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『教養としての将棋――おとなのための「盤外講座」』(尾本恵市[編] 講談社現代新書 2019)

著者:
梅原 猛(うめはら・たけし) 哲学。
羽生 善治(はぶ・よしはる) 棋士
尾本 恵市(おもと・けいいち) 分子人類学。
清水 康二(しみず・やすじ) 考古学(遊戯史、鋳造技術、巨石文化)
飯田 弘之(いいだ・ひろゆき) ゲーム情報学。
熊澤 良尊(くまざわ・りょうそん) 駒師。
安次嶺 隆幸(あじみね・たかゆき) 元・小学校教員。
大川 慎太郎(おおかわ・しんたろう) 記者。
本文デザイン:土方 芳枝
NDC:796 将棋


『教養としての将棋 おとなのための「盤外講座」』(羽生 善治,梅原 猛,尾本 恵市):講談社現代新書|講談社BOOK倶楽部


【目次】
はじめに(制作者一同) [003-004]
目次 [005-010]


序章 「将棋学」ことはじめ――盤外の文化、ここに集う[尾本恵市] 011
  将棋はなぜ「文化」なのかに
  「将棋学」の旗揚げとなった共同研究
  広く日本人のための教養として


第1章 いまこそ将棋を知ってほしい――大山・升田からAI、怨霊思想まで[梅原 猛×羽生善治 021
1 文化は奇人がつくる 022
  将棋熱中時代
  おそるべき江戸時代の詰将棋
  「ひらめき」は「むだ」から生まれる
  恥ずかしい「インチキ将棋」
2 わざと悪手を指した名人 040
  理系は直観、文系は経験
  盤上を見ていなかった大山
  将棋に勝つには「他力」が必要
  盤上の研究者だった升田
3 直観は七割しか正しくない 053
  直観を捨てるつらさ
  「強いこと」とは「読まないこと」 
4 将棋界に「個性」は失われたか 060
  すさまじい情報戦
  ドライに書き換えられる常識
  将棋を「伝える」ことの大切さ
  コンピュータが将棋を面白くする
5 将棋に見る日本独特の思想 072
  「持ち駒」は武士道に反するか
  チェスの考え方、将棋の考え方
  「つるむ和」ではなく「羅漢の和」を


第2章 将棋はどのようにしてできたのか――考古学が追う「誕生」のミステリー[清水康二] 087
  「特異さの謎」を解くための三つの論点
  いまも続く論争
  戦国時代の「朝倉駒」
  興福寺での大発見
  将棋の進化が垣間見えた
  「奈良時代以前」に将棋はあったか
  「先祖」はマックルックだったのか
  将棋は「庶民のゲーム」だったのか
  将棋を伝え、改変した人たち
  「将棋学」の確立のために


第3章 将棋はなぜ人を夢中にさせるのか――数理で示す「面白さ」のメカニズム[飯田弘之 113
  勝負の世界から研究の道へ
  「危うきところ」にある本質
  「ふち」がもたらす「スリル感」と「遊戯性」
  ゲームの特徴を決める「スイング頻度」
  思考ゲームのスイング頻度
  思考ゲームの「洗練度」を示す指標
  「公平性」という問題
  思考ゲームにおける公平性問題 ①囲碁
  思考ゲームにおける公平性問題 ②チェス
  思考ゲームにおける公平性問題 ③将棋
  AIの登場で問われる日本人の叡知


第4章 将棋の駒はなぜ芸術になったのか――職人が明かす「わざ」の見どころ[熊澤良尊] 133
  将棋の駒とチェスの駒の違いは?
  将棋の駒は「木でできた宝石」
  「平べったいこと」の恩恵――多様さを生む空間
  「平べったいこと」の恩恵――「指し味」と「手さばき」
  「色分けしていないこと」の恩恵――飴色の木地の美しさ
  「文字で種類を区別すること」の恩恵――書体が深めた芸術性
  「文字で種類を区別すること」の恩恵――進化した漆の技術
  将棋の駒はいつから高級品になったのか
  五角形とルールとの関係
  駒づくりの実技
  駒木地をつくる ①櫛板は最低2年寝かせる
  駒木地をつくる ②ジグソーパズルの面白さ
  文字を彫る ①書体を選んで「字母紙」を貼る
  文字を彫る ②V字型に彫る「薬研彫り」
  文字を彫る ③「目止め」を忘れるな
  漆のわざ ①文字の仕上げは4種類ある
  漆のわざ ②猫の首の毛でできた筆
  漆のわざ ③文字は駒に正対して書くべし
  漆のわざ ④「銘」を入れる
  漆のわざ ⑤「磨き上げ」も手を抜くな


第5章 将棋はなぜ「頭のよい子」を育てるのか――教育者が説く「負けました」の効能[安次嶺隆幸] 173
  将棋ブームを支える親たちの期待
  「負けました」が秘める力
  「気持ちを折りたたむ」
  負けて泣いている子にどう接するか
  「無言のうちに察する力」
  「間違えることを恐れない」
  羽生さんが教えてくれたこと
  藤井聡太が学んだもの


第6章 将棋の「観戦記」はどう変わったか――取材現場で見た将棋界の「ハイテク化」[大川慎太郎] 195
  観戦記がなければ将棋はわからない
  「後日取材」は将棋界ならではの手法
  21世紀に将棋と観戦記は激変した
  序盤の描写が変わった
  登場する棋士が多彩になった
  「背景」が掘り下げられるようになった
  情景描写が減った
  「将棋めし」が注目される不思議
  ソフトで解析できるようになった
  観戦記はどうなるのか


おわりに――「形づくり」の美学[令和元年五月 尾本恵市] [226-232]
詰将棋 [233-234]




【メモランダム】
・以下、個人的な感想と注意喚起と疑問。


・本書には面白いトピックが取り上げられているが、第5章だけは悪い意味で浮いている。
 はっきり言うと、[安次嶺隆幸:執筆]「将棋はなぜ「頭のよい子」を育てるのか」を真に受けてはいけない。将棋にかこつけた、安次嶺氏独自の教育語りにすぎない。


・2017年には将棋連盟のホームページでコラムを連載していた。
 子供たちは将棋から何を学ぶのか【将棋と教育】|将棋コラム|日本将棋連盟

 そして、わずかながら幾人かはこのコラムを問題視していた。
 以下Twitterから採取。


・安次嶺氏には、「将棋連盟学校教育アドバイザー」という肩書が与えれている(安次嶺氏・金子光男氏・梅原厚子氏・古作登氏の4人以外がこの肩書を得たというニュースは知らない)。
 また、名人経験者が安次嶺氏の著書に「推薦のことば」を寄せたほかに、歴代名人と氏の対談記事も公開されている。
 ここから、将棋連盟は「将棋のことを持ち上げてくれる主張なら(将棋を教育に取り入れてくれる人なら)、選り好みせず将棋連盟のお墨付きを与える」という姿勢をとっていることがわかる。そして普及に熱心で知名度の高い棋士も(SNSを見る限り)、それに追従している。


・何が問題かを確認すると:
 私個人は、「日本人の忘れ物」等のキーワードを含んだ(ナショナリズム成分の多い)怪しい日本文化論や、怪しくないが独特の日本文化論を好きで収集している。その私が判断するにしても、(今回のような共著形式ではなく)安次嶺氏の単著での主張なら、大きな問題はないと思う。
 また、そもそも論として、個人の著作のなかで「将棋の文化」や「将棋の精神性」をどのように語るのも(表現の自由の範囲で)著者次第だ。相当の理由がない限り、文化庁も将棋連盟も止めることはできないし、するべきでもない。
 ただし、それと同時に、怪しい言説・主張が接近してきた場合、通常の組織なら警戒心をもって対応するという行動の余地はまだ残っているはずだ。
 しかし、現実には警戒心が無かった。公教育のカリキュラムに「江戸しぐさ」が混入した件のようにはなってほしくない。


・以上で述べた私の懸念も、残念ながら、すべての人々には共有されることはないと思う。
 具体的には、次のような考えをもつ方には届かない。
  「安次嶺氏の主張はもっともで、なんの問題もない」
  「教育に偏った思想が混じってもよい。なんなら教育論を展開する本には、そもそも変な本が多いという現実がある」
  「将棋連盟の決定または大棋士に対して、アマチュアが意見するのは許されない」
  「将棋の宣伝・普及に寄与するなら、怪しいものでもどんどん利用すればよい」
  「かりに将棋連盟や棋士が怪しい言説に接近したことが後に問題となったとしても、将棋というゲームは残るからどうでもいい」


・編者の尾本恵市氏と現代新書編集部が何故この点をスルーしたのかも気になる。