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『大阪――大都市は国家を超えるか』(砂原庸介 中公新書 2012)

著者:砂原 庸介[すなはら・ようすけ](1978-) 政治制度、行政学、公共政策(都市・住宅政策)。
NDC:318.263 政治 >> 地方自治.地方行政 >> 地方行政史・事情 >> 大阪


大阪―大都市は国家を超えるか -砂原庸介 著|新書|中央公論新社


【目次】
はじめに [i-viii]
  大都市「大阪」の来歴
  「大阪都構想」と大都市の役割
  本書の構成
目次 [ix-xiv]


第 I 章 大都市の成立と三つの対立軸――問題の根源 003
1 自治の確立―― 三市特例から六大都市へ 003
  大都市のイメージ
  市制施行と有力者による支配
  三市特例とその廃止
  市長の役割をめぐる論争
  都市官僚制の成立
  国家事業から都市計画へ
2 国家への挑戦――特別市運動と東京都制 016
  拡張する大都市 
  「大大阪」へ――全国最大の都市に
  特別市運動の論点――府県監督への不満
  東京の特殊性
  東京都制の成立と特別市運動の挫折
3 挫折と埋没――「特別」でない都市へ 028
  特別市制と残存区域問題
  府県と大都市の対立――政令指定都市制度へ
  財政調整制度の導入――都市から農村への分配
  伸長性を持つ財源の喪失
  全国計画のなかの大都市
  大阪市の位置づけ


第II章 都市問題と政治――先進地域としての縮図 041
1 大都市が抱える宿痾 041
  都市の改造と「貧民」の排除
  釜ヶ崎形成の起点
  戦前の産業公害
  公害の激化――府と市の権限争い
  先頭を走った大阪市――都市計画と都市官僚制
  権限と財源の制約
2 革新勢力の台頭と退潮 052
  革新勢力の源流
  統一戦線の挫折
  一九五五年体制下の停滞
  革新自治体の時代――黒田了一の府知事就任
  革新の衰退――社共共闘の瓦解
  都市官僚制との距離
3 自民党長期政権下の大都市――進む多党化 064
  「保守の危機」と自民党の対応
  「都市政策大綱」という提案
  多党化とその影響
  大都市は「搾取」されてきたか
  選挙制度の歪みと「自民党システム」


第III章 未完の再編成――拡張の模索 079
1 大阪市域の固定化と都市基盤の整備 079
  揺らぐ都道府県境界
  広域行政と府県合併
  大阪市域拡張の試み――中馬馨の挑戦
  大阪府による「機能分担」の主張
  戦災復興から万博へ
  臨海部への拡張
2 行き詰まる大阪 093
  府による開発――大阪府企業局
  開発事業の重複
  人口流入の終焉
  再開発事業の過剰な競合
  リーダーシップ欠如の象徴
  「スラム」から貧困問題へ
  整理できない密集市街地
3 浮上する大都市―― 二〇〇〇年以降の都市回帰 107
  「世界都市」への挑戦と挫折
  都市への回帰
  「自民党システム」の動揺
  地方分権改革――溶解する自民党の基盤
  補助金削減と財源移譲
  顕在化する都市と農村との対立


第IV章 改革の時代――転換期に現れた橋下徹 123
1 遅れてきた改革派 123
  「相乗り」と「無党派
  「納税者の論理」による行政改革
  大阪府の転落
  無党派知事横山ノック
  大阪府政の安定と継続
  チェック機能の弱体化
  橋下徹の登場
2 「橋下改革」――論点と対立構図の推移 139
  圧勝からの改革
  国への働きかけ
  水道事業統合問題
  WTC庁舎移転問題
  府議自民党の分裂
  大阪府大阪市の再編構想
  「大阪都構想
3 「大阪維新の会」結成――地方政党という戦略 156
  新党結成と府市議会議員の参加
  対立構図の確定――既存政党と大阪市長
  統一地方選挙の戦略
  大阪維新の会の圧勝
  ダブル選挙という手法
  高投票率での勝利
  ローカル・ポリティクスの“全国化”


第V章 大都市のゆくえ――ふたつの論理の相克 173
1 制度改革の条件 173
 市長対議会
  大都市の位置づけ
  革新自治体との比較
  都市の政党というポジション
  政党再編成の可能性
  ふたつのハードル――参議院と東京都政
2 大都市制度の設計――争点とその対応 185
  都市への配慮は可能か
  現行制度下の限界
  都市の自律――府県と政令指定都市の統合
  地域限定の分権改革
  大きすぎる大都市
3 都市をめぐるふたつの論理 198
  企業体としての大都市
  フロンティアは残っているか
  もうひとつの「大阪都構想
  「都市官僚制の論理」と「納税者の論理」
  ふたつの論理のトレードオフ
  「大阪都構想」が浮き彫りにするもの


終章 「大阪」の選択に向けて 211
  「大阪都構想」を支えた状況変化
  都市における政党政治の創出を
  国家と大都市
  政治的な寓話との訣別


あとがき(二〇一二年一〇月 砂原庸介) [223-228]
註記 [229-240]
参考文献・図表出典一覧 [241-247]
歴代大阪府知事・市長 [249]
大阪関連年表 [250-254]

『通天閣――新・日本資本主義発達史』(酒井隆史 青土社 2011)

著者:酒井 隆史[さかい・たかし] (1965- ) 社会学、社会思想史。
備考:博士論文
NDC:216.3 日本史(近畿地方


青土社 ||哲学/思想/言語:通天閣


【目次】
目次 [001-004]
題辞 [006]


序 007


第一章 ジャンジャン町パサージュ論 
第一節 新世界! 新しい世界! 012
  1 還って来た男――小野十三郎、大阪に帰る
  2 古き世界の上に
  3 戦時下の遊歩者〔フラヌール〕
  4 電気広告塔
第二節 抗争、新世界 047
  1 侠客たちの博覧会
    侠客たちの博覧会
    小林授産場
    侠客列伝――小林佐兵衛こと明石屋萬吉
    クリアランス小史、あるいは逃亡の地図(1)――博覧会前後
  2 見世物と暴動――第五回内国勧業博覧会
  3 大阪土地建物会社とルナパーク
  4 初期新世界風雲録
    侠客群像
    ルナパークの凋落
    住民・対・大土地
    起死回生
  5 キナ臭い動き
第三節 水漏れする装置 119
  1 ジャンジャン町の誕生
  2 私娼、公娼、「生活不安」
  3 愚ナパーク・死ンジゲート
    岩下清周、小林一三、高倉藤平
    高倉藤平小伝
    思惑筋の高倉藤平
    『大阪日日新聞』による猛攻
  4 二つの土地開発
    ジャンジャン町パサージュ論
注 161


第二章 王将――阪田三吉と 「ディープサウス」 の誕生 
第一節 阪田三吉モンタージュ 180
  1 「天王寺の長屋」の阪田三吉
  2 「阿呆なトラブル」
  3 虚構と歪曲、その論理
第二節 夕陽丘の将棋指し 201
  1 棋道半世紀
  2 素人名人、阪田三吉
    クリアランス小史、あるいは逃亡の地図(2)――旧長町初期クリアランス
    燐寸工場と「今池」長屋
  3 将棋指しとマッチ工場主
第三節 将棋の王様 244
  1 身ぶりの人
  2 9四歩の青春
  3 沈黙と復活――伶人町(夕陽丘)以後
    南禅寺の一戦まで
    最後の決戦
  4 阪田三吉大大阪
    おわりに
注 275


第三章 わが町――上町台地ノスタルジア 287
  1  288
  2  296
  3  310
  4  318
  5  326
注 333


第四章 無政府的新世界 
第一節 借家人同盟、あらわる 338
  1 1921(大正10)年2月14日、中之島中央公会堂
  2 借家人同盟の地理学(1)
  3 騒然性、収斂と分岐――中之島天王寺米騒動
第二節 Trans Pacific Syndicalism / Trans Pacific "New World" 369
  1 荒畑寒村と和田久太郎 
  2 「主義者」たちの 〈新世界〉 
    戎館での会合
    「出眼金」と「遊侠社」
  3 Trans Pacific Syndicalism 
  4 「訴訟狂」逸見直造 
    (一)過払電燈料金返還訴訟
    (二)有価証券交換請求訴訟
  5 IWW【Industrial Workers of the World 世界産業労働者組合】とサンフランシスコ大地震――アナルコ・サンジカリズムへの二つの契機 
  6 1922(大正11)年の野武士組
    野武士組の登場
    荒畑寒村との交流
    春乃家の会合――総連合への布石
    女給同盟と野武士たち
    「一大組合〔ワン・ビッグ・ユニオン〕」にむけて――いわゆる「アナボル」分裂へ
  7 縦断と横断
  8 「サンジカリズム」の地理学
第三節 借家人の精神からの社会的なものの誕生 453
  1 「ヘンミ」の記憶
  2 長屋経営から「店子の思想」へ
  3 借家人同盟結成まで――水崎町の「労働者無料法律相談所」
  4 家主・対・借家人
  5 借家人の戦術
    値上げ訴訟と値下げ訴訟
    借家人の戦術としての家賃〔レント〕ストライキ
    家主階級・対・借家人階級
  6 「部落」か「方面」か
    借家人同盟の地理学 パート2
  7 社会的なものの上昇
  8 「部落」か、「方面」か――パート2
    方面委員に映しだされた逸見直造
  9 方面委員、借家人同盟、侠客――都市に埋め込まれた三つの調停機能
    むすび――1つの時代の終わり 
注 531


補論 外骨の白眼/蜂の巣、蜘蛛の巣、六道の辻――クリアランス小史、あるいは逃亡の地図(3) 561
補論1 外骨の白眼〔しろめ〕  562
  1 『滑稽新聞』・対・博覧会
  2 『滑稽新聞』・対・悪弘黒眼
  3 「新聞王」 吉弘白眼
  4 二つの焦点――『大阪日報』と『滑稽新聞』
 補論2 蜂の巣、蜘蛛の巣、六道の辻――クリアランス小史、あるいは逃亡の地図(3) 598
  1 「蜂の巣」掃討作戦
  2 犬殺し――下層階級と危険な階級
注 616


第五章 飛田残月 
第一節 湿った底に 620
  1 遊郭前史
  2 飛田遊郭指定――私娼の制圧?
  3 大門通り
  4 廊〔くるわ〕のなか
  5 旭通り
第二節 敷居の町 661
  1 複数形の通天閣
  2 湿度と倦怠
  3 白昼の幻覚
  4 さまよう女
  5 敷居の町
  おわりに
注 705


参考文献 [714-727]
あとがき(二〇一一年一〇月ニ七日 酒井隆史) [729-734]
人名索引 [i-vi]

『見えざる手をこえて――新しい経済学のために』(Kaushik Basu[著] 栗林寛幸[訳] NTT出版 2016//2011)

原題:Beyond the Invisible Hand: Groundwork for a New Economics
著者:Kaushik Basu(1952-)
訳者:栗林 寛幸[くりばやし・ひろゆき] (1971-) 翻訳家。
シリーズ:〈叢書“制度を考える”〉


見えざる手をこえて 新しい経済学のために|書籍出版|NTT出版


【目次】
序文 カウシック・バスーとの遭遇と交流(鈴村興太郎) [i-ii]
日本語版序文 [iii-v]
目次 [vii-xi]


はじめに 003


第1章 異議を讃えて 013
現状への不満と言説 013
アダム・スミスの神話 023
経済学の現状 026
理解するとはどういうことか 029


第2章 見えざる手とはなにか 033
競争と社会厚生は両立するか 033
見えざる手の定理に対する標準的批判 039


第3章 正統派の限界 045
二面性解釈 045
実現可能集合の進化 050
選好の進化 054
社会規範と文化 について 058
誘因両立性について 068
方法論的個人主義について 071
知識について 079


第4章 法にもとづく経済 087
カフカの見えざる手 087
法と経済――標準的見解 090
焦点としての法 094
「焦点としての法」の含意 103
「焦点としての法のゲーム理論的説明 109
今後の研究課題 112


第5章 市場と差別 117
自由市場は差別を減らすか 117
差別をめぐる既存の経済学研究 120
個人の生産性を決める非経済的要因 126
起業家とは 128
新たな理論モデルに向けて 133


第6章 集団の化学 143
アイデンティティと方法論的個人主義 143
新たな理論の材料 149
利他主義、信頼、発展の関係 153
内集団における利他主義の二面性 162
アイデンティティの副作用 174


第7章 契約、強制、介入 189
契約自由の原則と例外 189
強制と自発性の解釈 200
大数の議論――個から集合へ 204
行為とルール 213
複数均衡 220
介入の範囲 222


第8章 貧困、不平等、グローバル化 225
グローバルな統治 225
不平等 227
グローバル化の事実 230
グローバル化の分析 235
不平等と貧困――五分位数の公理 238
貧困最小化のために許容すべき不平等 243
不平等とグローバル化の政策的含意 249


第9章 グローバル化と民主主義の後退 253
民主主義の不足 253
グローバル化と国を越える影響力 259
ドル化と民主主義 263
民主的なグローバル組織の可能性 265


第10章 何をなすべきか? 271
世界を解釈することと変革すること 271
温暖化防止と世代内不平等の是正 279 
財産、所有、相続の是正 280
グローバルな政策協調 284
「未来の植民地化」と労働者のための公平性 286
絶望、そして希望へ 291


訳者あとがき(2016年6月 栗林寛幸) [298-299]
原注 [36-58]
参考文献 [10-35]
事項索引 [6-9]
人名索引 [1-5]

『プラットフォームの経済学――機械は人と企業の未来をどう変える?』(Andrew McAfee, Erik Brynjolfsson[著] 村井章子[訳] 日経BP社 2018//2017)

原題:Machine, Platform, Crowd: Harnessing Our Digital Future (2017)
著者:Andrew McAfee(1967-)
著者:Erik Brynjolfsson(1962-)
訳者:村井 章子[むらい・あきこ](1954-) 英日翻訳(主に経済学)。
件名:情報化社会
件名:技術革新と労働問題
件名:科学技術
件名:科学と社会
件名:雇用
NDLC:DK411
NDC:007.3 情報学.情報科学 >> 情報と社会:情報政策,情報倫理
NDC:504 
備考:分類は難しいがここでは[経営]にした。本書は企業にフォーカスしていると判断したので。
 なお、国会図書館やいくつかの公立図書館は007.3に分類し、東京都立図書館や堺市立図書館等は504としている。


https://www.nikkeibp.co.jp/atclpubmkt/book/18/P55630/
プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える? | 日経BOOKプラス


【目次】
コロフォン [002]
目次 [004-011]
献辞 [012]
日本語版への序文に代えて テクノロジーや政府の政策、経済力ではなく、私たちが未来を決める(アンドリュー・マカフィー エリック・ブリニョルフソン) [013-016]


第1章 3つの革命 017
コンピュータと碁 019
  チャンピオンにも説明できないゲーム
  ポランニーのパラドックスを打ち砕く
資産を持たない企業群 025
  何かものすごくおもしろいことが起きている
巨人の新しい試み 032
  家でもナゲットアイスを作りたい!
  先行予約、受け付けます
マシン、プラットフォーム、クラウド 037
  三つのペアの新しいバランス
  なぜ、いまなのか
蒸気機関から電気へ 044
  あとから見れば当然のことが、なぜそのときは気づかないのか?
  工場電化に立ち遅れた企業群
  セカンド・マシン・エイジで成功するのは
本書の構成 051



  第1部 人間とマシン 055

第2章 人間にとって受け入れがたいこと 057
書類のヤマからパートナーシップへ 059
  人間は判断をしなさい
  人間の判断力はかなりお粗末らしい
バグの多い知性 074
人間とマシンの新しいパートナーシップ 078
  自動化が導く「第二の経済」
  アルゴリズムのよからぬふるまい
  人間の知恵を賢く組み込む
  組み合わせを従来とは逆にしてみたら
  非常に重要な決定は人間に委ねるべきか?
予測の精度を上げるには 097
  予測を減らし、実験を増やす
この章のまとめ 102
あなたの会社では? 103


第3章 人間のように考えるマシンたち 105
人工知能をめざす二つの道 108
  ルールが多すぎる
  ポランニーのパラドックスはどこにでもある
  自分で学習できるマシンは作れるか?
  執念が実を結ぶ
人工知能の開発はなぜ加速したか 117
ハイペースで進む実用化 120
  学習するマシンと人間

この章のまとめ 132
あなたの会社では? 133


第4章 ロボットの登場 135
世界初の無人レストラン 138
仮想化技術 139
  仮想化は自主的な選択か、それとも長期的な趨勢か?
ロボティクス大爆発協 144
  ロボットはDANCE[date, algorithm, network, cloud, exponentially improving hardware]で進化する
  四つ目のDとは?
  では人間は何をするのか
モノづくりに進出するデジタル技術 158

この章のまとめ 163
あなたの会社では? 164


第5章 まだ人間が必要とされるのは…… 167
アンドロイドは創造性を発揮できるのか? 169
  ジェネレーティブデザイン
  命がけの実験
  ユーレカ!
  でも芸術は別だ、そうだろう? 
人間にあってコンピュータにないもの 180
  人間のように考え感じるマシン
  デジタル世界における人間的なつながり

この章のまとめ 189
あなたの会社では? 190



  第2部 物理的なモノやサービスとプラットフォーム 193


第6章 マシンの犠牲者たち 195
嵐の前の静けさ 197
そして嵐が来た 201
  無料〔フリー〕、完全〔パーフェクト〕、瞬時〔インスタント〕
プラットフォーム 208
  強力なネットワーク効果
  増殖するプラットフォーム

この章のまとめ 224
あなたの会社では? 225


第7章 プラットフォームを巡るスマートな戦略 227
スティーブ・ジョブズの過ち 229
プラットフォームの威力 231
  需要供給曲線の基本
  補完財の存在が需要曲線をシフトさせる
  補完財が無料〔フリー〕、完全〔パーフェクト〕、瞬時〔インスタント〕になったら
プラットフォームのオープン化 245
  プラットフォームの質を保つには
プラットフォーム戦争 249
成功するプラットフォームの特徴 253
  ユーザーエクスペリエンスを高める
  プラットフォームの二面性

この章のまとめ 262
あなたの会社では? 263


第8章 なぜプラットフォームは栄えるのか 265
ビットの経済学を原子〔アトム〕の世界に持ち込むと 268
  あなたの在庫は繰り越せない
  レベニューマネジメントがビジネスを救う
  使い放題にするには
オンラインからオフラインへ 278
  B2BでもO2O
  世界に広がるO2Oプラットフォーム
  
O2Oプラットフォームの威力 287
遊休資産の活用と資源保護 292

この章のまとめ 295
あなたの会社では? 296


第9章 そのビジネスにチャンスはあるか? 299
脅威にさらされる既存企業 301
  規制は万能か?
  作っても作っても儲からない
プラットフォームはあらゆる産業を席巻するのか? 308
  レモンと情報の非対称
  プラットフォームのブランド力
プラットフォームの料金設定はなぜ低いのか 318
  価格弾力性が大きいと……
  プラットフォームのどちら側にいるのか?
  交差弾力性、乗り換えコスト
  なぜUberはうまくいったのか
  既存企業は太刀打ちできるのか?
伝統的なビジネスが生き残る場所は 331
  ホテルがAirbnbに駆逐されない理由
  プラットフォームに適さない取引は?
  
この章のまとめ 336
あなたの会社では? 337



  第3部 クラウドとコア 339

第10章 クラウドの出現 341
ここにすべてがある 345
  無秩序とどう付き合うか
市場のマジック 351
  計画経済はどこがまちがっているのか?
  集団知を活かす
クラウドをどう組織するのか? 357
  なぜLinuxは成功したか
  クラウドの新しいツール
    1 オープンネス
    2 学歴・資格不問
    3 検証・取り消し可能性
    4 将来の透明性
    5 自発性
    6 オタク型リーダーシップ
  一度は失敗しかかった Wikipedia

この章のまとめ 372
あなたの会社では? 373


第11章 専門家はなぜ役に立たないのか 375
基準を超えたビギナーたち 377
専門家のどこがダメなのか? 380
  ミスマッチが多すぎる
  門外漢の意外な効用
コアがクラウドの価値に気づくとき 386
    ● 仕事をしてもらう
    ● 適任者を見つける
    ● 市場調査を行う
    ● 新規顧客を獲得する
    ● イノベーションを内部化する
  クラウドを活用してトレーダーの仕事を変える
  
イカーズ革命の拡大 401
  手を作る

この章のまとめ 408
あなたの会社では? 409


第12章 すべてを権力から切り離す夢 411
ビットコイン――正体不明の人物「サトシ・ナカモト」による革命 414
  プルーフオブワークという革新的なしくみ
  このシステムはほんとうにうまくいくのか?
ビットコインで重要な技術はブロックチェーンである 426
  スマートコントラクト
ハイテク産業の五大サイロ 435
  経済全体を作り変えることは可能か?
  誰が会社を必要とするのか?

この章のまとめ 442
あなたの会社では? 443


第13章 企業はもはや過去の遺物か?(そんなことはない!) 445
DAOは終わったのか? 448
ビットコインはどうなるのか? 453
テクノロジーは分権化を後押しする 455
「企業の本質」は語る 457
  企業か? 市場か?
  企業は退場しない
なぜ企業は繁栄するのか 462
  完全な契約はありえない
  完全な分権化には弱点が潜んでいる
企業の未来 471
  なぜマネジャーは必要か
  新しいマネジメントスタイル

この章のまとめ 480
あなたの会社では? 481


結論 人間はテクノロジーを使って何をしたいのか? 483


謝辞 [493-500]
原注 [501-528]
索引 [529-534]
奥付 [535]





【抜き書き】


□pp. 37-39
 本書の第1章第4節「マシン、プラットフォーム、クラウド」から。ここは本書の主題を述べる箇所で、昨今の技術革新を3つの要素に求めている。著者達はこの分類にしたがい、本書の2章から13章を三部に分けた構成にしている。

  ◆マシン、プラットフォーム、クラウド
 これまでに挙げた三つの例、すなわち碁の名人に勝ったアルファ碁、FacebookAirbnb など有形資産をあまり持たない企業の成功、自前のリソースを潤沢に持つGEがあえて製品の設計や市場調査に活用した大勢の人々の知恵の三つは、ビジネスの世界を大きく変える三つのトレンドを体現している。
 第一のトレンドは、アルファ碁に代表されるような「マシン」すなわちコンピュータの能力が急速に成長・拡大していることである。
 第二のトレンドは、〔……〕有形資産をほとんど持たず老舗企業とは似ても似つかない若い企業が既存の業界に殴り込みをかけ、多大な影響力を獲得し、混乱と論争を引き起こしていることだ。これらの企業は、さまざまな情報を集めたり交換したりする「場」、あるいはモノやサービス展開の土台となる環境、一言で言えば「プラットフォーム」を提供する企業であり、有形資産はほとんど持たないものの、旧来の企業にとっておそるべき競争力を持ち合わせている。
 第三のトレンドは、〔……〕「クラウド」の力が改めて注目されるようになってきたことである。このクラウドクラウドコンピューティングクラウド(cloud)ではなく、クラウドファンディングクラウド(crowd)であり、膨大な数の人々の知恵や知識や情熱を意味する〔……〕。
 時価総額一〇億ドルを上回るシリコンバレーの新興企業から、フォーチュン五〇〇重厚長大企業にいたるまで、現在の経済を揺るがす大変化は混沌として脈絡がないように見えるかもしれない。だがいま挙げたマシン、プラットフォーム、クラウドという三つの要素は、いずれも経済や社会の健全な原理に基づいており、経済社会の動きを読み解くレンズなのである。三つのレンズを通してみれば、混沌と見えたものに秩序があり、複雑と見えたものが単純であることがわかるだろう。本書の目的の一つは、三つのレンズを通した見方を提案することにある。

   ◆三つのペアの新しいバランス
 マシン、プラットフォーム、クラウドには、対になる相手がいる。マシンと対になるのは、人間の知性である。たとえばスプレッドシートと会計士、コンピュータ支援設計ソフトとエンジニア、ロボットと組立ラインの労働者は、いずれもマシンと人間の組み合わせだ。
 プラットフォームと対になるのは、物理的な世界のモノやサービスである。Uberはプラットフォームだが、利用者を運ぶのは生身のドライバーであり物理的な車である。同様に、Airbnbにとっては宿泊施設の提供が、Facebook にとっては近況を知らせる投稿がこれに当たる。
 不特定多数のクラウドと対になるのは、国や企業などさまざまな組織が長年にわたり培ってきた知恵、専門知識、しくみ、能力である。本書ではこれを基幹、経済の屋台骨という意味でコアと呼ぶ。たとえばGEアプライアンスのコアは家電製品の設計、製造、販売だ〔……〕。
 私たちは、人間の知性も、物理的なモノやサービスも、企業が培った知識や能力も、もう時代遅れだとか、もうすぐお払い箱になるなどと言うつもりはない〔……〕。人間の能力、すぐれた製品やサービス、企業が蓄積した組織としての能力は、この先も事業の成功にとって不可欠である。
 私たちが言いたいのは、近年の技術の変化を踏まえ、企業は人間とマシン、モノやサービスとプラットフォーム、コアとクラウドのバランスを見直す必要があるということだ。それぞれのペアにおいて、ここ数年の間にマシン、プラットフォーム、クラウドの能力は飛躍的に拡大した。この事実をしっかりと見つめ、新しい視点からペアのバランスを考えなければならない。



・6章からも数カ所抜き書き。
◆pp. 121-123 強化学習とアルファ碁。Deep Q Networkも言及されている。

  ハイペースで進む実用化 

 ディープラーニングがビジネスの現場に応用された例は、数年前まではごく少なく、小切手の手書きの数字を読み取るルカンのシステムぐらいのものだった。ところがここに来て、驚異的なスピードで普及が進んでいる。Googleディープラーニングの活用を推進するソフトウェアエンジニアのジェフ・ディーンによると、二〇一二年までは、Google でもほとんど使われていなかったという〔32〕。ところが二〇一五年の秋には全社で一二〇〇ものプロジェクトが発足し、検索エンジンにせよ、Gメールにせよ、ディープラーニングによる成果が他を圧するようになった。
 ディープラーニングを「強化学習」と呼ばれる手法と結びつけることにとりわけ能力を発揮したのが、冒頭で紹介したアルファ碁の開発企業 Deepmind〔33〕である。彼らは情報関連への応用だけでなく、物理的な世界にも応用しようと考えた。Google は世界最大級のデータセンターを運用している。データセンターというものは、一〇万機のサーバーに常時電力を供給すると同時に絶えず冷却しなければならないので、途方もなくエネルギーを喰う。とりわけ機材の冷却はたいへんな難題だった。というのも、センターの演算負荷は予想外の変動を示すうえ、外気温などの状況によっても冷却の必要性は変わってくるからだ。

〔32〕ディーンの功績は目覚ましく、グーグルでは一種のレジェンド的存在になっている。彼の並外れた能力についてはこんな伝説がある。「真空中の光の速度は時速三五マイルだ。ジェフ・ディーンは週末を使ってこれを最大限に利用する」。Kenton Varda, Google+ post, January 28, 2012, https://plus.google.com/+KentonVarda/posts/TSDhe5Cvafe.

〔33〕強化学習は、リターンを最大化するための効率的な行動をとれるソフトウェアエージェントと関連づけられる。強化学習に関して DeepMind が最初に公開したのは、Deep Q Network(DQN)である。DQNは、古典的な Atari 2600 ビデオゲーム(Space Invaders, Pong, Breakout, Battlezone など)をプレーできる。DQNは、プレーするゲームの名前も、ルールも、有効な戦略も、操作方法も教えられない。いやそれどころか、ゲームをやるのだということさえ教えられない。ただゲームのスクリーンを見せられ、コントローラを動かしてできるだけ高いスコアを出すよう指示される。するとDQNは、表示された四九のゲームの半分以上で、人間のゲーマーの高得点をあっさり書き換えた。Volodymyr Mnih et al., "Human-Level Control through Deep Reinforcement Learning," Nature 518 (February 28, 2015): 529-33, https://torage.googleapis.com/deepmind-data/assets/papers/DeepMindNature14236Paper.pdf.


 人間の管理者は、センターを適温に保つためにポンプや空調設備や冷却塔などを制御する。温度計や圧力計やさまざまなセンサーの数値をモニターし、どの程度冷却すれば適温になるかを判断するわけだ。Deepmind のチームは、機械学習をここで活用できないかと考えた。彼らはデータセンターの演算負荷、センサーデータ、外気温や湿度などの環境要因に関する過去のデータを抽出し、ニューラルネットワークに機材の冷却制御を学習させた。言ってみれば、Google のデータセンターを一つの巨大なビデオゲームと見立てて、アルゴリズムに高得点を出す方法を学習させたのである。この場合の高得点とは、エネルギー効率の改善だった。
 そしてデータセンターの制御を実際にニューラルネットワークに移行すると、即座に劇的な効果が現れる。冷却に使われるエネルギーが四〇%も減ったのである。さらにデータセンターのオーバーヘッド(IT機器に直接使用されないコスト。付随的な負荷や電気的ロスを含む)は一五%改善された*1Deepmind の共同創設者ムスタファ・スレイマンは、Google のデータセンターでこれほどの効率改善が達成されたことはかつてないと話す。
 スレイマンは、Deepmind のアプローチが広い範囲に応用可能であることも強調した。チームが使ったニューラルネットワークは、データセンターごとに再構築する必要はない。できるだけたくさんの過去のデータを与えれば、自分で学習するからだ。このプロセスは緻密で困難ではあるが、やるだけの価値はあるという〔34〕。
 今日実用化され好成績を上げている機械学習システムは、データセンターのエネルギーマネジメント、音声認識、画像分類、自動翻訳などで、どれも似ていないように見えるが、じつはどれもディープラーニングの一種である。この点は非常に重要だ。というのも、人工知能へのこのアプローチがさまざまな産業に普及する可能性があることを示しているからである。新しいニューラルネットワークは、ほとんど瞬時に複製して能力を増強し、新たなデータを投入して訓練し、応用することが可能だ。

〔34〕データを投入してあとはシステムに学習させればよいのだから、ニューラルネットワークが正しく機能できるように準備するのは簡単に聞こえるかもしれない。だが実際には、現時点では非常に時間のかかる面倒な作業であり、計算機科学を専門的に学んだ技術者も手こずるという。



□pp. 208-210 〈プラットフォーム〉の強みを述べる部分。最終段落にある、Google Newsへの訴訟が逆効果だった逸話は、相当皮肉だ。

   プラットフォーム 

 モノやサービスや情報を集めた「場」としてのプラットフォームは、無料〔フリー〕、完全〔パーフェクト〕、瞬時〔インスタント〕の優位性を活かしたオンライン環境であり、アクセス、複製、配布の限界費用がほとんどゼロである〔51〕。
 多くの人が最も慣れ親しんでいるプラットフォームは、言うまでもなくインターネットだ。本章の冒頭で取り上げた産業の大変革を引き起こしたのも、インターネットにほかならない。ある意味で、インターネットはプラットフォームのプラットフォームと言えるだろう。たとえば、インターネット上で標準的に用いられる文書の公開・閲覧システムのワールドワイドウェブ(WWW)は、インターネットの情報転送プロトコル上に構築されている。このプロトコルにはすでに数十年の歴史があるが、イギリスのティム・バーナーズ=リーがウェブを発明するまでは、インターネットは専門家同士の情報交換の場に過ぎなかった〔52〕。インターネットという一つのプラットフォームは、ウェブという別のプラットフォームの土台になったのである。前著『ザ・セカンド・マシン・エイジ』にも書いたが、このように汎用技術が「積み石」のような構造になっているおかげで、一つの積み石を利用してイノベーションが生まれ、それがまた積み石となる、あるいはまた先ほどの積み石から別のイノベーションが生まれる、という具合に組み合わせ型のイノベーションが可能になる。つまりゼロからではなくすでにあるものの新しい組み合わせだから、イノベーションがハイペースかつローコストで出現する可能性が高まるわけだ。

〔51〕限界費用とは、生産量の増加分一単位あたりの総費用の増加分のことである。インターネット料金プランのほとんどで、追加的に一ビット送信する限界費用はゼロである。

〔52〕バーナーズ=リーは一九九〇年一〇月までに、未来のWWWを支える重要な三つの技術を開発していた。ウェブページを記述するための言語HTML(ハイパーテキストマークアップ・ランゲージ)、インターネット上のリソース(テキストや画像など)の場所を特定するための書式URL(ユニフォーム・リソース・ロケータ)、ウェブ・サーバーとウェブ・クライアントの間でデータの送受信を行うためのプロトコル(通信規約)HTTP(ハイパーテキストトランスファープロトコル)である。世界最初のウェブブラウザとウェブサーバーを作成したのもバーナーズ=リーだった(World Wide Web Foundation, "History of the Web,” accessed February 7, 2017, http://webfoundation.org/about/vision/history-of-the-web)。


 しかもプラットフォームには、無料〔フリー〕、完全〔パーフェクト〕、瞬時〔インスタント〕という強力な武器が備わっているおかげで、驚くべき結果につながることが少なくない。一九九五年にプログラマーのクレイグ・ニューマークはごく簡素なカテゴリー別リストとメールアドレスをウェブサイトで公開し【55】、サンフランシスコ・ベイエリアのローカル情報を投稿してほしいと呼びかけた【56】。これが、Craiglist(クレイグリスト)である。その後、他の都市にも次々と Craiglist が開設され、二〇一四年には七〇カ国に七〇〇のローカルサイトを数えるにいたる【57】。かくして不動産、求人を始めとする広告の投稿先として、Craiglist は圧倒的な優位を確立したのだった。経営は順調で、二〇〇八年には二五〇〇万ドルの利益を計上したと推定される【58】。ニューマークはニューヨークでの求人や貨貸物件の広告に限って料金をとっているが、それ以外は無料である【59】。この料金設定は利用者にとってじつに魅力的だが、多くの新聞社にとっては致命的だ。ある調査によると、Craiglistは二〇〇〇〜二〇〇七年に印刷業界から五〇億ドルを奪ったとされる【60】。つまり印刷の一ドルがデジタルの数セントに置き換えられてしまったわけだ。
 さらに二種類のプラットフォームが出現したせいで、新聞・雑誌の収益は一段と減ることになった。一つは、ニュースやまとめやクチコミなどのコンテンツを無料〔フリー〕、完全〔パーフェクト〕、瞬時〔インスタント〕に配信するプラットフォームである。この手のプラットフォームはあらゆる媒体、あらゆるテーマ、あらゆる産業を網羅し、書き手はプロのジャーナリストもいれば、フリーランスのライターもおり、専門家はだしのアマチュアやオタクもいるという具合で玉石混交ではあるが、これまで主流だった印刷媒体を押しのける勢いだ。もう一つは、ターゲットを絞った広告を提供するためのプラットフォームである。DoubleClick(ダブルクリック)、AppNexus(アップネクサス)、GoogleAdSense(グーグルアドセンス)などのサービスでは、広告主とコンテンツプロバイダーをマッチングする高速な自動化プロセスによって、両者にとってより効率的な広告を実現する。それだけでなく、アナログ媒体に比べればはるかに正確に広告効果を計測できる。こうしたマッチングプラットフォームはあっという間にオンライン広告を席巻し、ある推定によれば、二〇一六年にはアメリカで二二〇億ドルの広告予算がオンラインに投じられたという【61】。マッチングプラットフォームを運営するいわゆるアドテク企業の設備たるやたいしたもので、たとえば AppNexus だけで八〇〇〇以上のサーバーを持ち、ピーク時には地球上のすべての大陸(南極大陸も含む)で一日四五〇億件の広告を処理する【62】。


 コンテンツ配布と広告技術の提供というこの二種類のプラットフォームが印刷媒体を破壊する猛威を前にして、既存企業は狼狽し、ときに筋の通らない反応を示してきた。たとえば二〇〇七年にはベルギー【63】、ドイツ【64】、スペイン【65】で新聞社を代表する団体が Google News(グーグルニュース)に対して訴訟を起こした。Google News は、新聞各社のニュースを統合し、ヘッドライン、写真、記事の短い要約を提供するサービスである。訴訟は原告側の勝訴に終わり、どの国でも収益を新聞社と折半しない限りサイトを閉鎖するよう命じられた。Google 側は、Google News には広告を掲載していないので折半すべき収益はゼロであると主張したが、やむなくサイトを閉鎖。すると新聞社のウェブサイトへのトラフィックは激減し、結局各社は裁判所に決定の取り消しを要請する羽目に陥った。

□pp. 212-213 「ネットワーク効果」=「需要サイドの規模の経済」。なお墨付き括弧【 】の中の文言は引用者による補足。

   強力なネットワーク効果
 そのうち、割安なSMS[ショートメッセージサービス]プランに加入していたユーザーまで WhatsApp[2009年に発表された、スマートフォン用のインスタントメッセンジャーアプリ]を使うようになる。なぜなら、自分がメッセージを送りたい相手が WhatsApp を使っているなら、自分も使うほうが都合がよいからだ。
 これはまさに、経済学者が「ネットワーク効果」と呼ぶ現象である。ネットワーク効果とは、モノやサービスの利用者が増えるほど、利用者にとってそのモノやサービスの価値が高まることを指す。ネットワーク効果はデジタル社会のビジネスを理解するうえで重要な概念であり、一九八〇年代に多くの論文が書かれた〔53〕。一九八〇年代と言えば、コンピュータネットワークとソフトウェアが経済において重要な役割を果たすようになった時期だから、ネットワーク効果が注目されたのも当然と言えよう。
 ネットワーク効果は、需要サイドの規模の経済と呼ばれることもある〔54〕。

〔53〕とくに重要なのは、ジョー・ファレルとガース・サロナーの共同研究(たとえば、Joseph Farrell and Garth Saloner, "Standardization, Compatibility, and Innovation," Rand Journal of Economics 16, no. 1 [Spring 1985], 70–83, http://www.stern.nyu.edu/networks/phdcourse/Farrell_Saloner_Standardiization_compatibility_and_innovation.pdf)および、マイケル・カッツとカールシャピロの共同研究(Michael Katz and Carl Shapiro ("Network Externalities, Competition, and Compatibility,” American Economic Review 75, no. 3 [June 1985]: 424-440, https://www.jstor.org/stable/1814809?seq=1#page_scan_tab_contents)である。

〔54〕ユーザー(需要サイド)にとっての利益は規模が大きくなるほど増えるため、このように言う。需要サイドの規模の経済に対比されるものとして、供給サイドの規模の経済がある。こちらは、規模が大きくなるほど供給サイドの平均コストが下がることを意味する。


□pp. 214-216 

   増殖するプラットフォーム
 プラットフォームの経済学、ムーアの法則、そして組み合わせ型イノベーションは、多くの産業、とりわけ既存の大手企業を驚愕と混乱に巻き込んでいる。ここでは、eコマースの巨人Amazon による驚きのイノベーションを紹介しよう。Amazon は企業規模が拡大するにつれて、さまざまな新しいニーズに直面するようになった。たとえば、顧客の注文履歴をすべて保管し、以前に購入していた商品をカートに入れたらメッセージでお知らせできるようにしたい、また顧客がほんとうに欲しいものをリコメンドできるようにしたい……などである。このほか、アフィリエイトの支払計算を高速化したい、広告費の処理を合理化したい、といった課題もあった。そこでCEOのジェフ・ベゾスは最高情報責任者兼上級副社長リック・ダルゼルに、システム間の「インターフェースの強化」を任せる【71】。強化するとは、ここではどのシステムへのアクセスもつねに一定の手続きで行うようにし、便宜的なショートカットなどはいっさい排除するという意味である。かくしてダルゼルは社内のシステムを総点検することになった【72】。要はすべて標準的なインターフェースで統一する作業で、じつに面倒ではあるが、技術的に目新しいところは何もない。この作業が完了した暁には、Amazon には分散型 ITインフラが整備されたことになる。つまり開発チームは、必要なときに必要なだけコンピューティングリソースやストレージリソースにアクセスして作業し、全体として生産性と俊敏性を高めることが可能になった。
 そしてAmazon は、自分たちが強力な新しいリソースを手にしたことに気づく。ストレージスペース、データベース、処理能力といったITリソースがモジュール化され、いつでも必要に応じてくっつけたり切り離したりできるのである。しかもAmazon の高速インターネット接続をもってすれば、世界中のどこからでも瞬時にアクセス可能だ。どうだろう、これだけのリソースを使いたがる人がいるのではないか? データベースを構築したいとか、ウェブサイトを立ち上げたいとか、とにかく何か ITリソースを制作したいが、そのために必要なハードウェアやソフトウェアを自前で整えるほどの資金はないとか、買ってすぐ陳腐化したりメンテナンスやセキュリティ対策に頭を悩ますのはいやだという人がきっといるのではないだろうか?
 というわけでAmazon は二〇〇六年に Amazon Web Service(AWS)を開始する【73】。AWSクラウドサービスのプラットフォームであり、最初にリリースされたのは、ストレージサービス【74】とコンピューティングサービスだった【75】。はやくも一年半後には、二九万人以上がこのプラットフォームを利用したと同社は発表している【76】。その後、データベースやアプリケーションなど新しいツールやリソースを増やしていき、現在も急成長を続けている。二〇一六年四月には、AWSAmazon の総収入の九%を占め【77】、営業利益のなんと半分以上を上げた【78】。ドイツ銀行のアナリスト、カール・ケアステッドは、エンタープライズIT業界で史上最速ペースで成長した企業としてAWSを挙げている【79】。この発言にAmazon の株主はさぞ喜んだにちがいない。実際、AWSがサービスを開始した二〇〇六年七月一一日からの一〇年間で、Amazonの株価は二二四%(一株三五・六六ドルから七五三・七八ドルへ)も上昇している【80】。

□原注6章(抜粋部分に関する55〜80のみ)

55 Craig Newmark, LinkedIn profile, accessed February 1, 2017, https://www.linkedin.com/in/craignewmark.
56 Craigconnects, "Meet Craig,” accessed February 1, 2017, http://craigconnects.org/about.
57 Craigslist, "[About > Factsheet],” accessed February 1, 2017, https://www.craigslist.org/about/factsheet.
58 Henry Blodget, “Craigslist Valuation: $80 Million in 2008 Revenue, Worth $5 Billion," 『Business Insider』, April 3, 2008, http://www.businessinsider.com/2008/4/craigslist-valuation-80-million-in-2008-revenue-worth-5-billion.
59 Craigslist, "[About > Help > Posting Fees],” accessed February 1, 2017, https://www.craigslist.org/about/help/posting_fees.
60 Robert Seamans and Feng Zhu, “Responses to Entry in Multi-sided Markets: The Impact of Craigslist on Local Newspapers," January 11, 2013, http://www.gc.cuny.edu/CUNY_GC/media/CUNY-Graduate-Center/PDF/Programs/Economics/Course%20Schedules/Seminar%20Sp.2013/seamans_zhu_craigslist%281%29.pdf.

72 Matt Rosoff, "Jeff Bezos 'Makes Ordinary Control Freaks Look like Stoned Hippies,' Says Former Engineer," Business Insider, October 12, 2011, http://www.businessinsider.com/jeff-bezos-makesordinary-control-freaks-look-like-stoned-hippies-says-former-engineer-2011-10.
73 Amazon Web Services, "About AWS," accessed February 4, 2017, https://aws.amazon.com/about-aws.
74 Amazon Web Services, "Amazon Simple Storage Service (Amazon S3)? Continuing Successes," July 11, 2006, https://aws.amazon.com/about-aws/whats-new/2006/07/11/amazon-simple-storage-service-amazon-s3---continuing successes.
75 Amazon Web Services, “Announcing Amazon Elastic Compute Cloud (Amazon EC2)? Beta," August 24, 2006, https://aws.amazon.com/about-aws/whats-new/2006/08/24/announcing-amazon-elastic-compute-cloudamazon-ec2---beta.
76 Amazon, "Ooyala Wins Amazon Web Services Start-up Challenge, Receives $ 100,000 in Cash and Services Credits Plus Investment Offer from Amazon.com," December 7, 2007, http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1085141.
77 Matthew Lynley, "Amazon's Web Services Are Shining in Its Latest Earnings Beat," TechCrunch, April 28, 2016, https://techcrunch.com/2016/04/28/amazon-is-spiking-after-posting-a-hugeearnings-beat.
78 Nick Wingfield, "Amazon's Cloud Business Lifts Its Profits to a Record," New York Times, April 28, 2016, https://www.nytimes.com/2016/04/29/technology/amazon-ql-earnings.html.
79 Ben Sullivan, "AWS Heralded as 'Fastest-Growing Enterprise Technology Company in History," Silicon UK, November 4, 2015, http://www.silicon.co.uk/cloud/cloud-management/amazon-aws-cloud-160-valuation-179948.
80 Yahoo! Finance, "AMZN? Amazon.com, Inc.," accessed February 4, 2017, https://finance.yahoo.com/quote/AMZN/history.



□6章の要約(pp. 224-225)。

   この章のまとめ
・インターネットと関連技術は、過去10年間に小売から新聞、写真にいたる幅広い産業に激震をもたらした。消費者がデジタルの選択肢を持つようになると、これらの産業の既存企業は大幅な収益減に直面している。
・既存企業に打撃を与えたのは、ネットワークの普及とともに情報財が無料、完全、瞬時という優位性をフルに発揮できるようになったことである。デジタルの追加的な複製の制作・伝達に要する限界費用はほぼゼロであり、複製は完全に原本と同じである。この複製をネットワークではほぼ瞬時に伝達・配布することができる。
・アナログのモノやサービスの大半は無料、完全、瞬時ではないため、競争で不利になっ
た。
・ネットワーク財には、ユーザーが多いほど価値が高まるという性質がある(ネットワーク効果)。その結果、「需要サイドの規模の経済」が生じ、大規模なネットワークほど有利になる。
・プラットフォームとは、アクセス、複製、配布の限界費用がほとんどゼロのデジタル環境である。
・プラットフォームの特性、ムーアの法則、そして組み合わせ型イノベーションは、コンピュータハードウェアから音楽にいたるさまざまな産業に大変革をもたらしている。



□本書の末尾から抜粋(pp. 486-488)。この部分は、技術革新を人(本書では「私たち」)がどのように認識するか、どのように疑問を発するかというテーマ。本書のなかでも特に抽象的な内容についての記述となっている。なお、ややこしいことに、二段落目の「私たち」は著者二人を指しているようだ。

 技術の進歩は企業をふるいにかける。アメリカでは、S&P500構成企業の平均寿命はどんどん短くなっている。一九六〇年には約六〇年だったが、今日では二〇年にも満たない。デジタル社会では、ヨーゼフ・シュンペーターの「創造的破壊」がたびたび起きるからだ。そこで本書では、破壊を乗り越えていかに企業を導くべきかということに多くの紙面を費やしたっもりである。
 とはいえ、私たちがひんぱんに受ける質問の中には、企業経営という枠組みを超えて、もっと広い視野を要するものも少なくない。マシン、プラットフォーム、クラウドの変容は社会にとってどんな意味を持つのか。マシンのせいで多くの人が失業するのではないか。いずれはプラットフォームが、経済的な決定の大半を左右するようになるのか。いつどのように働くか、どこに住むか、誰と友達になるかといったことについて、人間の自由な選択の余地がだんだん狭まっていくのではないか。
 これらはどれも重要な問題だが、よく考えると、たった一つのシンプルな問いの変形にすぎないものが多い。そのシンプルな問いとは「テクノロジーは私たちに何をしようとしているのか?」という問いである。
 だがこの問いは、正しくない。テクノロジーはただの道具にすぎない。なるほど、ニューラルネットワークはハンマーとはちがう。だがどちらにせよ、道具は人間に何をするかを決めることはできない。決めるのは人間である。取材した多くの企業から私たちが学んだのは、テクノロジーがもたらすたくさんの選択肢を賢く選びとる企業が成功する、ということである〔……〕。
 今日私たちは、個人のレベルでも、社会のレベルでも、かつてないほど高度なテクノロジーを日々、活用できるようになっている。ということはつまり、過去の世代に比べ、世界を変える力をより多く持っているということだ。現に私たちは、先行世代にはできなかった多くのことができるようになっている。だから、未来を切り拓く力も十分に持っているはずだ。
 となればなぜ「テクノロジーは私たちに何をしようとしているのか?」と問うのだろうか。むしろ、「私たちはテクノロジーを使って何がしたいのか?」と問うべきではないか。何がしたいのか――このシンプルな問いを深く考えることが、いまこそ求められている。より多くのパワー、よりいい選択を持つということは、それをどう使うかを決める私たち自身の価値がかつてなく高まっているということでもある。



□つづき(pp. 486-491)。くだんの3つの要素の組み合わせについて再び論じている。著者によれば、大局的な判断の担い手は、未だマシンではなく人の方だろう、と。
 ここから蛇足。本書で著者達は、ビジネス上の成功のカギは(原理的には事前に)わかり得ないことを明記しているし、「偶然」・「運」がファクターだと書いている点でも誠実だと感じる。

 本書では、人とマシン、物理的なモノやサービスとプラットフォーム、コアとクラウドの楽しいバランスを論じてきた、重要なパターンやヒントはたくさん見つかったけれども、これぞという成功の方程式は、正直に言って見つけられなかった。 マシンは多くの分野でよい決断を下せるようにはなってきたが、では人間はお払い箱かといえば、そんなことはない。人間が果たすべき役割はまだまだ大きい。同様に、すべてをプラットフォームに切り替えることも、すべてをクラウドに委ねることも、成功を保証しない。
 しかも三つの組み合わせのどれについても、唯一最適のバランスが存在するわけではない。成功する戦略はいくつもあり、その幅は広い。現在成功している企業の双璧といえば、AppleGoogleだと言ってよいだろう。どちらもプラットフォームを活用しているが、そのやり方は大きく異なる。オープンにする度合いもちがえば、クラウドに依存する度合いもちがう。それに、私たちが検討した要素のほかにも、多くの要因が関わってくる。プラットフォーム設計者の創造性、ビジネスパートナーの協力度、そしてもちろん幸運、等々。必ずしも足の速い人やフォームのきれいな人が勝つとは限らないのと同じで、最高の製品や最高の戦略が必ず成功するとは限らない。
 だがだからと言って、運や偶然だけが結果を左右するわけではない。三つの組み合わせの均衡点は何通りもあって、それぞれの状況でそれぞれがベストなのだろう。似たような二種類のゲームアプリがあって、同時期に発売されたとしても、さまざまな小さな決定や出来事が積み重なった末に、一方が大人気になり競合アプリを駆逐するということがあり得る。ネットワーク効果、規模の経済、相互補完性、二面市場、学習曲線などさまざまな要因が作用して強い経路依存性が生じ、最初の小さな決定の影響を増幅することもあり得る。また、目的意識や使命惑、共通の価値観など、経済要因以外の要素も重要である。
 企業にとっても市場にとっても単一の均衡点が存在しないように、今日の技術動向からすれば未来はこうなる、という単一の道筋も存在しない。私たちが道筋を決め、変えることができる。フリードリヒ・ハイエクは、計画経済に反対する文脈の中で、一人の人間が経済的決定に必要な知識や情報すべてにアクセスすることは不可能だと指摘した。今年の作物の出来はよさそうだとか、この商品は人気が出てきたとか、経済に関する断片的な知識はあちこちに分散している。いやそんなことでなくたって、自分の能力はこれくらいだとか、いまこれが欲しいとか、あれが欲しいとか、一人ひとりがそれぞれに情報を持っているのである。自由市場経済は、そうした知識や情報を生産的に活用できる点で、じつに驚嘆すべき装置と言えるだろう。いったいどうやって? 市場は価格と所有権のシステムを通じて、顔を合わせたことも話したこともない人々の決定を巧みに調整してのけるのである。
 そうは言っても、デジタル化が新しい課題を突きつけていることは事実だ。何百万人もの人が、技術が進化したら自分の仕事は消えてなくなるのではないか、ともっともな心配をしている。しかも今回は、同程度の収入を得られる仕事が次に見つかるかどうかはっきりしない。ほとんどの先進国で、GDPに占める賃金の比率は下がっている。そして所得分布の下半分に属す人々の実質賃金は、二〇年前より減っているのである【1】。そのうえ、テクノロジーによる雇用の破壊はまだ始まったばかりだ。マッキンゼー・グローバル研究所のジェームズ・マニーカらが二〇一七年一月に発表した研究報告によると、「世界の労働力人口が現在報酬を得てやっている仕事のおよそ半分が、自動化される可能性がある」という【2】。

1 アメリカの賃金中央値については、以下に拠る。 Drew DeSilver, “For Most Workers, Real Wages Have Barely Budged for Decades," Pew Research Center, October 9, 2014, http://www.pewresearch.org/fact-tank/2014/10/09/for-most-workers-real-wages-have-barely-budged-for-decades. OECDにおける分布については、以下に拠る: “Workers' Share of National Income: Labour Pains," Economist, October 31, 2013, https://www.economist.com/news/financeand-economics/21588900-all-around-world-labour-losing-out-capital-labour-pains.
2 James Manyika et al., "Harnessing Automation for a Future That Works," McKinsey Global Institute, January 2017, http://www.mckinsey.com/global-themes/digital-disruption/harnessing-automation-fora-future-that-works. 


 その一方で、才能あるいは幸運に恵まれた人が何か商品を開発し、グローバルなデジタルインフラを介して世界の隅々まで送り届けるのに、いまは最高の時代である。何百万人、いや何十億人の注意を引くことが可能なのだから、途方もないスケールで価値を創出し、その収穫を刈り取ることができるだろう。そして公式のGDPや生産性データがどうあれ、価値の創出こそが成長の原動力である。いまや、テクノロジーを活かしてより多くの価値を創出し共有する膨大な機会が、かつてなく大勢の人の手の届くところにある。
 社会がどのようにテクノロジーを活用するかを考えるのは、政府だけの仕事ではないし、政府が中心になってやるべきことでもない。それは、社会のあらゆるところで自然発生的に行われることだ。もちろん起業家や経営者はテクノロジーをどう活かすか、真剣に考えることだろう。だがニーズやアイデアは、起業家だけでなく何百万何千万のふつうの人々の日々の生活や活動からも生まれるものだ。今日ではそれを共有することも、自分で試してみることも、かんたんにできるようになっている。
 いまでは大勢の人が、おじいちゃんの代には想像もつかなかったようなモノやサービスを作り提供する仕事に就いている。つまりそれは、おじいちゃんの代にはなかった仕事だ。今日の経済が何よりも必要としていることの一つは、そうした新しい仕事をもっともっと生み出すことである。そのためには、技術と人間のスキルを始めさまざまなリソースの新しい組み合わせを考えることが必要になってくる。マシンは、そのように大きな問題の解決を考えることには適していない。が、人間は適している。




【メモランダム】
・本書の分類について。

007.3 情報と社会:情報政策(国立国会図書館の分類)
548.935 情報産業・情報サービス(電気通信大学附属図書館の分類)
504  技術・工学(論文集/評論集/講演集)(大阪府立図書館の分類)

335.1 経営学(私の分類)
 
……複合的な内容の書籍なので、やはり分類にも違いが生まれてしまう。おそらく国会図書館は〈情報化〉の面を本書のもつ最大の特徴だと評価しており、大阪府立図書館は〈技術(技術革新)〉の面を、そして私は〈企業とイノベーション〉の面を重く見ている。
 個人的には電通大の分類(そのまま〈情報産業〉)がしっくりくる。

*1:※22 Paul Farhi, “Washington Post to Be Sold to Jeff Bezos, the Founder of Amazon,” Washington Post, August 5, 2013

『貧困の基本形態――社会的紐帯の社会学』(Serge Paugam[著] 川野英二,中條健志[訳] 新泉社 2016//2005)

原題:Les formes élémentaires de la pauvreté (Presses universitaires de France, coll. « Le lien social », 2005)
著者:Serge Paugam(1960-) 社会学
訳者:川野 英二[かわの・えいじ] (1968-)
訳者:中條 健志[ちゅうじょう・たけし] (1983-)
装幀:藤田 美咲[ふじた・みさき] 
NDC:368.2 社会病理 >> 貧困


貧困の基本形態|新泉社

第三版(2013年)


【目次】
本書の概要 [004]
目次 [005-009]
凡例 [010]


序章 貧困の社会学的分析 011
  測定問題
  研究対象
  厳密に比較主義的なアプローチ


  I 基礎的考察

第1章 貧困の社会学の誕生 033
[1] 大衆的貧困にたいするトクヴィルマルクスの立場 034
  トクヴィル相対主義
  マルクスと余剰人員の問題
[2] ジンメルの決定的貢献 058
  特定の社会学的対象としての貧困
  扶養関係の社会的機能


第2章 貧困と社会的関係 077
[1] 扶助された貧困とその偏差 078
  社会的降格の経験
  労働市場における価値と社会的紐帯の強さ
[2] 貧困への社会的な関係の基盤 078
  変わりうる社会的表象
  体験の対照性
[3] 説明要因 091
  経済発展と労働市場
  社会的紐帯の形態と強さ
  社会保護制度と社会福祉制度
[4] 類型――〈統合された貧困〉〈マージナルな貧困〉〈降格する貧困〉 119


 II 貧困のバリエーション
  イントロダクション 126


第3章 統合された貧困 129
[1] 常態的・再生産的な状態 131
  遺産としての貧困
  常態化した貧困
[2] 家族――生存という問題 141
  家族同居という原則
  家族の連帯の強さ
  家族的価値と宗教実践
[3] インフォーマル経済と恩顧主義 160
  メッツォジョルノで貧困であること
  社会福祉の恩顧主義システム


第4章 マージナルな貧困 171
[1] ほとんど眼に見えなくなった貧困 173
  残余的なものとなった扶助領域
  成長から忘れられた人びと
[2] 表象の安定 189
  「貧困層は結局どこにいるのか?」
  「克服された貧困」
  反論を呼ぶ概念
[3] スティグマ化のリスク 205
  社会的不適応という言葉
  個人主義的な社会的介入


第5章 降格する貧困 217
[1] 社会的不安定〔アンセキュリテ・ソシアル〕の回帰 219
  転落としての貧困という表象
  排除への不安
  フランスとイギリスの新しい社会問題
[2] 空間的降格の新たな形態 232
  ゲットーというイメージ
  「脆弱」と判断された都市区域
  ネガティブなアイデンティティの形成
[3] 失業の経験と社会的孤立 247
  ハンディキャップの蓄積
  社会的紐帯の脆弱性
[4] 不確かな対応策 259
  ターゲットおアクターの多様化
  参入・社会的伴走の政策の限界
  扶助の二つの機能


終章 貧困の科学と意識 277


補論 欧州人は貧困をどのように見ているのか 297
  貧困の可能性
  貧困原因の知覚


日本語版に寄せて [324-336]
註 [337-372]
文献一覧 [373-389]
訳者解題(二〇一六年一月 訳者を代表して 川野英二) [390-409]






【抜き書き】

・「序章 貧困の社会学的分析」から。
 一応、capability approach(A. Sen)の簡単な説明をしている部分。著者はこの厚生経済学の知見が「記述的アプローチ」だと念押ししている。

〔……〕貨幣や財の欠如という考えから社会全体に及ぶ権力の欠如――あるいは権力を獲得する不可能性――という考えへの移行は、すでにそれ自体、考察するさいの重要なステッブのひとつとなっている。実際に権力の欠如という考えは社会的劣等性の問題に通じるものである。過去数年のあいだ、消費や収入の水準からではなく、個人がそれらにアクセスする能力(ケイパビリティ)から貧困を理解すべきとするアマルティヤ・センの提案によって、この問題に関する論争が投げかけられてきた。センによると、貫困は基本的ニーズの充足の欠如よりも『能力の欠乏』から、つまり個人がかれらにとって善いと思われるものを選択することができないということからのほうが把握しやすい。そこから言えることは、公正なやり方で優先的に分配しなければならないのは所得ではなく、各人が尊厳をもち良識をもった生活を送ることができるための自己実現(人間的機能)を開発する能力である。このようにセンは、経済学者にたいして、物質的財だけではなく、表現の自由や尊厳、自己の尊重、社会生活への参加一般、いいかえれば個人が統合され他者に承認された社会的存在となるために役立つものすべてを考慮するよう促している。
 この革新的な定義は、貧困層の記述的アプローチを埋論的に考察することによって、そのアプローチを豊かにし、考察を根拠づけている。この定義はまた、剥奪とみなされているものが社会によってはっきりと異なりうることを認める。とはいえこの定義は、それが依然として部分的に免れることのない測定問題を解決していない。むしろ逆に、この定義はこの問題をさらにいっそう複雑なものにすらしている。したがって貧困層の記述的アプローチは、ほとんど不可避的に、採用された方法の相対的で、恣意的な部分をもつ特徴にぶつかることになる。


・つづいて著者は、貧困を研究する(「経済学」ではなく)「社会学」の対象は「貧困の概念そのもの」だと大見得を切る。
 例えば、貧困線は根源的には恣意的だと。
 なお個人的には、貧困線の解説としては阿部彩(2008)『子どもの貧困』の第二章が、簡潔で安価でアクセスしやすいと思うのでオススメ。
 2段落目では「数量化は〔……〕社会学者にとっては、それによって貧困の意味そのものへの問いかけが阻害され、またその問いかけが失われてしまう」と書かれている。その懸念は私にも分かるが、どの程度の重大さなのかは書かれていない。
 あと、同じく2段落目でさらっと登場するobstacle épistémologiqueが難しい。

 貧困の社会学貧困層の記述的・計量的マプローチに還元されることはない。貧困の社会学は貧困の概念そのものを問いなおさねばならない。社会学者にとって、貧困層の特澂を社会のその他の層と対比させる二頂対立的な推論は疑わしいものである。貧困線の定義は、それが精緻で正確なものであったとしても、つねに恣意的である。〔……〕したがって、該当する人口の割合を劇的に変えるためには、公的な貧困線を少し変えるだけで十分なのである。この結果が示しているのは、設定された貧困線のあたりに世帯が多く集中していること、また貧困線は現実にはおそらく同じような条件で生活している人びとのあいだに決定的な断絶を生み出していることである。
 このことは、貧困の統計的指標を必要としないという意味ではない。それどころか、これらの指標は国や地域間で比較する際に役立つといえるだろう。しかしこのアプローチにとどまらないことがきわめて重要なのである。貧困層の数量化は一般的な認識では考察の前提条件となっているが、他方で社会学者にとっては、それによって貧困の意味そのものへの問いかけが阻害され、またその問いかけが失われてしまうという意味で、まさに認識論的障害となるかもしれないのである。
 社会学者が問わねばならない本質的な問題はシンプルなものである。つまり、如何にしてある所与の社会で、貧者はたんに貧しいだけでそれ以外のものでもないものとされるのか.いいかえれば、貧者の社会的地位を成り立たせるものは何か。いかなる本質的な基準から、ある人物がすべての人の眼に貧しいと映るのか。いかにしてその人物は、なによりもまずその貧しさによって定義されるのか。〔……〕この問題にたいして初めて明確にそして直接に答えたのは、20世紀初めのゲオルグ・ジンメルである。ジンメルにとって、貧者の地位を決定するのは、ある人物が集合体から公的に受けとる扶助である。扶助を受けることは、貧者の条件を識別する標識であり、特殊な階層へとかれらが社会的に帰属する基準である。貧者はかれらが他のすべての人びとに依存していることによって定義されるという理由で、必然的にその価値を貶められる階層である。この意味で、扶助を受けるということは、少なくとも短期的には他の人びととの補完性と互酬の関係に参加することができないまま、他の人々からあらゆるものを受け入れる、ということである。特別に与えられる救護の受給者である貧者は、たとえ一時的なものであろうとも、社会がかれに与え、最終的にかれら自身が内面化するネガティブなイメージとともに生活することを受け入れ、もはや無用な者となること、しばしば『望まざる者たち』と呼ばれるものに属するということを受け入れざるをえないのである。本書の第1章で、私は貧者のこうした定義と分析の社会学的な射程のすべてを提示したい。

……というわけで、ここまでが「第1章 貧困の社会学の誕生」への前置きを果たしていた。