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『「働く」ために必要なこと――就労不安定にならないために』(品川裕香 ちくまプリマー新書 2013)

著者:品川 裕香[しながわ・ゆか] (1964-) 教育ジャーナリスト。特別支援教育、矯正教育。
NDC:366.021 労働経済.労働問題
NDC:366.29 労働経済.労働問題 >> 労働力.雇用.労働市場 >> 職業.職種.職業紹介.職業訓練.就職
メモ:直接「発達障害」とは書かずに、雇用に現れる発達障害の課題について書いてある本。おそらく読者範囲を、発達障害を抱える人やその周囲だけに限定せず、コミュニケーションや労働やキャリア形成において問題を抱える人にまで広げようという意図にもとづいた工夫だと考えられる。


筑摩書房 「働く」ために必要なこと ─就労不安定にならないために / 品川 裕香 著


【目次】
目次 [003-005]


序章 未経験者が正社員になれるのは、基本的に新卒のときだけ 007
  仕事に定着したいのにうまくいかない若者たち 
  フリーターやニートが正社員になるのはむずかしい
  新卒枠のタイムリミット三年の実態
註 013


第一章 「働く」がわからない 014
1 仕事に定着できない若者たちの言い分 014
  ケース1
  大きな悩みもなく、フツウに過ごせた小中高校そして大学
  いろいろやって中堅のメーカーに就職、そして二年で退職
  一年以上就活したがうまくいかず、“とりあえず”派遣社員
  気がつくと卒後四年で、やりたい仕事はまだ見つからない
  なんでこんな目に遭うのかわからない
  ケース2
  同級生とはソリが合わなかった中高時代
  気がつくといつも面接で落とされていた
  派遣でうまくいかずウツになる
  なんで単純な仕事一つできないのかわからない
  ケース3
  よかったのは入社まで
  新人にはもっと計画的に指導すべき
  この業界はどこも同じと言われ、自分はもつ無理だと思う
  オレらは政治や教育の被害者
  ケース4
  エントリー八十社会に落ちてさ、大学院に
  就職できたし、コミュニケーション能力には自信があった
  自分にもっと合った仕事があるはず
  退職から二年、引きこもりに

2 企業側が理解できない新人たちの増加 058
  ケース5
  遅刻しても電話一本なく、寝坊したので諦めた、と説明
  会議室に呼んで事情を聴いたらパワハラと主張
  ケース6
  ケース7
  見習い中に先輩に嫌がらせをうけウツになる?
  一方的にフェイスブックに書き込み
  ケース8
  ミスを指摘すると嫌がらせだと受けとる
  “お互い様”は通じない

3 両者の言い分から見えてくること 074
  「働く」ことを誤解している若者が多い
  人としての基本的な土台が脆弱
  若者たちの不満、企業側の戸惑い
  社会人になる準備ができていない若者を企業が持てあます


第二章 教育現場や家庭では何が起こっているのか 082
1 就職予備校になっている大学 082
  キャリアセンターがやっていること
  三年生の就活に向け、あの手この手でバックアップ
  保護者向け就職説明会を開催
  結局教えているのは、就職試験突破のノウハウ
  広島大学のキャリアセンター
  法政大学のキャリアデザイン学部とキャリアセンター
  就労支援は文部科学省主導
  学問よりも研究よりも就職が大事なのか
  「上げ膳据え膳の指導」が若者たちを躓かせる

2 小学校・中学校・高校でやっていること 101
  ある小学校のキャリア教育
  好きなことを仕事にできるのは、家が金持ちか勉強がてきるヤツだけ
  評判のいいキャリア教育でも、ついていけない子どもがいる
  文部省・文科省がやってきたこと
  知識重視の指導の見直し
  ある中学生の職場体験
  社会人として生きるために必要な力が何か、具体的にはわからない
  社会に適応するにはコミュニケーション能力? 自己理解?
  キャリア教育では社会に適応する力は学べない?

3 小学校・中学校・高校の課題はどこにあるのか 123
  イベント化するキャリア教育
  成果がないのは子どものせい、はおかしい
  大津の市立中学校舎で起きたいじめ自殺問題からわかること
  家庭に問題はないのか?
  学校も親もイマイチだと気づいたら


第三章 社会に適応できる、自立した人間になるために必要なこと 135
1 「自立する」とはどういう意味か 135
  自立のポイントは「他者とともに生きる」こと
  自立するための“武器”を獲得しよう

2 リスク要因と保護要因という考え方 141
  「人とつながる力」は弾力を養うことから
  リスク要因を減らし保護要因を増やす
 [表] 146-147 

3 教育現場をリスク要因と保護要因の視点から見てみる 149
  管理主義にのみ偏った教育はリスク要因を上げる可能性がある
  弾力は自分で身につけることができる
  
4 家庭環境をリスク要因と保護要因の視点から見てみる 155
  なぜうまく子育てができなかったのかわからない母親
  自分で困難を乗り越える経験が保護要因を養う
註 160


第四章 自分の特性を理解すれば、道はきっと開ける 161
1 第一章に登場する若者たちは、なぜうまくいかなかったのか 161
2 「自己理解」から始めよう 168
  脳神経の特性にはどのようなものがあるのか
  考え方のクセ(偏り)にはどのようなものがあるのか
註 193


終章 明日を変えるために 194


読書案内 [201]




【抜き書き】


□p. 160の参考文献。

Bernard, B (1993), Fostering resiliency kids, Educational Leadership 51 (3), PP. 44-48.

Brooks, R (1994), Children at risk: Fostering resilience and hope, American Journal of Orthopsychiatry 64 (4), pp. 554-553.

Gottfredson, G (1987), American Education: American Delinquency, Today's Delinquent, pp. 5-70.

Hawkins, J (1995), Controlling crime before it happens: Risk-focused prevention, National Institute of Justice Journal 229, pp. 10–18.

Kats, M (1994, May), From challenged childhood to achieving adulthood: Studies in resilience, Chadder, pp. 8-11.


□pp. 146-147
・筆者は就労不安定につながる「要因」を以下のように列挙している。

   リスク要因 

 【学校】
小学校からの低い学力
学業成績の低さ
小学校三、四年生レベルの読み書きができない
学校にいかない
ルールに価値を見出さない
友達からの拒絶
学校内での孤立
教師との関係の失敗
モラルの低い教師/生徒
教師の指導力不足など

 【家族】
貧困
暴力親和性の高い両親や地域
厳しすぎる、もしくは一貫性のないしつけ
愛着不足
家族内葛藤
養育能力の欠如
児童の被害と虐待など

 【個人】
非行的な信念(犯罪者的思考パターンがあると言われる)
衝動性や攻撃性が強い
攻撃性や暴力の早期発現
時間感覚の欠如(将来起こる結果を予測する力が弱い)
感情(特に怒り)のコントロール力が弱い
ストレスに弱い
反抗
仲間からの拒絶
暴力被害ないし暴力にさらされた経験(目撃も入る)
罪悪感・共感性の欠如など



   保護要因 
 【学校】
面倒見のよい支持的な成人の存在と関与
生徒に対する高い期待。
学校の質の高さ
明確な基準とルールがある
学校への向社会的なかかわりの機会
学校に対する前向きな態度
生徒と教師、生徒同士の社会的絆
平均を上回る学業成績
読み書きのスキル
学習スタイルを考慮した指導
芸術、音楽、運動などを含めた豊かなカリキュラム など

 【家族】
効果的な子育て
親との良好な関係
家族とのつながり・愛着
家族との向社会的な関わりの機会
子どもに対する期待の高さなど

【個人】
社会的能力
問題解決スキル
自律性(セルフ・コントロールカ)
自己効力感
自尊感情(セルフエスティーム)
前向きな態度/将来への楽観
自分への高い期待
健康的で伝統的な信念と明確な基準
成人および友人から社会的サポートを得ているという認識など


【メモランダム】
・以下、長い感想。


・対象読者について。本書は「問題が起きたあとに問題を抱えた人が読む本」というよりも、「就労を控えた人の周囲にいる人々(保護者、先輩、教師など)が、あらかじめよんでおくと役立てることができる本」だと思う。
 私としては、「こういったこと(本の用法と対象)が、サブタイトル(「就労不安定にならないために」)から明らかに分かるし、本来の読者にも適切に届くだろう」、とは思えない。

・用語について。筆者は本書で「発達障害」という言葉を使うことを意図的に避けており、その結果、なかなか分かりにくい記述になっている。

・用語と内容について。筆者は第四章で「発達特性」の使用を避け、代わりに「特性」を使用している。勝手に読者への影響を勘案すると、本来の「特性」の意味がゆがめられ「特性」の使用に忌避が生じうるうため、よくない婉曲表現だ。

・構成の問題について。SNSでも否定的に言及したが、本書の構成はかなり珍しい。「何が主題なのか」が判明するのは、130ページめくった後である。
 この構成では、本の35%を占める怒涛のインタビュー群を、主題が宙ぶらりんなまま読ませることになるが、読者に分かりにくさをいだかせるだけだと思う(実際に雇用を維持できなかった経験をもつ読者にとっては、余計に酷な読書になってしまう問題もある)。
 というわけで、第三章から読み始めると著者の意図がつかみやすいし、余計なストレスもかからない。

・内容について。「大学まではとくに問題は無かったが、就職後に問題が顕在化した」という例が多い。
 素人なりに考えると、これは環境と「特性」の組み合わせの問題でもあるから、もし若者の方に能力不足を求めるばかりではアンフェアだと思う(本書がすべてそうであるというわけではないが)。この問題に対しては、個人の適応に帰するだけではなく、「職場が働きやすくなること」も同時に必要だと思う。