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『アダム・スミス――『道徳感情論』と『国富論』の世界』(堂目卓生 中公新書 2008)

著者:堂目 卓生[どうめ・たくお](1959-)  経済思想史


アダム・スミス|新書|中央公論新社


【目次】
はじめに [i-iv]
目次 [v-xiii]


序章 光と闇の時代 003
  十八世紀イギリスの世相
1 光の側面 004
  政治の民主化
  大西洋貿易システムの確立と経済の発展
  生産技術の革新
  知識の進歩と普及
2 闇の側面 010
  格差と貧困
  財政問題
  アメリカ植民地問題
3 スミスの生涯と課題 016
  スミスの生涯と知的環境
  スミスの課題


   I 『道徳感情論』の世界

第一章 秩序を導く人間本性 025
1 『道徳感情論』の目的 025
  道徳の基礎としての感情
2 同感の仕組み 027
  同感とは何か
  自分の感情や行為に対する他人の判断
  胸中の公平な観察者の形成
  成熟した観察者の判断
3 称賛と非難 040
  称賛と非難の仕組み
  称賛と非難に偶然が与える影響
  不規則性の社会的意味
  不規則性への対応――賢人と弱い人
4 いかにして正義のルールが作られるか 055
  一般的諸規則の設定 
  義務の感覚
  正義と慈恵
5 社会秩序に関するスミスの見解 065
  完全な社会秩序は可能か


第二章 繁栄を導く人間本性 070
1 野心と競争の起源 070
  悲哀と歓喜に対する同感の違い
  富と地位への野心
2 幸福とは何か 075
  貧乏な人の息子の物語 
  幸福と平静
  富と幸福の関係
3 野心と経済発展 085
  「弱さ」の役割
  必需品の分配の仕組み
4 徳への道と財産への道 091
  尊敬と感嘆を獲得する二つの道
  「徳への道」と「財産への道」の関係
5 許される野心と競争 099
  フェア・プレイの精神
6 秩序と繁栄を導く人間本性――第一章と第二章のまとめ 101
  「賢明さ」と「弱さ」の両面をもつ人間


第三章 国際秩序の可能性 109
1 公平な観察者の判断基準に慣習が与える影響 109
  慣習とは何か
  慣習が道徳に与える影響
2 国際秩序は可能か 118
  国際的な「公平な観察者」
3 祖国への愛と国民的偏見 122
  自然で適切な祖国への愛
  倒錯した祖国への愛と国民的偏見
  諸国民間の交際と貿易の役割
4 『道徳感情論』から『国富論』へ 134
  自然法にもとづく「万民の法」の形成
  「万民の法」を準備する「万民の富」


   II 『国富論』の世界

第四章 『国富論』の概略 143
  富の定義と源泉、および豊かさの一般原理
  第一編――分業 
  第二編――資本蓄積
  第三編――自然な経済発展の順序と現実の歴史
  第四編――重商主義体系
  第五編――財政
  『道徳感情論』における予告と『国富論』の「構想」


第五章 繁栄の一般原理(1)――分業 156
1 分業と市場 156
  分業の効果
  交換性向
  説得性向
  互恵の場としての市場
  競争と商業社会
2 価格の動き 167
  市場価格と自然価格
  市場の機能と条件
3 貨幣の役割と影響 173
  金属貨幣の普及 貨幣錯覚の発生


第六章 繁栄の一般原理(2)――資本蓄積 178
1 分業と資本蓄積 178
  分業に先立つ資本蓄積
2 階級社会と資本蓄積 180
  社会の三階級と生産物の分配
  成長の目的
3 資本蓄積の仕組み 186
  図と数値例による説明
  資本蓄積を妨げる要因(1)――個人の浪費
  資本蓄積を妨げる要因(2)――政府の浪費
4 投資の自然な順序 197
  投資の自然な順序の根拠
  自然な経済発展のイメージ


第七章 現実の歴史と重商主義の経済政策 205
1 ヨーロッパの歴史 205
  西ローマ帝国の滅亡 農村の状態
  都市と貿易の発展
  都市の繁栄による農村の発展
  肥大した貿易部門と遠隔地向け製造業部門
2 植民地建設の動機と結果 215
  植民地建設の動機
  植民地建設の結果
3 重商主義の経済政策 224
  本国、植民地、および諸外国の関係
  貿易上の嫉妬
  戦争と国債


第八章 今なすべきこと 236
1 自然的自由の体系への復帰 236
  めざすべき目標としての自然的自由の体系
  規制緩和の速度
  「体系の人」の政策
  賢明な統治者の政策
2 アメリカ植民地問題 246
  独立戦争勃発の経緯
  統合案
  統合案の問題点
  『国富論』の結論 


終章 スミスの遺産 269
  社会的存在としての人間
  人と人をつなぐ富
  自由で公正な市場経済の構築
  今なすべきことと、そうでないことを見分けること
  スミスの遺産


あとがき(二〇〇八年一月 堂目卓生) [287-290]
索引 [291-297]




【抜き書き】

すべての国民の年間の労働は、その国民が年聞に消費するすべての生活の必需品や便益品を供給する原資であって、消費される必需品や便益品 は、つねに、国民の労働の直接の生産物であるか、あるいはその生産物で他の諸国民から購入されるものである。/したがってこの生産物、またはこの生産物で 購入されるものと、それを消費する人びとの数との割合が大きいか小さいかに応じて、その国民が必要とする必需品と便益品が十分に供給されているといえるか どうかが決まる。/この割合は、どの国民にあっても二つの異なる事情によって規定される。すなわち、第一には、その国民の労働が一般に使用される際の熟 練、技量、および判断力によって、そして第二には、有用な労働に従事する人びとの数と、そうでない人びとの数との割合によって規定される。国の土壌や気候 や国土の広さがいかなるものであろうとも、そうした特定の状況の中で、その国民が受ける必需品と便益品の年間の供給が豊かであるか乏しいかは、それら二つ の事情に依存する。

pp.143-144。





■分業

「必需品と便益品の供給が豊かであるか否かは、それら二つの事情[労働生産性と生産的労働・不生産的労働の比率]のうち、後者よりも前者に よるところが大きいように思われる。猟師や漁夫からなる未開民族においては、働くことのできる個人は、すべて、多かれ少なかれ有用労働に従事し、自分自身 を養うとともに、自分の家族または種族のうち、狩猟や漁獲に出かけるには高齢すぎたり、若すぎたり、病弱にすぎたりすることに努める。しかしながら、その ような民族は極度に貧しいために、幼児や高齢者や長びく病気にかかっている者を、ときには直接に殺害するか、ときには放置して飢え死にさせるか、野獣に食 われるままにしなければならないことがしばしばある。少なくとも彼らは、そう考えている。
 これに反し、文明化し繁栄している民族の間では、多数の人びと は全然労働しないのに、働く人びとの大部分よりも十倍、しばしば百倍もの労働の生産物を消費する。しかし、その社会の労働全体の生産物はきわめて多いの で、すべての人が十分な供給を受けるし、最低最貧の労働者ですら、倹約かつ勤勉であれば、未開人が獲得しうるよりも大きな割合の生活必需品や便益品を享受 することができる。労働の生産力のこの増大の原因、および労働の生産物が社会のさまざまな階級や状態の人びとの聞に自然に分配される法則が、本書の第一編 の主題をなす。

pp. 146-147。




■分業の効果

文明国においては、最下層の人でさえ、何千人もの人びとの助力と協力を通じて、〔中略〕彼が普通に使う生活設備の供給を受けている。たし かに、地位の高い人びとのもっと法外な奢侈に比べれば、最下層の人の生活設備は実に単純で容易に見えるにちがいない。しかし、ヨーロッパの王侯の生活設備 が勤勉で質素な農夫のそれよりも優っている程度は、後者の生活設備が、何万もの裸の未開人の生命と自由の絶対的支配者であるアフリカの国王のそれよりも 優っている程度には必ずしも及ばないであろう。
  (『国富論』一編一章)

p.157。



多くの利益を生み出すこの分業は、もともとは、それが生み出す一般的富裕を予見し意図するという人間の英知の結果ではない。それは、その ような広範な有用性をめざすわけではない人間本性の中のひとつの性向、すなわち、ある物を他の物と取引し、交換し、交易する性向の、きわめて緩慢で漸次的 ではあるが、必然的な結果なのである。この性向が人間の本性の中にある、それ以上は説明できないような本源的な原理のひとつであるのかどうか、それとも、 この方がもっともらしく思われるが、推理したり話したりする人間の能力の必然的な結果であるのかどうか、そのことは、本書の研究主題にはならない。  『国富論』一編ニ章

pp. 158。