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『賃上げはなぜ必要か――日本経済の誤謬』 (脇田成 筑摩選書 2014)

著者:脇田 成[わきた・しげる] (1961-) マクロ経済学労働経済学。
NDC:332.107 日本経済史・事情(昭和時代後期、平成時代 1945-)


筑摩書房 賃上げはなぜ必要か ─日本経済の誤謬 / 脇田 成 著


【目次】
目次 [003-007]
はじめに(著者) [011-013]


第1章 成長と循環のあいだ 015
1.1 日本のマクロ経済観測の基本 026
  マクロ経験法則① シフトしないフィリップス曲線を基本として考える
  わずかなデフレがなぜ問題とされるのか
  雇用者報酬の低迷こそ問題
  マクロ経験法則② 失業率の減少速度を示すオークンの法則
  マクロ経験法則③ 景気の体感温度を示すGDP実質成長率
  ベンチマーク水準実質成長率3%は高すぎないか
1.2 日本経済はなぜ一進一退したのか 036
  中期の低迷と「洗面器のカニ」生成のプロセス
  「洗面器のカニ」を行き詰まった企業から理解する
  不良債権問題の量的なインパクトと経済成長率
1.3 ひもは押せない――金融政策の限界 043
  分かりやすい米国の金融政策
  日本の金融政策の限界は何か① 金融市場のルーズ化
  日本の金融政策の限界は何か② 金融の国際化
  日銀は動かなかったのか、動けなかったのか
  なぜインフレが生じないのか
  金融政策の異常がもたらす結果
コラム:売り家と唐様で書いた日銀 
1.4 円安誘導の限界 058
  円安になるための期待の変化とは
  なぜ好況初期に円高になるのか
  為替介入には効果があるのか
1.5 海外展開の限界 064
  機械中心の輸出産業はどう特徴づけられるのか
  輸出比率で産業別の特徴を理解する
1.6 念頭に置くべき4点 071
  ①労働 高齢化による労働力人口減少と非正規雇用化の流れ
  ②生産物需要 グローバリゼーションの一方的認識
  ③金融 どこにお金があるのか
  ④政府 お行儀は悪いけれども……
注 077


第2章 増大する非正規労働者をどうとらえるか 081
  労働市場をめぐる議論
  マクロ的視点で「質」と需要不足を重視すべき
  上下関係か契約関係か
2.1 非正規労働者の急増と失業率の変動 088
  年齢別失業率と雇用形態別失業率
  非正規雇用の実態と推移
  若者と就職氷河期世代
  就職の「本音」と「建前」
  新卒一括採用慣行を企業は止めたいのか
コラム:新卒一括採用とナビサイト
  主婦パート・アルバイト① 130万円の壁
  主婦パート・アルバイト② 「組合・保険・訓練」の3点セットを望んでいるのか
  高齢者と在職老齢年金制度
  非正規雇用を促進してしまう制度と動学的不整合性
  兼業農家化を促進する非正規雇用の契約や制度
2.2 中核社員の過剰と管理・計画の過剰 108
  長期雇用は変化しない正社員
  ホワイトカラー過剰を示す職種別の状況
  ブラック・ジェネラリストとモンスター・スペシャリスト
  管理職過剰がもたらす「空気」
  職務給と職能給と運とコネ
  序列と格差
コラム:プライドの分配と金銭の分配

2.3 正規・非正規の関係をどう位置づける? 120
  非正規雇用の理論分析――パッケージかチョイスか
  平均所得減少の原因① 非正規雇用の低賃金
  平均所得減少の原因② 非正規雇用から正規雇用への波及効果
  平均所得減少の原因③ マクロ的な生産性が上昇するのか
  平均所得減少の原因④ 派遣村ブラック企業
  雇用政策の何が問題か
注 130


第3章 ミドルの不満と閉塞の構造 135
3.1 保険メカニズム――日本的労働慣行の光と影 138
  日本的労働慣行の「光」――保険と相互扶助メカニズム
  労働問題用語で保険機能の3分解
  長期安定雇用をファイナンス理論で理解する
3.2 なぜ不満があるのか――非対称情報からの接近 146
  雇用慣行に関する怨嗟① 共同体の格付け
  雇用慣行に関する怨嗟② 非対称情報から考える
  雇用慣行に関する怨嗟③ 相互監視と共同体嫌悪の知識人
コラム:「体制」としての日本的労働慣行
3.3 多能工的熟練形成と専門職敵対視の構造 155
  特殊的熟練工は将棋の「と金」
  マイクロ・マイクロ的労働慣行と多能工的熟練
  職種別市場幻想とジェネラリスト
  流動化論への留保① 専横排除
  流動化論への留保② 「タテ」と「ヨコ」の競争意識
  流動化論への留保③ 「成果」主義の経験
  流動化論への留保④ 現状ではバブル入社組のリストラ一辺倒
  スペシャリストの限界
  高度人材養成と専門職市場の失敗
    A 大学と大学院改革
    B 法科大学院と司法改革
    C 医療改革
  司法改革はなぜ失敗したのか
  労働市場のエコノミークラスとビジネスクラス
コラム:福島原発問題と専門家のコントロール

3.4 労働政策は何をなすべきなか 176
  対策① 分類と社会保険番号
  対策② ミスマッチと価格メカニズム
  対策③ 財源と雇用保険埋蔵金
注 184


第4章 要塞化する日本企業 187
4.1 混乱するガバナンスの議論 189
  企業は誰のものか?① 理論的な問題は残余請求権
  企業は誰のものか?② 順番の議論
  企業は誰のものか?③ 具体的にシェフとオーナーで考える
  企業は誰のものか?④ 日本企業と経営者の役割
  ダブル・スタンダードな議論の結果としての要塞化

4.2 利益処分の優先順位変化 198
  収益分配優先の順位の変容① 企業純資産増大へ
  企業純資産増大の具体的状況
  収益分配優先の順位の変容② 1998年の銀行危機の影響
  収益分配優先の順位の変容③ 失われた10年と設備投資のパズル
4.3 企業純資産増加の問題点 207
  企業埋蔵金増加の問題点① 
  企業埋蔵金増加の問題点② 
  企業埋蔵金増加の問題点③ 
  企業埋蔵金増加の問題点④ 
  企業埋蔵金増加の問題点⑤ 
4.4 賃金上昇反対論の誤り 216
  賃金上昇反対論の誤り① 
コラム:ケインズ的な消費関数の成立
  賃金上昇反対論の誤り② 産業は空洞化するのか
  賃金上昇反対論の誤り③ 減価償却費のトレンド的上昇と労働分配率
  賃金上昇反対論の誤り④ 設備投資費用とサイクルの動き 
  賃金上昇反対論の誤り⑤ 会計上の錯覚なのか
4.5 賃上げは充分なのか 232
  政府の認識と対応
  春闘とボーナスの二部料金システム
  ボーナスの罠
4.6 企業優遇政策の帰結 241
コラム:もしドラと資本家の不在 
注 246


第5章 自分を見失った政府 251
5.1 財政の現状 255
  財政危機の実態
  財政の外部要因――国債暴落の可能性
  プライマリー・バランスで状況を理解する
  税制改革の方向性
  懐疑(1a) 税収見積もりの予測誤差と財政急好転の論理
  インフレ政策は危険
  懐疑(1b) 抜け穴の多い法人税
  懐疑(2a) 政府資産の状況と埋蔵金論争
  埋蔵金論争① へそくり論の問題点
  埋蔵金論争② なぜ生成されるのか
  埋蔵金論争③ 混乱の原因は総債務と純資産の使い分け
  懐疑(2b) 債務超過と資産査定の必要性
  懐疑(3) 社会保障費の一般財源
  財政危機と対策の現状
  財政危機対応への一試案――日本政府の上下分離と持株会社導入
5.2 社会保障と世代間不公平 286
  社会保障改革の方向性――ワークフェアベーシックインカム
  現金給付政策に
  日本の公的年金のあらまし――三階建ての構造
  賦課方式と積立方式
  二重負担と初期時点
  積立方式化は可能か
  世代間不公平論への疑問① 遺産と国富
  世代間不公平論への疑問② 現在価値計算の利子率
  若者はなぜ不満なのか
  世代間の優先順位の変更が必要
5.3 地方の「壊死」問題 304
  地方の産業構成と集積の経済
  「デフレの正体」の正体
  都会と地方の格差
  社会資本の廃棄
  地方分権の陥穽
注 318


第6章 少子化と家庭の変容 323
6.1 少子化とその要因 326
  少子高齢化の実態
  少子化の原因と対策の有効性
  子どもの聖域化
  3つの少子化対策
  結婚しない日本人――生涯未婚率の急上昇
  児童(子ども)手当か保育所か――現金か現物か
6.2 女性労働と2つのM字型カーブ 335
  2つのM字型カーブ
  拙速な就労支援は少子化対策にならない
  所得階層と少子化対策への評価
  出生率と女性労働
  現物給付の非効率性――時間がボトルネックか、所得がボトルネック
6.3 子ども手当は過大だったか 346
  手当のインパクト① 子育て費用
  手当のインパクト② 女性労働
  手当のインパクト③ 財政
  少子化対策反対の構図
  少子化を受け入れるコストは莫大
注 355


第7章 立ちすくみの構造 357
  3つの現状判断と合成の誤謬
  すべてはつながっている――「合成の誤謬」生成の契機
  処方箋と反感① 賃金増大
  処方箋と反感② 少子化対策
  A論とB論再考――本末転倒と「急がば回れ
  どちらに行けばよいのか


参考文献 [i-v]




【抜き書き】
・3章から(pp. 172-173)。ここで参照されてるのは、小林正啓『こんな日弁連に誰がした?』(平凡社新書)。

  司法改革はなぜ失敗したのか

 小林(2010)は司法改革に関して(異論はあるのでしょうが)興味深い分析を提示しています。同書は法曹一元のかけ声の下で弁護士会は人員増加を容認せざるをえないはめに陥ったこと、そして法科大学院の乱立などいかに需給を無視して、一見都合の良い夢想的な計画が実行されたかを活写しています。法科大学院の予想定員の和の集計程度はしておけば、いまのようなロースクール受難の事態を招かなかったと同書は指摘していますが、先に述べた大学院や医療崩壊も同じことで、「少しの計算」があれば事態はかなりましになっていたことでしょう。
 私たちは複雑な社会ですべての側面に知識を持つことはできません。たとえ難度の高い司法試験に合格したとしても、弁護士は弁護士業種の市場メカニズムの専門家ではなかった、ということです。日本の自動車産業は「すりあわせ」により、高い生産性と品質が達成された、とする研究が盛んでした。しかしこの「すりあわせ」は形あるものを目標として、専門家が何度も集まることにより達成されるものでしょう[注15]。ボトムアップ型などといって、素人が集まって「すりあわせ」を行い、希望的観測のかたまりとなった結論に到達することとは違うことなのでしょう。
 年金や社会保障上の「世代間不公平」については、第5章で否定的に考察しますが、上記専門職市場の崩壊については、先行世代の指導的立場にある人たちの責任は明らかです。たとえば司法改革について、小林(2010)は高名な中坊公平元弁護士を含めて、弁護士定員増加の責任を追及しています。「世代間不公平」論者も、抽象的に「一億総ざんげ」のようなことは要求せず、責任の所在を限って追及してほしいものです。

 [注15] 「形あるもの」は伝統的な日本文化論のポイントです。