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『日本仏教史――思想史としてのアプローチ』(末木文美士 新潮文庫 1996//1992//1988)

著者:末木 文美士[すえき・ふみひこ] (1949-) 仏教学。
解説:橋本 治[はしもと・おさむ] (1948-2019) 作家。
編集協力:座右宝
カバー:『インド美術』(日本経済新聞社刊) サールナート“仏伝の八場面”より
NDC:182.1 仏教史(日本の)


末木文美士 『日本仏教史―思想史としてのアプローチ―』 | 新潮社


【目次】
目次 [300-005]
タイトル [007]


序章にかえて 009


第I章 聖徳太子と南部の教学 017
1.1 仏教伝来 019
  仏教公伝の年
  仏は神のレヴェルで受容された
  大乗仏教の形成
  中国・朝鮮への伝来 

1.2 聖徳太子 027
史実と伝説 027
  太子のカリスマ的魅力
  法隆寺と太子信仰の萌芽
  片岡山伝説と聖人の重層性
  南学慧思の生まれ変わり説 
思想と信仰 035
  天寿国繡帳〔てんじゅこくしゅうちょう〕
   天寿国とは何か
  『三経義疏〔さんぎょうぎしょ〕』真撰説と在野思想
  『三経義疏』は中国のものか? 

1.3 南都の教学 044
国家仏教と民間仏教 044
  天下の富を尽くした大仏造立
  国家仏教の繁栄
  民間仏教のエネルギー 
南都六宗 050
  「宗」の実体と概念
  俱舎・成実・律宗
  東大寺の中心教学・華厳宗
  三論宗
  興福寺を中心とした法相宗
  学問仏教の後代への影響  


FEATURE 1 大乗仏典とその受容 059-082
  どうして膨大な仏典ができたのか
  三期におよぶ大乗仏典の成立過程
  仏典の漢訳――古訳・旧訳・新訳時代
  漢訳仏典の需要――労せず解釈の枠組みを得る
  『法華経』の場合――その成立と“方便”思想
  中国における『法華経』思想の展開
  日本における『法華経』の解釈と信仰
  経典と日本の仏教 


第II章 密教と円教 083
2.1 平安仏教への視角 085
  遅れた平安仏教の研究
  平安仏教は貴族の祈祷仏教か 

2.2 最澄空海 088
  二人の出会い
  天皇に近侍した最澄と無名の天才空海
  思惑と屈折を秘めた交友と別離

2.3 最澄の思想 095
円・戒・禅・密の総合 095
  最澄が受け継いだ天台教学
  最澄の禅と密 
対徳一論争 099
  旧仏教最大の論客、徳一
  人は誰でも悟れる=一乗主義の立場
  悟れない人もいる=法相宗の立場 
大乗戒論争 103
  大乗戒独自の戒壇を求める
  道心ある人を国宝となす 

2.4 空海の思想 106
密教とは 106
  雑密と純密
  密教顕教の峻別 
即身成仏の理論 111
  六大・四曼・三密の原理
  曼荼羅と三密加持 
十住心の体系 116
  凡人から密教の究極にいたる十の段階 

2.5 円教から密教へ 118
  真言密教の完結性と天台の密教
  円仁と円珍
  台密の完成者、安然 


第III章 末法と浄土 125
3.1 末法到来 127
末法到来 127
  浄土を夢見る=道長と法成寺〔ほうじょうじ〕
   社会不安と末法第一年 
末法思想の由来 130
  諸説ある仏滅年代
  正法・像法・末法の三時説 
末法思想の展開 135
  景戒と源信の時代認識
  現実を追認する『末法灯明記』の論理 

3.2 欣求浄土 138
二十五三昧会 138
  叡山横川〔えいざんよかわ〕の“死の結社”  源信と保胤 
『往生要集』 142
  凄絶な地獄描写
  浄土念仏の百科全書 
浄土念仏の思想 146
  他力救済=浄土信仰の源流
  般舟三昧と観仏三昧 
浄土教の展開 150
  中国・日本の浄土教
  円仁と「山の念仏」
  阿弥陀聖の活躍 

3.3 本覚と浄土 154
さまざまな信仰 154
  貴族の信仰とその重要性 
本覚思想の形成 157
  汎神論的世界観の形成
  本覚思想と浄土教 

FEATURE 2 本覚思想 164-190
  さだめなきこそいみじけれ
  草木〔そうもく〕でも成仏できる
  中国の草木成仏論と日本での発展
  無視されてきた思想――遅れた研究
  仏教の真理観
  如来蔵・仏性思想の展開と「本覚」
  口伝法門による発展
  本門・観心〔かんじん〕の重視――天台本覚思想の特徴
  本覚思想の体系化――三重七箇〔さんじゅうしちか〕の大事〔だいじ〕
  思想・文化への影響 


第IV章 鎌倉仏教の諸相 191
4.1 鎌倉仏教をどうみるか 193
鎌倉仏教と近代 193
  人間くさい『歎異抄〔たんにしょう〕』の魅力
  近代的自我と新仏教の再評価
  民衆的性格
鎌倉仏教観の転換 199
  本覚思想が背景にある
  新しい枠組み=顕密体制論
  鎌倉仏教の三期区分

4.2 形成期(第一期) 204
  新仏教の旗手法然栄西
  二人の活動と思想
  弾圧のなかで布教する
  転換期の旧仏教=貞慶と慈円

4.3 深化期(第二期) 211
  明恵法然批判と仏光観
  したたかな親鸞と天才的な道元
  親鸞の信念往生道元の修証一如

4.4 展開期(第三期) 218
  激動期の国家意識と仏教
  日蓮法華経観=本門の絶対視
  一遍の念仏と土着的要素
  叡尊〔えいそん〕・忍性〔にんしょう〕の戒律復興運動 

4.5 室町仏教への展望 224
  武士に支えられた禅宗
  五山派の隆盛と夢窓疎石〔むそうそせき〕
  浄土系諸宗の発展
  町衆文化を生み出す日蓮宗 


第V章 近世仏教の思想 233
5.1 近世仏教の問題点 235
統制下の仏教 235
  葬式仏教の一般化
  天下統一と仏教勢力
  本末制度と寺檀〔じだん〕制度 
近世仏教への刺客 241
  「堕落仏教」の再検討
  思想の転換と宗教改革 

5.2 異思想との論争 246
キリシタンと仏教 246
  ザビエル書簡にみる仏教
  ハビアンの破提宇子〔はだいうす/はでうす〕と仏法 
廃仏論の動向 251
  世俗倫理で仏教を批判する儒者
  科学的廃仏論の登場 

5.3 仏教再建 257
教学振興 257
  檀林〔だんりん〕の学とその限界
  安楽律論争と三業惑乱〔さんごうわくらん〕
世俗と仏法 261
  仏教者による世俗倫理への対応
  妙好人みょうこうにん〕にみる民衆の信仰 

5.4 地下信仰と新宗教 267
  世俗権力による不受不施〔ふじゅふせ〕弾圧
  既成教団の衰退と新宗教の勃興 


FEATURE 3 仏教土着 272-289
  日本人の宗教意識――統計にみる奇妙な結果
  日本仏教と死者供養との関わり
  葬式仏教の思想的根源は?
  民俗との融合
  仏教の示した強大な呪術力 


第VI章 神と仏 291
6.1 苦しむ神 293
  熊野の本地
  人間が神仏になる
  本地垂迹観念の変容 

6.2 神仏習合の展開 298
仏教伝来をめぐって 298
  崇仏と排仏の争い
  日本古来の神の性格
  日本の神観からみた仏=客人神 
神仏習合の展開 304
  国家的な仏教受容のイデオロギー
  神が仏に従属する
  本地垂迹的発想の出現
  民衆にとっての神と御霊〔ごりょう〕信仰 

6.3 神道理論と仏教 312
神道理論の形成 312
  仏教系の山王神道両部神道
  仏教系に対抗する伊勢神道
  “神道は万法の根本”吉田神道 
慈遍の場合 317
  『豊葦原神風和記〔とよあしはらじんぷうわき〕』
  神の優越を純粋性に求める

6.4 山の宗教・修験道 320
山岳仏教の形成 320
  山の神の威力
  神威の衰え=役小角〔えんのおづぬ〕の登場
  呪力をもった異端の宗教者 
修験道の歴史と思想 323
  修験道の形成と教団系列化
  修験による三種成仏
  入山すれば山伏も毘盧遮那仏〔びるしゃなぶつ〕


終章 日本仏教への一視角 333
7.1 研究の方法をめぐって 335
日本の仏教の難しさ 335
  インド・東南アジア仏教の場合
  日本仏教の多様性と変容の大きさ 
研究の諸領域 340
  歴史学の立場と仏教学の立場からの研究
  民俗学への期待 

7.2 漢文仏典の受容 345
漢文仏典と訓読 345
  翻訳の労を省いた漢文仏典の受容
  訓読の落とし穴
  初期の訓読にみる日本語らしさ 
漢文解釈をめぐる思想展開 351
  親鸞の訓読にみる自由な解釈
  和・漢の接点で独創性を生み出した道元 

7.3 仏教の土着と風化 356
現世主義への流れ 356
  現世離脱的要素の崩れ=出家者の世俗化
  現世主義的な本覚思想への流れ
「沼地」日本 362
  根を腐らす怖ろしい沼地
  外来宗教土着化への根本的問い 


文献案内 [368-383]
  I テキスト・史料の叢書
  II 辞典・年表など
  III 研究書(総論)
  IV 研究書(各論)
仏教史年表 [384-393]
あとがき(一九九二年四月) [394]
文庫版あとがき(一九九六年七月) [395]
解説――「仏教を必要とした日本人の思想の歴史をみんなで考えなければならない」と言う入門書  橋本治(平成八年七月、作家) [396-403]
索引 [404-412] ([I-IX])






【抜き書き】
※「〔……〕」は、引用者が中略した場合の記号。


p. 54

華厳宗は伝来すると同時に、一即多(一つのものが全宇宙と対応する)というその宇宙的規模の壮大な思想が聖武帝の理想にかない、東大寺の中心教学となる。


p.70

東アジアの国々では〔……〕漢文の仏典を改めて自国語に翻訳するという操作を加えることなく、そのままの形で用いることができた〔……〕とくに日本の場合、訓読という独特の漢文読解法が発明されたため、改めて翻訳しなくても半ば翻訳したのと同様に扱うことができた〔……〕仏典漢訳の過程をみても知られるように、翻訳にかかる労力は膨大なものであり、それを受容し定着させるためにも多くの試行錯誤を経なければならない。その過程を省くことができ〔……〕完成品をそっくり頂戴しようというわけである。

※この抜粋には、「訓読という独特の漢文読解法」とある。しかし朝鮮にも諺解という漢文の読み下し法はあった。そして、日本の訓読がどの程度独特なのかも自明ではない。また、著者があくまで諺解と訓読の差異に独特さを見出す立場なら、この抜粋した部分にもうすこし説明を加えてもいいと思う。

参照→
『漢文と東アジア――訓読の文化圏』(金文京 岩波書店 2010)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20180917/1538466561
 




p. 308, 310

「本地」という概念は、もともと中国の道家系思想に発するもので、仏教ではとくに天台の『法華経』解釈において重視された。すなわち、『法華経』の〔……〕後半部の永遠絶対の仏の出現を説く部分が「本門」と呼ばれるのである。平安期には天台が仏教思想として最も大きな影響力をもったことを考えると、本地垂迹説の発展にもこの天台の発想が大きく寄与したのではないかと思われる。


pp. 319-320

思うに、神道と仏教をくらべてみるならば、その多様な内容の豊かさにおいて、神道はとうてい仏教の比ではない。それでもなお優越性を主張しようとするならば、結局純粋さというところに求めなければならなくなる。しかし、その純粋を突きつめて外来的要素を排除しようとすると、内実を失って極端化することは、戦前の国家神道に明白に知られる。これは神道の、ひいては日本の文化のもつ大きなディレンマということができよう。