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『言葉をおぼえるしくみ――母語から外国語まで』(今井むつみ, 針生悦子 ちくま学芸文庫 2014//2007)

著者:今井 むつみ[いまい・むつみ] 認知科学言語心理学発達心理学
著者:針生 悦子[はりゅう・えつこ] 認知科学発達心理学
本文イラスト:川野 郁代[かわの・いくよ] イラストレーター。
備考:『レキシコンの構築――子どもはどのように語と概念を学んでいくのか』(岩波書店)を大幅に改訂し改題し文庫化。
NDC:801.04  言語心理学
NDC:807 研究法.指導法.言語教育

 

筑摩書房 言葉をおぼえるしくみ ─母語から外国語まで / 今井 むつみ 著, 針生 悦子 著

言葉をおぼえるしくみ: 母語から外国語まで (ちくま学芸文庫)

言葉をおぼえるしくみ: 母語から外国語まで (ちくま学芸文庫)

 
言葉をおぼえるしくみ――――母語から外国語まで (ちくま学芸文庫)  
  

言葉をおぼえるしくみ ――母語から外国語まで (ちくま学芸文庫)

    

 

【目次】
目次 [003-010]
凡例 [012]

 

第1章 はじめに 013
1.1 心の中の辞書 013
1.2 単語を学習するということ 014
1.3 語彙爆発 016
1.4 単語の意味を推論するということ 017
1.5 ことばの学習をめぐる2つのパラドックス 021
1.6 本書のねらいと特徴 023
1.7 本書の構成 025
1.8 本書の読み方 026

 

第2章 単語の切り出し――ことばの学習のために子どもが最初にすること 029
2.1 母語の特徴を捉える 030
2.2 単語を聴き取る 034
2.3 「音素のまとまり」から「単語」へ 040
2.4 第2章のまとめと考察 043

 

第3章 モノの名前の学習 047
3.1 ガヴァガーイ問題と即時マッピング 047
3.2 「語はモノの名前」で十分か? 050
3.3 語とはカテゴリー名 051
  3.3.1 実験の手続き 052
  3.3.2 反応パターンの分類 053
  3.3.3 結果 055
  3.3.4 実験の結果からわかること 056
3.4 「制約」という考え方――語意学習バイアス 058
  3.4.1 事物全体バイアス 059
  3.4.2 事物カテゴリーバイアス,形バイアス 060
  3.4.3 相互排他性バイアス 064
3.5 「制約」をめぐる議論 066

 

第4章 基礎レベルのカテゴリー名以外の名詞の学習 071
4.1 固有名詞,抽象度の異なるカテゴリーの名前,物質名 072
4.2 固有名詞の学習 076
  4.2.1 文法的手がかり 076
  4.2.2 英語圏の子どもの場合 076
  4.2.3 日本の子どもの場合 080
4.3 レベルの異なるカテゴリー名の学習 084
  4.3.1 カテゴリー名か,物質名か 084
  4.3.2 相互に排他的なカテゴリーか,包摂関係にあるカテゴリーか 086
  4.3.3 子どもが包摂関係を想定するとき 088
  4.3.4 上位カテゴリー-名の学習 094
4.4 物質名の学習 098
  4.4.1 モノ(物体)と物質の違い 098
  4.4.2 文法的手がかりと物質名の学習 100
  4.4.3 文法的手がかりなしでの物質名の学習 101
4.5 第3,4章のまとめと考察――子どもによる名詞の意味推論 107

 

第5章 動詞の学習 111
5.1 動詞の特徴 111
5.2 イベントの動作単位への分割 113
  5.2.1 10ヶ月児による動作単位の認識 114
  5.2.2 動作単位に区切る手がかり――意図の読み取りか,知覚的な境界か 117
5.3 動詞の意味推論 118
  5.3.1 動詞般用の原則の理解(1)――「A(Agent)がO(Object)をV(Verb)している」場面での検討 119
  5.3.2 動詞般用の原則の理解(2)――「A(Agent)がV(Verb)している」場面での検討 126
5.4 動詞学習のパラドックス 131
5.5 動詞と動作との対応づけ 134
  5.5.1 動作を語に対応づけることの始まり 134
  5.5.2 項構造手がかりに対する理解の発達――英語児の場合 136
  5.5.3 項構造手がかりに対する理解の発達――日本語児の場合 140
  5.5.4 語順と助詞 146
5.6 第5章のまとめと考察 150

 

第6章 属性をあらわす語(形容詞)の学習 155
6.1 子どもはまず「属性をあらわす語」を学習するのか 156
6.2 文法的手がかりの役割 160
6.3 形容詞と名詞の区別の始まり 163
6.4 「比較」の役割 167
6.5 第6章のまとめと考察 171

 

第7章 助数詞の学習 175
7.1 助数詞の意味特徴 176
7.2 助数詞の獲得過程 179
7.3 助数詞学習の容易さを決める要因 183
  7.3.1 形状助数詞における形の意味の理解 183
  7.3.2 大きな概念区分に対応する助数詞群の学習 193
7.4 第7章のまとめと考察 197

 

第8章 擬態語の学習 203
8.1 音象徴 204
8.2 擬態語は本当に子どもに対して多用されているのか 206
8.3 移動の様態をあらわす擬態語 208
8.4 新奇擬態語と移動様態との対応づけ 210
  8.4.1 日本人2,3歳児の場合 210
  8.4.2 イギリス人成人の場合 212
  8.4.3 実験からわかったこと 214
8.5 動詞学習における擬態語の役割――音象徴ブートストラッピング 217
8.6 第8章のまとめと考察 221

 

第9章 言語構造の違いは語彙獲得にどう影響するのか 225
9.1 名詞の学習における言語普遍性と言語特殊性 226
  9.1.1 モノの名前と物質の名前の文法的区別の影響 227
  9.1.2 助数詞システムの語彙獲得への影響――形バイアスの言語普遍性 232
9.2 言語の違いと動詞学習 237
  9.2.1 名詞-動詞論争 237
  9.2.2 英語児における動詞の意味推論――項という手がかり 244
  9.2.3 日本語児に項の明示は必要か 248
  9.2.4 中国語児における動詞の意味推論 249
  9.2.5 動詞の学習における言語普遍性と言語特殊性 264
9.3 第9章のまとめと考察 267

 

第10章 子どもによる語彙の構築――即時マッピングとその後の意味の再編成 273
10.1 即時マッピングの限界 273
10.2 語彙学習はシステムの学習 276
10.3 複雑に分割される意味領域を子どもがどのように学習するか――中国語の「持つ」「運ぶ」に関連する動詞群の学習 278
  10.3.1 中国語における「持つ」「運ぶ」に関連する語彙 278
  10.3.2 実験の方法と結果 281
  10.3.3 中国語「持つ」動詞の意味領域における意味の再編成の過程 288
  10.3.4 学習の容易な概念とは? 290
10.4 名詞語彙でのシステムの学習 291
  10.4.1 基礎レベルカテゴリー名がまず学習されるわけ 293
  10.4.2 基礎レベルの名詞でも意味領域全体の意味の再編成が必要な場合がある 296
  10.4.3 動詞語彙の学習 298
  10.4.4 形容詞語彙の学習 303
  10.4.5 名詞とは異なる基準でモノを分類する助数詞 305
  10.4.6 擬熊語の学習 309

 

第11章 外国語における語彙の学習 313
11.1 外国語を「使える」ための語彙とはどのようなものか 313
11.2 言語による世界の分節の相対性 315
11.3 基礎動詞の意味を日本語母語の英語学習者はどのくらい理解しているか 320
11.4 外国語学習者は複雑な意味領域の意味地図をどのように学習するのか 322
  11.4.1 実験の方法 324
  11.4.2 実験の結果 325
  11.4.3 実験の結果のまとめと考察 333
11.5 なぜ外国語学習者は意味領域の再編成ができないのか 334
  11.5.1 規則や定義を実際に使うことの難しさ 334
  11.5.2 演緯推論が難しい例一可算、不可算文法を実際に使うことの難しさ 335
  11.5.3 ネイテイヴはどのように可算・不可算文法を習得するのか 337
  11.5.4 外国語学習者が可算、不可算を決めるときの問題 338
  11.5.5 語彙の学習でも定義だけでは足りない 339
  11.5.6 単語が意味を切りわける原理は母語と外国語で異なる 341
11.6 第11章のまとめと考察――使える外国語を習得するために 343

 

第12章 おわりに 347
12.1 今後の研究で明らかにされるべきこと 347
12.2 ことばの学習に必要な推論能力の問題 350
  12.2.1 推論能力の起源 350
  12.2.2 ヒトだけに備わっている推論能力はあるのか 353
  12.2.3 様々な推論を組み合わせる能 357
12.3 言語の身体性と抽象性 361
  12.3.1 言語の身体性はどこからくるのか 361
  12.3.2 ブートストラッピングによる知識の体系の構築 363
12.4 ことばは心と脳でどのように表象されているのか 368

 

 

参考文献 [375-405]
あとがき(感謝のことば)(2013年12月 今井むつみ 針生悦子) [407-409]

 

 

 

【抜き書き】

・1.4 節から、ガヴァガイ問題のイントロ。

 

 新しく出合った語の意味をすばやく「わかる」のは,簡単なことではない。
 他の人にモノの名前を教えようと思ったら,そのモノを指差して単語を言えばよい──多くの人が素朴にそのように思い込んでいるのではないだろうか,しかし,実際には,マグカップを差し出して「カップ」と言ったとしても,この‘カップ’が何を意味しているかについては無数の可能性がある(第3章で述べる「ガヴァガーイ問題」,)。‘カップ’とは,〈陶器でできた〉とか〈白い〉といった,そのマグカップの属性のことかもしれないし,〈取っ手〉のようなマグカップの部分の名称かもしれない。あるいは,その特別なマグカップの固有名詞かもしれない。たまたまマグカップの中にミルクが入っていたとすれば,子どもは‘カップ’とは〈ミルク〉のことだとか,〈ミルクの入ったコップ〉のことだ,と思ってしまうかもしれない(そして,これは実際に,ヘレン・ケラーに‘cup’という語を教えるときに,サリバン先生が悩んだ問題でもある)。
 このように,単語の指す対象が「これ」と指さされて直接示されるような場合でさえ,その意味を推論するのは,容易なことではないのに,子どもが新しい語と出合うのは,その指示対象が「これ」と言って示される場合ばかりでもない。多くの場合,日常生活の空間にはさまざまなモノが存在し,さまざまな動作が同時におこなわれ,その中で単語は文の中に埋め込まれて発話される。その新しい単語が何を意味するかを推論するために,子どもはまずそのことばが,いま自分が見ている世界のどの部分に対応するかを決めなければならない。たとえば‘カップ’は差し出されたマグカップを指すということがわからなければならない。そのうえで,このマグカップと何が同じだったら他の場面でも‘カップ’という語を使ってもよいかも明らかにしなければならない。 つまり,新しく出合った語の意味を「わかった」といえるためには,その語が,目の前の場面のどこに対応しているか(指示対象の切り出し),また,それと何が同じであれば他の場面でもその語を使ってよいのか(般用基準)がわからなければならない。そして,どのような対象を切り出し,どのような般用基準をもつかは,単語の種類によって異なる。
 名詞の中でも,モノの名前はたいてい最初の命名対象と形が似た他のモノにも適用できる。たとえば,目の前にマグカップがあるときに‘カップ’と言われれば,その語が指しているのはそのマグカップであり,また,似た形のモノに他の場面で出合ったらそれも‘カップ’と呼んでいい。一方,固有名詞の場合は,場面から切り出すべき対象は,モノの名前と同じようにモノである。しかし,固有名詞は,まさにいま目にしているこのモノにしか使ってはならない。また,動詞は,行為のようなモノとモノのあいだにある関係を指し,他の場面でも同じ関係がそこにあれば,同じ動詞を適用する。たとえば,ピッチャーがボールを投げているシーンがテレビに映し出されたときに,アナウンサーが叫んだ‘投げました’ということばは,ピッチャーでもなくボールでもなく,そのあいだに生じた関係を指している。そして,他の場面,たとえばお兄ちゃんが紙くずをゴミ箱に向かって投げたシーンでも──そこで投げているのは,プロ野球のピッチャーではなくてお兄ちゃんであって,投げられているのはボールでなく紙くずであっても──,そこに同じ関係(〈投げる〉という行為)がありさえすれば,同じ動詞を使うべきなのである。
 このように,単語には異なる種類のものが存在し,それぞれの種類の語彙は,異なるタイプの概念に対応している。したがって,子どもが,耳にした新しい単語の意味をすばやく正確に推論するためには,その語の種類をすばやく見極め,その種類の語彙にはどのような種類の概念が対応するかについての知識をあらかじめもっている必要があると思われるのである。
 では,単語には種類があり,種類が違えば異なる種類の概念を指す(異なる指示対象や般用基準を持つ)ということがわかったとして,それで単語の意味は正しく学習できるようになるのだろうか。たとえば、〔……〕。 このように,単語を本当に使いこなせるようになるためには,その単語と隣り合うほかの単語との境界がどこにあるかということも理解する必要がある。

 

・1.4節の末尾。

このように,単語の意味がわかるとは,一つ一つの単語の意味が個別にわかるということでは終わらずに,まさに,同じ領域に属するほかの単語とのあいだでどのような領域の切り分け,つまり,意味のネットワークができあがっているか,を理解することまで含む。本書ではそこまでを視野に入れて,‘単語をおぼえるしくみ’について考えていく。

 

 

 

・構成について。文庫化にさいして追補されたようだ(2013年刊行の本が紹介されているので)。

1.7 本書の構成
 本書は,ここまで述べてきたように,子どもの語彙獲得に焦点をあてるものである。ただし,そもそも何らかの意味を担ったものとして単語を学習するために,子どもはまず,大人の発話の中から,単語という単位を見つけ出さなければならない。これがそれほど簡単なことでないことは,まったく知らない外国語の発話を耳にしたときのことを想像してみれば,容易にわかるだろう。おそらく,発話の流れは耳に入ってきても,そのどこからどこまでが一つの単語なのか,さっぱりわからないという感じがするのではないだろうか。乳児が最初に経験するのもおそらくそのような状態だろう。したがって,子どもはまず,物理的には切れ目のない発話の流れを単語に切り分け,そして,その切り分けられた単位が何か意味を担っていることに気づく必要がある。このプロセスが,いつごろ,どのようにして進行しているのかについては,近年めざましい研究の進展が見られている。そこで,本書でもまず第2章でこれについて解説する。
 そのうえで,第3章から第8章までは,筆者たち自身のデータを軸に,名詞,動詞,形容詞,助数詞,擬態語の意味推論を,子どもは何を手がかりに,どのようにおこなっているのかについて論じる。
 第9章では,母語の特徴は子どもの語意推論のしかたや語彙に関する知識にどのように影響を及ぼしているのかを検討した研究をまとめて扱い,そこに見られる言語普遍性や個別言語の影響について考える。 第10章,第11章ではいよいよ心の語彙辞書の獲得と概念の獲得の全体像を考えていく。第10章では子どもがシステムの全体像(あるいは設計図)を事前に知らないのに,どのように語彙のような巨大で複雑なシステムを自分の力で構築することができるのかという問題を考察する。さらに第11章では,外国語で単語の意味を学び,語彙をつくっていく過程が母語で語彙を構築していく過程とどのように違うのかを議論し,外国語での語彙学習の問題と学習方法へのヒントを考える。そして最後の第12章では,筆者たちが母語の語彙の発達について考えてきたことから得られる示唆と,今後の研究でさらに明らかにするべきことについて述べる。

1.8 本書の読み方
  本書はことばの習得についての本である。ことばの習得をテーマにした本は,子どもの母語の学習にしても外国語の学習にしても,すでに数多くの書物が存在するが,それらの多くは学習過程の観察や自分や身近にいる子どもの言語学習の経験に基づいたものがほとんどであった。本書がそれらと異なるのは,心理学の実験を道具に,学習過程の記述ではなく,学習過程の仕組みを明らかにしようとするものであることである。本書は言語を扱う本であるが,実験に基づいたいわゆる「理系的」な色合いが強い本でもある。自然科学や社会科学の実験手法についてあまりなじみがない読者にとっては,最初はちょっととっつきにくい感じがするかもしれない。
 そのように感じたら,筑摩書房ちくまプリマー新書のシリーズから出版されている『ことばの発達の謎を解く』を先に読んでいただきたい。『ことばの発達の謎を解く』では,本書で書かれている問題意識を,言語学や心理学,あるいは実験に基づいた考え方にあまりなじみがない方でも読めるように書いてあるので,本書で伝えたいことの大枠が理解いただけると思う。しかし,その後でぜひ本書をお読みいただきたい。というのも,本書で伝えたい,人がいかにことばを習得していくのかという問題に対する筆者たちの結論は,結論だけを読むよりも,ぜひその思考過程におつき合いいただき,読者にもいっしょに考えていただきたいからである。 また,本書の第2章から第9章までの,名詞,動詞,形容詞,助数詞,擬態語の習得に関しての結論とまとめが書かれているのは10章なので,10章を先にざっと読むのもよいかもしれない。まず全体的な流れと結論をつかみ,それを頭に入れたうえで最初から読んで行くと理解がしやすいと思う(実はこの方法は,新しい内容を理解しやすくし,理解を深めるためにどうしたらよいかについて,認知心理学で長年積み重ねられた多くの研究から明らかにされたことなのである)。
 ことばは私たち人間の知性の根幹であり,ことばをおぼえる組みを理解することは,人間の知性の理解につながる。また,子どもが母語を学習する過程について知ることは,外国語学習だけでなく,言語以外の学習を理解する手がかりを与えてくれる。読者がこのような視点で本書をお読みくださり,言語とはどのようなものなのか,言語と思考はどのような関係にあるのか,学習とは何か,発達とは何かなど,人間の知性の本質をめぐる様々な問題に敷衍して考えを巡らせていただけたらというのが筆者たちのひそやかな希望である。