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『解釈人類学と反=反相対主義』(Clifford Geertz[著] 小泉潤二[編・訳] みすず書房 2002//1995)

原題:The Politics of Culture: Asian Identities in a Splintered World (1992) 他。
著者:Clifford James Geertz(1926-2006) 
編・訳者:小泉 潤二[こいずみ・じゅんじ](1948-)
NDC:389.04 民族学文化人類学
備考:講演集 


解釈人類学と反=反相対主義 | みすず書房

 『ヌガラ』や『ローカル・ノレッジ』などで知られるアメリカの人類学者として、ギアツは文化相対主義を批判すると同時に、反相対主義も批判する。それは、文化性を越えるところに道徳性を位置づけ、文化性も道徳性もさらに越えるところに知性を位置づけることによってのみ、相対主義的アプローチを退けられると思い込んでいるからである、と。ギアツの立場は、反=反相対主義である。
 本書は、日本での3回の講演も含め、アメリカを代表する知性の日本語版オリジナルの論集である。みずからの思想遍歴を語り、初期のインドネシアでのフィールドワークの実状を説明し、自分の立場を鮮明にしつつ、現代世界を論じた本書は、著者のエッセンスであるとともに、難解で知られるギアツ思想への最良の入門書にもなっている。


【目次】
はじめに(編訳者) [i-iii]
目次 [iv-v]


  第 I 部 遍歴

第1章 アジア研究と私——福岡アジア文化賞受賞記念講演 002


第2章 遍歴の回想 012


  第 II 部 多様性

第3章 文化の政治学——分解する世界とアジアのアイデンティティ 044


第4章 反=反相対主義——米国人類学会特別講演 059
1  059
2  066
3  072
4  084
5  091


  第III部 経済と文化

第5章 バザール経済——農民市場における情報と探索 096
1  097
2  099
3  100
4  101
5  102
6  104


第6章 一九世紀バリの交易拠点 108
1  108
2  110
3  112
4  114
5  118
6  121
7  124


第7章 インドネシアの二共同体の社会変化と経済発展——事例研究 127
モジョクト——ジャワの市場町 127
タバナン——バリの宮廷町 131
モジョクトの経済発展 134
  伝統的バザール経済
  発展する会社〔ファーム〕型経済
  興隆する中間層が直面する諸問題
タバナンの経済発展 147
  農村の社会構造と経済組織
  タバナンの貴族層と会社型経済
  上部カースト革命と伝統の限界
    一 実業組織
    二 宗教とイデオロギーダイナミクス
    三 政治による発展と経済による発展
    四 都市化
結論 160


第8章 文化と社会変化——インドネシアの事例 166
1  166
2  172
3  178
4  185
5  190


  第 IV 部 展望

第9章 言われつづけてきたこと――反=反相対主義還元論(小泉潤二) 
遍歴 196
  偶然
  人類学の外で
多様性 202
  多様性の活用
  力としての文化
  反=反相対主義
経済と文化 208
  第III部の経済論文
  経済発展の理解
  文化の経済学
  文化の脱外在化
言われつづけてきたこと 221


注釈 [227-248]
おわりに(二〇〇二年四月 小泉潤二) [249-252]
引用文献 [v-xxiv]
人名索引 [i-iv]






【抜き書き】

・「はじめに」から、編者による本書の構成についての説明。

 この論集の基礎となっているのは、クリフォード・ギアツの三回の来日講演である。第一章の福岡アジア文化賞受賞記念講演(一九九二年)、 第三章の同賞創設五周年記念講演(一九九五年)、第八章の国際交流基金による招聘時の講演(一九八四年)である。これら三章が本書「発生」の核ということになる。

〔……〕連関のうちに考えるべきこれら三つの主題軸の周辺に、それぞれに密接に関係する論文を一種の注釈のかたちで配置した。
 第Ⅰ部「遍歴」では、第一章の「アジア研究と私」(一九九二)で自分の知的遍歴とアジア研究との関わりを述べたのにつなげて、第二章「遍歴の回想」 (一九八八)を加えた。ギアツインドネシア研究を中心として一九八七年にオーストラリアで行われたインタビューであ〔……〕る。また、第七章で描かれ分析される一九五〇年代インドネシアの共同体が、一九八〇年代の再訪時にどのように変化していたかについても触れられている。
 第Ⅱ部「多様性」の軸となるのは、第三章の「文化の政治学」(一九九五)である。解体しつつある現代世界の中でつくられる多様性とアイデンティティの感覚について論じている。その背後に見ることができるのは〔……〕「多様性」というものに対する深く複雑で誤解されやすい捉え方である。この捉え方が最も明瞭に現れている「反=反相対主義」と題する論文(一九八四)を本書の第四章とした。 ギアツがこれまで発表した中で最も重要な論文の一つであり、その表題を本書の表題にも用いた。
 第III部「経済と文化」の軸は第八章 「文化と社会変化」 (一九八四)である〔……〕。ギアツが初期に発表したインドネシアの経済研究 『農業の内旋〔インヴォリューション〕』(一九六三)が招いた大論争を扱っているが、この第八章の中核にあるのは〈経済主義〉〔エコノミズム〕に対する批判であり、個別の文化や歴史や状況を重視する立場である。日本ではギアツの経済研究は農業経済学やインドネシア研究以外ではあまり知られておらず、ごく最近まで翻訳もなかったこと、また第Ⅲ部には具体的資料に基づく研究を集めるべきことから、ここにギアツの特徴を示すような経済関係論文を載せた。第五章「バザール経済――農民市場における情報と探索」、第六章「一九世紀バリの交易拠点」、第七章 「インドネシアの二共同体の社会変化と経済発展――事例研究」、そして第八章「文化と社会変化」は、それぞれ非常に異なったかたちで文化や歴史や状況を扱う経済分析である。また第五章から第八章のそれぞれを通じて、『モロッコ社会における意味と秩序』(一九七九)、『ヌガラ―― 一九世紀バリの劇場国家』(一九八〇)、『行商人と君主――インドネシアの二共同体の社会変化と経済の近代化』(一九六三)、『農業の内旋――インドネシアにおける生態学的変化の過程』(一九六三)という、経済関係の代表作四冊の内容を少なくとも部分的に知ることができる。
 このように、本書の第I部・第II部・第III部は、それぞれギアツの知的背景、理論的立場、具体的事例研究に対応することになる。最後の第IV部として「展望」を置き、「言われつづけてきたこと——反=反相対主義還元論」と題する第九章で、本書で何が言われているか、一見してつながりがないように見える多様性の中で何が言われつづけているかを、私自身が考えていることに関連させて展望しようとした。


・「はじめに」のうち、凡例にあたる部分。

 収録された論文は、少なくとも発表当初は講演やインタビューだったものが多い。したがって本書は(第六章や第七章のように論集内の論文もあるが)基本的に「講演集」である。それぞれの章がどのようなかたちで発表されたかは、各章の末尾に記した。
 ギアツの文章は複雑で曖昧で難解だと言われる。日本の人も欧米の人も本人もそう言う。 長い複合的な構文、多彩な語彙と独特の癖のある晦渋な文体のために、邦訳をみれば意味不明であることもしばしばある。本書では講演が主体となっていることもあり、訳文は全て話し言葉とした。著者ギアツ自身による[ ]内の挿入と区別して、【 】内には訳者小泉による挿入を示した。 原文では本文内に組み込まれている引用文献も注釈の中に収めた。すべて読みやすく書き、結局何が言われているかを明瞭にしてわかりにくいといわれるギアツをわかりやすくするためである。



・「おわりに」から。刊行の経緯と謝辞を述べている。

 本書を論集として編纂するきっかけは一九九五年一月にさかのぼる。 福岡アジア文化賞創設五周年記念の「文化人類学フォーラム」が開催され、それより二年あまり前に福岡アジア文化賞を受けていたギアツは「文化の政治学分解する世界とアジアのアイデンティティ」と題する講演を行った(本書第三章)。私も太田好信、堀真清、藪野祐三、丸山孝一の各氏とともにこのフォーラムにパネラーとして参加した。このときフォーラムを主催した福岡市総務局国際部から、福岡での講演を出版物のかたちで残すことはできないかという相談を受けた。私は〔……〕この機会に他の講演や論文も集めて拡大し、「ギアツ」を知る人にも知らない人にも役立つようにしたらどうかと考えた。そこでみすず書房に相談したところ出版について快諾をいただき、著者と相談しながらまとめた収録論文案についての出版許可も得られた〔……〕。みすず書房の守田省吾氏と横大路俊久氏には編集についてたいへんお世話になったことに御礼申し上げたい。