を通していただき,法哲学の専門用語や文献等に関して貴重なご教示を賜った.お力添えをいただいたすべての皆様に,厚く御礼を申し上げる.
〔……〕
特許庁内の翻訳プロジェクトにご尽力された方々は,以下のとおりである.
小山隆史(外務省経済局知的財産室室長,弁護士),森友宏(アペリオ国際特許事務所代表弁理士),杉浦淳(大阪工業大学知的財産研究科教授),齊藤真由美(審判部第21 部門上級審判官),古屋野浩志(審査第一部アミューズメント上席総括審査官),福田聡(内閣府知的財産戦略推進事務局参事官),本間友孝(日本貿易振興機構(JETRO)北京事務所知的財産権部部長),北川創(審査第一部分析診断上席審査官),道祖土新吾(審査第一部事務機器上席審査官),泉卓也(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)シリコンバレー事務所次長),小川亮(審判部第2部門審判官(併:審判企画室課長補佐)),大塚裕一(山口大学大学院技術経営研究科准教授),櫻井健太(独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)知財情報部部長代理(情報提供担当)),奥田雄介(独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)知財戦略部部長代理(営業秘密管理担当)),相田元(審査第三部プラスチック工学審査官),藤脇沙絵(審査第一部アミューズメント審査官),佐々木祐(審査第一部ナノ物理審査官),右田純生(総務部情報技術統括室(特許庁PMO)機械化専門官),寺田祥子(審査第一部調整課審査評価管理班(品質管理室)審査評価管理係係長).
※所属等は平成29 年3 月時点
◆第1章(p. 32)から。
デジタル時代の学者は「インターネットはすべてを変える」と説いてきた。〔……〕しかし、新たな配信技術によっても変わることがなかった1つの重要な事実がある。それは、創作物を生み出すには、依然として労力と(多くの場合には)個人の意志ないし人格の投影を必要としているという事実である。労力と個性が知的財産の本質なのであるから、創作物に対して財産権を認めることは、インターネット時代においても、依然として理に適っているのである。
この本質的な継続性に気づかない者は、創作物に関するゆるぎない真実を見落としている。技術至上主義の論調で書かれた書籍や記事を少し読めば、この点は明らかになる。ローレンス・レッシグの『CODE VERSION 2.0』、ジェシカ・リットマンの『デジタル著作権』、そして多くの類似の著作は、創作物を伝達する技術のこととなると、インターネットが存在する以前とそれ以後との間には急激な不連続性があると繰り返し強調する。彼らによれば、こうした変化の原動力は、知的財産分野の存在意義を解釈する際の支柱としても機能するという。その基本的な考えは単純である。創作物を広める技術が劇的に変化したのだから、この分野に関する私たちの考えも劇的に変わらなければならないというのである。これこそが、技術至上主義(technocentrism)という表現で私が言わんとしていることである。
◆「解説」冒頭から。
知財法(とりわけ創作法)の正当化根拠論については,経済学を取り入れた功利主義的な立場と,道徳哲学に依拠した義務論的リベラリズムの立場が長らく対立してきた.両者いずれもその内容は多面的であるが,ごく簡単にまとめると,前者は創作誘引による社会的効用(発明や著作物の量的拡大・質的向上)の最大化という目的(政策目標)を実現するための「手段」として知財法制度を捉えるのに対して(帰結からの正当化),後者は知財権を創作者が本来的にもつべき当然の「権利」として把握する(淵源からの正当化).