著者:鈴木 亘[すずき・わたる] (1970-) 経済学。社会保障論、医療経済学、福祉経済学。
NDC:369.42 社会福祉 >> 保育所.託児所.学童保育
【目次】
まえがき [001-004]
目次 [005-007]
第一章 我が家の待機児童体験記 011
ラッキーだった長女
東京に戻って待機児童に
東京都認証保育所に救われる
幼稚園も検討
長男はいきなり待機児童に
隣の市の保育園に車通園
アメリカでの保育体験
日本と常識が逆
日本帰国で待機児童に逆戻り
一時保育、ベビーホテルの問題点
私立認可保育所へ
抗議先に自分の名前が……
スムーズだった次男
株式会社の保育園という「穴場」
第二章 日本の保育は社会主義? 053
東京圏と低年齢児に集中
政府はサボっているわけではない
待機児童数は氷山の一角
保育士不足が待機児童の原因?
保育士の賃金アップで問題解決?
寿退社が労務管理?
女性の社会進出や都市部集中が原因?
待機児童は「社会主義」の産物
安すぎる認可保育料
高すぎる認可保育所運営費
0歳児を預かる費用は月額40万円
不公平な再分配
注 082
第三章 改革を阻むもの 085
やるべきことは明確
良くできた既得権構造
待機児童は好都合
社会福祉法人のうまみ
福祉界の特定郵便局
利用者たちにも既得権
公立保育園の年収問題で炎上
墨田区保育料改定委員会
エレベーターでブロック
株式会社性悪説
二重に贅沢な「上乗せ基準」
ぎゅうぎゅう詰め批判
社会福祉法人の内部留保問題
国家戦略特区
第四章 小池流改革の舞台裏 119
近隣からのただ乗り問題
23区の保育料ディスカウント
既得権者vs.行政
二階から目薬
実行プロセスこそが重要
都議選勝利が当面の目標
良く効く、早く効く
供給量拡大が突破口
最大の武器は「しがらみのなさ」
半年で出た改革の成果
待機児童対策だけの補正予算
無認可保育園の差額補助
予算の目玉を作る
注 146
第五章 総力戦! 147
退路を断つ
数値目標の重要性
PDCAサイクルを回す
国家戦略特区の活用
都市公園内に保育園
2歳までの育休延長
インパクトのある当初予算を
保育士賃金を大幅アップ
用地の固定資産税はゼロに
幼稚園の預かり保育拡充
企業主導型保育のフル活用
「自治体の認可権」が阻む新設
届出制というブレーク・スルー
第六章 トップダウンとボトムアップ 179
顧問団はブラックボックス?
本来あるべき意思決定プロセス
現実の意思決定プロセス
都知事は単なる承認機関?
知事説明はたったの15分
歪みの象徴「復活予算」
権力基盤の整備
議会を活性化する
情報の非対称性をどう解消するか
「できない」の背景を見定める
顧問は潤滑油
頻繁に会って議論
職員を制約から解放する
第七章 打つ手はまだある 209
生産緑地の活用
都市公園のさらなる活用
小学校の活用
警察署、消防署の活用
年齢別定員の弾力化で空き定員を縮小
送迎保育ステーション+園バス
認可保育所は原則1歳から
保育士の有資格者割合の規制緩和
保育士養成校にも国家試験を
第八章 「待機児童ゼロ」のその先へ 229
待機児童の解消が最終ゴールではない
一番大事な価格自由化
イコール・フッティングの重要性
保育士不足も解決
施設補助から直接補助ヘ
直接補助は保育バウチャーで
ベビーホテルの質の底上げ
低所得者や社会的弱者への配慮
目指すべきモデルは東京都認証保育所
専業主婦や育休世帯にもバウチャーを
政治的ハードルは決して高くない
あとがき [251-255]
【関連記事】
『経済学者 日本の最貧困地域に挑む――あいりん改革3年8カ月の全記録』(鈴木亘 東洋経済新報社 2016)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20170721/1500002351
……テーマは本書と異なるが、著者が府・都の知事の顧問として、改革の実行に関与している点は同様。とても平易に書かれている。
『保育園義務教育化』(古市憲寿 小学館 2015)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20180905/1536218677
……特に7章「0歳からの義務教育」が本書に関連している。
『現存した社会主義――リヴァイアサンの素顔』(塩川伸明 勁草書房 1999)
https://contents-memo.hatenablog.com/entry/20160309/1460516157
……「社会主義」という語が何度か登場するので、ソビエト連邦の経済体制(等)についての浩瀚な専門書を。
【メモランダム】
・「社会主義」という評価付けについて。
目次からわかる通り、この本(『経済学者、待機児童ゼロに挑む』)は第二章の章・項タイトルで、“社会主義的な〇〇”という表現を使っている。本文では、「保育園は社会主義的な性格を帯びている。ひいては昨今の待機児童問題は社会主義的政策が生み出した問題もその一因である」(大意)……という分析を、規制緩和を推し進める方針の立場から、わかりやすく提示している。
一部よくわからなかった点がある。著者は、保育園の所有について“社会主義的”と言っているのだろうか。保育園への公的な支出の量の大きさについて“社会主義的”と言っているのだろうか。それとも「資源の分配の非効率さ」を揶揄しているのだろうか。“〇〇は社会主義的な性格”という表現がその文脈では若干、性急なものだと私には思えた。
【抜き書き】
・引用者が省略する場合は〔…〕を使う。
□pp. 57-60 保育所や保育士の数が変動しても、統計にあらわれる「待機児童」の数が一定のままである現象の平易な説明。
それでも待機児童数は減少していないのです〔……〕。これは一体どうしたわけなのでしょうか? 〔……〕頭の中に巨大な水山を思い描いてください。海上に出ている部分は全体のごく一部に過ぎず、氷山のほとんどが海面下に隠れています。実は、待機児童として我々が目にしているのは、海上の水の部分です。一方で、潜在的待機児童という目に見えない大きい水が海面下にあります。
ここで政府が待機児童対策を行い、海上の水部分(待機児産)を全部取り除くことができたとしましょう。それで問題解決かというと、そうは問屋が卸しません。すぐに海面下の水がズズッと海上に浮かび上がり、再び大量の待機児童が目の前に現れます。対策を講じても講じても、毎年、待機児童が新たに発生するイタチごっこの背景には、このようなメカニズムがあると考えられるのです。
つまり、目の前に見える海上の氷山だけに対処しても仕方がありません。どこまで対策をとれば海上の水(待機児童)を消し去れるのかと言えば、それは海面下にある水山も含め、すべてを解消できた時なのです。
・待機児童と潜在的待機児童
潜在的待機児童とは
〔……〕現在、行政が統計上、把握している「待機児童数」とは、実はかなり限定的な概念です。
休育の申し込みを行い、審査に落ちてしまった子どもの数のうち、②育休を延長して対処したり、③自治体の独自事業の無認可保育園(東京都認証保育所など)に入ったり、④(求職中に認可保育の申し込みをしたが)もはや入園をあきらめて求職活動を中止し、家で育てている子どもの数を除いたものとして定義されます(①から②③④を差し引いた数)。
もう少しわかりやすく説明すると、①希望順位の低い認可保育の審査に通ったものの、希望順位の高い認可保育所の定員が空くのを待って入園しない子どもや、②育休をやむなく延長しているが、認可保育所が空き次第、入園させようとしている子ども、③自治体の独自事業の無認可保育園などに入っているが、認可保育の定員が空くのを待っている子ども、④求職を中断した親の子どもたちは、統計上の待機児童数からは原則、除かれてしまっているのです。
厚生労働省の調査によれば、2016年4月1日時点の(統計上の)待機児童数は2万3553人であったのに対して、右のように定義から除かれてしまっている「隠れ待機児童」はその約3倍の6万7354人に上ることがわかっています。
さらに、そもそも行政にその存在がまったく把握されていない「見えない待機児童」も存在します。例えば、待機児童が深刻な都市部では、どうせ審査に通らないからとはじめから入園をあきらめ、自治体に認可保育の申し込みをしていない場合や、働きたいのに待機児童が深刻なので求職活動自体を始めてもいない場合があります。こうした人々は、家の近くに認可保育所が新たに作られると、ひょっとしたら入れるかもしれないと思い、自治体へ申し込みをすることがあります。そして、審査に落ちれば、その時初めて待機児童として統計上把握されるのです。
この「隠れ待機児童」と「見えない待機児童」を合わせて「潜在的待機児童」と呼びますが、これは、いわば、氷山の海面下にある部分です。対策を打って、海面上の待機児童がいったん解消できても、すぐに下からせり上がってきて新たな待機児童を生み出します。