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『食肉の帝王――同和と暴力で巨富を掴んだ男』(溝口敦 講談社+α文庫 2004//2003)

著者:溝口 敦[みぞぐち・あつし](1942-) ノンフィクション作家(とくに裏社会もの)。筆名。
NDC:289.1 個人伝記(日本)
備考:『週刊現代』に連載された記事を書籍化したノンフィクション作。
備考:溝口敦の著書には、同様のネーミングのもの(『武闘の帝王』(1992年)以降、『錬金の帝王』等)がある。


『食肉の帝王』(溝口 敦):講談社+α文庫|講談社BOOK倶楽部


【目次】
はじめに――「帝王」浅田満の素顔 [003-004]
写真(地元羽曳野市の食肉事業関連行事に参加した浅田満) [005]
目次 [006-014]


第一章 伝説の奉公人 
聖域に隠れひそむフィクサー 018
立志伝中のゴッドファーザー 0019
鼻づまりだった幼少期 023
日本ハムとの運命の出会い 027


第二章 同和と暴力を両輪に
クジラを飼う男 034
部落解放同盟全解連 036
建設と食肉で覇を競う二人 042
「目立たんよう、目立たんよう」 047
“暴”を背景に成長する 050


第三章 影の億万長者 
税申告フリーパスを実現した秘策 056
長者番付に登場しないミリオネア 060
輸入牛肉に着目 063
“解放同盟のプリンス”上田卓三 066


第四章 北海道に進出
足がかりは中川一郎 074
畜産振興事業団に恩を売る 077
北の大地に“浅田の街”が 079
地元・羽曳野では逆風 083
凋落する旧敵を後目〔しりめ〕に 086


第五章 「永田町」ど「霞が関」を手玉に取る
食肉部長への贈賄容疑で逮捕 092
追い返された金丸信 096
裁判官に食ってかかる 098
山ロ組五代目・渡辺芳則との深い仲 102


第六章 鈴木宗男の後見人に 
「二億もあれば足りるやろ」 108
セルシオを提供 111
肉の底から五百万 115


第七章 知事もひれ伏した大阪府
横山ノックの借金を肩代わり 120
太田房江知事に質す 123
“貧窮”大阪府が巨額を貢ぐ理由 127
必ずカネが転がり込む構造 130


第八章 地元市長は舎弟
夫人たちはシャネルづくし 136
副知事が土下座 140
浅田のための公共事業 141
カネをせびる市 145


第九章 狂牛病騒動で荒稼ぎ
焼け太り”したハンナン 154
農水族議員と食肉業者の癒着 159
ばらまかれた国民の血税 163
頓挫した内部告発 170
インチキを誘引した農水省 173


第十章 証拠を闇に葬る完全犯罪
太田房江知事のウソ 180
舎弟市長の早業 183
ろくな検査もせずに焼却 186
「肉のチェックなどしません」 189


第十一章 浅田流「商売哲学」
「秘してこそ華」 198
日本最大級の巨大さ 202
名誉より実利を重視 207
銀行が群れをなして浅田詣で 212


第十二章 「サイドビジネス」が炙り出す底力
ロイヤルホストとの縁 218
一部上場企業の副社長も 221
中部国際空港建設でも暗躍 223
捜査機関のリストが明かす「全貌」 226
愛知同食も支配下に 231
「同和」に名を借りた血税の食い荒らし 233
「会長、買うといてくれへんか」 236
日本一安全な「金庫」 238


第十三章 史上最強のタニマチ
「百万も包んで渡しとけ……」 244
力士に娘を嫁がせる 247
カネ持ちケンカせず 251
まさに“使用人”だった鈴木宗男 254


第十四章 ファミリーの肖像
敷地三千坪にそびえる城塞 262
教科書に登場する名画が玄関に 266
数億円の植木を 267
栄耀栄華の先にあるもの 271
バカバカしさと不公正の記念碑 276


終章 虚像が剥がされた帝国
徴悔した帝王 284
生涯賃金を一日で稼ぐ 286
足元から崩れるハンナングループ 291
消える山口組五代目の“後ろ盾” 294
問われる「官」の罪 296
大阪のアル・カポネ 301


単行本あとがき(二〇〇三年四月 溝口敦) [305-316]
講談社ノンフィクション賞選評――立花隆 [317-318]
浅田満関係年表 [319-338]





【抜き書き】
□ルビは亀甲括弧〔 〕に。
□引用者による省略は〔……〕で示した。


・「終章」から(pp. 289-291)。最後の2段落で、「議員や省庁も関与しているのでは」という著者の推測がある。

 一族の生活向上と財の蓄積こそ浅田満の願いだった〔……〕。
 一族の幸せを願って、逆に不幸を招いたのは何が原因だったのか。全頭検査前の国産牛肉買い取り制度の悪用で、浅田が手にした利益はざっと十三億四千万円だったとされる。ふつうの人の生涯賃金に数倍する額をわずか数ヵ月で掠め取ったわけだが、こうした巨額を浅田が心底必要としていたかといえば否だろう。
「数年前、浅田さんに会うと、一日二億円の収益と豪語していた。浅田さんは気づかいの人で、こういうときにウソはつかない。一日二億円なら年間七百三十億円の利益。この数字はウソじゃないと思う」(東京の事業家)
 二億円はサラリーマンの生涯賃金に匹敵する〔……〕。浅田満が危ない仕事に手を染める必然性はまるでなかった。
 察するに浅田は国や自治体の補助金を食うことが習い性になっていた。一九六五年の同対審答申以来、同和地域の産業振興は国の責務であり、浅田の食肉業もまた各種補助金や税の減免を受けて当然の事業となった。
 国産牛の買い取り制度は対象外の輸入肉や内臓肉、加工肉でも申請すれば、そのまま補助金を手にできる抜け穴だらけの制度だった。浅田がこの買い取り制度を労少なく金儲けする千載一遇のチャンスと見たとしても不思議はない。証拠となる肉は焼却していいのだ。あたかも国を騙し詐取せよと誘い込むような制度ではなかったか。
 公判では買い取り制度を強引に創設した農水族議員、所管した農水省の役人、運営した農畜産振興機構の担当者、焼却に協力した前の羽曳野市長など、すべて罪に問われることなく、事件はひたすら浅田一族とハンナングループの犯罪として倭小化された。



・「終章」末尾から(pp. 301-302)。

  大阪のアル・カポネ 
 おそらく浅田満の主張は通らず、浅田は経済犯ながら確実に実刑を受けよう。食肉王国ハンナングループの崩壊は約束された事実である。長らく社会的な批判からも、法的な追及からも免責の聖域に住んでいた食肉の帝王は一族もろとも水面下に沈むことを求められている。
 浅田がこれまで頼みとしてきた政・官・財・暴・同和のうち、わずかに残るのは同和である。具体的には部落解放同盟大阪府連との関係だが、解放同盟は現在、糾弾闘争などで蛮勇を振るえる状況にない。同対審答申に基づく継続法が終わって、すでに同和に特別待遇を許す法的根拠がないことは、同盟員自身が熟知している。解放同盟に加わる事業家が長らく享受してきた無税の特権にも、徐々に空洞化が進んでいる。
 浅田はこれまで同和を威迫力とも警戒色ともしてきた。浅田が営む食肉業に同和は有効だったが、浅田の今の苦境を解放同盟が救えないことは自明である。逆にいえば、凋落した浅田の現在の位置が解放同盟の良識と社会的融合の指標ともいえる。



・文庫版に付された“はじめに”から(pp. 3-4)。

 二〇〇四年八月、大阪地裁での浅田初公判の日である。私も傍聴席にあって、浅田が入廷し、着席する姿を目で追ったのだが、初めて目の当たりに見る浅田の顔に格別の感慨は持たなかった。予想通りの人であり、格別、意外性はない。
 本書の内容は一年か一年半ぐらい、大阪府譽の捜査や浅田満の命運の先を読んだかまれもしれない。浅田満という現代では稀なフィクサー的人物を多面的に描き出すことを主眼としたのだが、国のBSE牛海綿状脳症)対策事業を悪用した浅田の牛肉偽装や脱税の疑惑も指摘している。
 本書親本の刊行に遅れること一年後の〇四年四月、大阪府警は浅田満を詐欺などの容疑で逮捕し、同年九月、大阪国税局はハンナングループ企業六十数社に対しいっせい税務調査に入った。
 ノンフィクションの本来の役目は誤りない事実の指摘と分析であって、社会を動かすことでも世論を誘導することでもない。だが、結果的にノンフィクションが司直や税務当局を動かすこともあり得る。世間が動く動かないはノンフィクションの価値には関係なく、動いたところで社会に禅益したか否かはまた別問題である。短日月の動きだけで社会を益したか損失を掛けたか、判断できるものではない。
だが、ともかく本書には世論の先駆けになった一面がある。単なる事実として、このことを記しておきたい。



□謝辞。取材先について(pp. 309-311)。

 浅田氏ばかりか浅田氏に近い筋、食肉団体も判で押したようにインタビュー拒否を通した。もちろん食肉業者の中にはぼくたちに協力してくれる人も多かったのだが、ほとんどの食肉団体がこうも社会性を欠き、説明責任をさぼるのか、暗然とした。
〔……〕
 しかし部落解放同盟大阪府連はきちんと取材に応えてくれたし、解放同盟系組織の役員、山口組の一部幹部やハンナングループ企業の幹部社員はいずれも匿名を条件にしながらも、貴重な情報を提供してくれた。浅田氏の出身地や住まいの周辺、浅田氏に近い食肉業者、食品商社、食肉市場の関係者、中央や大阪、羽曳野、北海道の政治家や元政治家、その秘書、役所や役場の職員、全国紙や地方・地域紙、専門誌、政党紙、スポーツ紙の記者や元記者、全国部落解放運動連合会の幹部、右翼運動の主宰者、美術業者、解放同盟の元幹部、建設業者、事業家、農水省や農畜産業振興事業団の役人、弁護士などがぼくたちの取材に応じ、貴重な情報やアドバイスを寄せてくれた。こうした方々の教示と協力なしには本書は成らなかった。〔……〕取材・調査にお力添えいただいた方方に深くお礼申し上げるのみである。
 四ヵ月ほど取材した後、『週刊現代』二〇〇二年九月十四日号から連載を開始した。記事を読んだ人から電話やお手紙の形で貴重な情報も寄せていただいた。それをもとに追加取材もしている。以後四カ月間、十四回連載し、新しい事実や動きがあり次第、再レポートすることを約束して、一応十二月十四日号で了とした。連載に当たっては編集部の鈴木章一さんや木原進治さんはもちろん、編集次長の浜野純夫さん、記者の恩田勝亘さん、野田洋人さん、フライデー記者の吉富有治さんなど、多くの方々に助けていただいた。深くお礼を申し上げる。

 


□溝口氏の持論(pp. 314-315)。
 個人的には、不況を「常識では理解できないこと」と表現するのは納得できない。実務からでも政治からでも経済からでも、その現象については、説明も理解も可能だろう。

 末尾ながら、本書のおおよその内容がなぜ暴力的妨害を受けることなく連載できたのか、ぼくの考えを記しておきたい。
 部落差別の早急な解決を国の予算と責任で図る同和対策事業特別措置法は一九六九年に始まり、後継法を経て二〇〇一年度をもってすべて終了した。大阪府など一部地方自治体には「逆差別」と批判されるまでの被差別地域や組織に対する補助金のバラ撒きがなお続いているが、少なくとも国のレベルでは同和対策に名を借りた所得の移転、つまりは本書に記したような同和を名乗る利権的な組織や事業者に対する不当で過大な補助や支出はできないことになった。
 これはなぜなのか。戦後日本の高度経済成長期に力を振るった利益誘導型の政治と予算付けがもう不可能になったからか。広義の行政上の構造改革がもたらした打ち切りだったのか。中央、地方を問わず、行政や予算、金融機関、教育、医療など、軒並み構造改革を迫られる現実がたしかにあるが、反面、改革が遅々として進まず、旧態依然としていることも事実である。
 戦後日本のとか、バブル経済の崩壊以後といったことではなく、もっと広く二十一世紀と二十世紀との間には非連続があるという説に、ぼくとしては与したい。誰もが薄々感じている。なぜ失われた十年がもう十三年に及ぼうというのか。なぜデフレから脱却できず、減税や地域振興券といったバラ撒き予算や公定歩合を歴史的な超低金利に押さえても、銀行の不良債権は増大するばかりで、いつまでたっても景気回復の足かせになっているのか。
 常識では理解できないことが現実に起きている。近い過去に解答を求めてもムリである。とてつもない大転換が今現に進んでいる。一部の敏感な国民は土建国家はもういい、箱モノもダムも要らない、自然環境を守れ、行政は小さくなれと声を挙げ始めた。明らかに二十一世紀のとば口で、文脈が二十世紀とは様変わりした。こういう激変の時代に同対審答申もないし、食肉業に負の後光を背負わせて、バラ撒き予算で頭を撫でる余裕も必然性もない。おそらく部落解放同盟も浅田満氏も、ことによると山口組さえも、こうした時代の変化を敏感に感じ取っているにちがいない。
 ぼくたちの連載が何ごともなく「了」を打てたのは今という時代だからこそである。〔……〕