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『年収は「住むところ」で決まる――雇用とイノベーションの都市経済学』(Enrico Moretti[著] 池村千秋[訳] プレジデント社 2014//2012)

原題:The New Geography of Jobs (Houghton Mifflin Harcourt)
著者:Enrico Moretti(1968-) 労働経済学、都市経済学。
訳者:池村 千秋[いけむら・ちあき] (1971-) 翻訳。
解説:安田 洋祐[やすだ・ようすけ] マーケットデザイン、ゲーム理論
編集:中嶋 愛[なかじま・あい]
装丁:岡本 健 +  [おかもと・つよし] デザイン。
制作:関 結香
件名:労働市場--アメリカ合衆国
件名:技術革新
件名:都市経済学
NDLC:EL117
NDC:366.253 社会 >> 労働経済.労働問題 >> 労働力.雇用.労働市場:就業人口,労働移動 >> 北アメリ


年収は「住むところ」で決まる | PRESIDENT STORE (プレジデントストア)


【目次】
目次 [002-006]


日本語版への序章 浮かぶ都市、沈む都市 008
  三〇年で人口が三〇〇倍になった都市
  製造業で雇用が失われても問題ない
  繁栄の新しいエンジン
  給料は技能のり「どこで住んでいるか」で決まる
  なぜイノベーション産業は一極集中するのか
  人的資本をめぐる競争


第1章 なぜ「ものづくり」だけでは駄目なのか 032
製造業の衰退は人々の生き方まで変えた
リーバイスの工場がアメリカから消えた日
高学歴の若者による「都市型製造業」の限界
中国とウォルマート貧困層の味方?
アメリカの製造業の規模は中国と同じ
結局、人間にしかできない仕事が残る
先進国の製造業は復活しない


第2章 イノベーション産業の「乗数効果」 064
イノベーション産業の規模と広がり
エンジニアが増えればヨガのインストラクターも増える
ハイテク関連の雇用には「五倍」の乗数効果がある
新しい雇用、古い雇用、リサイクルされる雇用
本当に優秀な人は、そこそこ優秀な人材の100倍優れている
アウトソーシングが雇用を増やすこともある


第3章 給料は学歴より住所で決まる 102
シアトルとアルバカーキの「二都物語
イノベーション産業は一握りの都市に集中している
上位都市の高卒者は下位都市の大卒者よりも年収が高い
隣人の教育レベルがあなたの給料を決める
「大分岐」と新しい格差地図
健康と寿命の地域格差
離婚と政治参加の地域格差
非営利事業の地域格差


第4章 「引き寄せ」のパワー 160
ウォルマートがサンフランシスコを愛する理由
魅力的な都市の条件その1――厚みのある労働市場
魅力的な都市の条件その2――ビジネスのエコシステム
魅力的な都市の条件その3――知識の伝播
頭脳流出が朗報である理由
イノベーションの拠点は簡単に海外移転できない
変化に適応するか、さもなくば死か


第5章 移住と生活コスト 206
学歴の低い層ほど地元にとどまる
「移住クーポン」で失業を解決できるか
格差と不動産価格の知られざる関係
町のグレードが上がると困る人たち


第6章 「貧困の罠」と地域再生の条件 234
スター研究者の経済効果
バイオテクノロジー産業とハリウッドの共通点
シリコンバレーができたのは「偶然」だった
文化やアートが充実していても貧乏な都市
大学は成長の原動力になりうるか?
「ビッグプッシュ」の経済学
20世紀のアメリカに「産業革命」をもたらした政策
産業政策の可能性と落とし穴
補助金による企業誘致の理論と実際
地域活性化策の成功の条件


第7章 新たなる「人的資本の世紀」 284
科学研究が社会に及ぼす恩恵
格差の核心は教育にある
大学進学はきわめてハイリターンの投資
世界の数学・科学教育レース
イノベーションの担い手は移民?
移民は非移民に比べて起業する確率が三割も高い
移民政策の転換か、自国民の教育か
ローカル・グローバル・エコノミーの時代


謝辞 [324-325]
解説(二〇一四年二月 (たまたま訪問中の)知識の集積地、シリコンバレースタンフォード大学より 安田洋祐) [326-335]
原注 [x-xviii]
参考文献 [i-ix]





【抜き書き】
・第3章の次の一節(p.132)が、妙な邦訳タイトルの指し示す事柄。

地域の人的資本の充実度とその地域の賃金水準の間には、きわめて強い結びつきがある。

・以下、製造業の衰退についての緒者の見解。


pp.39-40

 こうした事態〔引用者注:米国の製造業の衰退〕を金融機関のせいだとする考え方は、二〇一二年秋に一挙に盛り上がった「ウォール街オキュパイ(占拠)運動」が最初ではなく、昔から人々の心理に深く根を張っていた。オリバー・ストーン監督の映画『ウォール街』(一九八七年)では、一九八〇年代のアメリカ経済の変容を、誠実な市井の人々と倫理観の欠けたウォール街の戦いとして描いた。前者の象徴は、マーティン・シーン演じる実直な労働者。いまの暮らしに満足していて、労働組合の活動に熱心に取り組んでいる。一方、後者の象徴は、その息子である若き証券マン。マーティンの実の息子であるチャーリー・シーンが演じた。この若者は、競争の激しい企業買収の世界で頭角をあらわすために手段を選ばず、しまいには父親が働いている会社を崩壊の寸前まで追いやるのだ。アメリカの経済的苦悩に対するハリウッド流の解釈は、それから三〇年たっても変わっていない。二〇一〇年の映画『カンパニー・メン』では、ベン・アフレック演じるホワイトカラーの主人公が会社をクビになる。経営者がウォール街の顔色をうかがい、株価を引き上げるために、容赦ない人員整理に踏み切ったからだ。
 二つの映画には、明確な共通点がある。いずれの映画でも、「善玉」は形のあるモノをつくっている会社の人たちで(マーティン・シーンの勤務先は航空機メーカー、ベン・アフレックの勤務先は造船会社)、「悪玉」は株式やら先物やらを売り買いし、売買の注文をひっきりなしに大声で怒鳴り、人々の雇用を破壊する連中だ。『カンパニー・メン』に、こんな胸の痛くなるシーンがある。造船会社を解雇された二人の元社員が昔の仕事場を訪ねる。いまは使われなくなり、あちこちにサビが目立つようになった造船所だ。昔の職場で彼らは言う――「オレたちは、ここで物づくりをしていたんだよな」。
 強欲な金融業者と、ビジネススーツに身を包んだ上昇志向の強い若きエリートたちは、物語の悪役としては打ってつけかもしれない。しかし、ブルーカラーアメリカを本当に葬り去ったのは、ウォール街ではない。本当の犯人は歴史だ。アメリカの製造業雇用が抱えている問題は、過去半世紀の歴史を通じて強まってきた根深い経済的要因を反映した、構造的なものなのだ。その経済的要因とは、グローバル化と技術の進歩である。



p.62

 結局、〔……〕長期的なトレンドが変わると判断すべき材料はほとんどない。これは、アメリカに限らず、所得水準の高い国すべてに言えることだ。
 雇用の消失という厳しい現実を突きつけられると、時計の針を巻き戻すべきだと言う人が多い。製造業を国内外のあらゆる脅威から保護せよ、というのだ。こうしたいわば製造業保護活動家たちは、歴史の大きな潮流に逆らっている。現実には、製造業の衰退を招いた諸要因を押しとどめることは不可能に近い。11世紀はじめにイングランドの王位に即いていたクヌート王は、海に後退を命じたが、海に言うことを聞かせることはできず、溺れかけたと言い伝えられている。製造業保護活動家たちのやっていることは、これと変わらない。海の潮流と同じように、歴史の潮流を思いどおりに動かすことはできないのだ。



・貿易産業・イノベーション産業のもつ大きな波及効果。


pp.83-84

イノベーション関連の雇用と地域のサービス関連の雇用の間に強い結びつきがあることの典型例とみるべきだろう。イノベーション産業は労働市場に占める割合こそわずかだが、それよりはるかに多くの雇用を地域に生み出し、地域経済のあり方を決定づけている[注 貿易部門の労働者の生産性が高く、所得も多いほど、それによって支えられる非貿易部門の雇用も多くなる。実際、アメリカでは、貿易部門の雇用の数が多く、賃金が高い都市はど、非貿易部門の雇用が多い。]。貿易部門の産業が堅調なら、その産業内に高給の雇用を創出することで地域経済に直接的に恩恵をもたらし、さらには地域の非貿易部門にも雇用を生み出すという形で間接的にも地域経済に恩恵をもたらす。しかも、そうした間接的な効果は、直接的な効果よりはるかに大きい。私がアメリカの三二〇の大都市圏の一一〇〇万人の勤労者について調査したところ、ある都市でハイテク関連の雇用が一つ生まれると、長期的には、その地域のハイテク以外の産業でも五つの新規雇用が生み出されることがわかった[Moretti, Enrico. "Local Multipliers" American Economic Review 100, no.2 (May 2010): 373-377]。
 この研究結果自体はすでに紹介したが、詳しく見るとさらに興味深いことがわかる。乗数効果によって生み出される新規の雇用は、さまざまな職種に及ぶ。五件の新しい雇用の内訳は、専門職(医師や弁護士など)が二件、非専門職(ウェーターや小売店員など)が三件となっている。アップルに関するデータを見てみよう。同社がカリフォルニア州クパティーノの本社で雇っている従業員は、一万二〇〇〇人。それ以外に、乗数効果を通じて、地元のサービス業にさらに六万人以上の雇用を生み出している(専門職が二万四〇〇〇人、非専門職が三万六〇〇〇人)。アップルが地域の雇用に対しておこなっている最大の貢献は、ハイテク以外の雇用を増やしたことなのだ(ちなみに、アップルはティム・ジェームズの顧客でもある。二〇一一年にスティーブ・ジョブズが死去した際、追悼のための記帳簿の製本を依頼した)。要するにシリコンバレーでは、ハイテク関連の雇用増が地域経済繁栄の「原因」であり、医師や弁護士や屋根職人やヨガのインストラクターの雇用増はその「結果」なのである。これは別に不思議なことではない。ヨガのインストラクターの雇用が増えるためには、その都市で暮らす誰かがヨガレッスンの料金を支払わなくてはならないのだから。