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『1冊でわかる 知能』(Ian J. Deary[著] 繁桝算男[訳] 岩波書店 2004//2001)

原題:Intelligence: A Very Short Introduction, Oxford University Press.
著者:Ian John Deary 心理学(知能・認知など)。"認知疫学"。
訳者:繁枡 算男[しげます・かずお](1946-) 心理測定、多変量解析、ベイズ統計学
解説:松原 達哉[まつばら・たつや](1930-) 臨床心理学、心理測定。
装丁:後藤 葉子 (QUESTO)
NDC:141.1 普通心理学.心理各論


知能 - 岩波書店


【目次】
目次 [iii-iv]
はじめに [1-4]


相関についてのごく簡単な説明 001
  さらに学ぶために 010


1 知能にはいくつの種類があるのだろうか――“g”を見るべきか,見ざるべきか 011
  鍵となるデータ1 012
  鍵となるデータ2 024
  この分野ではどんな研究が進んでいるのだろうか 027
  さらに学ぶために 029


2 加齢とともに知能はどう変化するか 033
  鍵となるデータ3 034
  鍵となるデータ4 041
  鍵となるデータ5 050


3 脳力,能力?――なぜ,ある人は他の人よりも賢いのだろうか 059
  脳の大きさ 061
  鍵となるデータ6 065
  脳の電気的活動 066
  視覚的情報処理の効率性 072
  反応時間 078


4 こうなったのも親のせいか――知能の個人差を決めるのは環境か,遺伝か,あるいはその両方か 089
  鍵となるデータ7――双生児研究 090
  鍵となるデータ8――養子研究 104
  鍵となるデータ9 108
  さらに学ぶために 111


5 仕事への適性――知能は関与するか 115
  鍵となるデータ10 116
  さらに学ぶために 124


6 IQの昇る国――世代が進むにつれて知能は高くなっているのだろうか 127
  鍵となるデータ11 134
  さらに学ぶために 140


7 知能の個人差は実在する―― 11人の(12人はいない)怒れる(ほどでもない)男たち(と女たち) 143
  鍵となる委員会 143
  さらに学ぶために 151


文献案内 [153-159]
 インターネット上の情報源
 出版物
  1. 一般読者のための文献
  2. 学生向けの文献
  3. 研究者のための文献


知能の考え方の多様性と見方[松原達哉] [161-173]
  1. 知能とは何か 
  2. 知能の構造  
  3. 知能の測定と知能の伸ばし方
  4. 知能と創造性 


知能や創造性についての書籍紹介[松原達哉] [175-177]
訳者あとがき[繁枡算男] [179-180]





【関連記事】
『IQってホントは何なんだ?――知能をめぐる神話と真実』(村上宣寛 日経BP 2007) - contents memorandum はてな





【抜き書き】
・「はじめに」から。

 知能の個人差についてはすでに多くの本が出版されているので,新しい本を書くにはそれなりの理由が必要であろう.研究者や学生のための学術的な本や論文以外では,2種類の本に人気が集まっている.ひとつは,「あなたのIQ(知能指数)を測ってみよう」というタイプの本であり,心理測定への入門を意図している.〔……〕もうひとつの種類の本は,知能テストは社会悪であり,エリートが社会的地位の低い者を抑圧するために利用するものであるとして,知能テストを非難するものである.ここで留意すべきことは,前者の本でとりあげられているのは本物の知能テストではないことであり,後者の本は研究の成果を軽視し,研究結果が混乱していることを強調し,政治的な主張が目立っていることである.
 本書は,実際に研究で得られたデータを中心に,知能についての心理学の成果を一般の人にわかりやすいように紹介する.これまでのところ,知能の個人差に関する理論の確証性は,物理学や化学のレベルには達していない.私たちは,なぜある人の頭脳が他の人の頭脳よりも優れているかを説明できるほど,脳の働きについての知識をもってはいないのである.とはいえ,知能の個人差について確立された事実は存在する.他の科学の場合と同様に知能についても,確立された事実は議論できる範囲を明確にする.つまり,事実に反したり,事実を無視したりするような主張をすることはできない.



・「相関についてのごく簡単な説明」末尾から、説明は割愛して、注意喚起の部分を抜粋した。

本書の読者には,オリジナルの研究結果を何度も解釈し直した研究紹介からではなく,実際のデータそのものから考えてほしいと思っている.
 このアプローチをとるには,乗り越えるべきハードルがある.それは,研究の中心にある統計学である知能の分野では,多数の被検者に多様な知能テストを実施するが,被検者間の違いのパターンやその違いの意味を探るためには,データの統計学的読み取りが不可欠である.知能についての重要な論争点のいくつかは,統計学的な問題である.さらに,知能研究において使われる統計学は心理学で使われるもののなかでもとくに複雑なものである.


・「相関」「相関係数」の表すもの。

 本書では,知能テストの得点が他の事柄(変数)とどれほど関連しているかを記述するために相関係数を用いる.たとえば,ある種類の知能テストが他の種類の知能テストと高い相関をもつかどうかを調べる,あるいは,知能テストの得点が実生活における何らかの達成の程度と相関しているかどうかを調べる.また,われわれの脳や脳機能の何かが知能テスト得点と関連しているかどうかを検討する。
 相関は,「ある集団において」測定した2つの事柄の関係を表わしているということを強調しておこう.集団の大きさは計算した相関係数の信頼度に関係し,集団が大きくなればなるほど計算された相関係数が正しい値であることに信頼をおくことができる.〔……〕しかし,相関係数が 1 や -1 でない限り(ということはほとんどつねに),関連があると言っても例外を見つけることができるのである,相関係数が低いほど,個々人を見ると例外は多くなることになる.
 要するに,相関係数とは,ある特定の集団において2つの変数が関連する度合いを要約して示す量であり,相関係数からは【1人ひとりのことについてはわからない.さらに言えば,他の集団においても同じような関連性を見出せるとは限らない.たとえば,成人男性において2変数間の相関を見出したとしても,子どもや女性において同じような相関を見出すことができるとは限らない.
 集団か個人かという問題について,実際的な問題で考えてみよう.知能テスト得点と職業上の地位との間には若干の相関がある。イギリス政府発行の本に,職業をランクづける尺度が掲載されているが、その尺度の一方の極には弁護士や医者などの専門職があり,もう一方の極には肉体労働のような仕事がある.実は,知能テスト得点と職業上の地位の間には 0.4かあるいはそれを少し上回る程度の若干の相関がある.この数字は集団全体については意味をもっている.つまり,「一般的に言えば」,知能テスト得点の高い人は専門的な技能を要する仕事に就く傾向がある.しかし,この相関はそれほど強くはないので,たくさんの例外がある.個々人を検討すれば,知能テスト得点の低い人が結局のところ専門職に就くこともあるし,得点の高い人が肉体労働をしている場合もある,相関係数は,非常に高い相関の場合であっても個々人についての情報は何も与えない.相関係数は集団全体の傾向性の記述なのである.
 このことからもうひとつ教訓を得ることができる.知能と職業上の地位との相関を再び例にとる.この相関はとくに高いとは言えない.ということは,よい仕事に就き高い給料を得る要因として,知能が高いこと以外にたくさんの要因があることになる.この事実をより一般化すれば次のように言える.「知能は人生の物語にある程度の影響を与えるかもしれないが,関係する要因は知能以外にもたくさん存在する」.



・一般人のIQ論争へのアメリカ心理学会心理学会の対応をふりかえった「7章 知能の個人差は実在する―― 11人の(12人はいない)怒れる(ほどでもない)男たち(と女たち)」から。

大騒ぎ:1990年代半ばに,『ベル・カーブ』という本が学術的な本の販売としては多くの記録を塗り替えた.900ページ近くの大著であり,しかもそのうちの300 ページが統計分析や詳細な脚注,それから専門誌の引用などに当てられているのに,アメリカにおいて何十万部もの販売部数を記録した.この本の出版によって,IQについてのあらゆる種類の論争が新聞や雑誌に掲載されることになり,(少なくとも)西洋社会や心理学研究者の世界を、知能が私たちの運命に及ぼす影響についての激しい論争に巻き込んだ.この本は,IQ の問題をその社会的影響や社会の政策という文脈において捉え,知能研究を激しく非難している.この本がもたらした巷の大騒ぎが,心理学界を動かした.専門家たちはこう考えたのだ.「一般の人がIQについてこのように熱心に議論しているのだから、少なくともこの本に書いてあることを評価するための基礎となる確実な事実を,彼らに示すべきではないだろうか」.


・ある刊行物について。強調は引用者(id:Mandarine)による。

 学会の科学問題委員会(Board of Scientific Affairs)は,知能の個人差についてわかっていることとわかっていないことに関するデータを収集するために,特別委員会を組織した.本章の目的は,この特別委員会が作成した報告書が知能に関する最良で公平なまとめであることを明らかにすることだと言ってもよい.
 この報告書は.知能についてわかっていることとわかっていないことを,一般大衆向けに包括的かつ簡潔にまとめたものであり,本意でとりあげるテーマよりも広く論じられているので,本章を読んだ後で学習を深めるためには良い文献である.以下に,この報告書の序文の一部を示す.

1994 年の秋,ハーンシュタインとマレーの著による『ベル・カーブ』は,知能テスト得点の意味と知能の本性について新たな論争を引き起こした.この論争の特徴は,強烈な主張がなされ感情的であったことにある,残念なことに,これらの主張は心理学において科学的に実証されたこと(あるいは実証されなかったこと)について重大な誤解があることを示している.多くの知識が得られたとは言え,論点そのものは複雑であり、多くの点でいまだに解決していない,もうひとつ残念な点がある.それは,この論争に関わった人たちが、科学的な論点と政治的な論点とを区別する努力をほとんどしていなかったということである。科学的研究の結果は,科学的研究としての価値や位置づけよりも,その研究がもつ政治的な意味合いによってしばしば評価された.このような状況では,自分自身で判断しようという人にとって,何を信用すればよいかを知ることは難しい.


・くだんの報告書。
Neisser, Ulric et al. (1996). Intelligence: knowns and unknowns. American Psychologist, 51, 77-101.





・専門家の間でも知能の定義は意見が割れやすいが……

 委員会は,知能の主要な概念がいわゆる計量心理学的アプローチに集約していることを認識していた.計量心理学では,心の諸側面を対象として測定し,それは知能検査と関連するものとして考えられている.第1章で見たように,知能テストには,多様な種類の知的能力を測定するテストが含まれている.特別委員会は,典型的な知能テストでは測りえない知的能力の側面を強調する理論の役割についてもよく認識していた.くり返しになるが,知能テストによって測られる知的能力は,決して人間の脳の働きのすべてを尽くしているわけではない.特別委員会の報告書では,知的能力の IQ 的な見方の範囲を超えて幅広く議論している.



・心理学の未解決問題。

 以上,報告書の内容をまとめたが,最後に,ほとんど1世紀にもわたる研究にもかかわらず,依然として答が得られず不思議な謎として残されている重要な問題のリストを挙げる。これらは知能研究者にとって未知の点であり,将来の研究の課題である。


・知能に対する遺伝の影響はわかっているが,その正確なメカニズムは未知である。
・知能に与える環境要因がどのようなものであるのかは,わかっていない。
・栄養状態がどのように知能に影響を与えるのかは,明確ではない。
・知能テストの得点がなぜ単純な行動を測った値と関連するのかわかっていない(単純な行動の測定値の例は第3章で説明した).
・なぜ知能テストが世代を経て上昇するのかについて,満足な説明がなされていない.
・異なる集団において,知能テストが差異をもつ理由はわかっていない。
・知能テストで測定できない他の重要な能力(創造性,知恵,実践力,社会的感受性)などについては,ほとんどわかっていない.





・繁枡算男による「訳者あとがき」。〈一般知能g〉。

本書は,心理学の学生や研究者にも読み応えがある本である.日本で出版される普通のテキストで読む説明よりも本書のほうが新しく,かつ,説得的であると感じた読者も多かったのではないかと思う.
 本書は実証データにもとづき,知能は1因子(g因子)で説明でき,また,遺伝規定性が強いことを示している.しかし,この結論はよく吟味することなく短絡的に受け入れるべきではない.私は次のように考える.


1. 知能は基本的にひとつであり,遺伝規定性がかなり強いし,職場の成績ともよく関連しているということは事実としても,これらは,すべて,相関係数によって得られた結論である.相関係数は,本書でも何回も警告されているが,集団全体の傾向を一括して表わす値であり,個人の運命を予測するものではない.〔……〕

2. 集団全体の相関係数は,それぞれのおかれた状況はあるがままに捨て置かれた場合の相関である.個人が特別の意思をもち,特殊な状況下にあるときの将来を予測するものではない.〔……〕相関係数の値にかかわらず,特別のことを行えば,相関係数の予測する範囲を越えた成果を得ることができる.この意味でも,冒頭に述べた結論を決定論的に捉えるべきではない.

3. 本書の結論は,知能テストで捉えられる部分についての結論であることに留意しなければならない.〔……〕知的能力はもっと多面的であること自体は事実であり,それを認識することは重要である.私見であるが,IQは,官僚や法曹界での成果と関係していそうではあるが,たとえば,研究者としての適性は,IQ以外の要素が大きいように思う.