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『移民と徳――日系ブラジル知識人の歴史民族誌』(佐々木剛二 名古屋大学出版会 2020)

著者:佐々木 剛二[ささき・こうじ](1980-) 
装幀:難波 園子
件名:移民・植民 (日本)--ブラジル--歴史
件名:知識階級--ブラジル--歴史
NDLC:DC812 
NDC:334.462 人口.土地.資源 >> 移民・難民問題.移民・難民政策 >> ブラジル
備考:学位論文がもと。
備考:書架では文化人類学に分類しても問題なさそう。


移民と徳 « 名古屋大学出版会


【目次】
目次 [i-v]
凡例 [vi]


はじめに 001
1 失われつつある記憶 001
2 民族誌的課題としての知識と移民 006
  (1) 知識研究
  (2) 移民研究
3 ブラジル日本移民とその研究 016
  (1) ブラジル日本移民
  (2) ブラジル日本移民研究
  (3) 移民知識人
4 方法 025
  (1) サンパウロにおけるフィールドワーク
  (2) プロジェクト指向の歴史民族誌
5 本書の構成 028


第1章 帰還、永住、再移住――日本帝国主義とブラジル日本移民知識層 031
はじめに 031
1 サンパウロにおける初期日本移民 032
2 出稼ぎ根性と永住主義――移民ジャーナリズムの台頭 038
  (1) 腰掛け根性の批判
  (2) 「帝国の体面」と「いたるところこれ郷土」
3 アリアンサ移住地と知識階級の挿入 047
  (1) 新たな移住時における知識層と「銀ブラ植民」
  (2) 永住運動から歴史書記へ
4 2つのナショナリズムと帰還のジレンマ 053
  (1) 1930年代のブラジルにおける日本語
  (2) コスモポリタンと帰還
5 再移住論 ――帝国移民の行為主体性 058
  (1) 香山六郎と「皇道移民」
  (2) 岸本昴一の座談会――全世界としての豊葦原
小括 065


第2章 移民的徳の誕生――戦後移住政策と政治的主体としてのブラジル日系人の形成 067
はじめに 067
1 勝ち負け闘争から桜組挺身隊へ――「在外帝国臣民」の終焉 069
  (1) 勝ち負け闘争と肩井の不在
  (2) 都市と近郊への移動、コロニア、桜組挺身隊
2 人口政策としての戦後移住政策 076
  (1) 人口問題への解決策としての海外移住
  (2) 移民運動――鳥谷寅雄と海外移住 協会
  (3) 移民政策機構の形成
  (4) 国策としての50万人移民計画
3 山本喜誉司と戦後移民政治の構築 086
  (1) ブラジル邦人社会の窮状
  (2) サンパウロ四百年祭
  (3) ブラジル日本移民50年祭と移民 組織の制度化
4 ブラジル日本移民の主体構築をめぐる3つの形態 097
  (1) 戦後「移住者」の主体化
  (2) 「移民」――徳を備えた人々として
  (3) 「海外日系人」の形成
小括 117


第3章 移民知識人の有機性――土曜会の知識実践と戦後移民社会の構造変容 119
はじめに 119
1 土曜会の形成と雑誌『時代』 120
  (1) 土曜会の形成
  (2) 『時代』における社会批評
2 「移民の体認」――コロニア実態調査 136
  (1) 発端
  (2) 6,000人の移民調査――自己認識のプロジェクトの動的過程
  (3) 資金集めのためのブリコラージュ
  (4) UNIVAC1105と「移民の体認」
3 ブラジル日本移民史料館の建設 161
  (1) 過去をまなざして進むプロジェクト
  (2) 史料収集と移民史料館の建設
  (3) 新たな歴史語り――「我ら新世界の日本人」
小括 181


第4章 拡散と凝集のプロジェクト――日系旅行社と邦字新聞社 183
はじめに 183
1 1950~70年代の移民社会の構造変化 184
  (1) 在留民、コロニア、日系人
  (2) 世代交代、求心的、遠心的
  (3) 1979年の海外移住審議会の意見書――出移住政策から出移民政策へ
2 デカセギ移住と日系旅行社 194
  (1) 1980〜90年代における社会の拡張
    ①逆移住
    ②出入国管理及び難民認定法
    ③日本におけるブラジル移住者のコミュニティ
    ④出移住政策から入移住政策へ
  (2) 旅行社
    ①旅行社と派遣会社
    ②ブースターとして、リベラルなプロジェクトとして
  (3) 有限会社ニシダ・コーポレーション(NC)
    ①NCの概要
    ②プロモトール[promotor]たち
    ③リベルダーデでの勧誘
  (4) 日経家族と罠、または進歩としての移住
3 邦字新聞社という社会的プロジェクト 215
  (1) 新聞社とは何か――移民をめぐる事実の生産と商品
  (2) 「ニッケイ新聞」
  (3) プロジェクトとしての新聞生成
  (4) 取材
    ①週末の取材
    ②週日の取材
    ③来社への対応
  (5) 記事の執筆
4 「移民社会」の重層性 239
  (1) 行為主体性の二つのベクトル
  (2) 日本移民社会の重層性に関する認識
小括 246


第5章 徳、記憶、期待 ――政治的祭典としての移民百周年祭 249
はじめに 249
1 エピタシス――政治的期待が高まるとき 250
  (1) ブラジル日本移民百周年
  (2) 移民祭と政治的承認
  (3) 行為主体性の活性化
  (4) 承認への期待と不安
2 記憶をめぐる齟齬 259
  (1) 記憶と歴史
  (2) 朽ちそうな知識――史料館と人文研
  (3) 拮抗する物語
3 徳の祭典 278
  (1) 「移民的」徳を語る
  (2) 二〇〇八年六月
4 届かぬ投げかけとしての行為主体性 287
小括 291


第6章 ブラジル日本移民の政治、知識、徳 293
はじめに 293
1 移民政治の2つの極 294
  (1) 送り出し国の政府と移民の行為主体性
  (2) 帝国主義から国民国家へ、在外臣民から日系人
  (3) ディアスポラ政治空間の曖昧さ
2 移民知識人と従属知 301
  (1) 移民知識人という行為主体
  (2) 主観性と客観性
  (3) 移民知識人の有機性と従属知
3 徳の主体としての移民 308
  (1) 道徳的主体として移民の形成
  (2) 徳と行為主体性
  (3) 物語論的条件の変化と主体としての移民の構築


おわりに 319


補遺 本書の民族誌調査について 331


注 [341-364]
あとがき(二〇二〇年一月三〇日 佐々木剛二) [365-372]
参考文献 [9-18]
図表一覧 [7-8]
索引 [1-6]




【図表一覽】
図0-1 リベルダーデ地区周辺の地図 002
図0-2 2008 年頃のガルヴァン・ブエノ通り 003
図0-3 サンパウロ州周辺の地図 017

図1-1 国別日本移民渡航者数(1899〜1935年) 033
図1-2 「州別在外本邦人内地人数」(1904〜35年) 034
図1-3 主要国のブラジル入移民数(1920〜34年) 035
図1-4 移民会社の名簿によるブラジルにおける日本移民数(1908〜41年) 036
図1-5 サンパウロ州における邦人農家の土地利用推定率(1938年) 036
図1-6 海外興業株式会社による絵葉書 037

図2-1 サンパウロ州内における戦前移民の地方分布の変遷(1908~58年) 073
図2-2 1955年当時における移民行政の機構図 082
図2-3 開設当時の「横浜移住あっ旋所」 083
図2-4 戦後移住者数(1952~75年、ブラジルと各国計) 085
図2-5 山本喜誉司の肖像 091
図2-6 「日本文化センター」のイラストレーション 096
図2-7 ローディア・ブラジレイラ化学社の広告 109
図2-8 サンパウロ航空の広告 110
図2-9 マナー社の広告 111

図3-1 サン・ベルナルド・ド・カンポ市「みづほ村」での土曜会の定例会 122
図3-2 『時代』第7号の表紙 123
図3-3 移民知識人の有機性 134
図3-4 実態調査推進用ポスター 144
図3-5 コロニア 実態調査委員会 150
図3-6 コロニア実態調査本部前の鈴木悌一とジープ 
図3-7 実態調査の集計で使用された UNIVAC-1105同型機の一部 159
図3-8 ブラジル日本移民史の物語的条件の変化(1940年代と50年代) 164
図3-9 半田知雄 「カフェの収穫」 166
図3-10 ブラジル日本移民史料館展示室の構造 177

図4-1 「日系人の皆様に特別サービス」 192
図4-2 ロイド・ブラジレイロ海運会社の広告 193
図4-3 サンパウロにおける消費者物価の月ごとの変化(1980~99年) 195
図4-4 キグチ氏の名のもとに印刷されていたフライヤー 208
図4-5 金田氏が使用していたスケジュール帳 231
図5-1 ブラジル日本移民史料館の史料所蔵室 261
図5-2 サンパウロ人文科学研究所の事務所内 268
図5-3 Nikkei do Brasil の発刊記念パーティー 272
図5-4 ブラジル日本移民百周年記念祭の式典会場 279
図5-5 リベルダーデ地区ガルヴァン・ブエノ通り大阪橋の上で皇太子を待つ人々 280

表1-1 サンパウロ州における邦人農家の地主数, 所有面積, 土地推定価格(1938年) 036
表2-1 戦後における海外移住推進にかかわる動き 077
表2-2 外務省により奨励されたブラジル移民携行品(1954年) 102-103
表3-1 『時代』第1号に掲載された土曜会の会員(1946年9月) 121
表3-2 初期の土曜会定例会の開催状況 124-125
表3-3 『時代』各号の収録記事 126-129
表3-4 コロニア実態調査の調査過程 141-142
表3-5 収集した史料の例(1975年から77年ごろ) 173
表3-6 1978年当時の移民史料館の展示シナリオ 175
表4-1 NCの主な業務内容と雇用斡旋先 204
表4-2 『ニッケイ新聞』の紙面構成 218
表4-3 『ニッケイ新聞』の「編集方針」 221





【メモランダム】

・書評 by足立綾 at『文化人類学』2022年87巻1号
佐々木剛二著『移民と徳——日系ブラジル知識人の歴史民族誌』

 本書の意義はまず、人類学、そして移民研究において、新たな研究対象と分析方法を提示した学術的貢献にあると言えるだろう。知識が社会的営みを通じて生み出される過程を理解しようとすることが、専門化された知識生産においてのみならず、より「ローカル」で「脱中心的」な領域においても有効な手段であることを本書は示している。


・書評 by 根川幸男 at『大原社会問題研究所雑誌』第758号、2021年12月号

http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/758_08.pdf





【抜き書き】
 英語圏でも日本語圏でも、文化人類学の表現はしばしば要約と省略が難しく、本書でも長めに抜き書きするしかなかった。


・主題(p. 5)。

 本書は、現代におけるブラジル日本移民にかかわる歴史的記憶をめぐる状況を受け止めながら、ブラジル日本移民たちが、長きにわたって、国境を越えて拡がる世界と、そのただ中を生きる自らの現実に与えてきた解釈と、彼らがそうした解釈にもとづきながら現実を変えるために展開した多様な実践の意味を理解することをめざす。こうした、日本移民たちの「たたかい」の歴史について知ることは、世界を思いのままに自由に行き来し、困難なく暮らすことができる可能性というより、むしろ、さまざまな制約や困難のもとで、自身の移動の意味を捉え直し、語り直しながら、自らを取り巻く環境に働きかけ、変えてきた人々の行為主体性(agency)について知ることである。
 したがって、本書の関心は、しばしば典型的な移民研究において対象とされるアイデンティティエスニシティの経験にとどまらない。むしろ、本書は二〇世紀はじめから二一世紀はじめにおける移民という状況の中で形成された、特殊な政治、知識、そして道徳のあり方に目を向けることで、移民という状況を契機として、世界における自らの位置づけを積極的に問い、新しい言語を生み出そうとした人々の行為主体性について理解することを試みる。本書はこのような目的のもとに、あえて移民という現象が新しさをもっていた過去の人々の行為に目を向け、その帰結がひとつの頂点を迎えた現代へとどのように繋がってきたかを示す。彼らが生きた現実を、現在において再構成することは、過去の人々によって生み出され、消失していったプロジェクトから、その行為主体性を取り出す作業でもある。

 一段落目の「歴史を知ることは〔……〕行為主体性を知ること」の意味は、これだけではよくわからない。社会学文化人類学ではagencyが大きな意味を担っていることは分かるが、明確な説明はあまり見たことがない(哲学の文脈ではfree willとの関連が強い語だが、そのまま他分野に輸出されたのかは保証されていない)。
 下で抜粋する部分を先取りすると、著者は「本書の中心命題」を「ブラジル日本移民とその子孫が〔……〕独自の歴史的記憶と徳を保持する政治的主体として構築された」ことだとしている。
 ここも読むと(素人にも)意味が伝わる。



・構成(p. 28)。

 本書の中心命題は、ブラジル日本移民とその子孫が、対ブラジル移民政策の変遷と移民知識人の積極的な介入を通じて、独自の歴史的記憶と徳を保持する政治的主体として構築された、というものである。
 本書では、この命題を証明するために、次章以降、下記のような構成で議論を展開する。
 まず、第1章では、一九二〇年代から四〇年代前半のブラジル日本移民の知識層の形成に光を当てながら、日本帝国主義と、ブラジルの国家主義の台頭のもとで、彼らがどのように自らの立場を理論化していったのか、という問題を論じる。
 次に、第2章では、一九四〇年代後半から六〇年代後半の移民社会の混乱期から安定期への転換に焦点を当て、両国における移民をめぐる環境の変容と移民指導者たちの積極的な介入を分析しながら、移民がいかに政治的・道徳的な主体化の対象となっていったのかを明らかにする。
 また、第3章では、一九四〇年代後半から七〇年代後半に形成された移民知識人グループの活動に着目し、彼らが従事した独自の社会批評、統計調査、歴史書記、そして博物館建設の活動を分析しながら、移民知識人たちが移民集団とのかかわりにおいて体現した特殊な認識論と歴史語りの形式を明らかにする。
 続いて、第4章では、二〇〇〇年代のサンパウロに視点をおきながら、日系旅行社と邦字新聞社という二つのプロジェクトがそれぞれ異なる空間的射程をもって形成している活動を分析し、現代の日本移民社会に生じている形態学的な変化を明らかにする。
 さらに、第3章では、二〇〇八年に行われたブラジル日本移民百年祭に注目し、移民指導者が示した政治的な期待と、移民知識人たちが限定された資源のもとで生み出そうとした歴史や記憶をめぐる実践を分析しながら、巨大な政治的祭典としての移民祭において、移民が固有の徳の体現者として構築されたことを明らかにする。
 そして、第6章では、ここまでに描かれたブラジル日本移民知識人をめぐる歴史民族誌的な記述を振り返りながら、移民をめぐる政治、知識、徳という三つのテーマにもとづいて、より理論的な視座から検討を加える。

 4章の概略として「移民社会に生じている形態学的な変化を〔……〕」とある。
 ここも難しい。(ヒトの集団における)「変化」とはせずに敢えて「形態学的な変化」と書くからには、(ヒトの集団における) 「非・形態学的な変化」が暗黙裡に想定されているはずだが、素人にはなかなか思いつかない。