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『経理から見た日本陸軍』(本間正人 文春新書 2021)

著者:本間 正人[ほんま・まさと](1969-) 会計学管理会計)、軍事史(会計)。元防衛事務官。
NDC:396.21 日本の陸軍史・事情


文春新書『経理から見た日本陸軍』本間正人 | 新書 - 文藝春秋BOOKS



【目次】
目次
はじめに 東条陸相が称賛した陸軍経理


第一章 軍隊も予算がないと動けなかった 
陸軍の予算要求と大蔵省の陸軍対策 
  兵器局からの要求は特に精査が必要 
  軍務局軍事課へは「行かぬがよい」 
  軍刀で脅されたのちの首相

臨時軍事費特別会計は打ち出の小槌? 
  予算のリミッターを外した法案 
  ルーチン化された要求 
  一万人の兵に対して航空機は二・三機

関特演という壮大な無駄遣い 
  問題は軍隊の数ではなく質 
  東条陸相のはしご外し 
  開戦断念で押しつけられた責任
[付録1]在支兵力の計算方法 


第二章 経理から見た軍隊生活 
食からみえる兵士たちの日常 
  一人あたり一日に六合 
  献立を決めるのも経理! 
  病院船の食事は豪華 
  「炊事軍曹を三年やれば倉が建つ」

普段はボロを纏っても戦時は新品を
  米軍戦訓広報誌にも取り上げられた修理工場 
  中年予備役の被服が合わない 
  「建築」は特殊業務

兵器勤務はどのように行われていたのか?
  兵器の概念とは

陸軍軍人のお財布事情 
  師団長と二等兵の格差は81倍 
  平時の加俸 
  戦地に入れば給与は倍額 
  死亡賜金で相続争い 
  エリートたちは給料を二重取り
[付録2]階級別年収まとめ
[コラム1]日中戦争から始まった留守宅渡し
[コラム2]中千島駐屯師団を救った経理部魂
[コラム3]陸軍の給養向上施策について 


第三章 補給品を確保せよ!! 
缶詰狂騒曲
  鳳梨缶をめぐる九カ月の攻防 
  おせちのジンクス 
  牛缶は最終手段食?

野戦での現地自活は命がけ 
  経理業務の華 
  野戦酒保の華麗なラインナップ

酒のためなら苦労も厭わず
  日本酒の手入れも仕事のひとつ 
  満州産が内地産を逆転 
  中国戦線での酒醸造大作戦
[コラム4]主食の大麦を馬糧に供出しろといわれても…… 


第四章 軍需品の価格はどう決まっていたのか 
言い出しっぺは「マレーの虎」山下将軍
  原価計算の強制始まる 
  幅広い教養をもった能吏

軍需品価格計算の実際は
  「適正価格主義」の採用 
  実際の原価計算

会計監督官は経営コンサルタント
  七〇〇頁を超える分厚いデータ集

軍造兵廠特別会計のカラク
  会計検査院と対立 
  現代ならアウト

主要兵器価格はおいくらか?
  軍刀は一振り約二〇万円 
  化学兵器は貧者の核兵器
[コラム5]加茂部隊の自動貨車調弁 
[コラム6]酒と九五式軍刀と刃傷沙汰 


第五章 陸軍経理部の歴史 
軍隊の要諦は組織と人事 
  二重の立場で権力を行使 
  異例の近衛監督部改正意見 
  主計課と建築課の縄張り争い

養成はいかに行われたのか
  三元補充制から主計候補生制度へ 
  兵科将校の移籍で制度が廃止に 
  大学出身の経理部将校 
  下士官には懇切丁寧な教育 
  満州事変後に必要不可欠となった法律と経済の素養 
  バラエティに富んだ経理部幹部候補生


第六章 陸軍にもあった経理上の不正 
日中戦争勃発で急増した非違行為 
  下級者の占める割合が約四〇% 
  四類型とその実態
[コラム7]横領の原因は古今東西変わらない?


あとがき 





【抜き書き】
・冒頭。

はじめに 東条陸相が称賛した陸軍経理

 組織は人・物・金を必要とする。会社ならば人を採用し、商品を開発し、それを売り上げることにより利益を得て、そこから出資者に配当を行う。営利組織ではないものの、役所も機能は似たようなものといえる。人を採用し、政策に応じた予算を獲得し、その政策に基づき道路やダム、堤防といった社会資本を整備することで、国民に対して必要な各種サービスを提供している。
 このように捉えるならば、軍隊というものも基本的に他の役所と何ら変わるものではない。〔……〕陸軍省の機能のうち、人(軍人、軍属)は人事局、物(軍需品)は経理局と兵器局、金(予算要求と決算)を経理局主計課と軍務局軍事課がそれぞれ主管し〔……〕有事に備えていたのである。
 陸軍省で、物と金を握っていたのが経理局だ。今回、陸軍を経理面から見る場合に重要な位置を占める組織である。ここでいう陸軍経理とは、陸軍軍政の一部として、軍需諸物件の調達、管理、補給および人馬の給養(食事)ならびに財務を指す。〔……〕。
 昭和一九年四月に東条英機陸相は、全軍司令官会議の席で次のように発言して、陸軍経理部の功績を称えたという。

戦力発揮の要今日より急なるはない。各部門は猶一層の奮励向上を要望する。但し経理部だけは開戦以来よく協力一致広範囲に於て戦力増強に目覚しい成果を挙げている。本大臣は経理部の努力に感謝する。[※柴田隆一・中村賢治『陸軍経理部』芙蓉書房]

 ここで陸軍経理部という名称が出てきたが、組織を規定する陸軍経理部令はあるものの、陸軍経理部に関する明確な定義が存在していない。そのため、本書では陸軍省経理局を頂点とし、陸軍経理部令に規定する「軍経理部」、「師団経理部」および「飛行集団経理部」、その他〔……〕諸機関による会計経理に関する機能および作用を、陸軍経理部と定義したい。要は、陸軍の会計経理の面倒をみた関係機関全体を陸軍経理部と呼称する。

・本書の目的。

 陸軍経理は、軍事上の要求に即応し軍需を充足させるのが主眼であるものの、会計法令に基づき適正かつ経済的に処理することも同時に求められる。そのため、〔……〕陸軍経理学校を設けて経理部将校を養成していた。〔……〕軍令上の要求と会計法令の調和を図りつつ、経済的に軍政を行うという困難な業務を成し遂げえたからこそ、東条英機陸相から称賛されたのだろう。

 本書は、陸軍という大組織を、経理という裏方から支えた益荒男〔ますらお〕たち、陸軍経理部将校の活躍という観点から記述したものである。現在までに、陸軍経理部について書かれている本は僅かであり、文献自体が少ないのが実状である。〔……〕読者の皆さんには、今まであまり知られることのなかった陸軍経理部および経理部将校の活躍の一端を知って頂ければ望外の喜びだ。


陸軍の予算要求と大蔵省の陸軍対策

◆兵器局からの要求は特に精査が必要
 読者は意外に思われるかもしれないが、軍隊も国家機関の一つであり、予算がないと動けなかった。明治憲法の第一一条で「天皇は陸海軍を統帥す」とあり、天皇大権の一つとして統帥権があった。陸軍の場合、参謀本部天皇に作戦を上奏し、裁可を得た後、隷下部隊に対して指揮命令していた。このため、作戦の実施に関しては、何の法令の制約も受けず、全くのフリーハンドであった。〔……〕
 しかし、実際に多数の師団が移動するとなると、最低でも鉄道や船舶による輸送費や、輸送間の糧秣費、移動間の宿泊費等が否が応でも発生する。前年度にその分を見込んで予算要求するが、予算を確保していない場合には、その年度に令達されている予算だけで運用するしかない。しかし、それだと後で資金不足となり、何もできなくなってしまう。
 この「軍隊は予算がないと動けない」という事実を端的に示しているのが、山本七平の『一下級将校の見た帝国陸軍』の一節である。

 〔……〕この話を聞いて、山本は次のように悟ったという。「そうか、そうだったのか。戦費を打ち切れば、戦争を終らすことができたのか……」と。
 このように、予算は軍隊を育成・維持し、動かすために必須である。また、予算は政策(例えば対ソ戦用戦備の充実、対ソ戦法の演練)を実現する具体的な手段でもある。そのため、「予算は政治権力が問題状況に対してどのような政治的価値判断を下したかを貨幣量(数字)という冷徹な記号によって明示」したものであるといえる。


・予算の決定までの(大まかな)手順。

 それでは、陸軍において予算は具体的にどのように決定されていたのだろうか。まず、当時のわが国における予算編成の流れは次のとおりであった。

① 予算編成方針の閣議決定
② 各省の歳入概算書、歳出概算書の提出
③ 大蔵省の各省概算査定と歳入出総概算書の調製(※予算案の査定を巡る陸軍省VS大蔵省の戦い)
④ 予算閣議の開催、歳入出総概算の決定(※陸軍省・大蔵省間で決着がつかない場合、陸軍大臣VS大蔵大臣となる)
⑤ 予定経費要求書等の提出と歳入予算明細書の作成
⑥ 大蔵省の歳入歳出総予算作成と閣議提出、上奏裁可
⑦ 予算内示会の開催と予算綱要の発表
帝国議会への歳入歳出総予算の提出、協賛

 これらの流れは、会計法、会計規則、歳入歳出予算概定順序(閣令第一二号、明治二二年三月二七日)および予定経費算出概則(閣令第一九号、明治二二年六月一〇日)といった法令に則って行われていた。
 ちなみに、予算の種類は、「一般会計」(経常部と臨時部)、一般会計から独立した「特別会計」、そして戦争終結までを一会計期間とする「臨時軍事費特別会計」に大別される。