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『Ctrl+Z ――忘れられる権利』(Meg Leta Jones[著] 加藤尚徳, 高崎晴夫, 藤井秀之, 村上陽亮[訳] 勁草書房 2021//2016)

原題:CTRL+Z: The Right to be Forgotten (NYU Press 2016)
著者:Meg Leta Jones 情報法(デジタル情報とコンピューティング技術におけるプライバシーやイノベーションなど)
監訳・解説:石井 夏生利[いしい・かおり]  情報法、プライバシー・個人情報保護法
訳者:加藤 尚徳[かとう・なおのり] 情報学。KDDI総合研究所 アナリスト。
訳者:高崎 晴夫[たかさき・はるお] 経済学。KDDI総合研究所 研究員。
訳者:藤井 秀之[ふじい・ひでゆき] 公共政策学。NRIセキュアテクノロジーズ セキュリティコンサルタント
訳者:村上 陽亮[むらかみ・ようすけ] KDDI総合研究所 執行役員 KDDI research atelier フューチャーデザイン1部門長。
装丁:吉田 憲二[よしだ・けんじ] 


Ctrl+Z 忘れられる権利 - 株式会社 勁草書房



【目次】
謝辞 [i-iii]
目次 [v-vii]


序章 001
  忘れられる権利
  デジタル贖罪
  文化的特異性
  本書の議論と注意事項


第一章 忘れることが容易になったEU 029


第二章 忘れることが不可能になったアメリカ 059


第三章 プライバシーの革新 089


第四章 デジタル情報スチュワードシップ 113


第五章 法文化におけるCtrl+Z 149


第六章 国際コミュニティにおけるCtrl+Z 179
  まとめ(ペーパーバック版) 206


解説(石井 夏生利) 211
 I はじめに 211
 II 「忘れられる権利」に関するCJEU先決判決 212
  1 コステハ判決(2014年)
    (1) 根拠規定
    (2) 事案の概要
    (3) 先決判決の要旨
  2 地理的範囲に関する判決(2019年)
    (1) 根拠規定
    (2) 事案の概要
    (3) 先決判決の要旨
  3 Google 2判決(2019)
    (1) 根拠規定
    (2) 事案の概要
    (3) 争点と判断
      ①データ保護指令の適用範囲
      ②削除義務
      ③「特別な種類の個人データ」の範囲及び古い情報の削除義務
 III GDPRの「忘れられる権利」とその解釈 224
  1 GDPR第一七条と解釈指針の公表
  2 指針の概要
    (1) GDPRに基づく検索結果削除請求権の根拠
    (2) 第一七条三項に基づく削除請求権の例外
注 229


原注 [xxiii-li]
文献 [vii-xxii]
人名索引 [iv-vi]
事項索引 [ii-iii]
著者・訳者紹介 [i]





【抜き書き】
 「序章」から。強調は引用者による。


・キーとしての「発見可能性」について。

 情報法学者のビクター・マイヤー゠ショーンベルガーは、個人的な生活の詳細をデジタル化し、開示することは、「すべての過去の行動を永遠につなぎ、実際にそこから逃げ出すことが不可能になる」と警告している。その鎖は、実は発見可能性の詳細な構造で、無数の技術的で社会的な出来事に基づく発見可能性の仕組みの細部である。ウェブページのダウンロードや、電子メールの送信、ファイルの転送などのすべてのインターネット通信は、他のコンピュータに接続し、データをパケット(基本情報単位)に分割し、それらをTCP/IP標準を使用して目的の宛先に送信することによって実現される。

 デジタル情報への依存は、ビット腐敗データ腐敗およびリンク腐敗のすべてに翻弄されることになる。ビット腐敗とは、時間の経過とともにソフトウェアが劣化することを指す。最新のコンピュータにはフロッピーディスクドライブはなく、多くはコンパクトディスクドライブすら有していない〔……〕。データ腐敗またはデータ減衰とは、フロッピーディスク上のビットの帯磁方向の喪失や、半導体ドライブ(SSD)内のビットの電荷の喪失など、記憶媒体の減衰を指す。デジタルデータを格納する機能を増強できるシステムも、訂正、検出されていないデータ破損の可能性を高めることが示されている。リンク腐敗は、ハイパーリンクがもともと参照されていたウェブサイトがもはや存在しなくなったときに、ハイパーリンクが機能せずリンク腐敗が発生する。ウェブページの平均寿命は約一〇〇日だ〔……〕。紙からデジタルへの移行は、発見可能性の向上による利点と欠点があり、情報がデジタル形式で保存される際は、人間の読み手のために内容を解釈するようコンピュータに要求するという異なるライフサイクルを有することになる。
 発見可能性が高まることの利点は、過大評価されることがめったにない。市民の参加と政府の説明責任の向上〔……〕、商業的可能性などが約束されていることから、当然のことながらわれわれを共有に駆り立てる。一方で、発見可能性の低下という危機はほとんど認識されていないが、データに基づいた進歩の約束を果たすためにも、デジタル記憶の問題の枠組みを作るためにも、極めて重要である。このデータ主導の動きは可もなく不可もないが、何を保存すべきか、何を一時的に残しておくかを決めるためには、限界があり、価値が再評価され、再構築されなければならない。
 デジタル情報の発見可能性の向上と永続性の増大に対する激しい非難は、筆者がデジタル贖罪(digital redemption)またはデジタル再創造(digital reinvention)と呼ぶものに対する需要を呼び起こした。これらは、対象者の要求に応じてデジタル公共情報を私的情報に変換し、個人を発見可能な個人情報から解放する意志と手段を指す。デジタル再創造の法的実装は、忘れられる権利であり、「もう終わった過去の出来事について沈黙させる権利」として説明される。この広い概念は議論を呼び、「歴史の書き換え」や、「個人史の修正主義」、あるいは単に「検閲」と呼ばれてきた。

・再びMayer-Schönbergerの(過去の超克法としての「忘却」にかんする)記述をひき、著者がそこに「赦し」を加える。

  デジタル贖罪

 マイヤー゠ショーンベルガーは、ユビキタス・コンピューティング時代において、何を、どのように記憶すべきかに関する変化について論じている。〔……〕。つまり、「忘れることが例外となり、記憶することがデフォルトとなった」。人間の記憶にはさまざまな長所があり、記憶の誤りやすさによって、過去の記憶の修正や忘却、文脈化がなされ、それによってわれわれは守られている。一方でデジタル記憶は、「忘れっぽい人間の精神の誤りやすい記憶と比較し、より広範囲でより正確かつ客観的である」と考えられている〔……〕。デジタル記憶は「時間の価値を無効にする」と彼は指摘する。人々は、恥ずかしい、当惑させられる過去の記憶から逃れることが難しくなり、自己改善の努力が無駄になる。インターネットは外部記憶にとって不可欠な装置であると同時に、人々が新たなコミュニティに移り新しい自分を再構築しやり直すことを阻むものでもある。要するに、デジタル記憶は、過去を忘れることができないため、社会が過去を乗り越えることを妨げる。
 ショーンベルガーは、記憶がどのように変化し、なぜ忘れることが心理的な健康にとって認知的に重要なのかについて分析したが、社会的価値として現れてくるのは記憶だけではない。個人が過去を乗り越えられるよう選択することは忘れるということではない〔……〕。デジタルプライバシーとアイデンティティに関係するものとしての忘却は、デジタルな重荷から個人を解放することを意味する。個人が過去を乗り越えることはより大きな文化の志向するところであり、赦し(forgiveness)を提供する社会的包容力であり、やり直しの機会を提供し、再構築の価値を認識するものである。

・「赦すこと」の定義と効能

 赦しの定義はさまざまだが、ほとんどの心理学者は、赦しとは罪を忘れたり、見逃したり、赦免したり、和解したり、信頼を回復したり、法的責任から解放されることでないと考えている。 これらの概念は関連しているが、同義語や定義を表すものではない。 赦しの定義の多くには規範的な意図がある。代わりに、筆者は赦しのより記述的で一般的な定義を活用する。簡単にいえば、赦しとは、否定的な感情や報復、または報復の放棄を決めることを意味する。より広義の定義は、赦しの一般的な理解を包含する。
赦しに関連する多岐にわたる利点は、報復の代替案を確立しようとする修復的司法〔犯罪によって引き起こされた被害に関して、関係当事者(加害者・被害者・コミュニティ)の話し合いにより、被害者・加害者間の関係修復を図り、加害者の反省を促して更生を助長するという考え方〕の研究分野で見ることができる
〔……〕
 赦しに関連する多岐にわたる利点は、報復の代替案を確立しようとする修復的司法〔犯罪によって引き起こされた被害に関して、関係当事者(加害者・被害者・コミュニティ)の話し合いにより、被害者・加害者間の関係修復を図り、加害者の反省を促して更生を助長するという考え方〕の研究分野で見ることができる〔……〕。

 さらに、不法行為者は他人に赦されることで恩恵を受ける。個々人は、仲間の善意を大切にしており、罪を犯した者の多くは、「自身の悪い行いに対する一片の良心を感じる」〔……〕。自身の過ちを認めることから逃げない人たちは、「赦しを求め、受け取り、自身の教訓から学ぶ可能性が高い」。赦しを得たいという願望は、健康で肯定的な変化の触媒になる可能性がある。〔……〕赦されることで心理的な癒しがもたらされ、〔……〕現実世界の派閥間の紛争解決の希望を促進する。自分自身を赦すことも有益である。自尊感情を下げ、気分の落ち込みが増大し、不安と怒りが増すことは、自己を赦すことの困難さと関連している。自身に寛容な人は、被害者との良好な関係とあわせて、後悔や自己批判、罪悪感が低いと報告されている。


・「赦すこと」が機能しない場

 赦しは個人的にも社会的にもよいことであるかもしれないが、その不法な行為を忘れられないときには、どのような赦しも得ることは困難である。〔……〕検索エンジンによって情報が永久にアクセス可能な状態にあると仮定すると、自分自身を含めて誰かを「赦す」ことは大変挑戦的なものになるかもしれない。
 インターネットは厳しい場所であり、インターネットの「永遠の記憶」は忘れるのを妨げ、それによって赦すことを妨げる。


・主張の骨子

  本書の議論と注意事項
 本書の中心的な主張は、デジタル上の忘れられる権利は、多くの可能性と将来性がある革新的なアイデアであるという点だ。このアイデアはさらに拡張、再構成、再構築される必要がある。現在検討されている極端な選択肢はデジタル贖罪についてのさまざまな考えを制限し、地域間の分極化をもたらす。 プライバシーの新しい理論を活用し、さまざまな定義を整理するために概念を分解し、問題を情報の永続性ではなく情報スチュワードシップ〔情報の管理・報告の責務〕 であると置き換えて考えることで、多数の選択肢が検討可能となる。検討時にこれらの困難な選択を行うためには、論点はデジタル言説、既存の法文化、国際社会の中に収まるように構成しなければならない。
 デジタル贖罪に関する筆者の分析アプローチは、本質的に相対的なものである。忘れられる権利はまぎれもなくEUが構築したが、EUの国境を越えてデジタル贖罪を学ぶことから多くのことを得ることができる。忘れられる権利は変化の交差するところに位置している。〔……〕このような独特な状況の中で、忘れられる権利は情報技術を取り巻く多数の大きな疑問をもたらし、民主的な情報社会の比較を行うにあたり価値ある示唆を提供する。