contents memorandum はてな

目次とメモを置いとく場

『日本公企業史――タバコ専売事業の場合』(村上了太 ミネルヴァ書房 2001)

著者:村上 了太[むらかみ・りょうた] (1966-) 経営学
装幀:石川 九楊[いしかわ・きゅうよう](1945-) 書家。
シリーズ:Minerva現代経営学叢書;9
NDC:589.8 製造工業 >> その他の雑工業 >> たばこ
件名:煙草専売


日本公企業史 - ミネルヴァ書房 ―人文・法経・教育・心理・福祉などを刊行する出版社

国鉄電電公社民営化と比して注目度の低かった専売公社に焦点を当て、その成立から民営化に至るまでの経緯を跡づけるとともに、「民営化」の意義を検証する。公社時代とJTの経営形態の相違、そして現時点でのJTの経営実態、世界のタバコ産業の動向も捉え、今なお重要な税源としての性格を有するタバコ事業を徹底分析。

【目次】
まえがき(2000年6月 著者) [i-v]
目次 [vii-xii]
図表一覧 [xiii]
関連年表 [xiv]
凡例 [xv]


第1章 本書の目的と分析の枠組み 001
1 はじめに 001
2 本書の目的 001
3 専売前史 004
  (1) 江戸時代のタバコ専売 4
  (2) 江戸時代から明治時代へ 5
  (3) 煙草税則 5
  (4) 葉タバコ専売事業 7
  (5) タバコ専売事業の確立 8
4 専売公社民営化への問題提起と仮説の設定 011
  (1) 専売公社における問題提起 11
  (2) 三公社民営化の中での問題提起 13
  (3) 仮説の設定 13
5 小括 014
註 015


第2章 専売局のタバコ事業 023
1 はじめに 023
2 制度の確立と製造の近代化 023
3 専売益金という財政収入 024
4 定価改定 025
  (1) 時局の変化と増収策 25
  (2) 定価改定に関する制度 27
5 機械化政策 029
  (1) 生産性 29
  (2) 専売局の機械化政策 30
  (3) 製造工程の変遷 32
6 専売事業の諸問題 035
7 小括 037
註 


第3章 専売公社の発足 043
1 はじめに 043
2 タバコ専売事業と第二次世界大戦 043
  (1) 戦中期以降の経過 43
  (2) 敗戦直後のタバコ専売政策 44
3 公共企業体における公社の位置づけ 045
  (1) パブリック・コーポレーションと公社 45
  (2) 日本への公社制度の導入 46
4 専売局と他の二事業 048
5 財源確保のための政策とタバコ専売事業 049
  (1) ドッジ・ライン 49
  (2) シャウプ勧告 50
6 三公社の発足 052
  (1) 専売権の確立 52
  (2) 衆議院大蔵委員会 53
  (3) 参議院大蔵委員会 57
  (4) 煙草専売法からたばこ専売法へ 59
7 小括 061
註 


第4章 公社発足前後の民営化論争 071
1 はじめに 071
2 事実経過 071
3 構想の吟味 072
  (1) 諸特徴 72
  (2) 構想 73
  (3) 煙草税案 74
4 反対論者 075
  (1) 見解と吟味 75
  (2) 言論界の助力 77
5 推進論者と反対論者の諸特徴 078
6 輸出用製造企業の設立構想 079
  (1) 経過 79
  (2) 業績の予想 80
  (3) 構想の終焉 83
7 民営化論争の終焉 084
8 小括 082
註 


第5章 専売公社の経営 093
1 はじめに 093
2 経営 093
  (1) 資本蓄積 93
  (2) 葉タバコ耕作 96
  (3) 製造 99
  (4) 販売 100
3 専売納付金制度と経営の自主性 102
  (1) 専売納付金制度 102
  (2) 経営の自主性 104
4 小括 105
註 


第6章 第2次臨調型行革と専売公社民営化 111
1 はじめに 111
2 公社時代の経営形態転換論争 111
  (1) 推進論者と論争 111
  (2) 反対論者 114
3 第2次臨調 117
  (1) 日米たばこ問題 117
  (2) 答申 119
4 改革の是非 119
5 妥協点への収斂 120
  (1) 総意 120
  (2) 葉タバコ耕作農家 121
  (3) 専売公社 122
  (4) 全専売 125
  (5) 流通組織と販売店 127
  (6) 大蔵省 127
6 JTの発足 127
  (1) 経過 127
  (2) 専売改革関連法案と問題点 128
  (3) 全専売から全たばこへ 129
7 小括 130
註 


第7章 経営形態転換論争と1990年代 141
1 はじめに 141
2 総論 141
3 専売事業からの転換 143
  (1) 葉タバコ 143
  (2) 製造 147
  (3) 流通・販売 150
4 公社制度からの転換 154
  (1) 制度上の転換 154
  (2) 関連事業 158
  (3) 官僚の動向 161
  (4) 消費者および職員 164
  (5) 経営指標による対比 167
5 消費者運動 168
  (1) アメリカ 168
  (2) 日本 171
6 業界と政界の癒着構造 172
7 特殊法人としての現状 174
  (1) 制度の矛盾 174
  (2) JT のめざすもの 175
8 小括 178
註 


第8章 民営化と財政問題 193
註 


人名索引 [201-202]
事項索引 [203-204]




【抜き書き】
□本書第1章(pp. 1-15)から、断片的に抜き書きする。
□本文中の括弧と数字【1】は、注釈の位置。
□埋め込まれたリンクは引用者が付加したもの。URLが丸括弧で明示されている部分は、本文そのまま。
□下線も引用者が付加したもの。
□もとからやや固い文章が、引用者の強引な省略によって、さらに読みにくくなったりする可能性がある。


・(pp. 1-2)「目的」と「分析の枠組み」、「日本専売公社」を選んだ理由。

1 はじめに
 本章は本書の目的や分析の枠組みなどを述べることにする。目的については単に消去法で得られた理由で本書は必ずしもタバコ研究を行うわけではないこと,そして枠組みについては歴史研究の必要性を訴えつつもそれを通じた現代へ接近することなどの諸点を主なポイントとして,それぞれ述べていくことにしたい。つまり,公企業【1】に関しても,その歴史を通じて現在を見ていくことや,より拡大解釈をすれば世界の中での日本のあり方という視角なども取り入れることなどが列挙されよう【2】。次に,分析の枠組みについては,タバコ企業をどのようなかたちで捉えていくかについて述べていくことにする。タバコという商品を消費するか否かの選択は,消費者の意思によって決定される。基本的なことではあるが,日本では未成年者喫煙禁止法第1条により「満20年ニ至ラサル者へ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス」と定められているため,その消費者とは満20歳以上に限定されている。本章では,一般に取り上げられている未成年者と喫煙の問題ではなく,財政問題との関連から分析を開始することにその前提を求める

2 本書の目的
 さて,1985年4月1日をもって日本専売公社(以下,専売公社【3】)は,日本たばこ産業株式会社(以下,JT)に民営化されたことは周知の通りである【4】。同日には日本電信電話公社〔……〕,1987年4月1日の日本国有鉄道〔……〕分割・民営化されるなどした。これら一連の三公社民営化【5】が断行されて以来,すでに15年の歳月が経過した。民営化後の状況も一定の把握が可能で,しかも民間企業や個人によるJT株式の所有も一定程度進行している今日においては,民営化前後の対比によって,民営化後の成果を検証することも可能ではないかと思われる【6】。〔……〕経営指標など客観的な対比を行う上で15年という歳月は一定の説得力を与えるものとなるであろう〔……〕。
 民営化の問題は各事業体によって様々な側面をもっていることもまた事実である。そのような中で,あえて本書が専売公社を取り上げる主な理由は,次のとおりである。〔……〕三公社民営化問題の主戦場が国鉄電電公社にあったわけだが,盲腸的存在とまで評された専売公社にも解決されるべき問題がなかったとは必ずしもいい切れないからである。その問題とは,専売という規制が緩和または一部で撤廃されたとはいえ,なぜ日本でタバコは今もなお自由に売買されていないのかという点が基本にある。自由に売買されていないという理由は,大きく二つある。第一点は,なぜ今もなお同一の商品に対して全国一律の価格で消費者に販売されているかである〔……〕。そして第二点は,地域や区域などをもって販売に関する諸規制が今もなお残されており,近接する販売店との競合が避けられているかである〔……〕。

[1]そもそも公企業とは何だろうか。それに対する一つの定義として,植草益「公企業の民営化」今井賢一小宮隆太郎日本の企業東京大学出版会,1989年,371ページ では「政府ないし地方公共団体がその資本の全部ないし一部を所有する企業であって,政府が資本所有する企業を「国の公企業」(state enterprise),地方公共団体が資本所有する企業を「地方公企業」(local public enterprise)」と述べられている。また,より詳しくは占部都美『改訂 企業形態論白桃書房,1977年,324ページによると「 (1)公共的所有,(2)公共目的および (3)企業的要素という三つの要素をそなえた企業形態」といえよう。

[2]比較対象の一つとして,ここでは中国のタバコ専売について若干述べておきたい。その理由の一つは,1981年以降の中国の専売制度の実施に求められる。中国国務院は,1983年に煙草専売条例を制定し,同時に国家煙草専売局を発足させて,タバコに専売制度を導入したのである。日本においても改革の争点であった専売が,世界の潮流とともにその意義が問われて解体されていく中で,中国は1980年代に復活させたのである。専売という名の閉鎖市場のあり方が問われながらも,なぜ中国ではそのような政策を導入したのか。一見したところでは,本書の基本目的である専売公社民営化の意義とは関連性に乏しく見えるが,しかし専売という言葉をあえて復活させた中国は,日本の専売の「経験」をどのように活用して,政策を断行するのか,もちろん日本の場合との対比も必要ではあるが,中国の動向を本書では無視することができなかったのである。1991年6月29日に全人代で可決された中華人民共和国煙草専売法第1条によれば,その目的は「タバコを専売によって管理し,計画的にタバコ専売品を生産し,なおかつその形態で事業を経営し,製品の質量両面の向上を図り,消費者に対する利益を擁護し,その上で国家財政収入を保証する」とある。同法に加えて1997年7月3日に発布された中華人民共和国煙草専売法実施条例がその制度の根幹にある。そのように昨今の中国の情勢を見ると法制度上の整備が進められていると分される。既に1998年の専売による「税利」という納付金相当額は950億元に上り,国家財政収入の10%を占めるに至っている。しかし,雲南省など南部の地域を中心に,専売管理の狭間では,不法なタバコの製造や販売が行われている。『広東新聞』1999年5月5日付 において報道されたように,不法タバコは,80億元と見積もられており,不徹底な管理の実態が指摘されよう。

[3]専売公社の発足は1949年6月1日である。従来その英文社名を The Japan Monopoly Corporation(以下,旧訳)としてきたが,1974年1月1日以降は,The Japan Tobacco & Salt Public Corporation に変更した。その英訳の旧駅の点について,寺戸恭平「日本専売公社」一瀬智司・菊地祥一郎・寺戸恭平・直江重彦 編著『公社・公団・事業団』教育社,1978年,124ページ では「この名称から(旧訳のこと:著者注),外国人は,『日本独占会社』と理解し,日本独占会社とはいったい何なのかと理解に苦しむ」と指摘されている。必ずしも専売と独占が同義とはいえないにしても,類似の概念であったことは確かである。厳密に専売を定義すれば、平井渡一「日清日露戦後の台湾植民地財政と専売事業」『土地制度史学』第129号,1990年10月,18ページのように,「国家権力が特定の商品を独占的に販売あるいは製造販売すること」と説明することが一般的なものといえる。ただし,その専売が存在するのは必ずしも資本主義経済下とは断定できない。一定程度の自由化が進んだとはいえ,社会主義経済下での専売制度の導入は,既存の専売の概念を再考させる。極端にいえば,社会主義経済では,すべて何もかもが専売のはずだからであるが,改革・開放路線をばく進させる中国においてはその用語を再び使用するに至ったのである。次に専売の主体となる国家とは,官僚を中心とする集団が,政界や財界との連携も保ちながら,法律や制度を行使する統治体であると考えておこう。しかし専売は,いわゆる官業とは性格が異なる。大庭次郎『専売行政論』専売協会,1938年,73〜74ページ によると,官業は,第一に専売のように必ずしも独占を伴うものではないこと,第二に対価的または手数料原則によること,第三に財貨以外のものを提供することの諸点で専売とは区別されるからである。この注の最後に付記したいことは,前出の中国の煙草専売局を英訳すると,China's State Tobacco Monopoly Administration (CSTMA)とする場合もあるように,専売を厳密にいえば state monopoly が妥当な表現となろう。

[4]民営化とは,植草益,前掲論文,375ページ によると,第一は公共法人が株式会社形態の公企業に組織変更されたもの,第二は公共法人が民間所有の認可法人に組織変更されたもの,第三は公共法人および公私混合企業が民間企業に組織変更されたものを含むものである。第一を特殊会社化,第二を認可法人化,第三を完全民営化と呼ばれている。 

[5]たとえば,松原聡『民営化と規制緩和――転換期の公共政策日本評論社,1991年,101ページ では,「日本たばこに関しては,これが特殊会社という公企業であるべき積極的な根拠はみあたらない」と述べている。

[6]民営化前後の対比を試みる意義は,たとえば住田正二官の経営 民の経営毎日新聞社,1998年,19ページ にもあるように「第2次臨調及び国鉄再建監理委員会を通じて国鉄の民営・分割案作りの仕事に携わり,JRになってそれを実行してきた筆者の立場から,官すなわち国鉄の経営が,民すなわちJRになってどのように変わったか,その変化を支えた基本的な考え方はどうであったかを,責任者の一人として明らかにしておくことが必要である」ことにも求められている。なお,1998年3月31日現在のJT の株主は、政府および地方公共団体134万株(67%),個人その他17万株(9%),金融機関および証券会社27万株(14%),その他の法人外国法人などが17万株(11%)で構成されている「株式の状況」(http://www.jtnet.ad.jp/WWW/JT/JTI/keiei/98/8-10.html:2000年5月9日)。小数点部分を四捨五入しているため,必ずしも100%にはなっていない。なお個人の中には,同社の取締役の所有(1株から6株)も含まれている。



pp. 2-3 たばこ市場とそこからの歳入。

専売事業の対象とする財は,タバコ,塩および樟脳である。いずれも財政的要請で創設されたが,そのうち最大規模のものはタバコである。創設以来タバコ専売事業[11]は,専売当局の歳入もしくは収入においては,全体の約90%を占めてきた。タバコ専売事業の創設については,すでにその断行に向けた大蔵官僚の力強さが根底にある[12]という先行研究の分析結果を得ているため,本書の対象範囲は,主として1904年の創設から現在までとするのが妥当であろう。本書では,専売化の断行後一貫してタバコから生ずる利益相当の税金を徴税権という形で手中に収めてきた官僚と日本のタバコ市場に参入を試みる外資にも着目して一定の留意を払っていくことにしたい。
 そして,上記の分析を主眼に置いた上で留意を要することは,専売公社を民営化させた背景の一つにあったと思われる世界のタバコ産業の動向との関連性についてである。世界のタバコ産業の動向を見る場合,資本主義諸国のタバコ企業の動向を中心に,その世界戦略の中で,日本がどのように位置づけられていたのかを吟味する必要がある。つまり,専売という閉鎖された市場を,海外のタバコ企業はどのように捉えていたのかも分析課題の一つにあげられよう。

[11]タバコ専売事業とは,タバコを専売とする事業である。タバコ専売事業という用語について,ここではタバコに限定して説明しておこう。一般に,タバコは,葉タバコと製造タバコの総称である。フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際大百科事典 12(第2版改訂版)』ティービーエス・ブリタニカ,1994年,475〜482ページによると,葉タバコとは,南米を原産とするナス科タバコ属(ニコチアナ属)の一年草である。収穫の時点では,茎の高さは約2mにも及ぶが,その種子の重さは1.2万粒から1.5万粒で1g程度と極めて軽量である。このことから,葉タバコは土壌からの養分の吸収が激しく,他の作物との輪作をほぼ不可能にさせる。葉タバコを乾燥・熟成させるなどして製造されるのがタバコである。

[12]この点については,遠藤湘吉『明治財政と煙草専売』 東京大学出版会,1970年 が分析の先駆といえよう。なお,本書での官僚とは,福本邦雄『官僚』弘文堂,1959年,139ページ を引用して「支配的影響力をもつ一部官吏の集団」と定義づけておく。しかし昨今では,たとえば大企業に対しても官僚制という言葉が使用されているため,辻清明『新版 現代日本官僚制の研究』東京大学出版会,1969年,173ページ を引用して官僚制を「特定の集団における組織と行動様式にあたえられた名称」と定義づけておこう。